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08.ただいま、少し待ってほしい


 驚くゼファン先生とヴァンシュベルトさんに、若返って肉体的には18、9歳頃だということと、中身は30手前であることを説明し海月はふ~と一息ついた。彫りの深い外人からしたら日本人が実年齢よりも若く見えるのは知っていたが、まさか異世界でも間違われるとは思わなかった。まあ、私の平たい顔に比べたら?ゼファン先生もヴァンシュベルトさんもそれはそれは高いお鼻をお持ちですが?なにもそこまで信じられないという顔をしなくてもいいじゃないですか。



「そんなに幼く見えるのですか......」

「ああ......大人びた受け答えをする子だとは思っていたが」

「そうだね、あのお調子者の狐共に化かされた気分だよ……」


 すみませんね、私も鏡を見るまでは気づかなかったんですよ......。


「ま、まあ......そういうことなので子ども扱いせず、接してくださって構いません。むしろこの年で子ども扱いされるのは非常に居心地が悪いので」

「それもそうだね。以後気を付けよう」


 そう言ってにこにこしながら私の頭をなでるゼファン先生は本当にわかってくれているのだろうか...。

 そんな疑問を余所に海月の部屋に新たな客人がやってきた。



「お話中失礼致します。お客様のお食事をお持ちしました。それと、ゼファン医師にお弟子様がおいでになっております」

「おお、そうですか。入って下さい」

「失礼いたします」


 かちゃりと音を立てて入って来たのは食事の乗ったお盆を持ったメイドさんと、大きな荷物を持った小柄な男の子だった。年はわからないがかわいらしい顔をしていて女の子と言われてもそうだろうなと頷いてしまうくらいには整った顔立ちをしている。服装から察するに男の子だろうが、そばかすの散った顔が更に幼さを醸し出していた。その男の子が何だか申し訳なさそうな顔をしながらメイドさんの後ろで自分に声がかかるのを待っていた。


「お食事はこちらに置かせていただきますね。お下げになるときはそちらの呼び鈴を鳴らしてお呼びください。では、私はこれで失礼いたします」

「はい、ご苦労様でした。それで......メリルは何の用かな?ここ暫く急ぎの用はなかったはずだけど?」

「それが......その、狐族の若い者がまたなにやらわけのわからないものを食べたとかで、急ぎお師匠様に来ていただきたいと連絡が来たのです」

「またか......」

「はい、またです......」


 悲痛な面持ちのメリルという男の子は自分が悪いわけではないのになんだかとても申し訳なさそうな顔をしている。話の内容から察するに毎度の事のようだが、医者を呼ぶくらいなら相当痛いだろうにそもそも何度も変なものを口に入れようって思う気持ちがわからない。狐って雑食だからかな(適当)

 ゼファン先生は一つ大きなため息を吐くと男の子にすぐに支度をするように言って立ち上がった。


「すまんな、ミヅキ。これから狐人族の里までいかなくちゃいけない。結構遠いから、戻ってくるまで数日はかかるだろう」

「そうなんですか。あ、私のことは何も気にしないでください。怪我ももうしばらくすれば勝手に治りますから」


 海月の言葉を聞きながらてきぱきと準備をするゼファン先生は申し訳なさそうな顔をしていた。何だか聞き分けのよすぎる子を見るお爺ちゃんみたいな顔をしているが、もう本当に大丈夫なのだ。眠っている間に熱も出ていたらしいが、まだ血のにじむところは自分で包帯を巻き直せばいいし、痣も自然に消えるのだから。

 これまた申し訳なさそうな顔をする男の子にもにこりと笑い再度大丈夫だと伝える。大丈夫大丈夫、痛い度合いで言ったらたぶんその狐人族の腹痛のほうだから。うん、絶対。


「大丈夫ですよ、ゼファン先生。急いで患者さんのところへ行ってあげてください」

「すまんないね、ミヅキ。......そうだ、ヴァン。君がいたじゃないか!そうだそうだ、君がいたのを忘れてたよ!」


 名案名案!と手をたたくゼファン先生はカバンから取り出したいくつかの薬と包帯をぽいぽいヴァンシュベルトさんに渡していく。海月が口を挟む暇もなく、ゼファンはどんどん話を進めていった。


「もとはと言えばヴァンが原因のようなものだからね。君が僕の代わりに海月の看病をするんだよ、いいね」

「え!?ま、待ってくださいゼファン先生!」

「あの馬鹿狐達がいつも通り馬鹿をやらかしたから、僕はすぐに此処を発つから。あとは頼んだよ、ヴァンシュベルト」

「いやいや、だから大丈夫ですって......!」

「わかりました、叔父上」

「ヴぁ、ヴァンシュベルトさん!?」

「うんうん。それじゃあね、ミヅキ。完全に治るまでは安静にしてなくちゃダメだよ」



 だ、だから待ってってばああああああああ!という海月の声を総無視でゼファン医師は旅立っていった。残された海月とヴァンシュベルトはこれからどんな数日を過ごすのか。それはもう少し先の話。



◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆



「お師匠様、よろしかったのですか?」

「ん?何がだい?」


 心なしかいつもより楽しげな自分の師に声をかけずにいられなかったメリルは荷物を抱え直しながら答えた。


「ヴァンシュべルト様に後を任せたことですよ。あの方なら看病を任せても心配はありませんが、あまり他人と関わるのはお好きな方ではなかったはずですが......」


 そうなのだ。狼人族の長が次男、ヴァンシュベルトはその高い身体能力と知性で一時期は兄をも凌いで時期族長と言われたほどの才の持ち主ではあるのだが、如何せん他人にあまり興味がないらしくめったなことで表情が動かないことで有名だった。まあ、そのともすれば冷徹とまで言われるほどの表情も女達から言わせれば、クールで素敵ということらしいのだが...…。臆病者の僕からしたらただただ怖いだけであった。

 いつかの冷ややかな視線を思い出しぶるりと震えるメリルとは裏腹にゼファンはくつくつと笑いを零す。


「くくく......やはりそう思うかい」

「え?はい、まあ......」


 何がおかしいのかくつくつと笑い始める自分の師にメリルは首を傾げる。特に変なことを言ったつもりはないがと己の言動を振り返ってみるがやはり何故なのかわからない。ヴァンシュベルトの冷徹なまでの無表情は里のものであればだれでも知っていることだし、小さい渡り人様を相手にするのはヴァンシュベルトにとっても渡り人にとってもあまりいい相手とは思えなかったのだ。


「あの?お師匠様......?」

「ヴァンのあのように笑う姿はいつぶりだろうか。いや、昔もあそこまでではなかったような......くくっ、ヴァンにもやっと春が来たのかな」

「え!?ヴァンシュベルト様が......?!」


 あの方にも良い方が...…とそこで自分ににこりと微笑みかけてくれた先ほどの少女を思い出す。痛々しい包帯はともかく、小柄で自分よりも年下に見えるがとても大人びた口調と対応をする子であった。師匠からこの患者の話は聞いていたが、普段見る人族よりももっとずっとか弱い生き物のように見えた。

 その方がまさかあのヴァンシュベルト様と、と思うとなんだか想像つかないが、驚くべきことを聞いた気がして逆に恐ろしくなってきた。

 やはり自分には過ぎた考えだと思い直し今までの考えを払うように首をぶるぶると振る。隣では抑えきれなかった師の大きな笑い声が屋敷の廊下に響き渡る。

 いつものように始まったゼファンの笑い上戸にメリルは苦笑いを返すのみであった。

 



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