6話
ブレイズという名前になってから、2週間が経った。
ロロさんが毎日話し相手になってくれるおかげで、この竜頭島についてもなんとなく分かってきた。
ブラッド・キャラバンのメンバーのうち、キャラバン長のグスタフさんとメガネのリードさんは毎日顔を出してくれる。
それから、テルガーという老戦士もちょこちょこ見舞いに来てくれた。
テルガーさんは、なんでも人族最強の剣士という、立派な人らしい。
山族のメラ・メルさんも、茶菓子を持って、暇さえあればやってくる。
たまに難しいことを言う、ちょっと不思議な人だ。
体調はすっかりよくなって、何度か外にも連れ出してもらった。
山族の人はちょっと変わっているけど、みんな親切だ。
出会うと丁寧に挨拶してくれるし、果物をくれたりする。
不思議な恰好で全身を隠している人がたくさんいたが、それは山の景色に溶け込むためらしい。
依然として記憶は戻らないけれど、みんな僕のことを気にかけてくれているから、毎日が楽しい。
それで、今日はとても重要な日だ。
「ブラッド・キャラバンに新しいメンバーが加わったから、歓迎会をしようと思います。村長達も同意してくださったので、山族の皆さんとの交流会もかねて、盛大に食事会でも開こうかと」
一昨日グスタフさんが部屋に顔をだしたとき、そういっていた。
昨日は準備が忙しかったのか、ロロさんたちもあわただしい様子でちらっと部屋に顔を出すだけだった。
ブレイズは暇だったので、手伝いを申し出たのだが、「いいから」と部屋に押し込められてしまった。
それですることもなくゴロゴロしていたところ、村の冒険者ギルド長の、ハル・ベルという人が、「チェス」を持って遊びに来た。
これは山族に伝わるボードゲームみたいなものだが、結構頭を使う。
「チェスには、全体を俯瞰する眼、先を読む眼が必要です。分かってくれば面白いですよ」
そういってハル・ベルさんは、いろんな手を使ってきて、勝負がついてから詳しく説明してくれた。
チェスのいいところは、記録さえとっておけば、いつでも戦局を再現できるところだ。
「良いセンスをお持ちですよ」
「そうですか?ちっとも勝てないのに」
「始めたばかりの初心者に負けるようでは、私も面目丸つぶれですよ」
ハル・ベルさんはそういって微笑んで、夜眠る間際までチェスに付き合ってくれた。
結局ブレイズは、ハル・ベルさんに一度も勝てずにボロボロにされたのだが。
そのハル・ベルさんが、今朝も早くから顔をだしてきた。
「パーティーはお昼からはじめるそうですよ。山族にはパーティーなんて文化がないものですから、楽しみですね」
彼はそう言って朝食をテーブルに置いた。
「そうなんですか。僕も楽しみです」
「私も今朝は呼ばれておりますので。後でメラ・メルが来るでしょう」
ハル・ベルさんはいつもの微笑みとともに部屋から出て行った。
あの柔和な笑みは、ブレイズを落ち着かせる。
「メラ・メルさんかぁ」
ブレイズはつぶやいた。
依頼が入ったからしばらく出かけてくるといって、3日ほど姿を見ていなかった。
冒険者は、人々が簡単に行けないようなところで起きた問題を解決したり、困っている人を助ける仕事らしい。
ロロさんも冒険者で、グスタフさんの依頼をうけて仕事をしているといっていた。
朝食をとって暇になったので、ブレイズは昨日の最後のゲームの棋譜を取り出した。
「序盤から、ハル・ベルさんに有利な局面にもってかれるんだよな…」
ハル・ベルさんがいうには、序盤はすでに確立された手を打っていくものらしい。
とはいえ僕はまだ序盤の手を覚えていないからな。すぐにハル・ベルさんのペースになってしまう。
ブレイズは唸りながら小さな棋譜のノートをめくる。
夢中になってぶつぶつつぶやいていたので、メラ・メルさんが部屋にきてもまったく気づかなかった。
「それは、チェスであるか?」
「うわぁ?!」
ブレイズが思わず声をあげると、メラ・メルは何故か思案顔で頷いた。
「若人の日々は、発見と驚きに満ちているのが、良いであるな」
「は、はぁ」
やっぱりこの人はちょっと変わっている。
なんというか、テルガーさんみたいなことをいう。
「ところで、パーティーというのをするから、一時間後に村役場に集合であるよ」
そういった後で、白髪の青年は付け加えた。
「ひとまず、そのぼさぼさ頭をなんとかするのである」
そういうわけで、ブレイズはメラ・メルさんに連れ出されて、村のはずれの水場に来ていた。
そこには小さな川が流れていて、一人の女性が待っていた。
「ララ・アルといいます。よろしくね」
「あ、ブレイズです」
ブレイズはぎこちない握手を返しながら、目の前の女性をみた。
この人は、わりと普通だな。
…第一印象は。
ブレイズは心の中でつぶやいた。
「ララ・アルがその髪をなんとかしてくれるであるよ」
メラ・メルさんはそう言いながら僕の頭をくしゃくしゃに撫でた。
確かに、前髪は鼻の近くまで伸びてしまっているし、肩を超す長さの髪は鬱陶しい。
食事中も、チェスをするときも、とにかく邪魔だった。
「それじゃ、お願いします」
「どのくらい切ろうかしら、希望がなければ私の好みでカットしちゃうけど」
「うーん、お任せします」
「わかったわ、じゃ、そこに座って」
ララ・アルさんが指差したつるんとした岩は、とてもひんやりとしていた。
「へぇ、ちょっと赤色が混ざってるんだ」
ララ・アルさんが髪を梳かしながらつぶやいた。
「光が当たるとわかりやすいであるな。いい色である」
「あ、ありがとうございます」
あんまり見られるとちょっと恥ずかしいな。
「そういえば、山族の人は、ほんとにみーんな真っ白の髪なんですか?」
「そうよ。山の魔力がこもってるんだって。言い伝えだけどね」
「ブラッド・キャラバンの皆はいろんな色の髪なのに、変な感じですね」
「他にも、森族のエルフたちはみんな薄緑色だし、ドワーフはこげ茶。私たちからしたら、人族のほうがおかしな感じよ」
確かに。ブレイズは納得せざるをえなかった。
「人族は生まれつきの他にも、ファッションの一環で髪を染めると、グスタフ殿がおっしゃっていたのである」
「僕はこのままでいいや」
ブレイズがそういうと、メラ・メルさんは微笑んだ。
「生まれつきの体を大事にするであるよ」