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馬小屋暮らしのご令嬢  作者: 石動なつめ
幕間 スタンピードの分け前
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幕間 スタンピードの分け前 前編


「いや~マジで死ぬかと思ったわ。だって首無しの騎士だぞ、こいつは倒さないとやべぇ気配がしたんだよ。んで、色々やった後でそういやお嬢さんのところに、こんなんいたなってウワサ思い出したわ」

「思い出す前は、こんな事もあろうかと買っておいた星教会(ステラ・フェーデ)謹製の聖水が役に立つ時がきたと思ったわ! まったく効かなかったけど!」


 冬真っ只中のレイヴン伯爵邸。そこの応接間で、アナスタシアは海都レインリヒトで知り合った元海賊の二人組から、そんな話を聞いていた。

 顔も姿も派手な赤毛の男ウィリアムと、ふわふわした金色の髪をポニーテールにした少女トリクシーだ。

 この二人と会うのは秋の祝祭以来である。

 友達と久しぶりに会えて嬉しいなぁなんてアナスタシアが思っている近くでは、暖炉の傍で首無し騎士のホロウが唸っていた。


「ええい、だから話を聞けと言っただろうが! 吾輩は敵ではないと何度も何度も!」

「何度もじゃないわ! 三回だったわ!」

「三回でも多いわっ!」


 えへん、と胸を張って訂正するトリクシーに、ホロウは鋭いツッコミを入れた。

 アナスタシアは苦笑しながら、ホロウを見る。本来首のある場所にタオルをかけた騎士の鎧からは、暖炉からの熱により、しゅうしゅうと湯気が立っていた。

 実はホロウはつい先ほどまでほぼ全身が氷漬けだった。その理由は元海賊の二人組である。


 領都へやって来たウィリアムとトリクシーは、偶然、街の外で巡回していたホロウと出会った。

 まぁ、それで。その見た目で不死系の魔獣、ないしは危険種と勘違いして、襲い掛かったのである。

 その攻撃手段として取られたのが『聖水』だった。


 不死系の魔獣や危険種の対策で最も有効的とされているのは、星教会(ステラ・フェーデ)が販売している聖水である。

 聖水をかければ、実体がない相手であればそれだけで消滅する。

 実体のある相手も弱体化するので、そこを剣等の武器を使って倒す、というのがセオリーであった。


 それで、まぁ、見た目はそれっぽいホロウだ。

 ウィリアムとトリクシーは彼を不死系と勘違いして聖水をかけてしまった事で、ホロウは全身ずぶ濡れになり、外の寒さでそれが凍ってしまったというわけだ。

 しかしホロウは不死系ではなく妖精騎士である。なので聖水をかけられても何のダメージもない。

 

 精神的な部分以外は。


「最近、不死系扱いをされておらんかったから、吾輩地味に辛い……」

「どんまいです、ホロウさん」

「うう、アナスタシア殿ぉ……」


 暖炉の前で膝を抱えたホロウをアナスタシアが励ますと、彼はややしょんぼりした声を出した。

 元気がないせいか、もともと大柄なホロウが一回り小さくなっているように錯覚する。

 思わずシズも「あははは……」と苦笑した。


「ま、まぁ良かったじゃん、誤解が解けてさ」

「解いたのは吾輩ではないかったが、な……」

「おや、そうでしたか。どなたが解いて下さったんです?」

「ミステル一座の歌姫殿でしたぞ。あの時は、すわ救世主かと思いましたなぁ」


 アナスタシアが聞くと、ホロウはそう答えてくれた。

 どうやらミステル一座のミューレが助け船を出してくれたらしい。


「へぇ、ミューレちゃんか。街の外にいたんだ」

「たまたま近くを通っていたらしくてな。騒ぎを聞いて様子を見に来てくれたのだ」

「それはまた本当に運が良い」


 アナスタシアは素直にそう思った。

 門の外で騒いでいれば、領都の門番なり、誰かしら様子を見に行ってくれるだろうが、早めに解決できたのはミューレがいてくれたおかげだろう。


(そう言えば、ミステル一座はそろそろ次の街に移動すると言っていたなぁ)


 そんな事をアナスタシアは思い出した。

 各地で公演しているミステル一座だ。同じ場所にそう長く留まる事はない。

 彼女達が領都に来てから、そこそこ時間が経っている。そろそろ頃合いなのだろう。


「ところでウィリアムとトリクシーちゃん、街の外でホロウと会ったんだよね? 何か聞いた様子だと馬車に乗ってって感じじゃないんだけど」

「ああ、途中までシーホースに乗っけてもらったんだよ」

「シーホースさんですか!?」


 思わずアナスタシアはガタッと立ち上がった。

 その勢いにウィリアムは少し仰け反る。


「いや本当、馬が好きだよな、お嬢様は。あいつらも会いたがってたぞ」

「私も会いたかったですねぇ。でもシーホースさんに乗ってという事なら陸路じゃないですよね」

「ええ、川を伝ってだったわ! とっても寒かったのよ!」

「マジで」

「其方ら、こんな寒い冬になんて無茶な真似を……」


 まさかの言葉にシズが半眼になり、ホロウは呆れた声を出した。

 春の終わりか夏場なら問題ないが、今は冬。しかも降り積もった雪が解けていない程度には寒い。よく耐えて来たものである。

 風邪を引かないか心配になったが、二人はあっけらかんとしたもので、


「冬の海よりはマシだったぜ!」

「それにこっちの方が速かったのよ!」


 なんて笑って言っていた。まぁ本人たちが問題ないなら良いのだろう。


「それで、お二人は今日はどうしたのですか?」

「ああ。領都に幾つか用事があったんだが、メインはお嬢様たちへの届け物だな」

「届け物?」


 意外な言葉にアナスタシアが首をかしげていると、ウィリアムとトリクシーはニッと笑って、


「スタンピードの分け前さ!」


 と言った。

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