02.ただいま、いろいろ痛いです
えー皆さん初めまして、早坂海月と申します。ご挨拶が遅れて大変申し訳ありません。
だけど目が覚めて知らない場所にいたら流石におはようも言えなくなりますよね。普通ならまず夢遊病か誘拐を疑うところですが、どうやらそういうわけにもいかないようです。
私の大声にびっくりしたらしく近くの岩陰に隠れた子供たちがじっとこちらを見ている。突然おばさんが叫びだしたらそりゃそうなるわなと納得半分悲しみ半分の気持ちで姿勢を正した。地面に直で座っているが仕方ない。今はここがどこかを聞くのが先である。
「あ、あのー突然大きな声を出してごめんね。実は私気づいたらここにいて、できればここがどこか教えてほしいんだ。地名とか近くにある大きな町とか......教えてくれないかな?」
申し訳ないという気持ちと困っている雰囲気が伝わったのだろう。その子たちは手をつないでそっと岩陰から出てきてくれた。
三人のうち二人の男女はとても似た顔立ちをしていた。とても似ているから双子ちゃんかもしれない。
三人は顔を見合わせていたが一人の男の子が意を決したように話し始めた。話し始めたのは双子ちゃんたちよりも少し背の高い男の子だが、きっと三人の中で一番のお兄さんなのだろう。少し緊張しながらも二人を庇うように一歩前へと出る。
「こ、ここは狼人族の里だ!ずっと遠くに王都があるけど、今は行っちゃいけないんだぞ!」
「えっと......ろうじんぞく?」
海月が困ったように首を傾げるのを見て再度男の子が口を開く。自分の説明でわかってもらえなかったのが恥ずかしかったのかその口調は少し荒々しい。
「狼人族の皆が住む場所だから狼人族の里だ!そんなことも知らないのか!?......そ、それよりもお前!どこの種族の奴だ!?まさか勝手に入ってきたのか!」
「ジル!そんなに大きな声を出さないでよ。びっくりするわよ」
「お姉ちゃん、お父さんとお母さんは?どうしてこんなところで寝てたの?」
立て続けにかけられる質問に答えを返そうにも頭がこんがらがって上手く言葉にできない。
というかお姉ちゃんって、なんてできた子なんだろう。うちの一番下の従兄弟なんてババア呼びだよ?全くもってその通りだけども。
寝起きのスッピンアラサーなんかおばさんでいいんだよ、坊やって言ってあげたい。嬉しいから言わないけど。僕ちゃんには後で飴ちゃんをあげようね。
それにしても困ったな、ろうじんぞくの里なんて知らないし。そもそも老人族ってなにさ。爺さんと婆さんしかいないのか?老人ホームの名前かなあ……。
「うーん……。私普通に部屋で寝てたはずなんだけどなあ。パジャマのままだし、夢遊病……もしくは誘拐?アラサー女を?ますますわからん」
「おいっ!さっきから変なことばっかり言いやがって!やっぱりお前危ないやつなんじゃないのか!?」
どこか怒ったように興奮しながら話す男の子に海月は慌てて弁解しようと口を開くが、その口から音は紡がれなかった。というのも、弁解の言葉よりもその男の子の頭に視線がくぎ付けになったからだ。
常人ではありえない現象、その頭に突如獣の耳が生えたのだから。
何が何だかわからず呆ける海月に、首をかしげる子供たちだったが今度は慌てて耳を押さえ始めた。
「?……あ、ジル!耳が出ちゃってるよ!」
「え……?ああ、つい!」
「もう!怒るとすぐに出ちゃうんだから、気を付けてよ!恥ずかしいでしょ!」
そう言って女の子が諫めれば瞬時のうちに引っ込む獣耳......いやいやいや、ちょっと待って。一旦整理しよう、そうしよう。
えーっと、早坂海月、28歳。性別女、ブラック企業に勤める婚期を乗り遅れたキャリアウーマンです。
よ、よしここまでok。改めて自覚すると酷いもんだけど合ってるからオッケー!
昨日は終電ギリギリに帰って倒れ込むようにベッドで寝た。
うん、間違いない。
目が覚めたら外、というかジャングル
私は病気、夢遊病(仮)
子供の頭に獣の耳が生えた
うん、可愛い……じゃなくて!夢遊病はともかく、これは手に負えない!どうしたら頭から耳が生えんのさ!!私の頭には花でも咲いてんのか!?
ぶるぶると頭を振りよく見ようと腰を上げたその時、茂みの向こうがガサガサと揺れた。音のする方を振り返ればでっかいでっかい鶏もどきが茂みから飛び出しこちらを伺っていた。What?
え?鶏ってあんなに大きくなれたっけ??いや、まあ食べる部分が多いことはいいことだけど多分今はそんなことを言ってる場合じゃないですよね、はい。現実逃避です、すみません。
全体的に黄色というかオレンジがかった羽をしており、その巨体はもはやダチョウレベルだ。
その鶏がどうやら子供たちをロックオンしたらしい。血走った目で地面をけり上げこちらに突進してくるのが見えた。
「ファ、ファリールだ!」
「父さんたちが狩りに行ったんじゃなかったのか!?」
「ど、どうしようこっちに来るよ......!」
手をつないだままへたりこんだ子供たちは向かってくる巨大鶏に固まって動けない。逃げてと叫んだ海月の声は聞こえていないらしく、立ち上がる気配がない。
それを見た海月は急いで立ち上がり、体当たりをする勢いで三人の子供たちを抱え転がり込んだ。危機一髪で鶏の突進からは免れたが緩やかな坂になっていたようで、海月の身体は止まらない。そのうち小さな岩に身体を打ち付け止まったころには海月は痛みに小さくうめき声をあげていた。
ううう~~咄嗟に突っ込んではみたものの........滅茶苦茶痛いじゃないか。何これ岩?背中思いっきりぶつけちゃったじゃん。一瞬息が止まったよ........ああ、でもこの子達側じゃなくてよかったか。あのまま鶏もどきにぶつかってたらこんなもんじゃ済まなかっただろうけど......。
痛む身体を騙しつつ必死に目を開け鶏に目を向ければ突然いなくなった獲物にきょろきょろとあたりを見渡していた。だがすぐに海月たちを見つけ更に怒ったようにバサバサと羽を広げてこちらに向かってくる。全くこんなかわいい子たちに何をそんなに苛立っているのか。から揚げにするぞコンチクショウ。
しかし心の中でどんなに強がっていても自分よりも大きな動物に勝つ術など海月は持っていない。ましてやこの子供たちを抱えながら逃げる体力もないだろう。迫る巨体に海月は覚悟を決めた。
ぎゅうと抱き着く子供たちに海月も身体を丸めて衝撃に耐えようとしたその時、屈んだ海月の頭の上を何かが飛び越えていった。
ギュギーー!!
あの鳥の痛ましい声にハッとなり顔を上げればそこには銀色の狼が鳥の喉笛に噛みついているところだった。咥えたままぶんぶんと振り回し鳥が絶命するまで続くその格闘に海月は息をのむ。
目の前で繰り広げられる食物連鎖にどうしようもない恐怖と、とんでもないところに来てしまったという不安に海月は一歩も動けない。
そのうち、絶命した鳥を口から離した銀色の獣はゆっくりとこちらを振り返った。滴る血は銀の毛並みを赤く染め上げ、瞳はぎろりと海月を見ている。
なぜこの獣を犬ではなく狼と思ったのか、そのはっきりとした根拠は持ち合わせていないがこれは犬なんかじゃないとうるさいくらい頭の中で鳴っているのだ。犬なわけあるか、人間に飼いならされた犬がどうしてこんなにも獰猛な目ができるだろうか。ああ、抱き枕のポン太郎が恋しい。
ジャリ
ものの数歩で海月たちのところまで近づいた狼は、ゆっくりと口を開き始める。
さっきの鳥とは比べ物にならない恐怖。これは無理だ、絶対喰われる。おいしいかおいしくないかと聞かれたら多分そっちの鳥のほうがおいしいと思う、とかしょうもないことを口にすることもできないまま海月は生唾をのむ。
大きな口が開き、その鋭くとがる牙と未だ滴る赤が見えて海月はパタリと意識を失った。
「------!」
ブツリと意識が飛ぶ前に誰かの声が聞こえた気がした。