第十六話 時計塔に隠されたもの
領騎士団の詰所を出た後。
アナスタシアとシズ、それからフラワーホースの二人と一頭は時計塔へ向かって歩いていた。
施錠魔法が解けて嬉しそうなフラワーホースとは逆に、アナスタシアとシズの表情は少しばかり複雑だ。
理由は先ほどのテレンスの言葉である。
「思わぬ情報をいただきましたねぇ」
「そうだねぇ。……それにしても、あいつ気にしてたんだなぁ」
ナイトメアを作り出し、領都を夢魔の霧で覆った時の事だ。シズはそう言いながら指で頬をかいた。
あの事件の時、ヴァルテール孤児院の者達も何とか無事ではあった。しかしまさか、その事をテレンスが気にしているとは思わなかったのだ。
「……あ、しまった。体調について尋ねるのを忘れていました」
「ああ、そうだ。それがあった。あんまりにも普通に話すから……だけど顔色は特に悪くなかったね」
「はい」
アナスタシアが頷くと、フラワーホースが不思議そうな顔をする。
『体調? アナスタシア達が会った人は具合が悪いの?』
「ちょっと魂に夢魔の霧が混ざっている可能性がありまして」
『そう。人間は変な事をするんだね。なら、これをあげる』
不可解そうに言うと、彼女の足元からたくさんの花弁が舞い上がり、アナスタシアの目の前でポンッと弾ける。
するとそこから一輪の花が現れた。中央から花弁の外側に向かって、空色と金色のグラデーションがかかった美しい花だ。
アナスタシアは慌てて両手でそれを受け取る。
まるで夜明けの色を閉じ込めたようなその花を見て、アナスタシアは「あ!」と目を瞬いた。
「黎明花!」
「黎明花?」
「はい。花弁も蜜もすごく甘い、珍しい花です。これを食べると一次的に、毒や呪いに対しての抵抗力を得られるんですよ」
「へー!」
両手の上の花を見ながらアナスタシアは、やや興奮気味に説明する。
するとフラワーホースもフフ、と笑って、
『夢魔の霧なら、ナイトメアの呪術でしょう? 少しは効くと思う』
と言ってくれた。
「ありがとうございます、フラワーホースさん。何かお礼をさせてください」
『お礼?』
「はい。世の中はギブアンドテイクです」
『そう、じゃあ今度ブラッシングして。上手ってウワサで聞いた』
「私のブラッシングが、馬の皆のウワサに……!?」
ピシャーン、
とアナスタシアは雷に打たれたのような衝撃を感じた。
感動に打ち震えるアナスタシアは、バッとシズを見上げる。
その勢いにシズが若干仰け反った。
「シズさん、聞きましたか! 私のブラッシングが! 馬の皆さんに!」
「う、うん、聞いた聞いた。良かったね?」
「はい!」
アナスタシアは元気に返事をする。
これは頑張らねば。
ふんす、とアナスタシアは気合を入れながら歩く。
そうしていると、目的地である時計塔が見えてきた。
◇ ◇ ◇
時計塔の施錠魔法は、そこの頂上にあった。
アナスタシアも何度か来た事がある場所だ。
あの時は何の反応もなかったが、三つの施錠魔法を解除したためか、天井に同型の魔法陣が見えるようになっている。
ただ今まで見てきたものよりもずっと大きい。
おお、とアナスタシアは見上げながら、
「触れるにしても、これはちょっと届きませんねぇ……っと、おや?」
そんな事を思っていると。
その魔法陣のちょうど真下――そこにあった円形のベンチ、と思っていたそこにも天井とまったく同じ魔法陣が光り出した。
それを見てシズが近づき、魔法陣を調べる。
「……うん、上と連動してるタイプだ。ここに魔力を注ぐと上にも入るとはずだよ。起点はここだね」
「なるほど、分かりました! では失礼して……」
アナスタシアはシズが教えてくれた箇所に指を触れる。そして同じ様に魔力を注いでいくと、魔法陣のつぼみが花開くと同時に、天井の魔法陣のつぼみも咲いた。
これは何だか面白い。そんな感想を抱きながらアナスタシアは魔力を注いでいく。少し大きいので移動しながらつぼみを咲かせていくと、次第に魔法陣の光が強くなり、光で出来た鍵が現れた。
これも大きさは違うが、流れは一緒だ。
そう思いながら鍵を手に取った瞬間、今までとは違って空中に新たな魔法陣が現れた。
「シズさん、鍵はここで良いんでしょうか?」
「うん、大丈夫だよ」
シズが頷いてくれたので、アナスタシアは鍵に魔力を注ぎながら、現れた魔法陣に差し込んで開錠する。
そしてパァ、と不思議な音が響いたかと思うと、上の魔法陣から突然、光のカーテンが下り始めた。
何が起こるかじっと見つめていると、程なくしてアナスタシアの目の前に、一本の白く輝く槍が現れる。
キラキラ、キラキラと。
思わず「綺麗」とアナスタシアは呟いた。
これがフラワーホースの言う『預かりもの』なのだろうか。
「まさか、これ……アーサー卿の『星辰』……?」
シズの驚く声が聞こえる。
おや、と思いながら、アナスタシアは槍を握る。
その瞬間、握った手の近くに文字が浮かび上がった。
『アーデンに気を付けろ』
思わず目を見開く。
そうしている内に魔法陣の光は収まり、同時に槍の光も文字も消え。
気が付いた時には、手の中で白く輝いていた槍は、錆びた槍へと変化していたのだった。




