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04.ただいま、初めましてができ...ません


 パチ


「はぁ........やっぱり夢じゃなかった」


 目が覚めてすぐに溜息をつきたいものではないが、こう何度も気絶していては仕方のないことと言えるだろう。今度は気絶する前のことをはっきりと覚えているし、何より気絶する前の通りの衣服と部屋が夢ではないのだと切々と伝えてくるのだ。もう溜息をつくしかない。



「でも、どうしよう。夢じゃないんだとしたらここは一体どこなのよ。私、なんでここにいるの........?」


 混乱する頭を押さえれば身体の痛みを思い出す。少し血の滲んだ包帯を捲れば傷は浅いことが伺えた。治り具合からして数日は経っているようだったし、かさぶたになってる所もあるから治りつつあるのだろう。身体中の痣もあと数日すれば消えると思われる。痛みの割に大した怪我ではないようで海月はホッと息を吐く。不安感が完全に拭えたわけではないが、それでも少し落ち着いた。まずは状況把握に努めようと海月は力強く頷く。


「確か......男の人が二人入って来たんだっけ、それで私びっくりして思わず窓に......うーん、一度来たってことはまた来るかもしれないし、何か武器になるものとかあった方がいいのかな......」

「武器があったとしても俺に勝てるとは思えないのだが......」

「いやいや抵抗する意思があることが重要なの!女だからって舐められたらそれこそ何をされるかわかったもんじゃ......」


 あ、あれ?......私、今誰に返事したの?


 そろりそろりと声のした方を振り返れば、気絶する前に海月に大声で怒鳴った若い男が立っていた。一気にベッドの端まで逃げるように移動した海月に男はゆっくり近づいてくる。


 待って待って!いつからそこにいた!?いや、それよりも私変なこと言ってないよね!?........いや、言ったわ!武器で抵抗とかいろいろ聞かれちゃいけないことをぺらぺらと!あれほど独り言を言う癖を直せってお母さんが言ってたのにーー!あぁ~これはまずいいいい!!


「おい......」

「はいっ!おはようございます!!課長!」


 はっ...あ、あああああ゛!やってしまった、つい癖で!ブラック企業で培われた〈とりあえずいつも機嫌の悪い課長には元気に挨拶スキル〉が発動してしまった!!見てみろ、なに言ってんだこいつって顔をしていらっしゃる!ほぼ無表情に近いけども!


「俺はかちょうとやらではない」

「すみません!間違えました!!」

「......まあいい」


 どうやらお叱りはないようで海月は内心肩を下ろす。しかしさらにこちらに近づいてくる男に身を固くして身構えるしかない。自分よりもはるかに体格のいい男だ。見える部分だけでもすごい筋肉で力でも速さでも絶対に勝てないのは目に見えている。ならば海月にできるのはいかに自分に有利にことを進めるかだ。敵うとしたら言葉しかない。大丈夫だ、謂われない理不尽や権力という名の暴力に海月は慣れている。それでも可能な限りの抗いを上司に言葉でし続けた海月はそんじゃそこらの大人よりもずっと口が達者だ。

 来るなら来いとこぶしを握り締める海月に新たな人物から声がかかった。



「ヴァンシュベルト、患者の様子は......ああ!目が覚めましたか!」


 がらりと扉を開けた向こうから見覚えのある男性が入って来た。この男性は確か気絶する前に一度見た気もするが、患者というくらいだから医者なのだろうか。眼鏡をかけたその男性は大きな荷物を持って足早に近づいてきた。にこにこと人のよさそうな笑みに背の高く細身の体格。背筋がピンと伸びていて目尻には小さく皺がよっているからもしかしてかなり年上なのかもしれない。

 海月と若い男の間に流れる微妙は雰囲気を察した男性は、海月の方を向いてゆっくり話し始めた。


「私は見ての通り医者だよ。だからそんなに警戒しなくても大丈夫。この子には君の目が覚めたら私を呼ぶように頼んでおいたんだ。悪いようにはしないから安心して。ほらヴァンも、怖い顔をしない」


 ちらりと若い男を見れば、少し間を開けてから小さく頷きゆっくりと元の位置まで下がっていった。代わりに海月のそばに来た医師の男はけがを確認するように海月の腕を取った。


「どれ、ちょっと傷を見せてごらん......ふむ、今度はちゃんと効いているようだね。熱も...うん、もう大丈夫かな。この調子なら痣も傷跡もきれいに消えるだろう。痛みはどうだい?」

「あ、えと、触らない分には大したことはありません」

「そうですか、ならばよし」


 そのまま更ににこにこしながら海月の頭をくしゃくしゃと撫でた。穏やかそうな雰囲気と仕草に海月も少し警戒をとく。完全に信用できる相手かはわからないが、少なくとも海月の質問に激怒したりするような人間ではないだろうと思えた。聞いてもいいだろうかとそわそわしていたが意を決して口を開く。


「あの、このように丁寧な治療をしてくださり誠に感謝の気持ちでいっぱいです。できるものならお礼をしたいのですが、その、今は手持ちがなく......」

「ん?ああ、いい、いい。金の事なら気にしなくていい。こんなのは慈善活動みたいなものだからね。それに、君は私の姪っ子たちの恩人でもあるんだ。金を払えなんて言うわけないだろう」

「姪っ子......?」


 身に覚えのないことだと頭をひねったが、もしかしたらあの子たちかもしれないと思いついた。あの鶏もどきの突進から免れるために一緒に転げまわった三人の子供たち。耳をぺたりと垂らしながら海月にしがみつく様子が思い出され海月は顔を青ざめさせた。


「あ、あの!あの子たちは無事ですか!?私気を失って、でも、大きな狼が......も、もしかして食べられたんじゃ!」



 あの時の狼の恐ろしさを思い出し慌てふためく海月をよそに二人の男はきょとんとした顔をしていた。そのうち耐え切れなくなったように噴出した医師は部屋中に響き渡る大声で笑い始めた。何がおかしいのか、若者までもが顔を背けて笑っているようだった。もう何が何だかわからない海月にすまないと言いながら医師は言葉を続けた。


「はっはっは!君、そんなことを心配してたのか。くくく......あの子たちは無事だよ。そもそもあの狼が姪っ子たちを襲うわけがない」

「へ......?」

「それにあの狼はそこにいるヴァンシュベルトの騎獣だ。なあ、ヴァン」


 可笑しそうにそう聞く医師にまたさっきと同じような無表情で頷く若者はどうやらヴァンシュベルトというらしい。肩が小さく揺れているからきっとまだ笑っているのだろう。

 そして思い出したように振り返った医師が改めて海月に自己紹介してくれた。


「そうだ、まだ名を名乗っていなかったな。ゼファンという。狼人族の長の弟で、そこにいるヴァンシュベルトの叔父だ。君が助けてくれた子供のうちよく似た男の子と女の子がいただろう?あの双子はヴァンの末の弟妹でもあるんだ」

「あ、ああだから姪っ子......」


 治療代はいらないと言ってくれたわけがわかって小さく頷く海月にヴァンシュベルトは静かに口を開く。


「狩りで取り逃がした獲物を追いかけて、何とか助けることができたが......お前があの三人を抱えてファリールの突進を避けていなかったら絶対に間に合わなかった。......兄として礼を言う。本当に助かった」


 その場で深く頭を下げるヴァンシュベルトに海月は慌てて姿勢を正す。


「いやいや、頭を上げてください!お礼を言うのはこちらの方です。あなたのきじゅう?が間に合わなかったらあの場で私も食べられたかもしれないんですから!」

「いや、これはヴァンのミスが引き起こしたことだ。危うく弟妹ともどもなくすところだったのだからな。ヴァンシュベルト、ほら、もっと頭を下げなさい」



 ちょ、ちょいちょい身内じゃないの!?やめてくれよ。腹立たしい上司に頭を下げられるんならともかく、誠心誠意謝ってくれてる人にずっと頭を下げられるのは心が痛いんだよ!



「も、もういいですから!逆に治療までしてもらって迷惑かけてるのは私なんですよ。それに小さい子を守るのは大人として当然のことですから!」



 あんなかわいい子たち助けない方が馬鹿だと息まけば、ゼファンだけでなく頭を下げていたヴァンシュベルトまでもきょとんとした顔になった。何も変なことを言ったつもりはないが、固まる二人にどうしたのだろうと首をかしげる。


「あの......?私何か変なこと言いました?」

「いや、そうだな......君年はいくつだ?」

「年?」


 何でいきなり年齢なんて聞くんだ?と首を傾げたが、頭を下げるヴァンシュベルトの向こう側に大きな鏡が見えてピシリと固まった。正確にはその鏡に映る自分の姿にだが、今度は海月がきょとんとする番になる。

 見知らぬ衣服や包帯はともかく、そのあまりの変わりように驚いて眼をむく。どこか懐かしいその顔立ちは触れても確かに海月の顔であった。ペタペタと触っても自分の皮膚であることに間違いはない。ありえない状況に二人を忘れて呆ける海月の顔は身体は、およそ10代のころまで若返っていたのだ。


「な、なんじゃこりゃ......!」


 鏡に映る姿が誠なら、どうやらまだまだ海月は前途多難らしい。自己紹介もままならない現状を数時間後には打破していることを願うばかりである。





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