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馬小屋暮らしのご令嬢  作者: 石動なつめ
第九章 行方知れずの薬師と蒼の花
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第十三話 レルナーの診察


 昼食後。

 フランツはアントーニアやアレンジーナと共に、レルナーを出迎えていた。

 見た目は人の良さそうな眼鏡の男性だ。歳は二十代後半くらいだろうか。


(ロータス・パナケアと同じくらいにも見えるな)


 そんな事を考えながら、フランツはアントーニアの隣で笑顔を浮かべる。

 それから彼に気付かれないように、部屋の壁に飾られた絵画をちらりと見た。

 お茶会をする女性達が描かれた絵画だ。

 あれがアントーニアの言っていた『仕掛け』だ。

 あの絵画の女性の『目』の部分に穴が開いており、隣の部屋から開けた穴と繋がって、こちらを覗ける仕組みとなっている。

 ちなみに壁の穴はアントーニアが開けたものだが、絵画自体はその部分を繰り抜いたわけではなく元々ああいう作品らしい。

 人物の目の部分に宝石を入れて自由に楽しむ絵なのだとか。人以外にも、花や動物などの絵があるらしい。


(色々な表現の方法があるのだなぁ)


 絵を描くのが好きなフランツにとって、自分の世界が開けるように感じられた。

 きっとこういうものは、もっと自由で良いのだろう。

 そう考えたら少し気持ちが楽になった。


 そんな事を考えながらアントーニアの診察が終わるのを待っていると、


「…………う、ぐ」


 急にアントーニアが胸を押え、苦しみ始めた。

 えっ、と目を剥いてフランツは駆け寄る。


「お祖母様!?」

「アントーニア様、どうされました!?」


 アレンジーナも焦った様子で声をかける。

 しかしアントーニアは右手で胸元をぎゅうと握るだけだ。

 それを見てレルナーはハッとした顔になる。


「アントーニア様、もしかして薬を飲まなかったのですか!?」


 そしてそう言った。

 アントーニアは弱弱しい声で、


「孫との話が楽しくって、つい、忘れていたわ……」


 と答える。レルナーは難しい顔になり、鞄から薬を一錠を取り出す。

 そしてテーブルの上に置いてあったティーカップを持ち上げると、アントーニアへ渡した。


「アントーニア様、飲めますか?」

「ええ……」


 アントーニアは震える手で薬とティーカップを受け取ると、注がれていた紅茶で何とか薬を飲み込む。

 少しして彼女の顔の強張りが解れて来た。

 それを見てレルナーは、ふう、と安堵したように息を吐く。


「ありがとう、レルナー。落ち着いたわ」

「良かったです。……アントーニア様、くれぐれもお身体を大事になさってください」

「フフ、そうね……」

「お祖母様、だ、大丈夫ですか?」

「ええ。驚かせてごめんなさいね、フランツ」


 アントーニアはそっとフランツの頭を撫でると、


「レルナー。……実は明後日、家族がサプライズで私の誕生日会を計画してくれているらしいの」

「アントーニア様のお誕生日会ですか?」

「ええ。フランツが私の体調を心配して、先に教えてくれようと来てくれたのよ。……でも、この状態でしょう? 来年はどうなるか分からないわ。だから、どうしても今年は参加をしたいのよ」


 彼女の言葉にレルナーは難しい顔になった。


「ですが今のご様子では……」

「分かっているわ。だから明後日、一緒に来てくれないかしら。あなたが一緒なら、何が起こっても大丈夫でしょう?」


 そしてアントーニアはそう頼む。

 レルナーはアントーニアやフランツの顔を見てしばらく考えた後、


「……分かりました。ですが、ちゃんと薬を飲んでくださいね」


 と頷いた。根負けしたと困り顔で彼は笑う。


「ありがとう、レルナー。……あ、サプライズとの事だから、内緒にしていてね?」

「はい。……本当にお大事になさってくださいね」

「ええ。それでは二日後に、ベネディクトの屋敷で会いましょう」


 アントーニアが嬉しそうにそう言うと、レルナーは頭を下げ。

 そして次の診察までの薬を手渡すと帰って行った。




◇ ◇ ◇




 レルナーが帰った後、アナスタシア達は慌ててアントーニアの元へ向かう。

 あの苦しみ方は、どう見ても演技ではないと思ったからだ。

 特にロータスはあれを見た時に飛び出しそうな様子だった。それをエフタが力づくで抑えていたのだ。


「お祖母様、本当に大丈夫なのですか?」

「ええ、今は平気よ。あの薬を飲まないと、いつもああなるの」


 アントーニアはそう言うと、テーブルの上の紙袋から薬を取り出した。

 見た目はごくごく普通の白色の錠剤だ。


「お、お祖母様! それが分かっていたなら、どうして飲まなかったのですかっ?」


 側にいたフランツは気が気ではなかったのだろう。

 青い顔でそう聞くフランツに彼女は笑って、


「飲まなければどうなるかを見てもらいたかったのよ。これは普通の事なのか、それとも異常な事なのかを」


 と言った。そしてアントーニアは「どうかしら?」とロータスを見上げる。


「……確かに毎回必ず飲まねばならない薬はあります。けれど飲まないと必ずああなるのは異常です。しかも水が用意可能な環境であるのに、薬を紅茶で飲ませるなんて」


 ロータスは険しい顔で言う。

 そんな彼の言葉を聞いてアントーニアは「そう」と微笑む。

 それから薬の袋を手に取って彼に手渡した。


「アントーニア様?」

「この薬がどういうものか、調べて貰っても良いかしら?」


 そしてそう言った。

 ロータスは目を見開いた後、両手でしっかりと受け取って、


「――――はい!」


 と力強く頷く。

 アントーニアはロータスの事を信じてくれるようだ。

 アナスタシア達が顔を見合わせ笑っていると、


(……うん?)


 何か、窓の外から視線のようなものを感じた。


「お嬢様、どうしたんだい?」

「いえ、何か視線を感じたような……」

「視線?」


 するとエフタがスッと表情を変え、そっと窓に近付く。

 そして外を見回していたが、


「……ひとまず誰もいねーな」


 と言った。


「アナスタシアは、そういうものまで察知できるのか?」

「いえ、まったく。出来たとしても馬だけですよ」

「何故?」


 フランツは首を傾げた。

 何故と聞かれても、馬だからとしか言いようがない。


(馬と言うと……)


 そう言えば馬車の窓から片翼の天馬を見た気がする。

 もしかしてと思いながら、アナスタシアはもう一度、窓の外へ目を向けた。


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