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馬小屋暮らしのご令嬢  作者: 石動なつめ
第一章 馬小屋暮らしのご令嬢
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第十六話 悪人の事情


――――こんなはずではなかった。


 ロザリーはだらだらと汗をかきながら、ロンドウィックの町を走っていた。


(どうしよう、どうしよう、どうしよう、どうしよう)


 ロザリーは脇についカッとなって抱えてきてしまった人質のアナスタシアの姿がある。

 今にも死にそうな表情のロザリーとは正反対に、アナスタシアはあまり動揺していなかった。

 ぶらんぶらんと足を揺らしながら、アナスタシアはちらりとロザリーの顔を見上げる。

 

 青ざめた顔。

 その顔を見て、アナスタシアはつい先ほどの事を思い出す。

 ロザリーはアナスタシアが偽物のフローズンクリスタルを手に持っていた時、心配してくれていた。

 呪いを仕掛けた犯人ではあるけれど、根っから悪い人ではないのだろうか。

 そんなことをアナスタシアが考えていると、前方に馬小屋が見えてきた。

 宿屋に併設された馬小屋だ。宿を利用する客が乗ってきた馬や、馬車を引く馬を休ませる場所である。

 ロザリーはアナスタシアを抱えたままそこへ飛び込んだ。


「ガース! まずい、バレた!」


 そして誰かの名を呼ぶ。


「ああ、分かっている」


 それに反応して淡々とした声が聞こえた。

 声がした方へ顔を向ければ、馬車の御者台に、優男が座っていた。

 あれがガースだろう。ガースは御者台からジロリ、とロザリーを見下ろした。


あの(、、)ローランドがここへ来た時から大体想像がついていた。すでに準備万端だ」

 

 そう話すガースと、アナスタシアの目があった。

 ああ、冷たい目だなとアナスタシアは思った。

 第一夫人やその子どもが自分を見る目とは違う。あの目から、憎しみという熱を取っ払った、ただの無感情な目だ。


「そ、そうか。良かった……それじゃ、直ぐに町を出よう!」


 ホッとしながらロザリーは馬車に近づこうと足を踏み出す。

 しかしその直後、

 ドスッ、

 と音がして、ロザリーの足元に、クロスボウの矢が飛んできた。


「……え?」


 呆然と顔を上げるロザリー。

 矢が飛んできた方向は御者台―――見ればガースはクロスボウを手にもっていた。


「なぁロザリー、お前、大変な事してくれたよなぁ」

「え?」

「川の水の呪いをかけ、ロンド綿花をダメにして、この町の生活を脅かした。その上、レイヴン伯爵の娘を誘拐とは、こいつは大したものだよ」


 淡々と言葉を紡いで、ガースは最後にこりと笑う。

 その目は決して、笑ってはいない。


「全部お前が一人でやったこと。そうだよな?」

「な、何を言って……計画を立てたのはあんたで……」

「なぁ、そうだよな? そういう役割だったろう? 前金はたんまり渡したろう? それとも破棄するかい? 別に良いんだぜ、病み上がりのお袋さんから金を返してもらったってさぁ」

「…………っ」


 ガースがそう言うと、ロザリーは何も言えなくなった。

 短い言葉だったが、それが脅しの言葉であると、アナスタシアですら気が付いた。

 そしてガースがスッと表情をなくす。


「カスケード商会の面汚しめ、会長はお前を決して庇ったりはしないだろうよ。ああ、まったく、呪術師くずれが、使えると思って雇ってやったらこのザマだ。とんだ大損だよ、それじゃあな」


 吐き捨てるようにそう言うと、ガースは馬車を走らせ、馬小屋から飛び出していった。

 ガラガラと、車輪が回る音が響く。

 ロザリーはがくりと膝から崩れ落ちた。 


「…………終わった」


 ぽつりとロザリーが呟いて項垂れた。

 ほどなくして、地面にぽたり、ぽたりと涙が零れ落ちた。

 未だ抱えられたままのアナスタシアだが、多少自由がきくようになったので、そっとロザリーの顔を覗き込む。


「ごめん、母さん……ごめん……」


 何度も何度も謝罪の言葉を呟きながら、ロザリーは空いた右手の甲で涙をぬぐった。

 それからアナスタシアに、


「……あんたも、ごめんね。咄嗟に掴んじゃって、怖かったよね、ごめんね」


 と謝って、手を離した。

 ようやっとアナスタシアは自分の足で立てるようになると、ロザリーの目の前に移動して、


「ロザリーさんは、商人ではないのですか?」


 と聞いた。するとロザリーは力なく笑う。


「商人だったよ、ついさっきまででね。このためだけに雇われたのかぁ……はは」

「ロザリーさんは、どうしてこんなことをしたんですか?」

「……お金よ。お金が欲しかったの。……母さんが病気でさ、手術にたくさんお金が必要だったの」

「……お母様は?」

「うん、前金でね、手術できたよ。まだ薬代がかかるから頑張りたかったんだけど…………ああ、ほんと、悪いことなんて、するんじゃなかったなぁ……」

「…………」


 彼女がやったことは犯罪だ。そして彼女はそれを悔いている。

 嘘偽りのない後悔の声だ。

 アナスタシアはふと、自分の手を見た。それからその手をぎゅっと握ると、再びロザリーの顔を見る。

 

「ロザリーさんがやったことで、ロンドウィックはとても大きな被害を受けました」

「……ええ」

「理由があっても、この国の法はそれを許しません」

「……ええ」

「けれど不公平です」

「ええ……え?」


 頷きかけたロザリーは、きょとんとした顔でアナスタシアを見る。

 良く分からずにいるロザリーに向かって、アナスタシアは言葉を続ける。


「ロザリーさんは償う気はありますか? 誠心誠意ロンドウィックの皆さんに謝罪し、償う気持ちがあるのならば、私があなたを弁護します」

「え、え……?」

「力はあんまりないですけど、それでも私はまだ、レイヴン伯爵の娘です」


 困惑するロザリーに向かって、アナスタシアは「大丈夫だ」と言わんばかりに胸を叩く。


「あいつを捕まえます。手伝ってくれますか」


 そしてその手を、そのままずいとロザリーに差し出した。

 彼女の目に自分の姿が映るのが見えた。

 ロザリーは息を呑むと、アナスタシアの小さな手を両手で握る。



 その時、馬小屋の戸が揺れて、二人の上にユニコーンの影が伸び覆いかぶさった。

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