3話
「おお」
視界に広がる世界に、グスタフは思わず声をあげた。
「いやはや、各地を巡ってきたが、これはすごいな」
竜の眼の、山の斜面にある山族の集落「ケヤキ村」は、ケヤキの木々に覆われた大きな集落だ。
斜面にそって半円を描いていて、あちこちに段々畑が見受けられた。
頂上にはひときわ大きな赤い屋根の建物があり、そこがケヤキ村の村役場だという。
左右には人々の住処が散らばっているが、地面にあるものもあれば、木の上で生活している人々もいるし、地中に穴を掘って住んでいる者もいるようだ。
メラ・メルが言うには山族にはいくつか村があって、それぞれで生活スタイルが違うのだという。
「あの木上に住んでいるのは、北山脈のブナ村出身の者たちであるよ」
北山脈は雨が多いため、地面より木の葉の中で生活するのが一般的らしい。
しかし最近、北山脈に隣接する一族、火族がよく攻めてくるようになり、子どもや老人など戦えない者たちが避難してきているのだという。
火族はとても荒々しい性格の一族で、鳥人、牛人などの異形の種族だ。
彼らが他の部族に敵対的なのは、過去に見た目で迫害を受けたから、実は実験で生まれた兵器、などと噂がある。
だが、彼らは真実は話さず、ただ一方的に攻め入ってくるだけだった。
「火族は本当に困ったものですね。私たちもさすがに彼らとは取引できませんよ」
グスタフが神妙な顔つきで言うと、メラ・メルも頷いた。
村役場の下の段には橙色の屋根の建物が並んでいて、それが各地の部族や村とのパイプとなる「ギルド」の建物だ。
メラ・メルは指差しながら説明した。
「左から、緑の旗の商業者ギルド、白い旗の生産者ギルド、青い旗の冒険者ギルドである」
「冒険者ギルドで話が済んだあと、時間があれば商業者ギルドにも寄ってみたいですな」
グスタフがいうと、メラ・メルは後で案内する、と約束してくれた。
一行が冒険者ギルドの前に到着すると、入口でギルド長が出迎えてくれた。
「私はケヤキ村冒険者ギルドの長を務めております、ハル・べルと申します。お話は聞いております」
ハル・ベルは全身ケヤキの葉で覆われたマントに、青い竜の仮面をしていた。
山族では、上に立つ人物は皆竜の面をするのだという。
「少し人数を絞ってもらえますかな、申し訳ないのですが、あまり広くないもので」
ハル・ベルはそういったが、キャラバンのメンバーは皆あまり残りたくなさそうであった。
慣れているとはいえ、山族のギャラリーにずっと見つめられるのはあまり気持ちよくないからだ。
するとギルド長はララ・アルという女性を呼ぶと、キャラバンの馬車を世話するように言いつけた。
この女性は冒険者ギルドの受付係らしくて、へんてこな衣装は着ておらず、人族と変わらぬような格好をしていた。
それで安心したのか、ほとんどキャラバンのメンバーは馬車に残ることになり、グスタフとリード、それから護衛の2人がギルドに入ることになった。
テルガーが少年を抱えると、見つけた時よりも少し体温を取り戻したのを感じた。
「こちらへどうぞ」
ハル・ベルは4人とメラ・メルをギルドの中へ案内した。
ギルドの中はいたって簡素なもので、依頼ボードに受付、小さな酒場が併設されている。
これはどこの冒険者ギルドも同じつくりで、各地から集まる冒険者が迷わないようにと配慮されているからであった。
事前にギルドが準備してくれていたようで、中には誰もいなかった。
「地下の間で、ダルマ・カルマ様がお待ちしております」
ハル・ベルはそういうと、地下へとつづく階段を示した。
「大師匠ダルマ・カルマ様について見たことなどは、他言しないようお願いします」
グスタフたちが了解の意を示したので、ハル・ベルは階段を降り始めた。
少し下ると、木造の建物から一変、土の階層へと変わり、独特の匂いが漂い始めた。
「私はここでお待ちしております」
1つの扉が見えてくると、ハル・ベルはそういって頭を下げた。
「では」
グスタフは短く返した。
扉の向こうからは不思議な雰囲気が漂ってきて、一同は緊張せざるをえなかった。
「わ、我が先にいくであるよ」
メラ・メルは杖を握りしめ、扉の前へと進み出た。
そしてグスタフが頷くのを見て、グイッと扉を押そうとした。
「あ、あれ」
引っ張っても、開かない。
メラ・メルは困惑した顔でハル・ベルを振り返ったが、ギルド長は目を閉じている。
どうしよう、という顔でメラ・メルがグスタフたちと顔を見合せた時であった。
「…ソレハ、横二」
扉の奥から、低い唸るような声が返ってきた。
メラ・メルはごくりと唾をのみ込むと、明らかに引き戸ではないそれを、横に動かしてみる。
扉は実にスムーズに開いた。
扉のおくは煙に覆われていて、中の様子はまるで分らなかった。
「し、失礼するである」
メラ・メルが声をかけると、奥からは唸り声がひとつ返ってきた。
それを了解の意ととり、メラ・メルとグスタフたちは、今度こそ部屋の中へと足を踏み入れた。
テルガーが部屋に入るときにもう一度ギルド長を見たとき、彼は心なしか笑っているようにみえた。
彼らが部屋に入ると、扉は勝手に閉まって、霧のように掻き消えた。
「前ヘ、近クニ 寄ルガヨイ」
煙の奥の、ダルマ・カルマと思われる影が唸った。
グスタフたちは一言もしゃべらずに従った。
独特の雰囲気や緊張感が、彼らを動かしていた。
部屋を進むと、煙が晴れ、突如こじんまりとした祭壇のようなものが現れた。
そしてその祭壇の上に、「大師匠」は座っていた。
「ワタシ ガ ダルマ・カルマ。太古ノ神ノ血 ヲ 継グ者」
ダルマ・カルマはゆっくりと立ち上がった。
独特の口調、それもそのはず、ダルマ・カルマは異形種だった。
「竜人、まさか」
そう驚愕を隠せずに呟いたのはテルガーである。
竜人は二足歩行の、人とドラゴンのハーフ。
かつて天空族と地底族と言われた神の一族が、その種族だった。
「子ヲ背負ウ 戦士。ワタシ ヲ 知ルカ」
「畏れながらダルマ様。若し頃に一度、この山で竜人の女性に出会ったことがあります」
テルガーは震え声で答えた。
「ソレハ キット 母上 デアロウ ナ。運 ガ良イ」
ダルマ・カルマは大きな翼の先をピクリと動かした。
「デハ 子 ヲ前二」
赤い鱗の竜人、ダルマ・カルマは、鋭い眼でテルガーを見据え、尖った指で祭壇を差した。
「神々ガ 待ッテ イル」