第十一話 良い夢を見ました
「アナスタシアお嬢様!」
目が覚めると、目の前にロザリーとマーガレットの顔があった。二人は心配そうにアナスタシアの顔を覗き込んでいる。
どうやら無事に夢から覚める事が出来たようだ。
アナスタシアが体を起こすと、近くではシズとライヤーの声が聞こえた。
「ほら、どうどう!」
「よしよーし! 落ち着こう! ね!」
体を起こし、顔を向ける。そこでは二人が協力してナイトメアを抑えているのが見えた。
オーギュストの体から飛び出して来たのだろう。暴れる黒馬を何とか宥めようとシズとライヤーは必死だった。
そんな時、シズの手がナイトメアの角に届く。
「シズ、そのまま角を抑えていろ!」
「ハッ!」
ローランドから指示が飛ぶ。シズはその黒い一本角を両手でしっかりと握った。
捕まれたナイトメアはたまったものではないと、顔を振る。しかしシズは歯を食いしばってそれに耐える。
シズが抑えている間に、ローランドは懐から空色の液体が入った小瓶を取り出した。ロンドウィックで見たもの――魔法『アクアベール』の媒介だ。
小瓶の蓋を開け、ローランドは素早く呪文を唱える。すると中の液体が霧状になりながら浮かび上がり始めた。
そのまま空色の霧はナイトメアの頭上へと集まり、布状となり。キラキラと光りながらナイトメアに覆いかぶさる。
ナイトメアは最初は暴れていたものの、少しして大人しくなった。
「魔法陣から流れる魔力を一時的に抑えただけだ。少しは時間が稼げるだろう。この間に魔法陣を破壊しなければ」
ローランドがそう話していると、そのタイミングでオーギュストが目を覚ました。
ナイトメアに入り込まれていた事で、眠りが深かったのだろう。
目覚めたオーギュストはマシューに支えられ、よろよろと体を起こした。
彼の顔には涙の跡が見える。
「オーギュスト伯父様、大丈夫ですか?」
アナスタシアが声をかけると、彼は力無く笑う。そして額に手を当てて、疲れたように息を吐いた。
「ああ、大丈夫だ。少しばかり、くらくらするけれど……」
オーギュストがそう言うと、ホロウが頷く。
「ナイトメアに魔力を食われたからでしょうな。マーガレット殿、ベリーティーを。酒は少し多めでお願いしたく。アナスタシア殿にも何か温かいものを」
「ええ、かしこまりました。直ぐにお持ちしますわ」
首無し騎士の言葉を受けて、マーガレットは食堂と走って行く。
オーギュストは少しぼうっとした様子で彼女を見送っていた。そんな彼に、マシューがすっとハンカチを差し出す。
「オーギュスト様、どうぞ」
「ああ、ありがとうマシュー。……とても良い夢を見たよ」
ハンカチを受け取り、オーギュストは自分の顔にあてる。
そうした後で彼はナイトメアを見上げた。
「……幸せな夢だった。でもやっぱり僕は、現実の君が良い」
安堵の声に寂しさを滲ませてオーギュストは言う。
その気持ちがよく分かった。アナスタシアも「そうですね」と呟く。
「私もお裾分けで良い夢を見ました」
「君も?」
「はい」
「そうか」
ふふ、と笑い合っていると、マーガレットが戻って来る。
彼女の持つトレイにはベリーティーと、アナスタシア用のホットミルクが乗っていた。
ふわりと良い香りが周囲に広がる。ああ、とオーギュストは笑った。
「……良い香りだ。僕の好きな果実酒の香りだね。ありがとう、マーガレット」
お礼を言って受け取ると、オーギュストは一口飲んだ。アナスタシアも同様に。温かさが体に染み渡るようだ。
そんな二人を見ながらローランドが「さて」と腕を組む。
「これからの事だが、ナイトメアの魔法陣がどこにあるかだな」
「ああ、それは心当たりがあるよ。彼女の……プリメラの屋敷だ。薔薇屋敷と言えば分かるかい?」
「一年中薔薇が咲いている、あの幽霊屋敷ですか?」
「ひい!」
幽霊屋敷と聞いてアナスタシアが青褪めた。
幽霊、お化け、アンデッド。それらが苦手なアナスタシアの反応に、オーギュストは目を丸くした。
「幽霊が苦手かい?」
「いえ!? そんな事は別に!?」
「アナスタシアお嬢さん、リヒト・ベーテンの夜も、ナイトメアも大丈夫なのになぁ……」
そんな様子を見てライヤーが苦笑する。
「そこは、ほら、別枠と言いますか。あとナイトメアは馬ですから!」
「ナイトメアなら厳密に言えば、あれは馬ではないのだが」
「ハハハ。……まぁ、その幽霊は僕なんだけどね。屋敷の薔薇の手入れに来ていたところを見られて、幽霊だと勘違いされたらしい」
「ひぇ……あっ、いえ! そっ、そうなんですねぇ!」
声に動揺が滲んでいるものの、アナスタシアはホッと表情を緩めた。
オーギュストの話によると、彼はその屋敷でテレンスが死霊術を使ったのを見たと言う。
マシューが持ってきてくれた領都の地図を広げ、薔薇屋敷の場所を確認する。
ここからそう時間はかからなそうだった。
「向かうのは私とシズ、ライヤーの三人と……」
「ホロウさんも皆さんと一緒に行って下さい。魔法を解くなら、ナイトメアも連れていかないとでしょう? この屋敷くらいの広さくらいなら、あたしだけでも結界を維持できます」
「うむ、心得た」
ロザリーの頼もしい言葉に、ホロウは胸を叩いて請け負った。
ローランドも小さく頷く。
「……そうだな。先ほどの囮魔法の件もある、心配ではあるが人手は欲しい」
「はい! 人手です!」
「確かに人手ではあるのだが、行くつもりか?」
「邪魔にならない範囲でお手伝いします」
ぐっと両手の拳を握るアナスタシアに、ローランドも考えながらナイトメアを見上げ「まぁ……馬か」と呟いた。
「馬がいるならば、君がいた方が安心ではある」
「いやいやいや、待ってください、監査官! ほんの少し前のご自分の台詞を思い出して下さい」
「人手の話か?」
「厳密に言えばナイトメアは馬ではない、という辺りの話ですよ!」
ライヤーが頭を抱えてそう言った。
そんなやり取りに、オーギュストは噴き出すように笑って、
「なら、僕も行こう。自分の事でもあるし、ナイトメアが行くなら、僕も行く」
と言った。
「伯父様?」
「これでも屋敷にいる間は、しっかり父上に鍛えられていてね」
オーギュストはそう言って片目を瞑ってウィンクする。
アナスタシアは目を瞬く。ローランドも意外そうに片方の眉を上げ、確認するようにマシューを見た。
するとマシューは頷いて、
「はい。オーギュスト様の剣の腕前は、見事でございますよ。危険種の討伐にも行っておりましたよ」
と答えてくれた。
するとオーギュストは「うちは元々、アーサー・レイヴンに倣って騎士寄りの家系だからねぇ」とも言っていた。
それから彼は立ち上がり、胸に手を当てる。
「邪魔はしない。そもそも僕が原因だ。足は引っ張らない」
菫色の目に、力強い光が宿っている。
ローランドはそれを見て「分かった」と頷いた。
「では、準備が整い次第、直ぐに向かうとしよう」
ローランドの掛け声に、アナスタシア達は揃って「はい!」と答えたのだった。




