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馬小屋暮らしのご令嬢  作者: 石動なつめ
第九章 行方知れずの薬師と蒼の花
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第五話 リトルボアとビッグボア


 その翌日、アナスタシアは領都の近くある森の中いた。

 理由はただ一つ。クラレットの心結晶の薬を作るために、その材料の一つである蒼星花の採取にやって来たのである。


 薬の材料のほとんどはロザリーとガースのおかげで順調に集まっている。

 その中で、蒼星花を煮詰めて作る『蒼星花のエキス』だけが足りず、取り寄せにも時間がかかるそうなのだ。

 そこでアナスタシアは、それならば自分で作れば良いのではないか、と考えた。

 ちょうどクラレットから、蒼星花の群生地が領都の外にあると聞いたばかりである。

 なので、


「領都近くで咲いていると聞きましたので、私、採って来ます!」


 と元気いっぱいに手を挙げて、ローランドにそう提案した。

 単純に今いる人員の中で、アナスタシアが一番自由に動けるからである。

 この間は明確な理由がなくて躊躇ったが今回はちゃんと目的がある。

 なのでそう言うと、ローランドは少し悩んだ顔になった。 


「君の熱意は伝わったが、いくら領都近くとは言え、魔獣が出ないわけでは無いのだが……」

「護身用の魔法道具を幾つか持って行きますし、それに私も騎士の領の子です」


 アナスタシアは胸に手を当て、ローランドを見上げる。

 いつまでも、ただ守って貰うだけではいけない。

 暗にそう言いながらじっと見ていると、彼はしばし考え込んだ後、


「……分かった。だが本当に気を付ける事、そしてシズの言う事をちゃんと聞く事。守れるな?」

「はい、もちろんです!」


 かなり悩んだ様子だったが、ローランドは許可を出してくれた。


 ――さて、そんな経緯があって、アナスタシアは今領都の近くにある、小さな森にやって来ている。


 同行者は護衛のシズ、それからホロウとクラレットだった。

 ホロウはともかく、何故クラレットが一緒にいるのかと言うと、


「私の薬の事だもの。自分で材料を集めるのは当たり前だよ。それにカサンドラ先生の分も採りたいの」


 という理由である。

 蒼星花を採取に行くと聞いたクラレットが、自分から積極的に手を挙げたのだ。

 普段おっとりして、引っ込み思案なクラレットにしては珍しい行動である。

 彼女の言葉を聞いてシズも目を丸くしていた。

 ただクラレットの場合は体調の事もあったので、念のためガブリエラにも確認したが、


「今の段階なら、日常生活を送るのはまったく問題が無いよ」


 と言っていたし、ローランドも心配そうではあったが彼女の熱意に押し切られる形で許可を出していた。

 そんな事情でクラレットも今回の採取に同行しているのだ。


(まぁそれはそれとして……でも、大丈夫かな……)


 歩きながら、アナスタシアは時々クラレットの様子をそっと伺う。

 顔色は悪くないし、昨晩はしっかり睡眠を取れたらしいので体調も良さそうだ。

 だから問題ないのだろうけれど、やはり心結晶の事がどうしても気になる。

 本人がやる気で、信頼できる大人が二人共「いいよ」と言ったのだ。

 なのにアナスタシアが「休んでいてください」と止める事は出来ない。

 ……本当に、本当に心配だけれど。

 うむむ、とアナスタシアが思っていると、


「……む? 少々お待ちを」


 先頭を歩くホロウがそう言って足を止めた。


「ホロウさん、どうしました?」

「あの茂みの向こうに魔獣の気配がします」


 そして、そう言って前方を指さした。

 おや、と思って指先を辿ると、なるほど確かに茂みがガサガサと小さく揺れている。

 ホロウが槍を手に持ち、シズが剣をスッと抜く。

 警戒しながら見ていると、少しして茂みから、牙の生えた子豚のような魔獣が現れた。


「リトルボア!」


 それを見て、わあっ、とクラレットが嬉しそうに手を合わせる。

 リトルボアとは(ボア)タイプに分類される小型の魔獣だ。

 見た目は子供が両腕で抱えられるサイズのぬいぐるみ、という感じだろうか。

 顔立ちも愛嬌がある。

 一応、牙は生えているもののそこまで狂暴ではなく、倒しやすい魔獣として知られている。

 ただ数が増えやすく、身体の大きさによっては壁の隙間から村や町に入ってしまい田畑を荒らすため、見つけたらほどほどに討伐する事が推奨されていた。


「ナーシャお嬢さん、リトルボアだよ。お肉がとっても美味しいの。トールがね、罠を作って獲るの上手なんだよ~」

「罠ですか、それはぜひ一度見せていただきたいですねぇ。リトルボアは皮も牙も使い勝手の良い素材になりますし」


 キラキラと目を輝かせてリトルボアを見つめるアナスタシアとクラレット。


「子供達の方がしっかりしているなぁ」

「そうねぇ」


 シズとホロウは、そんな二人を見て小さく笑っていた。

 それから彼らはリトルボアの数を目で確認して、


「少々数が多いか。ここで少し狩っておいた方が良いだろう」

「そうだね。よーし、二人共、ちょっと待っててね」

「シズさん、気を付けてくださいね」

「シズ兄ちゃん、がんばって!」

「あいよっ!」


 アナスタシアとクラレットの応援を受け、シズは気合を入れてリトルボアへ向かって行く。

 リトルボアはシズに気付くと蹄で地面をかき、攻撃態勢に入った。するとそれに合わせて茂みから、一匹、また一匹とリトルボアが飛び出してくる。

 全部で十匹くらいだろうか。なかなか数が多い。

 それを見てホロウが「ふむ?」と怪訝そうな声を出した。


「いささか数が多いな」

「そうなのですか?」

「ええ。リトルボア自体は増えやすいですし、この辺りに生息している魔獣でもあります。しかし同じ大きさの個体がここまで群れているのは珍しいですな」

「ふむ……? 普段はどのくらいで行動しているのですか?」

「そうですなぁ……ひと家族といったところでしょうか。親と子、それでも多くて五匹前後かと」


 なるほど、だから同じ大きさの、と彼は言ったのか。

 ふむふむと呟きながらアナスタシアはリトルボアを見る。

 数は十匹くらいだ。確かに多いし、何なら身体の大きさもほぼ一緒だ。だから親と子という感じでもない。


(何か理由があって、まとまっている……?)


 そんな事を考えていると、その時不意に――少々強く風が吹いた。

 風がざわざわと森の木々を揺らす。


「…………?」


 ふと、その風の中に嫌な臭いを感じた。

 あまり好きではない臭いだ。アナスタシアは軽く目を細くする。


「何だか変な臭いがしますね」


 すん、ともう一度しっかり臭いを嗅いで、アナスタシアは言う。

 やはり何か臭い。以前にどこかで嗅いだ事がある気がする。

 そう思っていると、クラレットは首を傾げた。


「そうなの? 私は特に感じないねぇ」

「吾輩も特に感じませぬな。ふむ……アナスタシア殿、どのような臭いでしたか?」

「こう、近付くとちょっと顔をしかめたくなるような……あ! そうだ、領都の壁の臭いと似ていますね」


 シズに街を案内してもらった時に、壁の近くへ行った時に嗅いだ臭いである。

 ユニも嫌がっていたなぁとアナスタシアが思い出していると、


「なるほど。それならば、恐らくその臭いは魔獣除けのものですな」


 ホロウが納得したように言う。


「誰かが近くで魔獣除けの臭いが出るものを使っておるのでしょうな。アナスタシア殿だけ感じたとなると、恐らく人間があまり感じないように改良されたものではないかと思いますが……」

「ふふふ、私も馬に近付いていますね」

「喜んでいらっしゃる……」


 嬉しそうなアナスタシアに、ホロウは困った声を出した。

 まぁ、いつも通りである。


「風に乗って来たとなると、あちらの方角ですかね」

「あっちは……あ! 蒼星花の花畑がある方だよ」


 アナスタシアが示した方向を見てクラレットがそう言う。

 ――その時だ。


「うわああっ!」


 その方向から誰かの悲鳴が聞こえて来た。




◇ ◇ ◇




 悲鳴を聞いてアナスタシア達は蒼星花の群生地へ向かう。

 森の半ば、ちょうど開けていて青空が見える場所。

 そこに広がる花畑の中に巨大な(ボア)がいた。

 それを見てシズがぎょっと目を剥く。


「ビッグボア!?」

「ビッグボアと言うと……リトルボアの上位種でしたっけ」

「うん、その通り。しかもリトルボアと比べて狂暴だ。下がっていて、アナスタシアちゃん、クラレット」


 シズとホロウは武器を手に、アナスタシア達を庇うように前へ出る。

 その時、アナスタシアの耳元に、


『ビッグボアの向こうです』


 と、聞き覚えのない囁きが届く。

 えっと思ってそちらを剥くが誰もいない。ただ手首につけたツェントラーレがチカチカと光っていた。


(馬の声……?)


 姿は見えない。しかし、このブレスレットが反応したならばそういう事だ。

 一体どこに。

 そうは思ったが、それよりも先に確認しなければいけない事がある。

 ビッグボアの向こうと『声』は言った。

 声に示された場所にアナスタシアはじっと目を凝らす。

 するとそこにフードを被った何者かが蹲っているのが見えた。

 ハッ、と目を見開くアナスタシア。


「シズさん、ホロウさん! ビッグボアの向こうに人間が一人! 助けてください!」

「承知した! シズ、挟み撃ちにするぞ」

「まかせて!」


 アナスタシアが頼むと、シズとホロウは揃って地面を蹴った。

 彼らの背を見ながらアナスタシアは鞄から魔法道具を引っ張り出す。

 馬の形をした青色の硝子細工のような魔法道具――『劇場の氷馬(クロック・ホース)』だ。

 アナスタシアはそれを両手に乗せ、フッ、と息を吹きかける。

 するとガラスの光を放ち始め、


「二人を助けて」


 アナスタシアの言葉と共に、硝子の馬は地面に降り立つ。

 そして蒼星花の間を駆け、ビッグボアに向かって行き、その巨大な足に身体をぶつける。

 氷で身体を固める事で意外と硬くなっている硝子の馬による遠慮のない突撃だ。ビッグボアはたまらず悲鳴を上げて動きを止める。


「ホロウ!」

「ああ!」


 二人の騎士は出来た()に、お互いの攻撃を合わせる。

 剣と槍、それぞれの攻撃がビッグボアを前後から襲う。

 そのダメージでビッグボアは身体を振るわせる。

 シズとホロウは一度距離を取ると、もう一度、お互いのタイミングを合わせて剣と槍を振りかぶり、そして。


 ――次の一撃で、ビッグボアは地に伏した。


 巨体が倒れ、地面が揺れる。

 アナスタシアとクラレットはそれを確認して「おおー」と拍手をした。


「ひいひい……た、助かった……」


 ビッグボアに襲われていた人もどうやら無事のようだ。

 声から考えると男性だろう。


「大丈夫かい?」

「あ、ありがとうございますぅ……」


 シズが差し伸べた手を彼は掴む。

 そして立ち上がると、被っていたフードがはらり、と外れた。

 黒髪に青い瞳をした青年だ。左耳に蒼星花のイヤリングをつけている。

 目の下にクマがあり顔色はあまり良くないが――そんな彼を見てクラレットが息を呑む音が聞こえた。


(あれ、そう言えば……)


 クラレットが探している人物も確か、蒼星花のイヤリングをつけていたと言っていなかっただろうか。


(それにあの顔、どこかで……)


 そんな事を思っていると、


「おーい、先生ー! ビッグボアの鳴き声がしたけど、無事かー!?」


 と聞き覚えのある声が耳に届いた。

 そちらへ顔を向けると、アナスタシア達とは反対側に、褐色肌の女性が手を振っているのが見える。

 確かギデオン傭兵団のエフタと言う名前だったはずだ。


「エフタさん?」

「あれっ、お嬢様達?」


 アナスタシア達の姿を見てエフタは目を丸くしたのだった。


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