表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
馬小屋暮らしのご令嬢  作者: 石動なつめ
第七章 領都の星辰と騎士の清濁
154/242

第二十六話 まぁ危険はありませんでしたので


 結界という魔法がある。主な用途は、誰かから、そして何かから身を守るために考えられた魔法だ。

 この魔法自体はそれほど難しいものではなく、魔法の使い方に慣れたものならば割と簡単に発動することができる。

 ただ形状や強度、効果時間などが、注ぎ込んだ魔力量に比例するため、使いどころを考える必要がある魔法でもあった。


「アナスタシアを解放して欲しくば、兄様の元へ連れて行くといい!」

「本気になった僕達の結界は、ちょいとそこらの連中じゃ破れませんからねぇー!」


 ニコラとエルマーはそう宣言しながら、アナスタシアの腕をがっちり掴んでいる。まるでお気に入りのぬいぐるみを、誰かに奪われないようにと抱きしめられているような力加減だ。

 痛くはないが、振り払うのが難しいくらいには強い。


 とは言えアナスタシアにとっては、腕を捕まれているのは大した問題ではない。 

 問題は双子が張っている結界にあった。

 アナスタシア達を中心に半円型の光の壁が出来ている。物理的な攻撃や魔法を弾くタイプの結界だ。

 見た目は先日のナイトメアの一件で、ロザリーが呪術を相殺した時の様子とよく似ていた。


 さて、そんな結界だが。

 ワーズワースの双子はその魔法を使ってアナスタシアを人質に取り、レイヴン伯爵邸の応接間に立てこもっていた。


(いや、本当にどういう状況なんでしょうね)


 人質とか立てこもりとか。言葉だけは物騒だが、一応ここはレイヴン伯爵邸の中である。

 加えて言えば腕を掴まれて動けないだけで、身の危険もほぼまったく感じない。

 特に困りはしないけれど、さてどうしたものか。アナスタシアがそうのん気に考えている目の前では、ディーターが頭を抱えていた。


「ねぇ本当にいい加減にしようね!? 領地間の問題になってしまうでしょう!?」

「なってしまうと言うより、現在進行形でなっているのですが」

「ああっ猶予を、猶予を頂けると大変ありがたいです、ローランド監査官!」

「はいっ申し訳ありません、猶予を! 猶予を!」


 ローランドが冷静にツッコミを入れると、ワーズワース侯爵夫妻は祈るように両手を組んで訴えた。双子もそうだが、両親もなかなか賑やかな人達のようだ。

 それを見てローランドは何とも言えない表情を浮かべ、そのままアナスタシアの方へ視線を向ける。


(君、どうにか出られるか?)

(ガッチリ掴まれているので、ちょっと無理そうですね)


 ジェスチャーで問いかけて来るローランドに、アナスタシアは顔と目の動きで応える。

 それを見てシズとライヤーが、


「ライヤー隊長、この二人、ニュアンスで会話してる……!」

「ついに馬のアレが人間に適用されたか……!」


 なんて慄いていたが。

 まぁ、それはともかくとして、まずはこの状況を何とかする方が先である。

 様子を見守っていたガブリエラは「うーん」と腕を組み、


「とりあえず、どうするんだい?」


 とローランドに聞いた。ローランドは腕を組んで少し思案する。


「……いっそ敵だったら行動しやすいのだがな。ひとまずは結界を壊すか」

「そうか、では一点突破だな」

「ああ」


 ガブリエラの言葉にローランドは頷く。

 するとそれを聞いたニコラとエルマーは、ふんす、と気合を入れて、


「敵襲だよ、エルマー! 結界を倍で強化!」

「もちろんですよう、ニコラ!」


 何てやる気を出した。敵襲とは一体。

 ふっと疑問が浮かんだが、それ以上にアナスタシアが気になったのは結界だ。

 この結界、まだ強化が出来るらしい。二人分の魔力のおかげか、それとも双子だからこそ出来る技なのか。

 アナスタシアが興味深く結界を眺めていると、


「やめて! 本当にもうやめなさい、二人共ーッ!」


 今にも倒れそうなくらい青褪めた顔で、ワーズワース侯爵が叫んだ。


「ニコラさん、エルマーさん。逃げませんので、とりあえず腕を放していただけるとありがたいのですが」

「逃げる奴はみんなそう言うんだよ」

「そうですとも!」


 とりあえず腕の解放を頼んでみたら、そう断られてしまった。

 まぁ出会って間もない自分だ。信用がないので仕方がないだろう。そう思いながらアナスタシアは双子が張った結界の外を見た。

 そこでは皆が思い思いの表情を浮かべている。

 ローランドを始めとしたレイヴン伯爵家側の面々は、双子に敵意や害意が感じられないため割と落ち着いているが、侯爵夫妻は別だ。

 ディーターは青褪め、おっとりとした印象だったエデルガルドは額に青筋を浮かべている。


「ニコラ、エルマー……あなた達、ちゃあんと覚悟は出来ているのでしょうね……?」


 しかも地を這うような声まで聞こえて来た。

 アナスタシアの両側で、ニコラとエルマーが「ひい!」と震え上がる。


「ももももちろんだとも! 私達! 兄様に会うためならどんな覚悟だって!」

「え、ええ、そうですとも! 母様に叱られることなんて、ちっとも、あの、全然……あの……」

「語尾が小さくなっていますが」

「な、なってない!」


 二人は首をぶんぶん横にふるものの、どう考えてもなっている。

 掴まれた腕からガタガタと二人の震えが伝わって来る。

 しかしいくら恐怖で震えていようと、双子が止めようとする素振りはなかった。


「ちなみに解放していただけるなんて選択肢は?」

「今はないよ!」

「そうですか。ではローランドさん、ガブリエラ隊長、お先にテレンスさんのところへどうぞ」

「えっ!?」


 話が進まなそうだったのでそう言うと、双子が目を見開いてアナスタシアを見た。


「ええええ!? ちょ、ちょっと待って! 君、人質だって自覚ある!?」

「いえ特には」

「真っ直ぐに否定されたましたよ!?」

「だって放してくれないそうですし」


 あまりにすっぱりと答えるアナスタシアに双子は慄く。

 いくら驚かれても危険性を感じないので仕方がない。これが演技なら大したものだが、そうでもないだろう。

 なので早々に大人しく人質になる案をアナスタシアは早々に放棄した。


「ううむ、まぁ確かに危害は加えそうにないが……君はそれで大丈夫か?」

「大丈夫です。これが外だったら一考しましたが屋敷の中ですし。結界の中にいる分には特に問題なさそうです」

「問題ないっ!?」

「あー、まぁそうだねぇ。これ危ないタイプの結界じゃないし、誰か見ていれば問題ないと私も思うよ」

「そうか、分かった」

「分かっちゃうんですか!?」


 あわあわする双子をよそに話が進んでいく。


「シズ。私達はテレンスの方へ向かうので、ここを頼んでも良いか?」

「はーい、もちろんですとも!」


 ローランドがそう言うと、シズはニッと笑って請け負った。


「ではお二人共、行きましょう」

「し、しかし放っておくわけには……」

「アナスタシアが大丈夫だと言っておりますので。あの子はあれでしっかりしていますから」


 心配そうなワーズワース夫妻に、ローランドはそう答えた。

 褒められた事が分かってアナスタシアは嬉しくなる。


「はい、しっかりしてますので!」

「…………」


 アナスタシアが大きく頷いてそう言うと、とたんにローランドの目に若干、不安の色が混ざった。


「……しっかりしているはずですので、ご安心を」

「ちょっと格下げ……」

「君のショックを受けるタイミングが本当によく分からない」


 上げて落とすまでが早かった。

 アナスタシアが、

 ガーン!

 と軽くショックを受けていると、ローランドから残念そうな眼差しまで向けられてしまった。

 ガブリエラはくつくつ笑っている。


「まぁ、それはともかく。あなた方に確認をしていただくまでは、お子さん達の面会は許可できません」

「……分かりました」


 やや落ち込むアナスタシアをよそに、ローランドはそう話す。

 ディーターとエデルガルドは、ニコラとエルマーにもう一度目を向けたあと「分かりました」と頷いた。

 そしてローランドに続いて部屋を出て行った。その後ろをガブリエラとライヤーが続く。

 応接間に残ったのはアナスタシアと双子、騎士のシズと、マシューを始めとした使用人達だ。

 双子にとっては予想外の状況だったのだろう。二人とも困ったように周囲に視線を彷徨わせていた。


「どうして……? 君、心配されていないの……? 大丈夫……?」

「微妙に胸にきますが、心配してくれていますよ。ですがお二人から危険な気配は感じませんでしたので平気かなぁと」

「ぼ、僕達だってやる時はやるんですよ!」

「でしたら一人で結界を張って、もう一人が刃物で脅すなりした方が、それっぽくなりますよ」

「え!?」


 アナスタシアがそう提案すると、双子はぎょっと目を剥いた。


「そ、そんな事して、怪我させてしまったら大変じゃないか!」


 大慌てで否定するニコラに、アナスタシアはフフ、と笑う。


「はい。ですので、大丈夫だと判断しました」

「ま、人質って言葉が出た時点で、十分物騒なんだけどねぇ」

「フフ。……さて、時間が出来ましたね。何をしてローランドさん達を待ちましょうか」

「でしたらお嬢様、お茶はどうですか? ハンスさんがマカロンを焼いていましたよ」


 アナスタシアが「うーん」と考えていると、マシューがそう提案してくれた。

 それは良いアイデアである。甘いものを食べて、温かいお茶を飲めば、少しは双子も落ち着くだろう。


「はい、ぜひ! お二人とも、甘いものはお好きですか?」

「あ……はい……」


 アナスタシアがそう聞けば、二人、何とも困った顔で頷いたのだった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ