表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
馬小屋暮らしのご令嬢  作者: 石動なつめ
第七章 領都の星辰と騎士の清濁
131/242

第三話 信じる事と疑う事


 ジャックとの話し合いはスムーズに進んだ。

 内容は出資に絡んだ話がメインだった。途中なかなか際どいやり取りもあったが、そこはローランドが上手く躱してくれていた。

 さすがカスケード商会の会長だ、しっかりしている。ローランドは「なるほど、ロザリー達の気持ちが良く分かった」なんて苦笑していたが。

 ただそれでもロザリーやガース達と比べると、手加減してくれていたのだろう。


 さて、そうして一通り話が終わった後。

 全員でお茶を飲んでいると、そのタイミングで首無し騎士のホロウが部屋に飛び込んできた。


「ローランド殿、アナスタシア殿! 至急ご相談したい事が!」


 入って来るなりホロウはそう言った。

 何だろうかと思って聞けば、領都の領騎士団の詰所周辺に『夢魔の霧』と同じ靄が発生しているという話だった。


「夢魔の霧ってあれだろ、前に領都が真っ暗になった奴。海都でも噂になっていたぜ」

「領都の近くまで行った人が、そこだけ夜みたいだったってびっくりしていたわねっ」


 話を聞いてウィリアムとトリクシーがそう言った。

 ジャックも「そうですね」と頷く。


「あれほどの規模の事件は最近では珍しいですね。クロック劇場の件も伺っておりますが、ずいぶんと物騒のようだ」

「昔もちょこちょこあったけど、でかい事件ってのはあんまなかったもんな。領都で大きめの奴だと、あれか。結構前に星教会(ステラ・フェーデ)の司祭が襲撃された事件があったくらいか?」

「司祭様がですか?」

「おう。三年くらい前だったかなぁ……。ま、大怪我はしたが、一命は取り留めたらしいぜ。犯人はまだ捕まってないんだったか」


 ウィリアムはそう教えてくれた。

 三年くらい前というと、アナスタシアの母が亡くなった年だ。季節もちょうど今くらいである。

 そんな事件があったのかと思っていると、ローランドが話の続きをホロウに促した。


「それで、その発生源がテレンスの魂……という話だが」

「その可能性が高いと吾輩は思っております」

「ふむ……。確かにあり得ない話ではないな」

「そうなのですか?」

「ああ。魂は魔力とよく似ていると言われている。夢魔の霧も元を辿れば魔力の塊だ。消耗した魂がその分を補おうとして……というのは十分考えられる。似た内容の論文も出ているしな」


 アナスタシアの疑問に、ローランドはそう教えてくれた。

 なるほど、と思いながらも、


「でもそれは体調的には大丈夫なのですか?」


 とアナスタシアは聞いた。その話の通り、魂の欠けた部分を夢魔の霧で補ったとして。

 領都を覆って人を眠りに引きずり込んだアレが体内にあって、問題がないかどうか気になったのだ。


「今のところ不調が出ている様子はなかったが、実際には分からないな。至急、専門家を呼んで調べよう」

「専門家って、あ、もしかしてガブリエラ隊長ですか?」


 シズが人名を挙げると、ローランドは「そうだ」と頷いた。

 どうやらその人物は騎士隊長らしい。名前の響きからして女性だろうか。


「ガブリエラ隊長はどんな方なのですか?」

「フルネームはガブリエラ・パナケア。パナケア隊の隊長を務める女性騎士で、一言で表すと変人だ」

「変人」

「あと医術の心得もある人だよ。魔法薬の調合も得意で、戦いになるとよくそれ投げつけてて、めちゃ怖い」


 何となく同類の気配を感じ、アナスシアは「なるほど……」と神妙な顔で頷いた。

 それはぜひ会ってみたいものである。

 そんな事をアナスタシアが考えていると、ホロウが「パナケアか……」と少し苦い声で呟いた。


「ローランド殿、一つ伺いたい。そのパナケアとは、あの『薬師パナケア』の人間で間違いはないでしょうか?」

「……ああ、その通りだ」


 ホロウの問いにローランドは頷く。おや、とアナスタシアは思った。ローランドの雰囲気が先ほどまでと少し違ったからだ。

 まるでその問いかけに抵抗感があるような、そんな声で彼は答えている。


「ローランドさん、薬師パナケアとは何ですか?」

「それは……」


 疑問に思いアナスタシアが聞くと、ローランドは答えに悩むように視線を彷徨わせた。

 何か事情のある人なのだろうか。アナスタシアが首を傾げた時、


「薬師の一族パナケア家。その腕は素晴らしく、作り出した薬は多くの人を救い、そして同時に――――クライスフリューゲルに病を振りまき人を苦しめたクソヤロウ、というのが世間の認識ですよ」


 ローランドに代わってジャックが答えてくれた。アナスタシアは目を瞬く。


「病を振りまく……?」

「ま、病というか薬ですね。飲むと気分が高揚して、苦しい事を忘れられる『幻薬』と呼ばれる薬の一種です」


 淡々とジャックは話す。

 本来は医療に使われていた薬を、精神に強く作用するように配合と素材を変えたものが『幻薬』だ。

 依存性が強く、飲み過ぎれば幻覚や幻聴などの精神的な異常を引き起す危険なもので、国はそれを禁止し厳しく取り締まっている。

 その被害が最も大きかったのが、騎士学校で騒ぎを起こしたカイラルの実家であるホーン伯爵領だ。そこに隣接するレイヴン伯爵領と、もう一つワーズワース侯爵領も一部に被害を受けていた。

 その原因である幻薬をばらまいたのが『薬師パナケア』だと言う。


「薬は……」

「どうした、アナスタシア?」

「あ、いえ」


 薬は身体を治すものでは、と言いかけてアナスタシアは口を噤んだ。

 軽く首を横に振ると、ジャックが話を続ける。


「その一族の人間が騎士隊長に就いたのは、当時結構なニュースになっていましたね。批判もかなり多かったと聞きます」

「ああ。吾輩もあれの被害にあった者を何人も見てきた。その家族もだ。……あの有様は酷いとしか言いようがなかったな」


 ジャックの言葉にホロウは頷いた。

 どうやらそれでホロウの反応が良くないようだ。そして彼が懸念を示すのも理解できた。

 しかし。


「騎士隊長に就いたのならば、国が認めた証拠です。その方の能力や実績と事件は別のお話になりますね」


 アナスタシアにとって個は個である。

 『薬師パナケア』の一族の誰かが幻薬をばらまいたとしても、ガブリエラ・パナケアという人物に非はない。

 そう判断したからこそ国は騎士隊長を任せたはずだ。


(まぁ、カイラル隊長みたいな例はありますけれど)


 人格に問題があったにせよ、あのカイラルも一応、仕事自体はちゃんとしていたらしい。

 なのでそういう意味ではガブリエラ・パナケアという人物を警戒する必要はないのではないか。

 アナスタシアがそう言うとローランドの表情が少し柔らかくなった。


「君の言う通りだ。ガブリエラはあの事件に関わっていない」

「あの人、そういうタイプじゃないですもんねぇ。評判が最悪のところから、自分の実力で隊長まで昇りつめた人ですもん。すごいっすよ」


 ローランドの言葉にシズも同意した。

 彼女を知る人間が二人、こうも言っているのだ。きっと大丈夫だとアナスタシアも思う。

 ホロウも納得したらしく、


「お二人がそう仰るのであれば、吾輩も信用しましょう」


 と言った。そんな彼に話を聞いていたトリクシーが首を傾げる。


「あら! 別に疑わない事が、イコールで信用しているって事でもないわよ?」

「む、そうか?」

「ええ、そうよ。信じるために疑うのも大事な事だと思うわ。無条件に信用するだけが信じるって事じゃないものっ」


 トリクシーは胸を張ってそう言った。

 彼女の言葉に大人達が少し驚いた表情になる。

 アナスタシアも、なるほど、と彼女の言葉に頷いた。


「トリクシーさん、深いです!」

「褒められたわ! うふふ、聞いたウィリアム!」

「くそう、俺より良い事言ってる……くそう……くそう……!」


 なぜかウィリアムは悔しがっている。

 そんな彼の様子がおかしかったのかトリクシーが笑い、アナスタシアも笑い。

 気付けばその場にいた人間もつられて笑い出す。


「フフ。……私もまだだまだ勉強が足りんな」

「ええ、分かります。教わる事ばかりです」


 ローランドとジャックはそんな事を言いながら、微笑ましそうにアナスタシアとトリクシーを見ていたのだった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ