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14.ただいま、異世界を勉強中

 廊下の方からパタパタと小さな足音が聞こえてくる。扉が静かに開けられて二つの塊が飛び込んできた。



「「ミヅキ姉様っ! ヴァンシュベルト兄様! おはようございます!」」


 元気に挨拶してくれたレティちゃん達は私のことを姉様と呼んで懐いてくれている。庭で会ったのがきっかけでちょくちょく遊んでいたら年の近いお姉ちゃんみたいで嬉しいとそう呼んでくれるようになった。

 確かヴァンシュベルトは21歳、ギルファデルさんは22歳で双子ちゃん達は6歳だから結構年の離れた兄弟ではある。さらに女の子のレティちゃんには姉という存在は嬉しくて嬉しくて仕方ないらしい。


 レティちゃんがネル君を押しのけて私の前に躍り出た。


「姉様! レティの今日のリボンかわいい? お父様に選んでもらったのっ!」


 柔らかい栗色の髪はギルファデルさんとラティアナさんと同じ色。その頭に黄色と白の水玉模様のリボンが髪を綺麗にまとめている。なんだかその色合いが今日の私の服と似ていて笑ってしまう。なによりくるりと回って見せてくれたレティちゃんが可愛くて私はにっこり笑って答えた。


「とってもすてきだよ、レティちゃん! 私の服とお揃いだね」 

「えへへ~」

「まあそのおかげで随分朝食に遅れてしまったわけだが......ははは、女の子は大変だなぁ……」


 長のぼやきが聞こえた気がするがこの際気にしないでおく。だってレティちゃん可愛いし。

 可愛いは正義。これは世界共通だ。


「さあ遅くなってしまったけれど朝食にしましょう。皆席について」



 ラティアナさんの掛け声に全員が席について食事が運ばれてくるのを待つ。コックさんがよそってくれた湯気のあがるスープは具だくさんで美味しそう。主食はナンみたいに薄く平べったいパン。何のお肉かわからないが朝からボリューミーなお肉。テーブルの中央には沢山の果物が盛られていた。 


 流石狼、朝から肉かと思うが心配ご無用。私のお皿は大人の皿の半分の大きさで、パンやフルーツ、お肉を全部のせてもワンプレートに収まるぐらいしかのっていない。

 病人食を止め普通の食事に切り替えてからこちらの人たちの食事の量が半端ないのは知っていたから、予めこのぐらいの量にして欲しいとセリーヌさん達に言っておいたのだ。料理長さんらしい人が、さっきから凄くソワソワしてこちらを見ているから大丈夫ですって意味も込めてペコリと小さくお辞儀をしておく。朝からリバースは避けたいところだ。


 小さくちぎったパンをもそもそと食べていると、食事の手を止めた双子ちゃん達が首を傾げながら話しかけてきた。二人して同じ角度で首を傾げるから可愛さ百倍だ。どうしたの? と平常を装って声をかければ眉根を下げてしゃべり始めた。


「ミヅキ姉さま? お腹痛い痛いなの?」

「うん? どうして?」

「だってごはんが、レティ達のより少ないよ?」


 おおぅ......確かによく見ればネル君たちもかなりの量が皿に盛られている。昼夜ならともかく、寝不足の朝にはこれでも多いくらいだからこれ以上はどう考えても無理だ。心配そうにこちらを見る双子たちににっこり笑って返事をする。


「お腹が痛いわけじゃないから大丈夫だよ。私はこのぐらいが丁度いいの。心配してくれてありがとうね」

「「うん!」」


 このやり取りを見ていたギルファデルさんが興味深そうに話しかけてきた。お皿の上は綺麗に片付いている。既に食後のお茶を楽しんでいるようだった。


「ミヅキはかなり少食みたいだけど、元の世界でもそれしか食べなかったのかい?それだけだと昼までもたなくないかな」

「うーん、そうですね。私は根っからの夜型体質で、朝はあまりお腹がすかないので抜くこともありましたね。母がお弁当を作ってくれるので昼食は少し早めにとって、夜は大体家で食べますけど日付が超えても仕事が終わらなかったら近くの飲食店でパパっとすませてしまうことが多くて......こうやって改めて見直すとかなり不健康な生活ですね~」


 たははと頬を掻きながら笑うが周りの人が驚いたようにこちらを見ているからどうしたのかと固まってしまう。カップを置いたギルファデルさんが気まずそうに声をかけてきた。はて、何か変なことを言っただろうか。


「日付を超えても働くということは、その、そういう仕事だったのか?」

「? そういうとは......?」

「兄上っ! なにを言い出すんだ!」


 大きな声とともに勢いよく立ち上がったせいでヴァンシュベルトの椅子が大きな音を立てる。二人を窘めるラティアナさんの言葉を聞き流しながら海月は必死に思考を巡らした。一体全体どこにヴァンシュベルトが怒る要素があったのだろうか。というかギルファデルさんの言うそういう仕事って何だろう?? 夜に遅くまで働く、日をまたいで、尚且つあまり印象のよろしくない職……って、もしかしてそういう仕事って売春のこと!?


「え、あ、ああっ! 違いますよ!? 全然そういう仕事じゃないです! そもそも人相手じゃなくて書類とか機械に向き合ってる方が多い職ですから! 夜に働くっていうのは割とあの世界じゃ普通のことなんですよ!」


 いやいや双子ちゃん達の前でなんてことを言いだすんですか、この人は! そりゃあヴァンシュベルトさんも怒りますよ!


 どこかほっとしたような顔をしたヴァンシュベルトもそれを聞いてゆっくりと腰を下ろす。変な誤解をされてはたまったものじゃないが、それでもこの世界で女性が遅くまで働いているというのは珍しいことなのかもしれない。ギルファデルさんに鋭い視線を向けたラティアナさんはごめんなさいねと口にしてそのまま話し続ける。


「機械ということは、ミヅキは技術者だったのかしら?」

「いえいえ。書類のチェック、取引先への連絡と交渉、必要経費の算出、商品の発注とその最終確認とか......あくまで誰でもこなせるようなものばかりですよ。ただ、職場での立場が高くもなく低くもなく微妙な所だったので部下の指導と上司の尻ぬぐいなど一日のうちにやることが沢山あって、定時で帰れないことがよくあったんです。そんな生活をずっとしてたから昼夜逆転気味なんですかねぇ」

「遅くまで仕事をするのにも驚きだが、夜に女性だけで行ける食事処があるというのは信じられないね。危険ではないのかい?」


 長の疑問はもっとものことで、朝日の出と共に自然と起き、日が落ちれば休む彼らの生活からしたら随分と不思議なことだろうと思う。


「全く危険がないとは言い切れませんが、夜でも大きな通りは十分に明かりがついていますし、人通りもそうそう途切れたりしないですね。24時間営業しているところなんかは女性も男性も関係なく利用します。食事処じゃなくとも、ちょっとした雑貨やお菓子、飲み物はいつでも買うことができますよ」


 ほおーと感心しながら聞いているからこの世界ではやはり勝手が違うらしい。


「夜に仕事をしているのは大抵警備を任された騎士ぐらいだし、店もその者たちが使うような居酒屋ばかりだからな。あったら便利だろうけども、24時間も営業する必要はあるのかい?」

「私の職場のように遅くまで仕事をしなくちゃいけない人たちにはなくてはならないシステムですね。24時間ともなると働く人も大変だろうけど、その分遅くに来店した人には少し高い値段で料理を提供したり、給料が高くなったりそれ相応の対価が求められます。夜も寝ずに働くというのはあまりピンとこないかもしれませんが、それが実現してしまうくらいには需要も高かったんですよ」


 私の国ではと話しを締めくくれば皆一様にほうほうと頷きながら面白そうに目を見開いていた。こういったちょっとした違いに後々悩まされたりしないといいが、何はともあれこの世界と元の世界の違いを正確に知る必要があるのは確かだった。



 話についていけずキョトンとしている双子達に、難しい話をしてごめんねと声をかければううんと首を振りながら答えてくれる。


「ミヅキ姉様はずっとずっと遠くから来たんだって母様が言ってたけど、僕、姉様は優しくて大好きだからもっとずっとここにいてほしい」

「だからレティ達が姉様に、レティ達の大好きなお菓子とか遊び場を教えてあげるね! いっぱい楽しいことがあったら、姉様ずっとレティと一緒にいてくれるでしょう?」


 ハッとなって思わず大人達の手が止まる。

 小さな子供達なりに最近の様々な変化や状況を感じ取っていたのだと気付かされたのだ。


「ぼ、僕だって大好きなご本を姉様に見せてあげるもん! 姉様、僕とだって一緒に遊んでくれるでしょう?」

「ネルのご本は虫とか戦いばっかりでつまらないわ! 私の王子様とお姫様の物語の方がずっとずっと面白いわよ!」


 僕の方が、私の方がと言い争いを始めてしまった可愛い双子達に難しい話をしていた大人たちは微笑ましげに顔を緩めている。かく言う海月もその一人で、可愛らしい言い合いに笑みを浮かべている。


「ふふふ、じゃあ二人の大好きな絵本もお菓子も楽しみにしてるね。そしたら今度は私がとっておきのお話を聞かせてあげる」

「えー! 姉様、それってどんなお話!? お姫様もいるかしら!」

「勿論! 親指みたいに小さなお姫様も、高い塔から人が登れるくらい長〜い髪を持ったお姫様もいるよ」

「姉様! カッコよく戦うお話もある!?」

「そうだなぁ。果物から生まれた男の子が鬼退治をする話とか、雲の上まで届く木を登って巨人を倒すお話なんかもあるよ」


えー! 凄〜い!!


 きゃっきゃっと楽しそうに目を輝かせる双子達が自然と私を姉と慕ってくれたように、私もこの子達を本当の弟妹のように大切に思う。


 違いはきっとこれから先も沢山あって、それに悩んだり腹が立ったりすることもあるのかもしれない。けれどその、この世界にはない違いで喜んだり楽しんでくれる人たちがいるのなら、それも案外悪くないと思うのだ。





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