第一話 アナスタシアは母に似て図太い
アナスタシアの母親は、大らかで細かい事を気にしない性格だった。
嫌がらせで虫のついたサラダを出されても、
「虫が食べたくなるくらい美味しい野菜なのね」
とか、
「それを捨てるなんてもったいない」
とか、とにかく嫌がらせに対しても鈍感で、全く堪えていなかったのである。
嫌がらせ自体には気付いていたのではないかな、とアナスタシアは思っているが、試しに聞いてもにこにこ笑って「そうかしら」と彼女の母は言うだけだった。
そんな母に育てられれば、アナスタシアも必然と似たように育つもので。
嫌がらせをいちいち気にしていたら心がもたないというのを、幼心に察知していたのかもしれないが。
なのでアナスタシアもまた、彼女の母親同様に大変図太くなっていった。
家庭教師が解雇されたアナスタシアは、そのおかげで使用人達から自由に好きな事を学び、考え、発明にまで手を出す始末。
実際にその発明が原因で、三日に一度くらいアナスタシアの部屋からは変な煙が発生していた。
馬小屋へ移動させられた――もしかしたら変な煙が理由の一つかもしれない――後も、アナスタシアは馬たちが困らない程度に住みよいように改造し、暮らし始めたのだ。
第一夫人たちも最初は様子を見に来ていたが、馬糞の匂いや獣の匂いやらであまり近寄らなくなり、アナスタシアにとっては良い事づくめだった。
ただやはり食事だけは困る。何といってもアナスタシアは育ちざかりである。さすがに減らされた食事の量ではお腹がすいてたまらなかったので、馬の食事をちょっとだけ分けて貰ったりしていると、たまたまそれを見かけた料理長を筆頭とした使用人達がこっそり食事を持ってきてくれるようになった。
そんな風に過ごしている間、第一夫人達は散財するようになっていた。
もしかしたら伯爵が帰ってこない事に対する寂しさの裏返しだったのかもしれない。
豪勢な食事に、これでもかと言う程の高価なドレスを仕立て、連日連夜パーティを開催。アナスタシアの住む馬小屋へも、パーティの灯りや音楽は良く聞こえてきた。
(あんなに毎日遊んだり、食べたりしていて飽きないのかなぁ)
アナスタシアはそう思ったが、音楽自体は好きなので、そこは楽しませて貰っている。
ついでにいくらくらい掛かるんだろう。詳しい値段までは分からないが、とにかくすごくお金が掛かるんだろうなぁなんて思いながらアナスタシアは毎晩眠りについていた。
さて、そんな生活が続くことしばらく。
飽きる、飽きないは別としてそんなに散財していれば、必然と貯蓄は減って行くもので。
「足りないならば税を増やせば良いじゃない」
この言葉に、今まで我慢していた使用人達もさすがに苦言を呈するようになった。
だが夫人は聞く耳を持たず、税を増やし、苦言や苦情を言ってきた使用人達をクビにした。
その中にはアナスタシアによくしてくれた料理長達の姿もある。
彼らは残ったアナスタシアを心配しながらも、伯爵邸を追い出されて行った。
こうして伯爵邸で働く者は、何とか伯爵が戻るまで保たせようと我慢を決めた古くからの使用人が僅かと、新しく雇った使用人が大勢となった。
屋敷を良く知る使用人達が揃っていなくなったのだから、まぁ回らない事回らない事。
古くからいる使用人達はこっそりと伯爵に手紙を書いたりしていたが、直ぐに読まれる事がなかったのだろう。
そうして半年が過ぎ、実りの秋を迎えた頃。
伯爵領の領民からの悲鳴混じりの嘆願に、ついに国が動く事となった。
王命により監査官と騎士団が伯爵邸へとやって来たのである。