休憩と始まり
初投稿なので誤字や脱字があるかもしれませんが、ご了承いただけると幸いです。
5階建てのマンション、その屋根の上。高さはだいたい20mぐらいだろうか。この高さから落ちれば、よほど運が良くない限り生き延びることはないだろう。
何故自分がこんな場所に居るのか、死ぬためだ。
最近ニュースにも多く取り上げられているいじめ。あれは私の知らない場所で起きているようなものでもなく、ごくみじかに、私自身に降りかかった。
始まりは小学校の頃だった。些細な出来事から始まったなどではなく、ある日、突然私はいじめられるようになった。
クラスで孤立するのは当たり前、私の触れた物には菌が付いていると言われ避けられ、下校中には暴力を受けたりもした。
我慢に我慢を重ね、両親にも悟られることなく数か月その所業を耐えた。だが、その無理な我慢は長く続くわけもなく、今まで溜まりに溜まった感情が爆発。
この時、私は初めて友人の子に手を出した。机や椅子を振り回し、誰が怪我をしようとお構いなしに暴れた。その時は男子に数人がかりで抑え込まれ、誰も怪我をすることなく事態は収まったが、その一件でいじめの事が先生や家族に露見した。
両親は激怒、先生は驚きを隠せない様子だった。
この時、あまりの事に母が涙していたことを私は忘れることはないだろう。
そんな事もあって、いじめはなくなった、様に思った。
一年後、過去の事を忘れたのか再びいじめが起きた。
対象は勿論私だ。
気持ち悪い、汚い、近寄るな、死ね、ありきたりな罵詈雑言を浴びながらも、私は学校に行くことを止めなかった。それは一重に両親に迷惑をかけたくないと言った気持ちがあったからだ。
前回の件で、私がいじめられていることを知った両親の取り乱しようは凄かった。父は真顔で学校に乗り込み淡々とした口調で先生方に詰めかかり、母は母で悲しみに涙していた。
私がいじめられてせいでこうなってしまったと考えると、胸が張り裂けそうな程だった。
だからこそ、これ以上両親に迷惑をかけまいと必死に耐えた。例え殴られようとハブられようと我慢した。それでもたかが子供のやせ我慢、何時までも隠し通すことができるわけもなく数か月ほどで事件は露見した。
この時も両親は凄まじい怒りようだった。学校も二度も同じようなことが起きるとは露にも思っていなかったらしく、あの時と同じように慌てた様子で対応していた。
この時、私の中で一つだけ理解できたことがあった。
たとえ友人であっても簡単に裏切る。
人は怖い生き物なんだと。
いじめの問題が収束した後も、私は人と必要以上に親密になることを避け、一人で過ごすようになった。
それでも、いじめが完全になくなることはなかった。中学に進学してもそれは変わらない。高校でもそうだ。大なり小なりいじめと言うものは起きる。
それに耐えかねて、私は今ここに居る。
この行為がどれだけ親不孝なことかは理解している。理解しているのならやめるべきだと言う人もいるが、それはこの境遇に立った事が無いからこそ言える言葉だ。子育ての苦悩を持つ親に子育てもしたことの無い者が、理解できるなどと言えば怒りを買うのと同じだ。
それでも私は死ぬ、いや死にたい。この行為が生きてることへの甘えだとしても、逃げの一手だとしても、私はこの世界から消え去りたい。
一歩、また一歩とゆっくりと踏み出す。あと一歩踏み出せば、この身は無事では済まないだろう。
恐怖はある。死ぬのは怖い、もう家族に会えないと思うと怖い、この身体が血だらけになると思うと怖い、未だ生に執着していることが良くわかる。
「それでも――――――ッ!」
この世界から消えたい、死にたい。
恐怖をかき消すように声を上げ大きく踏み出す。その道は、終わりの一歩。
「ひっ!?」
落ちる落ちる落ちる!
ジェットコースターなどのアトラクションが可愛く思えるほどの圧倒的恐怖。
過去の思い出が脳裏に浮かんでは消えていく。これが走馬灯なのだろうか。あの頃は楽しかった、あの頃の世界は温かった、そう思うと涙が自然と零れる。
何でこんなことになったんだろう?
そうこうしているうちに地面との距離がもうない事に気づく。
ああ、できるのならもう少し楽しく生きてみたかったな。
相変わらず未練たらたらなところがまた自分らしいと感じながら、私は地面と衝突した。
□■□■
「へっ?」
目が覚めたら黒と白が綺麗に分かれたツートンの部屋で立っていた。
「あ、あれ?ここ何処?」
意味不明、ナニコレ、わけがわからない。
こんがらがる頭、非現実的な状況に脳が思考することを拒否していることが分かる。私は飛び降り自殺したはず、運悪く生き残ってしまったとしても五体満足なのはおかしい。それに目が覚めたのが病院じゃない点も不可解だ。それにあれが夢だったと片付けるには出来事が鮮明すぎる。
情報処理が落ち着かない、頭がパンクしてしまう。
「こんばんは、お姉さん」
そんな切羽詰まった状況で後ろから声が聞こえた。咄嗟に声の聞こえた方向へ振り向くと、そこには足を抱えながら宙に浮いている少年が居た……。
「…ちょっと待って、心の準備ができてないから」
私は少年から一度目を逸らし天井を見上げる。それと同時に目もほぐす。
待った、ちょっと待った。精神的ストレスを抱え過ぎてとうとう視覚まで可笑しくなったのか。そうだそのはずだ。じゃないと子供が宙に浮かんでいるなんて説明がつかない。私が作り出した幻覚だきっと。
私は何かのみ間違いであることを信じ、もう一度正面を見据える。
「お姉さん、大丈夫?」
どうやら私は精神的に相当参っているらしい。未だに視覚が可笑しい。一度精神外科と眼科で見てもらった方が良いかもしれない。
「うーん、やっぱり精神だけだから不安定なのかな?」
子供にまで精神が不安定と言われるなんて、もはや私は末期なのかもしれない。
「時間も無いから状況だけ端的に説明するよ。驚くことに君はまだ死んで無い。重傷だけど五体満足で生きているよ。まあ出血多量の上、現在進行形で生死を彷徨っている訳なんだけど。それは良い、今から君は僕が創った器に入り、異世界へ向かってもらう。反論も拒否も受け付けない。これは僕からの決定事項だ」
意味不明通り越して理解不能。今まで情報処理を拒否していた脳がとうとう役目を放棄した。
呆然としている私を前に少年は矢継ぎ早に言葉を続ける。
「お姉さんは世界を知らなさすぎる。小さな鳥籠の中、そこが世界だと勘違いしている。そんな一部しか見ていないお姉さんが死を決断するのは少しばかり諦めが速すぎる。確かに、今の世界は汚い事や恐ろしい事も沢山あるだろう。でも、それだけだと決めつけないでほしい。それに、死を享受するには多くの未練があるようだからね」
少年の言葉は優しく、心に染み渡って来る様な抱擁感があった。だが、それ以上に私の中のどす黒い感情がそれを上から塗りつぶす。
「わかったようなことを口にするな!何も知らない子供が、私のこと知ったような口で語るな!世界を知らなすぎる?諦めが速すぎる?他人を陥れ、それで優越感に浸る奴等と生きるなんて反吐が出る!他人の気持ちも理解しようとしない奴等なんか死んでしまえばいい!私の気持ちを理解しようともしない奴なんて死んでしまえ!そう言って上から目線で私に説教するな!安い同情なんかいらないのよ!そんな気休めの気持ちを私に押し付けるな!」
感情をコントロールできず、半ば八つ当たりに近い形で罵声を浴びせた。わかっている、私を本気で心配してくれているからこそ、あんな優しい言葉をかけてくれた。だけど、それ以上にそんな優しくされると
「私が、惨めじゃないの」
爆発した感情を制御できず、目からとめどなく涙が溢れ出てくる。後から湧いてくる罪悪感に押し潰されそうだ。
こんな年端もいかない少年に怒鳴り散らしてしまった。この子が悪いわけじゃないのに、この子は赤の他人である私にこんな優しい言葉をかけてくれたのに。
「惨めなんかじゃないよ」
相変わらず宙に浮かんでいる少年は私の言葉を気にすることなく、最初と変わらない優しい声音で口にする。
「だって、知り合いでもない子供の為に、お姉さんは涙を流すことができるじゃないか」
たった一言、その言葉に私は少し救われた気がした。
涙でぐしゃぐしゃになった顔を上げ、少年を見上げる。にっこりと笑ったその表情は純粋無垢で、心が洗われる様な錯覚さえ感じた。
「さて、お姉さんが落ち着いたところで話を続けるよ。お姉さんは今から第一の人生を中断、休憩をしてもらう。その間はお姉さんの世界時間は停止する。その休憩時間を使って、お姉さんは異世界で生活してもらう。誰も知り合いの居ない、0から始まる世界でもう一度見てきてほしい。世界がどんなものなのか、人がどんな生き物なのか。その眼で見て、肌で感じて、心に刻み込んできてほしい。予め伝えておくけど、その世界でお姉さんが死ぬことになったとしても、精神は元の世界の肉体に戻るだけ、死ぬことはないから安心していいよ」
言葉の意味を半分も理解できない。それでも、目の前の少年は本気で自分の事を気にかけ、為になるような機会を作ってくれていることはわかった。一方的な善意だとしても、それが今は嬉しかった。
「ありがとう」
ありきたりな言葉。その中にどれだけの想いが詰められていることか。
そんな言葉しか口にすることができないことが恥ずかしいが、何も言わなければ後悔すると思った。
私の言葉に笑顔で答え、少年は両腕を広げる。
「さあ、少しばかり時間超過してしまった気がするけどそれは置いておこう!お姉さんには僕の創った器に精神のみ憑依してもらう。器の容姿は君をベースにしたものだから違和感はないはずだよ。さあ、神からの最初で最後の贈り物、世界と人を知る旅へいってらっしゃい」
ガタンッ!
自分が立っている床が二つに割れる。一度感じたことのあるこの浮遊感、私は知っている。これ、落ちるパターンの奴だ。
「なんでもう一度落ちなきゃならないのよぉ!?」
悲鳴を上げながら落ちていく。少年は最後まで笑顔を浮かべながら私に手を振っていた。