2話
「それならちょうどいいですよー」
そういって話に入ってきたのは、見張りに出ていたロロであった。
後ろに一人の山族の民を連れている。
「我、山族のメラ・メルと申す」
そう名乗った山族の男は、実に奇妙な姿をしていた。
全身が何枚もの大きな植物の葉っぱで覆われていて、かろうじて手足と思われるものが突き出ているのが見える。そして一本の長い杖を持っていた。
山族の民にとってはこれが普通で、山に溶け込むために皆いろいろと身に纏っているのだ。
「メ、メラ・メル殿、私は人族、ルーデウス王国のグスタフといいます。ブラッド・キャラバンのキャラバン長です」
グスタフは続いて他のキャラバンメンバーも紹介したが、みなぎこちなさそうに頭を下げるだけであった。
「して、それが例の子であるか」
メラ・メルはたき火の傍の少年を見やった。
「だいたいの成り行きはそこの若人に聞いたのである。我思うに、早急に大師匠の所へ連れ行くべきである」
「大師匠様、ですか」
グスタフが問うと、メラ・メルはうむ、と頷いた。
「大師匠はこのことを予言されていたのである。ご協力いただけるであるか?」
メラ・メルが言うと、グスタフはすぐに了解して、キャラバンメンバーに出発の支度をするよう指示を出した。
皆が支度に走る中、ロロがテルガーが確保しておいたソーセージを慌てて流し込むのをみて、山族の男は首をかしげた。
「若人に焦りは必要ないである。先行く命は長いのである」
「ど、どうも…」
ロロは苦笑いで答えたが、メラ・メルは満足げに頷いた。
かくしてブラッド・キャラバンは山族の男に導かれ、竜の眼のほうへ引き返した。
これには若干、リードは不満げであった。
財務を管理する彼にとって、予定外のことはできるだけ避けたいのが本音なのだろう。
だが北山脈を出て、土砂降りを進まなくていいとあって、彼の機嫌はあっという間に治った。
一行はこの新たな行程で、しばしば他の山族の民とすれ違った。
とはいえ山の景色に溶け込んだ彼らの姿は、メラ・メルが声をかけねば気づかぬほどであった。
それどころかちょっと木々のあるところを通るたび、彼すら見失いかけた。
「ところでグスタフ殿よ、何故このキャラバンはブラッド(血)という名前なのであるか?」
メラ・メルが尋ねると、グスタフは笑って見せた。
「私の理想のようなものですよ。島の各地の名産を、あらゆるところにお届けする。竜頭島を巡り流れる血液のような存在になりたいと思いましてね」
「なるほど、あなた方は「竜の血」というわけであるか」
メラ・メルが頷くと、グスタフも嬉しそうに頷いた。
1時間ほどゴツゴツした岩肌を歩くと、徐々に木々の鬱蒼としたエリアへとはいった。
そこからはメラ・メルも頭のフードをとって、キャラバンの者にわかりやすいように配慮してくれた。
メラ・メルは白髪の青年であった。
彼がいうには、山族の者は皆髪の色が白いのだという。
「我の自慢はこの眼であるよ」
メラ・メルは自分の黄色の眼を指差した。
「どんな暗闇も見通せるのである」
「と、いいますと、「魔眼」のようなものなのですか」
テルガーは興味深げに尋ねた。
「いかにも。テルガー殿はご存じであるか」
「ええ、国の王都に仕えていたときに、小耳に挟みましてね」
「すると、テルガー殿は、もしやあのテルガー殿であるか。人族最強の剣士と名高い」
メラ・メルが驚いたようにいうので、テルガーは照れ臭そうに肩をすくめた。
「今は第一線から身を引いております故、最強と名乗れるものでもありませぬ」
「で、あるのか?」
「しかしこの老体、キャラバンを守るためとあらば」
テルガーはブラッド・キャラバンの仲間たちのほうを見た。
「人族には様々な行商人がおりますが、グスタフ殿は中でも素晴らしいお方です。まさしく、竜頭島の血を名乗るのにふさわしい。私はこの方に残りの人生を捧げますよ」
「テルガー殿がそうおっしゃるのであれば、間違いないであるな」
メラ・メルは聡明な目を光らせていった。
「しかし、人族の者はすごいのである。竜頭島の様々な気候に適応できるのは、人族の屈強な体だけである」
「そうはいっても、メラ・メル殿。北山脈の雨には、どうにも毎度、参ってしまいますよ」
「それなら、我のように葉をまとってみてはいかがであるか」
メラ・メルは自分の纏う葉を一枚むしって、テルガーに差し出した。
「葉は水を弾くし、慣れてしまえば動きやすいのである。作り方は部族の伝統であるので明かせぬが、人族の手先の器用さであれば、きっと似た物ができるであるよ」
テルガーがうけとった葉をグスタフに見せると、リードや他のメンバーも興味を示してやってきた。
ロロが馬車の中から首だけ突き出して話に混ざりたそうにしているので、テルガーは彼と場所を変わってやった。
彼はいまだ眠ったままの少年についていたのである。
ロロは話したがりの性格なので、嬉しそうに出て行って、メラ・メルの傍に駆け寄った。
そうしてあれやこれやと話しているうちに、一行はようやく竜の眼の集落に到着した。
「これはまた立派な」
グスタフは集落をぐるりと囲む高い塀をみて、感嘆の声を漏らした。
「こっちである」
メラ・メルは一行を連れて、大きな門へと向かった。
まわりは山族の者ばかりで、物珍しげにキャラバンのほうをうかがっていたが、行商人の彼らは慣れっこであった。
「ごくろう、そちらは?」
メラ・メルが門に近づくと、守衛が前に進み出た。
守衛はあまり奇妙な迷彩服はきていないようで、むしろ目立つような立派な鎧を身に着けている。
「ケヤキのメラ・メルと申す。この人族の行商隊が、北山脈で大師匠の予言に関わる人物を見つけたのである」
そうメラ・メルがいうと、守衛はすぐに集落の上のほうに取り次いでくれた。
どうやら予言の話は山族全体が知る重要な話のようで、すぐにあたりは騒がしくなった。
「行商隊の者よ、通行手形を」
守衛とグスタフが手続きをしている間、メラ・メルは興味を持って近づいてきた山族の者を遠ざけるのに声を張り上げねばならなかった。
「我らは大師匠のもとへ行くのである!報告はするのである、待つのである!」
それでギャラリーは下がりはしたものの、じっと遠巻きに見つめているので、メラ・メルは申し訳なさそうにキャラバンのほうを振り返った。
「許すである…我ら山族は、好奇心が強いのである」
「構いませんとも、私たちはしょっちゅう他の部族へおじゃましますから、こういったことには慣れているのです」
テルガーはそういって微笑んだ。
メラ・メルは少し元気を出したようだった。
「手続きが完了した、大師匠は冒険者ギルドでギルド長とお待ちしている」
守衛とグスタフが戻ると、ようやく一行は集落の中へと案内された。