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馬小屋暮らしのご令嬢  作者: 石動なつめ
第一章 馬小屋暮らしのご令嬢
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第十二話 そろそろ現実を見た方が良いらしい


 呪いというものは、とりわけ厄介なのものである。

 魔法の力を使って、悪意を以て他者やその場に災厄をもたらさん、というものだ。

 呪い(のろい)ではなく呪い(まじない)と言えば、その印象も可愛らしく変わるのだが、比べて後者を『善』とするなら、前者はもっぱら『悪』としての意味合いで用いられる。

 あくまで人間社会においての話のため、ユニコーンにとっては『呪い』がどういう意味合いを指すのかはアナスタシアも分からないが、この雰囲気を見れば自分達がイメージしている『呪い』と同じなのだろう。

 つまりこれは悪意を以てもたらされたものであるという事だ。


「呪いか……」

「ロンドウィックに対して悪意を持つものがいる、という事でしょうか?」


 アナスタシアがそう言うと、ライヤーが「うーん」と唸る。


「あの町は周りとトラブルを起こしていないはずだがなぁ。あるとしたら……」


 ちらりとライヤーはアナスタシアの方を見て、言い辛そうな様子で首の後ろに手を当てる。

 何となく理解したアナスタシアは「なるほど」と頷いた。


我が家(うち)ですかね?」

「ああ。以前、ロンド布を大量に買い付けて、ドレスを作らせようとした事があるらしい。だがその量が問題で、今までずっと取引していた先へ卸す分まで要求されたのを、ロンドウィック町長が断ったそうだ」

「あんなにドレス持ってんのに、まだいるんですかねぇ。俺にゃ貴族の感覚って良く分からないですけど」

「流行がどうのと聞いた事がありますけど。私も良くわかりませんが、無駄ですよねぇ」


 シズの疑問にアナスタシアも同調して頷いていると、ローランドが苦笑する。


「……まぁそんなわけで、大分腹を立てていたと聞いている」


 しかし話を聞く限り、それは怒っていそうだなぁとアナスタシアは思った。

 レイヴン伯爵の第一夫人は、思い通りにならないと癇癪を起こす人だ。

 それでもアナスタシアの父親が屋敷へ顔を出していた頃は、比較的、抑え気味ではあった。しかし帰らなくなってからはそれはもう酷いものだった。

 アナスタシアの部屋が馬小屋へ変わってからは、その後の屋敷の様子は分からないが、物が割れる音は時々響いて来たので、その類なのだろう。

 だからロンド布の買い付けを断られた時に、第一夫人は酷く腹を立てただろうことは容易に想像出来た。


「ただそれでも、動機としては薄いだろうと思っている」

「ええ。確かに感情の起伏の激しい方だと聞いていますが、それでも彼女はレイヴン伯爵の第一夫人です。領地を害するような事を積極的に行うとは考えにくい。……まぁ、税のことはありますが」


 ローランドの言葉にライヤーが頷きながら言う。

 ライヤーの言うように、第一夫人はやりたい放題であったし、自分たちが豪遊するための増税についても褒められることではない。

 しかしロンドウィックの事のように、税の徴収ができなくなるようなことをするとは考えにくい。

 第一夫人は頭の良い方ではあったと、アナスタシアの記憶にも残っていた。


「うーん……そうですね。こういう嫌がらせをするよりは、税をより増やすとか、そういう方法を取りそうだとは思います」

「そうなんだ?」

「贅沢が出来なかったら元も子もないという風には考えているかなと」

「うわぁ……。しかし、さすがアナスタシアちゃん、良く分かっているねぇ」

「まぁ、色々ありましたし」


 何気なくそう言うと、シズとライヤーがわなわなと震え、手で口を覆ってバッと顔を逸らす。


「アナスタシアちゃん、あんなに気丈に……!」

「ばかっ言葉にするんじゃないっ」

「君達はそろそろ現実を見た方が良いと思うぞ」


 そんな二人にさすがにそろそろアナスタシアの事を理解し始めたローランドがこめかみを押さえてそう言った。

 アナスタシアは笑うと、両手で拳を作って「むん!」と気合を入れる。


「元凶が何であれ、とにかく今は呪いをどうにかすれば良いわけですね!」

「そうだな。呪いによるものならば、どこかに呪いの核となるものがあるはずだ。それを破壊することで呪いは収まる」

「なるほど、核ですか。一般的にはどんなものが?」

「基本的に魔力が籠った石を利用するものと、呪う対象を模ったものの二種類が多いな」

「ほうほう」


 ローランドの言葉に、アナスタシアは紫色に染まった川を見た。

 今回の場合、呪いの対象となっているのは川、もしくは水だ。

 川を模ったものを作るのは難しいので、恐らくは前者だろう。

 それらしき石を探して辺りを見回すアナスタシアに、


『かわの、なか』


 ユニコーンがそう教えてくれた。

 アナスタシアは言われた通り、川を覗きこむ。

 透明度のない淀んだ川の底を、目を凝らしてよく見ていると、一部に周りと色が違う場所がある事に気が付いた。

 色というより、何か光っているように見える。

 アナスタシアはそこを指差して、


「ローランドさん、あそこに何かありそうです」


 アナスタシアがそう言うと、ローランドは彼女の指先を伝ってそこへ目をやる。

 シズやライヤーも同じように覗きこんで来た。


「あ、本当だ。何かちょっと色が変ですね。何か埋まっているんでしょうか」

「ほー、お嬢さん、良く見つけたなぁ」

「いやぁ、ユニコーンが川の中に何かあると教えてくれまして」


 アナスタシアがブレスレットをはめた腕を軽く掲げて見せると、ローランドが真面目な顔で、


「導入……」


 なんて呟いていた。

 まぁ、それはそれとして。

 問題は、この毒の川の中に埋まったものを、どう拾い上げるかという事である。


 しばし考えて、一同が出した答えはシンプルだった。

 木を切って、簡易のスコップを作る事、である。

 さすがに伐採用の発明はアナスタシアも作っていなかったので、シズとライヤーが彼らの剣を使ってどうにかこうにか作ってくれた。

 そして出来上がったスコップを、シズが川の中の目的の箇所へと刺し、ゆっくりと掬い上げる。

 川底の土や砂利と一緒に、掬われた川の水がぽたぽたと落ちた。


「はーい、ちょっと離れててねー」


 シズが明るい調子でそう言うと、川べりでスコップを傾ける。

 水が跳ねないようにと、静かに中身を落として行くと、最後の方でキラリとした灰色の水晶玉がコツンと落ちた。

 恐らくこれが呪いの核なのだろう。

 アナスタシアが水晶玉を覗きこんでみると、煙が渦巻いているように動いているのが見えた。


「随分と高価なものを使ったのだな。呪いに利用するなど勿体ない」

「だいぶ濁っていますけれど、フローズンクリスタルですよね。これ、氷菓を作る時に良いんですよ、いいなぁ」


 ローランドとアナスタシアがそんな話をしている。

 それを聞いたシズは「視点が違うなぁ」なんて苦笑していた。


「それで、どうしますか監査官。まだ呪いが発動している以上、直ぐに壊すと不味いでしょうか」

「ああ、そうだな。呪いを抑えてからにしよう」


 ローランドはそう言うと、鞄の中から空色の液体の入った小瓶を取り出した。

 見たことがない薬品だとアナスタシアは興味深そうに見上げる。


「ローランドさん、それは何ですか?」

「アクアベールの媒介だ」

「アクアベール?」

「水の膜を張る魔法だ。主に毒物に使用されるが、呪いを対処する際にも一定の効果はある。想定外だが、ちょうど良い」

「ああ、魔獣の毒対策だったんですね」

「そういう事だ」


 なるほど、とアナスタシアが頷いていると、ローランドは小瓶の蓋を開けた。

 そして何やらぶつぶつと呪文を唱える。

 すると小瓶の中から空色の液体が霧状になりながら浮かびあがり始めた。


(綺麗だなぁ……)


 まるで目の前に空が広がっていくようで、アナスタシアが見惚れていると、空色の霧はフローズンクリスタルの上で集まり、布状になった。

 薄く、キラキラと光るそれは、ゆっくりとフローズンクリスタルに覆いかぶさる。


「……よし。ライヤー、やってくれ」

「ハッ」


 ライヤーは一度敬礼をすると、手に持った剣をフローズンクリスタルに向かって振り下ろす。

 パキ、

 と軽い音を立てて、ライヤーの剣はアクアベールごとフローズンクリスタルを真っ二つにする。

 するとフローズンクリスタルの中で渦巻いていた灰色の煙が飛び出し――たが、アクアベールに阻まれて、すう、と地面に吸い込まれ、消えて行った。


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