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馬小屋暮らしのご令嬢  作者: 石動なつめ
第五章 リヒト・ベーテンの夜
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第十一話 良い夢を見ました


「アナスタシアお嬢様!」


 目が覚めると、目の前にロザリーとマーガレットの顔があった。二人は心配そうにアナスタシアの顔を覗き込んでいる。

 どうやら無事に夢から覚める事が出来たようだ。

 アナスタシアが体を起こすと、近くではシズとライヤーの声が聞こえた。


「ほら、どうどう!」

「よしよーし! 落ち着こう! ね!」


 体を起こし、顔を向ける。そこでは二人が協力してナイトメアを抑えているのが見えた。

 オーギュストの体から飛び出して来たのだろう。暴れる黒馬を何とか宥めようとシズとライヤーは必死だった。

 そんな時、シズの手がナイトメアの角に届く。


「シズ、そのまま角を抑えていろ!」

「ハッ!」


 ローランドから指示が飛ぶ。シズはその黒い一本角を両手でしっかりと握った。

 捕まれたナイトメアはたまったものではないと、顔を振る。しかしシズは歯を食いしばってそれに耐える。


 シズが抑えている間に、ローランドは懐から空色の液体が入った小瓶を取り出した。ロンドウィックで見たもの――魔法『アクアベール』の媒介だ。

 小瓶の蓋を開け、ローランドは素早く呪文を唱える。すると中の液体が霧状になりながら浮かび上がり始めた。

 そのまま空色の霧はナイトメアの頭上へと集まり、布状となり。キラキラと光りながらナイトメアに覆いかぶさる。

 ナイトメアは最初は暴れていたものの、少しして大人しくなった。


「魔法陣から流れる魔力を一時的に抑えただけだ。少しは時間が稼げるだろう。この間に魔法陣を破壊しなければ」


 ローランドがそう話していると、そのタイミングでオーギュストが目を覚ました。

 ナイトメアに入り込まれていた事で、眠りが深かったのだろう。

 目覚めたオーギュストはマシューに支えられ、よろよろと体を起こした。

 彼の顔には涙の跡が見える。


「オーギュスト伯父様、大丈夫ですか?」


 アナスタシアが声をかけると、彼は力無く笑う。そして額に手を当てて、疲れたように息を吐いた。


「ああ、大丈夫だ。少しばかり、くらくらするけれど……」


 オーギュストがそう言うと、ホロウが頷く。


「ナイトメアに魔力を食われたからでしょうな。マーガレット殿、ベリーティーを。酒は少し多めでお願いしたく。アナスタシア殿にも何か温かいものを」

「ええ、かしこまりました。直ぐにお持ちしますわ」


 首無し騎士の言葉を受けて、マーガレットは食堂と走って行く。

 オーギュストは少しぼうっとした様子で彼女を見送っていた。そんな彼に、マシューがすっとハンカチを差し出す。


「オーギュスト様、どうぞ」

「ああ、ありがとうマシュー。……とても良い夢を見たよ」


 ハンカチを受け取り、オーギュストは自分の顔にあてる。

 そうした後で彼はナイトメアを見上げた。


「……幸せな夢だった。でもやっぱり僕は、現実の君が良い」


 安堵の声に寂しさを滲ませてオーギュストは言う。

 その気持ちがよく分かった。アナスタシアも「そうですね」と呟く。


「私もお裾分けで良い夢を見ました」

「君も?」

「はい」

「そうか」


 ふふ、と笑い合っていると、マーガレットが戻って来る。

 彼女の持つトレイにはベリーティーと、アナスタシア用のホットミルクが乗っていた。

 ふわりと良い香りが周囲に広がる。ああ、とオーギュストは笑った。


「……良い香りだ。僕の好きな果実酒の香りだね。ありがとう、マーガレット」


 お礼を言って受け取ると、オーギュストは一口飲んだ。アナスタシアも同様に。温かさが体に染み渡るようだ。

 そんな二人を見ながらローランドが「さて」と腕を組む。


「これからの事だが、ナイトメアの魔法陣がどこにあるかだな」

「ああ、それは心当たりがあるよ。彼女の……プリメラの屋敷だ。薔薇屋敷と言えば分かるかい?」

「一年中薔薇が咲いている、あの幽霊屋敷ですか?」

「ひい!」


 幽霊屋敷と聞いてアナスタシアが青褪めた。

 幽霊、お化け、アンデッド。それらが苦手なアナスタシアの反応に、オーギュストは目を丸くした。 


「幽霊が苦手かい?」

「いえ!? そんな事は別に!?」

「アナスタシアお嬢さん、リヒト・ベーテンの夜も、ナイトメアも大丈夫なのになぁ……」


 そんな様子を見てライヤーが苦笑する。


「そこは、ほら、別枠と言いますか。あとナイトメアは馬ですから!」

「ナイトメアなら厳密に言えば、あれは馬ではないのだが」

「ハハハ。……まぁ、その幽霊は僕なんだけどね。屋敷の薔薇の手入れに来ていたところを見られて、幽霊だと勘違いされたらしい」

「ひぇ……あっ、いえ! そっ、そうなんですねぇ!」


 声に動揺が滲んでいるものの、アナスタシアはホッと表情を緩めた。

 オーギュストの話によると、彼はその屋敷でテレンスが死霊術を使ったのを見たと言う。

 マシューが持ってきてくれた領都の地図を広げ、薔薇屋敷の場所を確認する。

 ここからそう時間はかからなそうだった。


「向かうのは私とシズ、ライヤーの三人と……」

「ホロウさんも皆さんと一緒に行って下さい。魔法を解くなら、ナイトメアも連れていかないとでしょう? この屋敷くらいの広さくらいなら、あたしだけでも結界を維持できます」

「うむ、心得た」


 ロザリーの頼もしい言葉に、ホロウは胸を叩いて請け負った。

 ローランドも小さく頷く。


「……そうだな。先ほどの囮魔法(デコイ)の件もある、心配ではあるが人手は欲しい」

「はい! 人手です!」

「確かに人手ではあるのだが、行くつもりか?」

「邪魔にならない範囲でお手伝いします」


 ぐっと両手の拳を握るアナスタシアに、ローランドも考えながらナイトメアを見上げ「まぁ……馬か」と呟いた。


「馬がいるならば、君がいた方が安心ではある」

「いやいやいや、待ってください、監査官! ほんの少し前のご自分の台詞を思い出して下さい」

「人手の話か?」

「厳密に言えばナイトメアは馬ではない、という辺りの話ですよ!」


 ライヤーが頭を抱えてそう言った。

 そんなやり取りに、オーギュストは噴き出すように笑って、


「なら、僕も行こう。自分の事でもあるし、ナイトメア(プリメラ)が行くなら、僕も行く」


 と言った。


「伯父様?」

「これでも屋敷にいる間は、しっかり父上に鍛えられていてね」


 オーギュストはそう言って片目を瞑ってウィンクする。

 アナスタシアは目を瞬く。ローランドも意外そうに片方の眉を上げ、確認するようにマシューを見た。

 するとマシューは頷いて、


「はい。オーギュスト様の剣の腕前は、見事でございますよ。危険種の討伐にも行っておりましたよ」


 と答えてくれた。

 するとオーギュストは「うちは元々、アーサー・レイヴンに倣って騎士寄りの家系だからねぇ」とも言っていた。

 それから彼は立ち上がり、胸に手を当てる。


「邪魔はしない。そもそも僕が原因だ。足は引っ張らない」


 菫色の目に、力強い光が宿っている。

 ローランドはそれを見て「分かった」と頷いた。


「では、準備が整い次第、直ぐに向かうとしよう」


 ローランドの掛け声に、アナスタシア達は揃って「はい!」と答えたのだった。


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