表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
馬小屋暮らしのご令嬢  作者: 石動なつめ
第八章 貴族の矜持と人の万雷
175/242

第七話 イリュージョン・ポップ


 旧ローズ邸を後にしたアナスタシアとシズは、その足でクロック劇場へと向かった。

 劇の手伝いをしに来たのだ。

 最初はミステル一座からは「いやいや、そういうわけには」と遠慮されていたのだが、今回の勝負はアナスタシア達にも関わりが深い。

 今回の結果次第で領都の仕事の進み具合が変わって来るのだ。

 となれば協力するのは必然である――という話を力説し、アナスタシアは手伝いをする権利を勝ち取ったのである。


 ちなみに手伝っているのはアナスタシアやシズだけではない。

 フランツやアレンジーナ、仕事の合間を見てライヤーも手伝ってくれていた。まぁライヤーの場合はローランドから進捗具合の確認を頼まれているのも理由の一つだが。


 さて、そんな中、アナスタシアは何を手伝っているかと言うと、そこはお得意の魔法道具である。

 今回の劇に合わせて、舞台映えしそうな魔法道具を作っているのだ。

 こういう、誰かの役に立てる魔法道具を作るのは楽しい。思わず歌でも口ずさみそうになった時、別の人物のそれが耳に届いた。

 ごくごく小さな歌声だが、近くにいたから聞こえたようだ。

 声の方へ顔を向けると、楽しそうに作業をしているフランツがいた。


 彼が今やっているのは舞台用の背景作りだ。大きな板に、刷毛を使って海都の街並みを描いている。

 フランツの描く絵からは温かくて、優しいイメージが伝わって来る。そしてまるでそこから人の声が聞こえてくるような、そんな絵だった。


「兄様、素敵な絵ですね。私、好きです」

「そ、そうか?」

「はい! 私も負けていられませんねぇ」


 アナスタシアが褒めると、フランツは嬉しそうに笑った。


「アナスタシアは何を作っているんだ?」

「これは花火みたいに光の花が出る幻花火イリュージョン・ポップです」


 そう言ってアナスタシアは手に持っていたガラス玉を持ち上げた。

 これは海都で見せて貰った水花火(ウォーター・ポップ)を参考にして作ったものだ。

 水花火(ウォーター・ポップ)とは、これと同じ丸いガラス玉のような形で、水の中に放り込むと弾けるタイプの花火である。

 それの地上バージョンが幻花火イリュージョン・ポップだ。一定の衝撃を与えると、弾けるように作ってある。


「どんな風になるのか、後で見せますね」

「ああっ!」


 アナスタシアがそう言えば、フランツはウキウキと頷いた。


「お~お前さんら、すげぇ働くなぁ」

「うふふ、負けられないわね、ウィル!」


 そんな話をしていると、機材を運んでいたウィリアムとトリクシーに褒められてしまった。

 えへへ、と二人揃って笑って返す。

 しかし働くと言うならばウィリアムとトリクシーもそうだ。体格の良いウィリアムは見た目通り体力がありそうだが、トリクシーも意外とそう(・・)だった。

 加えて言うと息もピッタリである。お互いの考えている事が分かるのか、片方の何かが足りなくなると、もう片方がスッと用意していた。


「お二人みたいなのを何て言うんでしたっけ……」

騎士馬(ナイト&ホース)の呼吸だよ」


 ウィリアムとトリクシーを見ながらそう呟いたら、いつの間にかやって来ていたライヤーがそう教えてくれた。

 彼は「よっ」と爽やかに笑うと、持っていたものをアナスタシアに差し出す。

 魔法列車の試作品だ。


「アナスタシアお嬢さん、頼まれたものだけど、これで良いかい?」

「ありがとうございます、ライヤーさん!」


 アナスタシアは立ち上がりお礼を言う。それを見てフランツが「え?」と首を傾げた。


「魔法列車の試作品? これをどうするのだ?」

「それはですね……」


 フランツの疑問に、アナスタシアは少し企むようにフフフと笑う。

 それからぐるりと舞台を見回して、


「劇場の観客席の端にレールを敷いて動かしてみようと思いまして」

「レール? ここで動かすのか?」


 不思議そうなフランツに、アナスタシアは「そうです!」と頷く。


「はい。幻花火イリュージョン・ポップを等間隔に配置して、魔法列車で衝撃を与えながら、祝祭の火のシーンで上げたら綺麗かなと思いまして。あ、ヒンメル座長とも相談済みです」


 そう言った後、アナスタシアは手に持っていた幻花火イリュージョン・ポップを少し強めに叩く。

 するとガラス玉の中がキラリと煌めき、そこから光がポンッと弾けた。

 光はちょうど、シズが両手を広げたくらいの大きさで、キラキラと輝く。

 その光に気付いて、周囲で作業をしていた者達の視線がこちらに向けられ「わあ!」と歓声が上がる。


「……すごいな。当たっても、熱さや衝撃を感じないな。本当に光だけだ」


 手のひらを上に向けライヤーは呟く。

 そこにふわりと光の粒が下りて消えた。


「いやぁ、お嬢さんは本当に面白い事を思いつくなぁ」

「やったー褒められました!」


 アナスタシアは両手を挙げて喜ぶ。

 そしてほんの少しだけ間をあけて、


「……でもね、ライヤーさん。たぶん、一人ならこれは出来なかったと思います」


 と、手に抱えた幻花火イリュージョン・ポップを見ながら続けた。

 ライヤーは軽く首を傾げる。


「馬小屋は私のフィールドです。あそこなら負け知らずです。でも、外に出たら、知らない事ばかりでした」

「…………」

「知らないに触れて、知ろうと思えたから、色んな事が浮かぶようになったんです。人と関わるようになって、私はそれを知りました」


 以前のアナスタシアだったら。

 馬小屋で、馬とだけ関わって暮らしていたアナスタシアだったら、きっとこれは出来なかった。

 魔法列車だってそうだ。考えもしなかっただろう。


 アナスタシアにとって、馬が一番信頼できる相手なのは今も変わらない。

 けれども、馬と同じくらい信頼できる相手が出来た。

 それも全部、馬小屋の外から「おいで」と手を差し出してくれる人たちがいたからだ。

 アナスタシアがそう話せば、ライヤーは目を丸くした後で笑って、


「……そっか」


 と、慈しむような、そして嬉しそうな声でそう言ったのだった。




◇ ◇ ◇




 それから少し後の事。

 クロック劇場の外では赤髪の青年が、楽しそうな顔で歌を口ずさんでいた。

 服装は平民が着るようなそれ。しかし中身は貴族のメレディス・フィンチだった。


「トッド、トッド、パペット・トッド~っと」


 彼は機嫌良く歌いながら、クロック劇場を見上げている。


「なかなかうま~く溶け込んでるっすねぇ。ひとまずまだバレてはいなさそう、さっすが俺! ……っていうか本当に存在感ないけど、マジでちゃんといる? 大丈夫?」


 自画自賛していたものの、だんだんと心配になってきたのか、メレディスの声に不安が混ざる。

 あれ(・・)はちゃんと場所を指定したし、外に出ないように厳重に縛った――はずだ。


「この間のあいつみたいに、全部を巻き添えにしちまえば楽なんすけどねぇ……さすがにあんな事したら、命がいくつあっても足りねぇけど」


 ぶつぶつと呟きながら、メレディスはその場から離れようと踵を返す。

 その瞬間、誰かとぶつかった。


「わあっ!」

「うわっ?」


 小さな声が聞こえた。

 何にぶつかったのかと相手を探すと、そこには短い黒髪の少女がいた。歳は十歳くらいだろうか。手にバスケットを抱えている。

 少女はどこか良いところの家で働いているようで、質の良い使用人服を着ていた。


「あっごめんごめん。、怪我してないっすか?」

「大丈夫。うちこそごめん、ちゃんと見ていなくて」


 メレディスがしゃがんで声を掛けると、少女はそう答えた。

 ぶつかったが、お互いにそんなに勢いがなかったため、転ばせたりはしなかったようだ。

 さすがに子供に怪我をさせるのは気分が良くない。

 メレディスはそう思ってホッとしたものの、


(――いや、でも、そうなる可能性もあるか)


 これから起こるであろう事態を思い出して、メレディスは少し自分が嫌になった。

 我ながら矛盾している。

 そう思いながら、メレディスは服のポケットから飴を一つ取り出して、少女に差し出した。


「ぶつかったお詫び。レモン味。好き?」

「好きだけど、いいの?」

「うん、いいよいいよ」

「ありがと、兄ちゃん! じゃあ、うちからも!」


 少女は笑顔で飴を受け取ると、バスケットの中からマフィンを取り出して渡してくれた。

 そしてニコッと笑って「じゃあね!」と言って、クロック劇場の中へ入って行く。

 少しして「ナーシャお嬢さん、差し入れだよー!」と聞こえて来たので、なるほど、とメレディスは思った。


「あそこの関係者かぁ……それなら関わらない方が良かったっすかねぇ」


 同時に、そんな風には思ったものの。

 貰ったマフィンを見て、フッと穏やかに微笑んで、メレディスは「ま、いっか~」とその場を後にした。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ