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07.ただいま、驚きの三連荘

 頬を伝った雫がカピカピに乾く頃には海月の心もちょっと軽くなっていた。

 泣いたり怒ったりするのは昔から苦手なのだ。持論だけど、メソメソするよりだったら無理やりにでも笑っていた方が良いことが起こりそうな気がする。笑う門には福来たるって言うしね。



 コンコンと控えめなノックが聞こえて海月は慌ててベッドへ戻った。昨日はなんだか気を効かせてしまったから今日はしっかりしないと。

 はい、どうぞと返事をすれば昨日医師と一緒にいた若い男が部屋に入って来た。


「おはよう。今少しいいだろうか」

「おはようございます、大丈夫です。すみません、昨日はお話の途中だったのに気をきかせてもらってしまって......」

「...…いや、それはいい。色々考えることが沢山で混乱しただろうから」

「はい。一晩考えたら少しスッキリしました。私なりに少しずつ頑張ってみようと思います。まあ何をどう頑張るのかはまだ全然わかんないんですけど......」



 あははと苦笑する私を彼はジッと見ていた。なんだか本心を探られてるようなその眼差しに居心地悪く思っていると手に持っていたものを渡してくれた。



「ずっと寝通しで服を着替えたいかと思って、新しいものを持ってきた」

「わ!ありがとうございます、助かります!」


 ちょうど着替えたいと思っていたからそれは素直に嬉しい。パッと表情を明るくし新しい衣服を受け取ったが、未だに突き刺さる視線に首を傾げる。もしかして何か気に触ることを言っただろうか。


「あ、あの......何か?」

「いや......頼るものもいない世界に一人でいるのはきっと俺の想像以上に大変なことなのだと思う。だから、何か困ったことがあったら、知りたいことがあったらわかる範囲で答えるし、教える」



 突然真剣な顔で告げられた言葉にきょとんとしてしまう。つまり、この人は困ったら頼っていいよって言っているんだろうか。

 す、凄い無表情だけど多分そういうことを言いたいんだと思う。もともと表情が動かないし口下手な人なのかもしれない。私はこの人がどんな人か知らないけど、少なくとも怪我をした私を見舞い、頭を下げ、こうして心配してくれる姿を見るに悪い人ではないのだろう。

 それが理解できたらなんだか嬉しくて笑ってしまった。応援されるような人になるまではまだまだ道のりは長いけど、それでもこうして手を差し伸べてくれる人がいるのだ。嬉しくないわけがない。



「ありがとうございます!そう言ってもらえるととっても頑張れます!」

「......そうか」

「はい、ありがとうございます!えと、ば、...ばん、ヴァ...?」

「...ヴァンシュベルトだ」


 名前を憶えていなかった海月を怒るでもなくヴァンシュベルトはもう一度丁寧に名乗ってくれた。日本人には聞きなれない発音に悪戦苦闘しつつも、待っていてくれる彼にちゃんとお礼を言いたくて口の動きをまねて小さく練習する。

 何とか聞き苦しくないくらいになったと思い再度名を口にしてみた。



「ヴぁ、ヴァンシュベルト......さん?」



 あっていただろうかとドキドキしながら見上げれば、ほんの少し口角を上げゆっくりと頷いてくれた。

 う゛、笑顔が眩しい。イケメンのレア微笑みは凡人には殺傷能力が強すぎます…...。

 それにしても本当に美形だなこの人。目鼻立ちがはっきりしてるのもそうだけど、雰囲気がこうなんというか常人とは違う。……うん、頑張れ私の語彙力。

 えーと、髪は銀色で男の人にしたら長めかな。肩ついてるし、でもサラリとしていて汚らしい感じではない。汚らしいっていうのは語弊があるかもしれないけど、私あんまりロングヘアの男の人って見慣れてないから抵抗感があるんだよね。

 たまにいないかな、黒髪ロングで大雑把に一つにまとめている人とか。ああいうの見るとどういうつもりで伸ばしてるのか聞いてみたくなるよね。オシャレなんだろうけど、野球部の坊主とかのほうが潔くて好きだなって感じがする。ただの私の好みだけど。

 まあでもヴァンシュベルトさんのは色素の薄い髪だからそんなにうざったくは見えない、かな。......うん、私の好みはここまでにして、目は下から見上げてるから何とも言えないけどたぶん濃い青なんだと思う。今はほとんど黒っぽいけど多分光の入り具合でもう少し違って見えるはず。如何せん身長差がありましてな、よくわからんのです。

 あとはそうだなぁ、服装かな。服装は向こうとあんまり変わっていない気がする。Yシャツみたいなボタン付きの服に薄いカーディガンみたいなのを羽織ってる。多分西洋よりの服装が一般的なんだと思う。ゼファン医師もそんな感じの服装だったし。まあでもきっとイケメンは何着てもイケメンだろう。眼福です。



 どうでもいい結論に落ち着き満足気に笑みを浮かべる海月だったが、出会ってから一度も自分は名乗っていないということに気が付いてあんぐりと口を開けた。己のあほさ加減に呆れつつも、これがいい機会だと思いようやく名乗ることにした。ゼファン先生がお譲さんって言ったあたりで気づこうよ、私。



「す、すみません。私ずっと名乗るのを忘れていて......コホン、改めまして、異世界から来ました早坂海月と言います。早坂が家名で、海月が名前です。よろしくお願いします、ヴァンシュベルトさん」


 挨拶とともに握手を求めて右手を差し出せば、海月の手を握り返してくれた。


「ヴァンシュベルト・ロルクロースだ。狼人族の長の息子だ。よろしく頼む、ハヤサカ殿」


 出会ったころと変わらずの無表情だったが、きっと怖い人ではないのだろう。朝早くにこうして海月の元へ来てくれたこの若者と、これから仲良くなれるといいなと思う海月であった。



◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆



「どれどれ、それじゃあこの世界について一通り説明しようかな」


 ヴァンシュベルトと挨拶を交わしてしばらくするとゼファン医師が部屋を訪れた。昨日しっかりと話を聞くことができなかった所も含め再度説明してくれるとのことで、本当に頭が下がりっぱなしだ。

 あ、もちろんゼファン先生にも自己紹介したよ。ヴァンシュベルトさんの発音は難しかったけどゼファン先生は一発で言えました。よかったよかった。

 ゼファン先生は自分よりも先に来ていたヴァンシュベルトさんに驚いていたようだったけど、それもすぐ気にならなくなった。新しく覚えることがいっぱいあってそんな余裕なかったとも言えるんだけどね......。





「まず、僕ら獣人についてから話そうかな。獣人は今の僕らのように完璧なヒトの姿と獣の耳や尾を持つ半人半獣の姿の、二つの姿を持つ。獣人の種類は数多くあるけどそれは実物に合えば自然と覚えるでしょう。いまはその種族の一つに狼人族があるとだけ覚えておけばいいよ」


 ゼファン先生、案外大雑把なんですねという言葉は飲み込んだ。今一気に言われても覚えきれる気がしないから。墓穴を掘ることはしまい。


「かつては完璧な獣の姿にもなれたというけど、今はある特別な時期にしか変化できなくなった。そこに君と同じ異世界からの渡り人が関わってくる」

「渡り人......?」

「そう。太古の昔、我々獣人がまだ獣の姿しか持たない時代。一人の人間がこの世界を闇から救い世に平和をもたらした。その人間こそが異世界から渡りしこの世界で初めての人間だと言われているんだ。人間はこの世界を救ったのち、僕ら獣人やその他全ての種族と穏やかに暮らしていた。しかし時とともにただ一人、人の姿をしている自分を憂いたのだそうだ。それを見た我々や現存するすべての種族の祖ともいえる者たちが皆、人に姿を似せて変化したと言われている。我々獣人が二つの姿を持つのはこの名残とも言われているな。それからというもの、この世界に下りし異世界からわたるものを僕らは敬意を表して渡り人と呼んでおるんだよ」


 そういえば過去にも私と同じように異世界からこの世界に来た人がいるって言っていたけど、まさかそんな大事なことをやっていたなんて......。獣人って聞いた時から何となく思っていたけど、なんだかすごくファンタジーな話だなあ。



「その後初代渡り人はそれぞれの種族と子を成し子孫を残した。子らにそれぞれの種族を任せ安からかに眠りにつき、残された子孫達はそれぞれの種族を従え国を築いた。その一つが僕達のいる獣人の国だ。獣人以外にも妖精、魚人、竜人、魔人の国があるが、竜人の国と魔人の国は少々特殊で例外だけど、その他の国では代々国を継ぐのは人間と決まっている。だから我々は今なお渡り人にお仕えしている身でもあるんだ」

「え!この世界にも人間はいるんですか!?」

「勿論、いるよ。ミヅキのような渡り人ではないけど生まれも育ちもこの世界の人間なら沢山いる」


 そ、そうなんだ。てっきり獣人しかいないのかと思っていたけど......でも、どうしてたった一人の人間から数が増えたんだろう?それにそれぞれの種族と子をなしたってことは、複数人とその、あれした訳なんだろうし......うーん、それもどうなんだろう。

 その疑問を説明するようにゼファン先生は話を続ける。


「初代の渡り人はそれはそれは子沢山であったようだが、それよりも人間の数が増えた理由は血の濃さだろう」

「血ですか......?」

「ああ、人間と獣人、もしくは他の種族が子を成すと産まれるのは殆ど人間なのだ。我々は完璧な人間の姿に変化することはできるが産まれてくるときは必ず半人半獣の姿で生まれるくるから違いは一目瞭然だ。稀に人間ではなくその種族の者が生まれることもあるが極ごく稀なことだ。だから必然的に数が増える。今ではこの獣人の国においても、獣人と人間はほぼ半々じゃと言われている」


 そ、それはヤバ過ぎませんか?初代の遺伝子が強すぎたのだろうか......。劣勢遺伝とか色々関係してるんだろうけど、それにしても強すぎです......。獣人がいなくなりそうな勢いだわ。


「そ、それは凄いですね」

「他の国でもそのようなものだと聞いているよ。本当に初代渡り人様は凄いねえ」

「は、ははは……で、では今この国の王族は初代様の直系ということですか?」

「ああ、そうなるね。まあ、人間とは言っても少なからず獣人の血が流れているからミヅキよりもずっと丈夫だけどね!あっはっはっはっは!!」

「さ、左様ですか......」


 ゼファン先生、爆笑してらっしゃる......


 ちらりとヴァンシュベルトさんに視線を向ければフルフルと頭を振られた。きっとこれがゼファン先生の通常運転なんだろう。もうどうしようもないってことなのね......。



 説明も一通り終わり区切りもいいので海月は話を切り出した。


「あの、ゼファン先生......昨日私に聞いていた年の話なんですけど」

「ん?......ああ、そうだったね。忘れてたよ」

「それでその、先にお二人に私がいくつぐらいに見えているのかお聞きしたいのですが......」

「んー......そうだなぁ、10ぐらいかな?」

「俺は、12ぐらいに見える......」

「そ、そんな馬鹿な......」



 自分で聞いておいてなんだが予想よりはるかに若すぎる。鏡で見た分では18,9歳ぐらいだと思ったがよもやそれを下回るとは......。念のため平均寿命なども聞いてみたが、90歳前後と元の世界とさして変わらない。ここまで来たらもう10代で押し通したいものだが、10歳弱も鯖を読むのは心苦しい。 若返っていることは事前に伝えてあるが、きっと驚くだろうな。


「それで?いくつなんだい?」

「...…28です」

「「28!?」」


 まあ、驚くよね。見た目10代で中身30一歩手前って詐欺にも等しいわ。

 後から聞いた話だが、ゼファン先生は47歳、ヴァンシュベルトさんはなんと21歳だった。悲しい。






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