第十五話 怪しい商人
解呪を終えたアナスタシア達は、直ぐにロンドウィックの町へと戻った。
もちろんユニコーンも一緒である。
その姿を見れば驚かれるだろうとは思ったが、あのまま山に残して、万が一その『商人』が戻って来ても心配だったからだ。
アナスタシア達がそう話すと、幸いユニコーンは嫌がることもなく『いいよ』のひとことでついてきてくれた。
さて、そんなアナスタシア達だが、まずは町長の家を目指していた。
呪いのことや商人のことなど、一番に報告しなければならない相手だからだ。
なので町長宅に向かったところ、アナスタシアたちより先に、誰かが町長と会話をしているのが見えた。
女性だ。
アナスタシアの頭の中に、綿花畑に立っていた二人組の商人が浮かびあがる。
髪型や色、服装からしても、たぶん同じ人物だろう。
「あ、綿花のところに立っていた商人ですね。馬車から見えました」
「そうなのか?」
「はい。でも、もう一人いたような……」
アナスタシアがそう言うと、ライヤーが相手の服を見て目を細めた。
「……カスケード商会の商人ですね」
「おや、美味しそうなお名前」
思わず呟いたアナスタシアに、シズが「ぶはっ」と噴き出す。
「それはカスタード。シュークリームとかに入れる奴な」
「私、食べたことないです。美味しいので?」
「甘いもの好きにはたまらないね。今度作ってあげる」
そうしてウィンクするシズに、アナスタシアは尊敬の眼差しを向けた。
アナスタシアは貴族の御令嬢だし、馬小屋で過ごしてもいたので、料理はほとんどしたことがない。
なので料理が出来ると話すシズが眩しく見えた。
そんな二人の会話にライヤーは苦笑しつつ、話を続ける。
「しかしカスケード商会か……やり手ではありますが、あまり良い評判は聞きませんね」
「そうなんですか?」
「ああ。扱う商品は質が良いから多くの貴族と繋がりがあるんだが、それを笠に着た強引なやり方が問題でね。他の商会とよくトラブルを起こしているんだ。それに噂では、かなり際どい手段も取っているらしい」
「つまり、該当するというわけだな。……さて、どうかな?」
ライヤーの話を引き継いでローランドがユニコーンに聞くと、
『あいつが、のろいをつかったやつ』
と、はっきりと答えた。
やはりあの綿花畑にいた商人が犯人のようだ。
そうなるともう片方の動向が気になるが、ひとまずは目の前の一人である。
ローランドは「さて、どうするか」と腕を組んだ。
「現行犯でない限り、証拠もなしに捕まえるのは難しいな……」
「ユニコーンの証言ではだめなんですか?」
「馬の声は普通の人には聞こえないからな」
ローランドの言葉に、それならばとアナスタシアはブレスレットをはめた手を挙げる。
ローランドは残念そうに首を横に振った。
「それは浸透していないから……」
ガーン!
と、音が聞こえそうな勢いでアナスタシアはショックを受けた。
そしてわなわなと震えると、
「馬は……馬はうそつかないし正直者なのに……」
なんて肩を落として声を震わせる。
そんな様子を見たローランドは、
(この子のショックを受けるタイミングが良く分からない……)
と真剣に悩んでいた。子供とは難しいものである。
さて、そんなこんなで相談をしていると、町長の方がアナスタシア達に気が付いた。
この人数でわいわいやっていれば、それはまぁ、気が付くだろう。
町長は「お帰りなさいませ!」とアナスタシア達に手を振る。
それにつられて商人もこちらを振り向いて――ユニコーンを見てぎょっとした顔になった。
「ああ、皆様! ご無事で何よりです!」
「いや。話の途中に邪魔をしてすまない」
「いえいえ、そんな!」
アナスタシア達の無事を喜んでくれる町長にローランドは微笑むと、商人の方へ顔を向ける。
「お初にお目にかかる。私はローランドと言う」
ローランドがそう挨拶をすると、商人の女性はスッと平然とした顔を持ち直し微笑む。
「はじめまして、カスケード商会のロザリーと申します。お目にかかれて光栄ですわ」
そして胸に手を当て、綺麗な動作で頭を下げた。
どうやらこの商人の女性はロザリーという名前らしい。歳は二十代半ばというくらいだろう。
ハーフアップにした薄茶の髪と、泣きボクロが特徴的な美人だ。
お互いの挨拶がすむと、町長がちらちらとユニコーンの方を見て、
「……ところでローランド様。そちらの馬は……?」
とローランドに尋ねた。
「ユニコーンだ。山を調査していた際に、このユニコーンが穢れた川の水を浄化してくれていたんだ」
「なんと! それでは水は……!」
「ああ、多少時間はかかるが、来年までには元に戻るだろう」
「そうでしたか……!」
呪いの事はまず伏せて、ローランドがそう言うと町長が安堵の表情を浮かべた。
「しかし妙な点がいくつか見つかって、これからその調査をしたいと思っている」
「妙な点ですか?」
「ああ。我々は今回の件、魔獣の仕業ではないかもしれない、と考えている」
ローランドはロザリーの方へ目を向けて話すと、彼女の肩がぎくりと跳ねる。
その反応に「ああ、やっぱりなぁ」とアナスタシアは心の中で呟いた。
話を聞いた町長は目を細め、
「それは……人為的なものであったと?」
「ああ」
「なんと……!」
そして犯人への怒りを露わにした。この反応は当然のものだろう。
憤りで顔を赤くする村長と逆に、ロザリーの表情が少しずつ青くなっていく。
それを見ながらローランドはするりとロザリーの話題に触れ始めた。
「ところで、町長。彼女はどうしてあなたの元へ?」
「ええ、実は、カスケード商会から、ロンド布を取引したいとお話を頂きまして」
「取引? 無事な綿花があったんですか?」
合いの手のように、シズがやや大げさに反応をすると、町長は軽く首を横に振った。
「いえ、今までの残りです。市場に出ているものより出来が悪くて、売りに出せないものがあるのですよ」
「へーえ! そいつはまた、有難い申し出ですね!」
にこにこ笑うシズに、アナスタシアは心の中で「ビンゴ」と頷く。
どうやらアナスタシアの予想は当たっていたようだ。
「ええ、本当に有難いお話でした。しかし我々もプライドを持ってロンド布を作っております。例えお金になるとしても、不出来なものを売るわけにはいきません。なので大変心苦しいですが、お断りしていたところなんですよ」
「ああ、良く分かる。譲れない部分だな」
「分かっていただけますか!」
「もちろんだとも」
ローランドと町長が、がっちりと握手を交わした。
アナスタシアも思わず混ざりたいと思ったが、ここは空気を読んで我慢することにした。
物作りに携わる者同士、共感できる部分があるようだ。
シズとライヤーは良く分からなかったようで、お互いに顔を見合わせていたが。
さて、そんな中、とたんに慌てだしたのがロザリーである。
「で、ですが、ロンド布が売れないと生活が困りますよね?」
「もちろん少なからず厳しくはなりますが、今までの蓄えがありますし、私の方でもしもの時のための貯蓄はしております。なぁに、一年くらい耐えてみせましょう!」
町長は胸を叩いて、誇らしげにそう言った。
ローランドという共感者を得られた事で、気分も良くなったのだろう。
ニッと白い歯を光らせ、町長は笑ってみせた。
「あ、いや、その……し、しかしですね、やはり苦しいのではと……!」
しかしロザリーはなかなか引き下がらない。
それを見てアナスタシアは、もうひと押し必要かなぁ、などと思って、シズの服の袖をちょいちょいと引いた。
「何かな、アナスタシアちゃん」
「シズさん、ちょっと見られたくない事をするので、壁になってていただけますか?」
「うん、分かった。いいよ」
シズが快諾すると、アナスタシアはこっそりシズの背後へと回った。
会話を聞いていたユニコーンも、少し動いて壁を作ってくれる。
二人が作ってくれた壁に隠れたアナスタシアは、なるべく音を立てないように、両手を鞄の中に突っ込んだ。
そして直ぐに、ふわり、アナスタシアの手の周りが光始める。
螢晶石を作っているのだ。
そして出来た螢晶石を、アナスタシアは両手でぐにぐにと、粘土のように捏ね始める。
しばらくしてそれは山の中で見つけたフローズンクリスタルと同じ形へと変化し始めた。
もちろん中をちょっと濁らせておくのも忘れない。
完成したそれを両手で持ち上げ、鞄から出すと、
「……よし、出来た。ありがとうございます、シズさん、ユニコーンさん」
二人にお礼を言って、アナスタシアはシズの背後からひょいと顔を出した。
それから大き目の声量で、
「ローランドさん。これ、どうしたら良いでしょう?」
なんて話しかけた。
すると、アナスタシアの方を向いたローランドと町長、それにつられたロザリーが、
「ん?」
「おや」
「ひっ!?」
と、それぞれ違う反応を見せる。
アナスタシアの手の中のそれを見て、一気に青ざめたロザリーに、ローランドが「なるほど」と理解した顔になった。
そうとは知らないロザリーは、アナスタシアに向かって大慌てで叫ぶ。
「さ、触っちゃダメ!! あんた、それが何だか知っているの!?」
「何とは?」
「いいから、早く捨てて! 危ないわ! 捨てないと、あんたの身体に呪いが……」
「ほう?」
そこまで聞いて、ローランドがロザリーの肩に手を置いた。
にこり、と笑顔にやや黒いものが混じっていた。
これは怖いやつだとアナスタシアが思っていると、ローランドはその表情のままロザリーに問いかける。
「今のはどういう意味かな?」
「え、あ、いや……と、とにかく捨てた方が良いかなーって……」
「これは山で拾ったものではない、ただのフローズンクリスタルですよ、ロザリーさん」
「え? ちがうの? ……あ!」
思わずと言った様子で反応したロザリーは「しまった!」と言う顔をして、両手で口を覆った。
だがすでに遅い。
ローランドは笑顔を消すと、今度は問い詰めるように言う。
「君がロンドウィックの川の水に呪いをしかけた本人だな」
「…………」
「な、何ですと!? どういうことですか、ロザリーさん!?」
「…………」
ロザリーは俯き、滝のような汗を流している。
そうしてぶるぶる震え出し、
「……つ」
「つ?」
「捕まってたまるかァッ!」
突然そう叫ぶと、足下になにかを投げつけた。
それが地面にぶつかると飛び出すように、ぶわり、と白い煙が辺りを覆う。
煙幕だ。
そう思った直後、アナスタシアは自分の身体が宙に浮くのを感じた。
ロザリーが脇に抱えたのだ。
「わあ!?」
急に足が地面から離れたものだから、アナスタシアが驚いて声を出す。
そのままアナスタシアを抱えたロザリーが、必死の形相になって走り出した。
アナスタシアの悲鳴と、煙幕の中で見えた姿に、ローランドが鋭く指示を出す。
「シズ、ライヤー、逃がすな!!」
「ハッ!」
それに反応して、即座に二人は駆け出す。
「町長、協力を願いたい! すぐに町の入り口全ての封鎖を!」
「はい!」
町長にもそう指示を出したローランドが、そのまま自分も追いかけようとすると、その脇をユニコーンが駆け抜けて行くのが見えた。
ローランドはそれを見て、何かに気付いたように手首のブレスレットを見る。
そして今度は、別の方向へ向かって走り出した。




