エピローグ 宣言したから頑張ります
それからしばらくした後。
アナスタシアはロンドウィックの広場の端で、ガースが乗っていた馬車の馬にブラッシングをしていた。
さすが馬小屋で暮らしていただけあって慣れたもので、馬は心地良さそうな様子である。
さて、そんなアナスタシアだが、なぜこんな場所にいるかというと、ある意味で監視役だ。
アナスタシアがいる広場の中央では、今、ロザリーがロンドウィックの町人に対して謝罪をしているところである。
怒りの形相を浮かべた町人たちの真ん中で、ロザリーは額を地面にこすりつけて謝っている。
アナスタシアのいる場所からはロザリーの表情は見えないが、恐らく、心からの謝罪だろうなと思っていた。
そんなロザリーに対してだが、意外なことに、ロンドウィックの町長や、一部の町人など多少弁護してくれる人もいた。
門の付近で、ガースとのやり取りを聞いていた者たちのである。ロザリーの事情もアナスタシアから多少聞いた彼らは、怒りこそあるものの、やや同情めいた感情も向けていた。
今後、ロザリーはロンドウィックへの償いに奔走することになるだろう。
しばらくすると、ようやく落ち着いたのか「これで手打ちだ」という声が聞こえ、ロザリーの頭に拳骨が落とされたころ。
アナスタシアのところへローランドがやって来た。
「アナスタシア、ここだったか」
「あ、お疲れ様です、ローランドさん」
「ああ」
アナスタシアの言葉にローランドは軽く頷くと、ロザリーの方へ目を向ける。
「逃げ出す様子はなさそうだな」
「こちらの方がまだ安全だというのも分かったみたいですし」
「しかし一人で行動させているのか?」
「一人ではありませんよ。ほら」
不用心だなと暗に言うローランドに向かって、アナスタシアは広場に出来た輪の外を指差した。
そこには山で助けたユニコーンが立っている。
アナスタシアは「お願いしたんですよ」とローランドに言った。
「逃げ出そうものなら直ぐ捕まります。まぁ、でも、逃げないと思いますよ」
「なぜだ?」
「謝罪すると彼女が言ったので、最初は私も一緒についていくと言ったんです。でも、自分がやったことだから、一人で謝るって」
「そうか。……だいぶ痛そうだな」
「フフ」
ロザリーの頭に拳骨が落ちたのをローランドも見たのだろう。
アナスタシアは同意するように笑った。
「そう言えば、ローランドさんの方のお仕事はひと段落したのですか?」
「ああ。ガースの移送の手続きは完了した。しばらくしたら騎士が来るはずだ」
「さすがローランドさん、早いですね!」
「フ、褒めても何も出んよ。あと……」
言いながら、ローランドは懐から一通の白い封筒を取り出した。
宛先にはカスケード商会会長の名前と住所が書かれている。
「本当に君の名前で良いのか?」
「はい。宣言したのにローランドさんのお名前で出したなんて、卑怯でしょう?」
「カスケード商会は厄介な相手だ。ガースの言葉ではないが、商人を敵に回すほど面倒なことはないぞ」
ローランドの心配そうな眼差しに、アナスタシアはにこりと笑って空を見上げた。
秋の薄い青空を、一羽の鳥が飛んでいる。
「わりと、何とかなると思っています」
「根拠は?」
「カスケード商会は従業員との雇用契約に書類を用いているでしょう? 雇用契約とは、もともとは国によって定められた法です。カスケード商会は例え表向きだけだとしても、それを守る意志はある。なら敵になるか味方になるかは、まだまだこれから。向こうがこちらを見定めてからの話でしょうね」
すらすらと返された言葉にローランドは若干、虚をつかれた顔になる。
しかし同時にそれは、面白い、と言っているような表情でもあった。
「君は本当にいくつだ?」
「十歳です」
「そろそろ十一では?」
「え?」
「秋が終われば誕生日だろう」
「……ご存知だったんですか?」
「一応は君の保護者だからな。ニンジンケーキは好きか?」
「魅惑のお名前! 食べたことないです!」
アナスタシアが目を輝かせ、小さな両手でぐっと拳をつくる。
それを見てローランドは満足そうに笑う。
「ああ、それと。――彼女の家族も保護が完了したと連絡がきた」
「やった」
小さくガッツポーズをするアナスタシア。
それを見たローランドが穏やかに目を細め、
「アナスタシア。君は案外、領主に向いていると思うぞ」
なんて言うものだから、アナスタシアは何だか照れくさくなってはにかんだ。
これがレイヴン伯爵領で『新たな始まりの日』と言われるようになった出来事。
この先レイヴン伯爵領はアナスタシアやローランドらによって、大きく変化をしていくことになるのだが――それはまた、別のお話。
「ニンジンケーキは馬も食べられますか?」
「ニンジンだけにしときなさい」
第一章 END




