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馬小屋暮らしのご令嬢  作者: 石動なつめ
第七章 領都の星辰と騎士の清濁
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第二話 久しぶりの再会


 そうして馬小屋を出たアナスタシアは、その足で真っ直ぐに屋敷の応接間へ向かった。

 ドアを開けると、ソファーに座ったローランド、カスケード商会会長のジャック、ウィリアム、それからトリクシーの姿が見える。


「申し訳ありません、遅くなりました」


 謝りながら中へ入ると、ウィリアムとトリクシーがニッと笑って手を振ってくれた。


「よう、お嬢様! 元気そうだな! ぜんっぜん待ってねぇし、約束の時間前じゃん。へーきへーき!」

「にゃー」

「会えて嬉しいわ、アナスタシア! ちなみにこんな事を言っているウィリアムは、出発時間に遅れたのよ!」

「にゃー」

「バラす事なくない? ジャックの旦那だって黙っていてくれたんだぜ」

「にゃー」

「おやおや。トリクシーさんが言わなければ私が言っているところでしたよ。フフ。お久しぶりです、アナスタシア様」

「にゃー」


 三人は賑やかにそう声をかけてくれた。気を遣ってくれているようだ。

 確かに約束の時間よりは早いが、やはり相手を待たせたというの、図太いアナスタシアでも申し訳ない気持ちになる。

 明るく受け入れてくれた彼らに、心の中で感謝しながら近づいていくと再び「にゃー」という声が聞こえた。

 おや、と思いながらアナスタシアが声の出所を探していると、ウィリアムのコートのポケットがもぞもぞ動いている事に気が付く。

 何だろうと見ていると、そこからぴょこんと小さな黒猫が顔を覗かせた。


「おっと、パール。大人しくしてなって」

「あら、ウィリアム。パールはここまでじゅうぶん大人しかったと思うわっ」

「にゃー!」


 トリクシーの言葉に「そうだそうだ」と言うように、パールと呼ばれた子猫が鳴く。

 実はアナスタシア、子猫を見たのはこれが初めてだったりする。「おお……」と見つめていると、子猫は「にゃー?」と首を傾げた。


「ウィリアムさん、この子猫さんはどうされたのですか?」

「海で漂っているところをシーホースが助けたんだ。んで、後はよろしくって任されたんだが……」

「ウィルが離れると探して延々と鳴き続けちゃうの。だから連れて来たのよっ」

「なるほど……。ウィリアムさんの事、とても大好きなんですねぇ。ええとパールちゃん、でしたね。こんにちは、アナスタシアです」


 微笑ましく思いながらアナスタシアが挨拶をすると、パールは「にゃー!」と元気に応えてくれた。

 可愛いなぁとアナスタシアは笑顔になる。

 アナスタシアは馬が好きだが、馬達から『猫は私達の良き友なのよ』と聞いていたので、猫にもとても興味があった。

 しかし屋敷に猫が来た事は滅多になく、アナスタシアも触れ合った事はない。けれども馬と猫が仲良しならば自分もそうなりたいと思っていた。

 なのでパールとも仲良くなれるといいなと考えていると、


「子猫は可愛いが、ひとまずアナスタシアはこちらに座りなさい」


 とローランドから手招きされた。

 アナスタシアは「はい!」と頷いて彼の隣に腰を下ろす。

 シズも微笑ましそうな顔でその後ろに立った。


「さて、では改めてだが。よく来てくれた、ジャック」

「こちらこそ、お招きいただき光栄です、ローランド監査官、そしてアナスタシア様。いやぁ、久しぶりにお話が出来るのを、とても楽しみにしていたのですよ」

「私もです。でもジャックさん、今回は本当にロザリーさんとガースさんは、同席しなくて良いのですか?」


 そう、実は今日はレイヴン伯爵家の商談担当の二人は、ここに同席していない。

 最初は彼女達も入る予定だったのだが、ジャックから「今回は商談ではないですし、大丈夫ですよ」と言われていたのである。

 ジャックはにこりと笑って、


「ええ。あの二人とは先日、思い切りやり合いましたからねぇ。休む時間も必要でしょう」

「あー、あれか。旦那が本気を出した奴だろ。商会の連中が『自分は絶対に混ざりたくない』って言ってたのを聞いたぜ」

「おやおや。だってアナスタシア様からも、手加減無用でとお願いされておりますのでね。私、約束は守るタイプなんですよ」

「確かに言いましたねぇ」

「はい。というわけで、ちゃんと有言実行しておりますよ」


 糸目の商人は楽し気にそう言った。

 アナスタシアが頼んだ通り、彼は手加減無用でしっかり相手をしてくれているようだ。

 彼の言葉に、そう言えば数日前に二人がげっそりした顔で屋敷に戻って来たっけと、アナスタシアは思い出した。

 あまりに疲れた様子だったので、どうしたのか聞いたら、


「化け物と……戦ってきました……」

「引き分けでしたよ……褒めてください……」


 なんて答えが返ってきていたが、どうやらあれはジャックと商談(やり合って)きた帰りだったようだ。

 有言実行は素晴らしいが、そこが実にジャックらしい。後ろではシズが「うわぁ……」と引き気味になっていた。ローランドも苦笑している。


「今の内に経験が積めるのはありがたい事だと思うが、潰さない程度にほどほどで頼むよ」

「フフ。承知しておりますよ。ですが、たぶん大丈夫だと思います。あれであの二人はなかなか打たれ強いですからね。……ま、打たれ強くなった、というべきかもしれませんが」

「なった、ですか」

「ええ。それこそ良い経験をしているようです」


 ジャックの細い目に、ふっと、慈しむような色が浮かぶ。


「それにガースは私が育てましたからね。どの程度まで行けるかは把握しておりますし。ロザリーもガッツがありそうなので、ああいう風に仕事の話をしていると、育ててみたかったなとも少し思ってしまいますよ」


 フフ、と微笑んで、ジャックはそう続けた。

 その声には親が子の成長について話す時のような温かさが混ざっていた。

 彼らには血の繋がりはないし、親子でもない。だが仕事上での繋がりでも、そんな風に見える関係を築く事が出来るのかと、アナスタシアは少し驚いた。

 それは不思議で、そして素敵なもののようで、自然とアナスタシアは微笑んでいた。


「おや、アナスタシア様、どうしましたか?」

「いえ。お話を聞いていて、その……良いなぁなんて思いまして」


 家族とは縁の薄いアナスタシアにとって、そういう関係は羨ましいものだ。

 なので素直にそう言うと、意味が伝わったらしいローランドとジャック、それからシズとトリクシーが優しい顔になる。

 しかし。

 その中で唯一、意味を間違って受け取ったらしいウィリアムは、大げさに仰け反った。

 

「お嬢様、そいつはなかなか被虐的な趣味だな……」

「ひぎゃく?」

「おう。シズと良い勝負だぜ」

「ちょー!? 待って待って、何で急に俺の話題が出て来るのかなっ!?」


 突然引っ張り出されたシズが、ぎょっと目を剥く。ウィリアムは真面目な顔で彼を見上げた。


「いや、だってよ。聞いたぜお前、好きなんだろ? 駄犬呼びとかさ」

「いや、憧れはあるけども! 確かに良いなって思ったけども! ここで出す話題じゃないし、そもそもそういう流れじゃなかったよね!?」

「実を言うと俺もさ、嫌いじゃないんだぜ」

「えっ、マジで」


 ウィリアムの発言に、大慌てだったシズが急に真顔になった。まるで同志を見つけたかのような様子だ。

 二人はガッチリと握手を交わす。


「君達は……」


 ローランドが残念なものを見る眼差しを二人に向ける。ジャックも肩をすくめた。

 アナスタシアには被虐的とか駄犬とか、その辺りの言葉の意味はいまいち良く分からない。しかしローランドがそんな目になるくらいの話題なのは理解した。


「皆さん、だけんって呼ばれるのがお好きなんですねえ」

「そうね。世の中には色んな趣味嗜好があるわよね、アナスタシア。ちなみにあたしは遠慮したいわっ!」

「なるほど、気を付けます!」

「気を付けますではなく、その知識自体は封印しなさいアナスタシア」


 大きく頷くアナスタシアを見て頭を抱えるローランド。

 そんな彼女達を眺めていたジャックはくつくつと笑う。


「いやぁ、やはりここは賑やかで楽しいですねぇ。フフ、ローランド監査官が困る姿が見られるとは、貴重な体験をさせていただきました」

「其方も相変わらず趣味が悪いな」

「おやおや、怒られてしまいました。フフ。――さて、ではそろそろ、本題に入っても?」

「ああ、構わない」

「ありがとうございます。ではまずは魔法列車の出資の件について……」


 今までの様子から一転して、真面目な顔になったジャック。

 切り替わったように商人の顔なるのがさすがだなぁと思いながら、アナスタシア達は仕事の話に入ったのだった。


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