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馬小屋暮らしのご令嬢  作者: 石動なつめ
第一章 馬小屋暮らしのご令嬢
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第十八話 ここはまだ、レイヴン伯爵領

「商売の(かみ)に誓って、か。商人としては最上級の宣言だな、ガース?」


 ローランドの言葉に、ガースは肩を震わせ始める。

 そして弾かれたように、腹を抱えて笑い出した。


「ハハハハ! これは傑作だ! 悪党が(かみ)に誓った言葉を信用すると! ローランド監査官はずいぶんと、面白いことを仰る!」


 笑顔を崩さず、ガースはローランドを見たまま、ず、と目を細める。


「例えそうだとしても、私は何一つ、手を出してはいませんよ。町についてからずっと、私は町の皆さんと一緒でした。そんな暇はなかったと、町の人は知っているでしょう」


 そして「ね?」とロンドウィックの町人たちの方へ目を向けた。

 話しを振られた人々は「うっ」と言葉に詰まっている。

 どうやらガースの言葉は本当のようだ。ガースは周到にも、自分の『アリバイ』を作っていたのだ。

 実に用意周到な男である。

 周囲の反応に満足そうにガースは笑うと、恭しく手を胸にあてる。


「さて、何もしていない私を、どうやって捕まえられましょうか?」

「計画を企てたこと自体が罪だ」

「その証拠は? ありませんよね? まさか言葉だけが証拠なんて、ローランド監査官ともあろうお方が馬鹿げた事は言いますまい」


 畳みかけるガースにローランドは目を細める。

 静かにそれを聞きながら、アナスタシアはロザリーを見上げる。


「ちなみに何か書面などで指示は?」

「……ないわ。交わしたのなんて、雇用契約の書類くらいよ」

「なるほど」


 悔しそうなロザリーに、アナスタシアは軽く頷く。

 そして勝ち誇った顔のガースに向けてこう言った。


「ガースさんとロザリーさんは雇用契約をきちんと結んでいたと言う事ですね」

「ええ。正しくはカスケード商会とですが、それが何か?」

「そうですか。つまり――今回、ロンドウィックが負った損害を、カスケード商会が保証(、、、、、、、、、、)する義務が生じた(、、、、、、、、)というわけですね」


 そしてはっきりとした声でそう言った。

 するとガースは怪訝そうに片方の眉を上げる。

 アナスタシアの堂々とした言葉を聞いたローランドはくっと笑った。


「それも馬から教わったのか?」

「実はこれは父からです」

「意外だ」


 アナスタシアの父は、昔は領民にも、使用人にも優しかった。

 変わったのはアナスタシアの母が亡くなってからだ。

 まだ領主らしさを持っていたその頃の父が、使用人を助けるために、そう話していたのを聞いた覚えがある。

 アナスタシアが今よりもっと小さい頃の事なので、その時は難しくて良く分からなかったことではあるが。

 ガースは子供ではないものの、アナスタシアの話が良く分からなかったらしい。


「何を……」

「使用者責任だ、ガース」


 困惑するガースに、ローランドは酷薄に笑う。


「この国の法だ。従業員が仕事上のことで第三者に損害を与えた場合、雇用主が損害賠償責任を負う義務がある。つまり、今回の件がそれにあたるな。被害は大きいし、そもそもロンド布は高級な品だ。枯れた畑から収穫できるはずの綿花から作られるロンド布から、得られる収益を考えれば……相当なものになるだろう。彼女一人でそれを支払い切れるとは到底考えられない。ゆえにその分を、カスケード商会が保証する義務が、法の下で生じているということだ」

「…………」


 ローランドの話を聞いている内に、だんだんとガースの顔色は悪くなっていった。

 青を通り越して、白くなり始めている。

 だがまだ勘弁してやらない。アナスタシアはローランドの話を引き継いで話す。


「そうもはっきりと断言できるならば、確かにあなたは手だけ(、、)は出していないでしょう。ですがあなたに責任がないと、果たしてカスケード商会は考えてくれますかね? 彼女に同行していたあなたが、商会の(つら)に泥を塗るような彼女の行為にひと欠片すら気付きもしなかったなんて、そんな理由を信じてくれるでしょうか?」

(つら)……)


 途中に聞こえた言葉に、ローランドとシズ、ライヤーが頭を抱えそうになる。

 どこで覚えたんだろうと考える三人の脳裏に馬が浮かんだ。

 たぶん、間違いなく馬である。

 そんな三人のなんとも言えない感情などつゆ知らず、アナスタシアはどんどん畳みかけて行く。


「ああ、ですがご安心を。手を出してしまったロザリーさんの身柄は(、、、、、、、、、、)こちらで預かりますの(、、、、、、、、、、)()。まぁ、カスケード商会にはすぐに連絡がいくとは思いますけどね。ですのでガースさんはもう結構です。どうぞ、お引き取りを?」

「…………」


 やがてガースの身体がガクガクと震えだす。

 カスケード商会がどういう組織なのかアナスタシアは良く知らない。

 けれどライヤーの話や、ガースの様子を見れば何となく想像がつく。

 はったりではあったが、どうやら間違いではないらしい。


「帰らないのですか?」

「…………それ、は」


 先ほどまで優位を気取っていたガースの歯切れは悪い。

 よほどカスケード商会の会長が恐ろしいのだろう。

 やがてギリ、と奥歯を噛みしめ、ガースは顔を上げアナスタシアを睨む。

 射殺すような視線に反応して、シズとライヤーがザッと庇うように前へ出た。


「……会長を敵に回して、お前も無事でいられるものか。たかが落ちぶれた伯爵家の、しかも平民の小娘が」

「はあ、まぁ、半分はそうですね」


 しかしアナスタシアは平然としている。元来、彼女はこういう性分だ。


「仰るとおり、私は落ちぶれた伯爵家の血を半分、平民の血を半分引いています。それでも生まれてからずっと貴族として扱われておりました。しかし貴族でありながら、領主の子でありながら、私は何一つ、してきませんでした」


 殺意を込めたガースの目を、アナスタシアは怯むことなく見つめ返す。

 気付けば町民達の視線も彼女に集まっていた。


「私にはローランドさんのように領地経営や政治についての知識も手腕もありません。シズさんやライヤーさんのように騎士として人を守る力も足りません。家族を諌める事もなく、ただ、毎日を過ごしていました。貴族としてすべき事をせず、過ごしてきました。私には皆さんから手を差し伸べてもらう理由も、暖かい言葉をいただく権利も、本当はなにひとつないのです」

「……アナスタシア」


 ローランドがなにか言いたげに口を開いたが、構わず、アナスタシアは言葉を止めない。


「けれど」


 そこでアナスタシアは言葉を区切り、


「ここはまだ、レイヴン伯爵領です」


 はっきりとそう言った。


「私はレイヴン伯爵の娘です。領地の人々を守るのが、伯爵家の者である私の仕事でもあります。だからこそ、この領地で領民を苦しめるあなたの行為を、私は許しません。そして、それがカスケード商会のやり方だと言うのならば、真っ向から戦います。商売とは相手に重石を乗せるものではない」


 強い口調でそう言うと、アナスタシアは手を門の方へ向ける。


「どうぞ、お帰りを。――――あなたに、その足で帰る度胸があるのなら」


 トドメとばかりに放たれた言葉に、ガースは気圧されたようにがくりと膝をつき、項垂れた。

本日、十九時にもう一話投稿します。

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