第五章 元勇者は国家を心配する件について(仮)
「ええ、それではこれから聖錬学園一年生、ヒカル・ドゥンケルハイトの国家反逆罪についての裁判を執り行う。被告人、前へ」
俺は厳かな雰囲気を放つ裁判官の指示に従い前へ出た。
俺の腕には魔力制御装置が嵌められ、着ている服は囚人のそれである。
「今回、被告人が国家反逆罪として起訴された要因は、わかるかね?」
「…………」
「おほん! ええ、被告人は学園の長である、シルバー学園長をその手で殺害。その理由がこの国の情勢を混乱させるためと、シルバー・グレゴリという、この国の英雄を殺害することによって、我が国の国力を落とそうとした。被告人は何か言いたいことはあるかね?」
「…………」
「何かの間違いです!!」
そのとき、傍聴席から、ユリスの叫び声がした。
「静粛に! 傍聴人は口を挟まないように」
「しかし!」
「君も同じ罪を背負いたいのかね?」
「く……」
裁判長の睨みで、ユリスは唇をかみ締めながら、ゆっくりと自らの席に戻った。
俺は、傍聴席を見渡す。
そこには、俺を犯罪者として、殺人犯として見る者の目が並んでいる。
そして、その中に一つ、歓喜の目をしているのを見た。
俺はその人物を知っている。
その人物によって、おそらく俺はこの場に立たされているというわけだ。
―はは、まさか。そんなところに潜んでいたとはな。
「はっ! はあ、はあ、はあ」
俺は飛び起きた。
そして当たりを見渡す。
―寮か……。
俺はベッドから降りて、着替えを取りにいく。体中が汗でびっしょりだったからだ。
「はあ」
服を脱ぎながら俺はベッドで包まっているもう一人の人物にため息をついた。
俺はKクラスに入る条件として女子寮にもう一つ部屋を貸してくれとお願いした。しかも無償でだ。
これで、シャルとの共同生活をしなくて済む。
そう思ったのに……。
シャルはあれから一ヶ月、女子寮のほうに行く気配がまるでない。
いや、正確には女子寮にシャルの荷物は移されている。
だが、それは半分だ。
残りの半分はこの部屋にあり、シャルは夕食時になるとこちらに来て俺が作った夕食を食べてここで寝る。
しかも俺のベッドで……。
まあ、それくらいはいいんだ。シャルとの幼馴染期間が長い俺にとっては、これくらい許容の範囲内だ。これくらいで俺の生活が狂ったりはしない。シャルが幼馴染というだけで元から狂ってるようなもんだからな。
俺が、洋服箪笥から、服を取り出しているとベッドで衣擦れの音がした。
「わっ、びっくりした。なんだヒカルか……」
「なんだじぇねえよ。俺の部屋に来るのは構わないが、さも当たり前のようにベッドに潜り込んでくるな」
「だって、向こうはもうユリスたちに取られちゃったから居場所ないじゃない」
そう、問題はシャルだけじゃなかった。
俺がユリスの望まない婚約話を無理やり破棄させてからというもの、ユリスの俺に対する態度が変わった。
学園では常に俺に付いてくるし、従者であるはずの俺に、貴族と同じ授業を受けさせようとするので、周りから白い目で見られることも多くなった。まるで俺に貴族としての作法を見に付けさせようとしている節さへある。
―そして極め付けがこれだ。
俺は扉を開けてリビングの中央を見た。
そこには明らかに大きさと、デザインがこの部屋に不釣合いな大きなダブルベッドが置いてあり、ユリスとその従者ミアが寝ている。このベッドのせいで、リビングはゆっくりできるスペースがない。
ユリスはつい3日ほど前にここに押しかけてきた。
なんでも、従者との親睦を深めるのも主人の務めだとかいうトチ狂った理由でだ。
俺とシャルは別にユリスの本当の従者ではなく、Kクラス配属のための処置の一環に過ぎないのだが、そんな俺の話には耳を貸さなかった。
それにより、この部屋には、よくわからない高級なものが半分、庶民的なものが半分と、なんともカオスな様相となっている。俺の憩いの場所は本当にどこにもなくなったわけだ。
「ねえ?」
「なんだよ?」
「いくらなんでも寝込みを襲うのは良くないんじゃない?」
「は? どういう意味だよ?」
「だって……」
そこでシャルが間を置く。
俺はそれを不信に思って、シャルのほうを向いた。
「いくら私たちの仲だからって、いきなりっていうのは、ねえ?」
シャルは身を恥ずかしそうにねじっている。月明かりに照らされたシャルの頬は軽く赤みを帯びていた。
―はあ。
まったく何を勘違いしたらそうなるんだか。
「おい。サル」
「さ、サル?」
「そうだろ。サル。お前みたいに万年発情期みたいなやつはシャルじゃなくてサルだ」
「な、何よ! とうとうヒカルが私の魅力に気がついてその持て余した劣情を私に向けて来るときでしょ?!」
「どこの官能小説やねん! ないわ! そんなの」
(やべ、思わず素が出てしまった)
「え?! ってことはまさか……。いや、おかしいとは思っていたのよ。こんなにも美人で魅力的な女性が毎日隣にいるのに、それに私だけじゃなくてユリスやミアだってかなり美人の部類に入るのに、まあ私には適わないけどね。なのに襲わないってことは……。ヒカルあなたゲ――」
俺の鉄拳がシャルの頭に振り下ろされた。
「イタ!!」
「思考が飛躍しすぎだ。万年発情期のサル」
「だから、それやめてよ!」
「じゃあ、万年劣情を持て余したサル?」
「それは私じゃないわよ! っていうかサルはやめないのね」
「幼馴染の名前を間違うわけがないじゃないか。はっはっは!」
「どこに大事な娘にサルなんて名前つける親がいるのよ!」
「だから、お前の親だろ? きらきらネームだな」
「違うわよ! ってかなによきらきらネームって!」
―おっとまずいまずい。いらん知識が入ってしまった。
俺はここぞとばかりにシャルを攻撃した。
こんなときくらい普段の鬱憤を晴らさせてもらわなければやってられない。
俺は代えの服を着終える。
「なあ、シャル」
「な、何よ。そこはサルじゃないのね」
意外にサル気に入っている?
俺はそこでシャルを見つめた。
シャルも俺を見つめ返す。
「お前は俺に勇者になってもらって、その仲間Aとして世界を救いたいんだよな?」
「え? うん。そうよ」
「なら、俺が勇者になれない状況はまずいよな?」
シャルは首をかしげた。
「それはそうだけど、ヒカルの実力ならなれるでしょ? 元勇者だし」
「なれない状況ならだよ」
「まあ、それは困るわね。私の夢のために勇者になっていいのはヒカルしかいないわけだし」
「お前ならそう言うと思ったよ」
俺は水でも飲もうと思って部屋を出て行く。
「何が言いたかったの?」
「確認がしたかっただけだ」
そうだ。と思い俺は振り返った。
「お前、サル系の魔物だったのか?」
「は?」
「いや、だからなのかなって、万年発情期」
「だから違うってば!!」
バン!
俺の顔面に枕が見事命中した。
「ちがう、そこはもっと腰を入れないといけない」
「いや、そこはもっと重心を低くしたほうがいいな」
「それは振りかぶりすぎだ。それだと懐に入られるから気を付けたほうがいいよ」
「シャル! お前やる気ないだろ?」
「流石だな。ミアは素質あるぞ。やっぱり」
「じゃあ、一旦休憩にしようか」
場所は第二訓練場。
そこに、各高級貴族の従者が集まって自主練を行っていた。
今、彼らが仕えている主である各高級貴族たちは、学園で催されている晩餐会に出席している。そこでの警備を学園側が行うことになったので、従者たちは空いた時間に訓練でもしようとなったのだ。
そして、その訓練の指導教官的立場になったのがなぜだか俺だった。
ミアが、俺と模擬戦をしたときに、いろいろとアドバイスをされたことを話したのだ。
まったく要らぬ展開だ。あまり乗り気はしなかったが、みなの目が輝いていたので仕方なくやることにしたという次第だ。
各高級貴族の従者たちは、俺やシャルのような田舎村出身の人間でも差別はしない。彼らも、元をたどれば平民出身の者たちであり、今の主人の家に拾われたり、自分から売り込んで見事その地位を勝ち取った者たちばかりで、どちらかといえば実力主義的な考え方だからだ。
もしかしたら、あのクロスフォードの従者たちもそうだったのかもしれない。それなら悪いことをしたかな? でも命を狙ってきたわけだし仕方ないよな。
「それにしても、どうやって二人はそこまでの力を?」
「え? 二人?」
「ヒカルさんと、シャルさんです」
ミアが俺とシャルを見ながら尋ねてきた。
俺とシャルはまったく、最悪だが、同じお弁当を持っている。どちらも俺の手作りだ。将来必ずこの弁当の代金を、シャルに請求してやろうと心に誓っていた。
「はは、そんなの大したことをしたわけじゃないさ。ただ死地に赴く機会が多かっただけだよ。田舎村にもいろいろあるってこと」
「私も自分のことは同世代では僭越ながら少しはやれるほうだと思っていたのですが、驕りでしたね」
「おいおい、何言ってるんだよ。ここの中じゃ俺に次いでいいセンスしてるって、十分だろ?」
シャルは俺の隣で弁当を無心でむしゃむしゃと食べていた。
その姿に、何人かの他の従者が見とれていた。
―いやいや、どこがええねんて……。
「それよりも、今日の晩餐会っていうのはなんなんだ?」
俺とシャルは、ユリスに「今日はもういいから」と言われて帰ろうとしたときに、他の従者に声をかけられてここに来た。
つまり、今日の晩餐会のことは小耳に挟んだ程度だ。
「私もよくは知りませんが、近隣諸国の貴族学生も呼んでの懇親会的なものだとか」
「ってことは、つまり近隣諸国との融和対策ってことか?」
「おそらくは」
「ふーん」
ここで、俺に他の国の人間が接触してきたらまずいってことか……。
この世界は、前に俺たちがいた世界よりもある意味混沌としている。
俺たちが居た世界では人間族はある程度協力しており、人間同士での戦争もほとんどないのが現状であって、その矛先は魔物に対して向けられていた。
まあ、それがシャル本人の弁によれば、魔王の狙いであり、結果的にそれはいい方向に向いていたということがこの世界から見てわかる。
こちらの世界は未だに人間同士でも争いを持っている。
しかも、かなりの規模でだ。
俺たちがいる国、オリンピア国は、西には魔物に対しての危機が、北には北の国、北欧連合国との小競り合いが多発しているという、不安定な情勢だ。
今のところ、大きな戦争には発展していないが、今他の近隣諸国との融和を進めていなければいつどうなるかわからないという緊張感はある。
―それに、もっと大問題があるけどな。
といっても、今のところそんな国単位のことは、俺たちにはさして関係がない、学生だしな。
「じゃあ、休憩もしたことだし、続き開始といこうか」
俺は意外に教官に向いているんじゃないかとこのとき思い始めていた。
―最悪、この学園の教官になるのも悪くないな。
なんて暢気なことを、俺は考えていた。
晩餐会のあった翌日、俺は学長室に呼ばれた。もちろんシャルも一緒だ。
中に入ると、なんとデジャブかな。
俺が最初に学長室に入ったときと同様、ユリスとミアがソファーで座っていた。今回違うのはシャルが俺といるということであり、それからわかることは、今回の件ではシャルが噛んでいないということか。
「やあ、よく来てくれたね。まあ座ってくれ」
俺たちはそれに従い、ユリスとミアの前のソファーに座る。
シルバー学長が、俺たちの横まで出てくる。
「君たちを呼んだのは他でもないんだよ。実はね。明日、西にある魔物の拠点のひとつに攻撃を仕掛けることになってね」
「ずいぶん急な話ですね」
「ああ、昨日決まったことなんだ」
ということはつまり、晩餐会での決定事項ということか……。
「それで、それに君たちも同行して欲しいんだ」
―まあ、そういう話だわな。
「どうして、俺たちが?」
「実は今回の作戦は、学生が主体で行うことになっていてね。それで、まったく困ったことに、近隣諸国の高級貴族学生も同行することになったんだよ」
「でも、実際に作戦を行うのは、もちろん聖騎士とかなんでしょう?」
「ああ、確かに。でも、最終的に敵のトップの首を討ち取るのは学生がするように手はずを整えるんだ」
「つまり、近隣の貴族たちに対するプレゼントってことですか?」
「その通り」
シルバー学長はそこで微笑んだ。
まったく、何を考えているのか高級貴族よ。
今回の作戦の目的は、最終的に近隣の貴族に魔物の首を取らせることでいい気分になって帰ってもらおうということだろう。そのために、この国の高級貴族学生を使うとは、また大胆なことをするな。
「でも、それにどうして俺たちが?」
「今回、近隣の貴族と同行するこちらの貴族は、ある程度良識のある人間でなければならない。そして、それに君の主人ユリス君が選ばれた」
俺は驚きの表情でユリスを見た。
―こいつが良識のある貴族?! どこがー?!
こいつは俺たちに最初いきなり喧嘩を吹っかけてきて、負けたら一生奴隷とかいう条件を付きつけてきたやつだぞ? もし本当にユリスが、貴族の中でも良識のあるほうだとするなら、この国は、将来大丈夫なんだろうか……?
俺は、柄にもなくこの国の行く末に急激な不安を覚えた。
「な、何よその顔は……」
俺の思いは、ユリスに伝わったらしい。
「い、いや。まあ俺もお前が良識ある貴族だと思うぞ?」
―あ、駄目だ声裏返っちゃった。
「それ絶対に思ってない顔してるわね!」
「そ、そんなことねえよ。ぶふっ!」
「あ、笑ってるじゃない!」
「ぶふっ!」
「あ、シャル、あなたも何つられて笑っているのよ! ミア、何か言ってやりなさい」
「お二人とも、そんな―ぶふっ!」
「ミア! あなたもなの?! ええ…私ってそんなに駄目なのかしら……」
そこから、ぶふっ! の応酬がしばらく続いたが、流石にユリスがガチでへこみだしたので、残念ながら終了となった。結構好きだったんだけどな。
「それで? ユリスと、後何人貴族たちが付くんですか?」
「学生がユリス君合わせて五人だね。近隣の学生が十人、そして聖騎士が五人だ」
「それ、少なくないですか?」
明らかに数がおかしい。
普通一つの魔物の拠点を落としに掛かるとき、どれだけ、それが小規模の場所でも熟練した聖騎士レベルが三十はいる。
なのに、今回は貴族の従者を入れて素人同然の人間が三十ほどと、聖騎士が五人だ。かなり心もとない。
「君の心配もわかる。だが、今回同行する聖騎士はみな、熟練の聖騎士だ。全員がナイトで、しかも隊長として同行するオルバック君は、急に力を上げてね。今や英雄クラスと言われている凄腕だよ」
「へえ、そうなんですか」
まあ、それなら大した拠点じゃなかったらいけるかな?
うん……。待てよ?
「今なんて言いました?」
「うん? ああ、英雄クラスだと」
「じゃなくて! 名前です名前!」
「え? ああ、オルバック君だよ」
オルバック、オルバック、オルバック…………。
―オールバック!!
ま、まさかそんなことないよね? だって、この前聞いた名前と違うものね。
俺はシャルを横目でみた。こいつなら気が付いているかもしれない。
俺の予想通り、シャルは口を大きく開けて同時に俺を見てきた。
―いやいやいや、そんなことないよね?! もう退場した人間だよね?
俺とシャルの不安は見事に的中してしまった。
こんなところで危機察知能力が発揮されなくてもいいのだが……。
俺たちは、シルバー学長から頼まれた魔物の拠点制圧の作戦に参加するため、王都の西門の前に集合していた。はっきり言って、まったく参加などしたくはないが、なんと、俺の村の使用されていない土地の所有権を俺に譲渡してくれるということなので、これは参加するしかないではないか!
―へへへ、これで新しく作物を育てることができるぜ。
時刻が正午になろうとしたとき、全員が揃うこととなった。
俺とシャルはユリス所有の高級馬車で向かう。正直、魔物の拠点制圧にこんな高級馬車で行くなんて馬鹿だとしか思えない。普通なら、もっと重厚な馬車や、牛や馬ももっと使い、いろいろな武器を持っていくのがセオリーだ。
しかし、どの連中も自分の権力を示すためか、無駄にでかい馬車をそれぞれ持ってきていた。
近隣諸国の高級貴族学生の連中も同じ様相であり、俺はそれを見て、これなら、うちの国の貴族達と、どんぐりの背比べだから、意外にも国の将来は、大丈夫なのかもしれないと思った。
それほどまでに、馬鹿な連中ばかりだ。
どいつもこいつも、装備は派手なものばかり選んでおり、無駄に重かったり(宝石類が付いているため)、いらんところまで凝っていたり、あほみたいに大きかったりしている。
―これ、本当に大丈夫か?
「おっしゃあああ、お前ら揃ったかああああ!」
そのとき、俺たちの先頭にいる聖騎士の中から、奇声が飛んできた。
―1番心配なのはあの人だよな……。
そう。この部隊を指揮してくれる、英雄レベルの聖騎士隊長、オルバック・オールバッカー。その人物である。
いやいや、確か俺たちが会ったときは、名前をミコライ・オールランドとかって名乗っていたような気がするんだが……。
その疑問に関する俺の記憶の中にある答えはこれだ。
「いやあ、それがね。なんでも彼、名前を変更したいとか言い出してね。あれだから、許可したんだよ。なんか、神からの啓示があったらしいんだ。名前をオールバック風に変えたほうがいいってね」
とはシルバー学長の弁だ。
なんでも、名前の変更は学長の権限でなんとかしたらしい。はあ、腐ってるぜ世の中……。
いやいや、名前ってそんなに簡単に変えちゃ駄目でしょう! なんやねん、 あれだからって! 馬鹿だよね絶対! ってかなんだよ神の啓示って、たまたま俺の心の声が聞こえちゃった感じ? なんか責任感じちゃうよ!
「お前、どんな精神付加施したんだよ……」
「まあ、簡単なものを十個ほどね……」
「その結果があれか?」
「そうね。知能はほぼ鶏レベルになっているはずよ」
「えげつねえな」
鶏レベルの知能で隊長になるって逆にすごくね?
「で、俺との戦いのときにお前が付加しまくった力がそのまま残ってるってことだろ?」
「そうみたいね。まあ、あの人にとったら逆によかったんじゃない?」
「よかったねえ……」
俺は、オルバック隊長を見た。
彼は俺が最初に会ったときとは違い。髪の毛をオールバックではなく、ツンツン頭にしている。一番のトレードマークがなくなってしまっていた。それでは名前を変えた意味がないじゃないか。
そして、そこら中に、ピアスやらネックレスやらを、あしらった格好をしていた。あのときの品性は見事に消し飛んでしまったらしい。
あれが、力を手にいれるための対価だというなら、俺は迷いなく断るだろうな。
そんな彼を見て思うことは一言。
―パンクロックかよ……。
まさかこの世界でそんな単語を使うことがあるとは思わなかった俺である。
「で、お前はどうしてそんな姿なんだ?」
オルバック隊長も、ものすごい格好なのだが、俺の隣にいる人物もまた意味わからん姿だった。
「これは、その……今王都で流行ってる新しいファッションよ!」
「それが?」
「ええ!」
「そのようなファッションは、流行っていませんよ」
「もうミアたん、そこいちいち訂正しなくていいから!」
シャルは今、全身黒ずくめの格好をしており、顔は目しか出ていなくて、全身に無駄にターバンをまいている。まるでどこかの暗殺部隊でも彷彿とさせる格好だった。
「お前熱いだろ?」
「全然!」
まあ、そうしたくなる気持ちもわからなくはない。
おそらくだが、あのオルバックさんはシャルの顔を見たらここぞとばかりに目を輝かすだろう。
多分、どれだけ精神作用の魔法を施そうとも、シャルに対する気持ちは消えなかったに違いない。それは、このシャルの格好からして予想できるものだった。
それに、相手が本当に鶏ほどの知能なら、いきなり交尾なんてこともあるかもしれないからな。まあ、それはそれで面白いんだけど。
「ではあああああ! 今かららああ、出発しまああああああす!」
オルバック隊長の言葉に従いみなが馬車に乗り込み。出発した。
魔物の拠点までは三時間ほどだと聞いている。
どうして昼時に攻めるのかというと、魔物は夜でも目がよく効く。つまり、夜になれば目が不慣れな人間にとっては不利な状況となるからだ。
だから、基本的には魔物を退治するときは夜ではなく陽が昇っている時刻が良いとされている。
「なあ、どうしてあのオルバックさんの言動に誰も触れないんだ?」
俺の今一番の疑問はそこだ。
誰も、彼の言動を見て何も言わないのは逆に気持ち悪い。
「ああ、それね」
ユリスが答えてくれるようだった。
「あの人は、この国の五大英雄貴族の家柄だからよ」
「マジかよ……」
「ええ、だから、誰も彼の言動、行動には何も口を挟まないの。本人に英雄クラスの力があるっていうのも大きいとは思うけれど、でも度が過ぎてるでしょ? 昔から変な人ではあったけど、一ヶ月前くらいに急におかしくなったのよ。なんでも天使からの受命を受けたとか、私は天使を探しているとかって、意味わからないことばかり言い出すようになったらしいわ」
「へ、へえ……」
俺はシャルのほうをチラッとみた。
天使ねえ・・・?
「でも、それなら、誰かがこの計画に立案をしたのか? 流石にあれじゃそんなのできないだろ?」
「いや、一応全部の指揮はあの人が行っているらしいわよ。なんでも、よくわからない勘がものすごく当たるらしいわ。しかも、彼の部隊全員が同じ感じになったらしくてね。でも成績はいいらしいのよ」
―動物の勘ってやつですかね?
「ふーん」
俺はまたシャルを横目でみた。
シャルは鼻息が荒く。肩で息をしていた。
うわあ、絶対熱すぎて思考が回転してないやつだわあ。
俺は、なんとなく軽くシャルの頭を小突いてやった。
まあ、いいか。優秀なら。
「はーい! 到着!!!!!」
「「「とーーーーーたちゃあああああっく!!!」」」
オルバック隊長の掛け声に、部隊の人間が合わせて言った。
そんな人間が四人で残りの一人だけがまともな聖騎士部隊。
そして、その他はロクに戦闘をしたこともない連中が三十人くらいか……。しんど!
俺たちは今、魔物の拠点である洞穴が見える高台へときていた。ここで、準備を整えてから、正面突破するらしい。洞穴の入り口が一つしかない以上そうするしかないわけだが、中で分岐点があればどうするのだろうか?
各々が、馬車の外や中で準備に取り掛かる。
俺は特に何もやることはないので、適当に洞穴の中を見ていた。
―ふーん。そういうね。
千里眼で見ようとしたが、残念ながら結界が張ってあり見ることができない。
つまり、相手は魔眼系の対策もしているということだ。
―厄介だな。
「ヒカルー……」
そのとき、気だるさを纏った声が俺を呼んだ。
俺はその声のするほうへと視界を向けた。
「お前、馬鹿だろ」
「だってえ……」
シャルの顔は明らかに火照っていた。
おそらく軽い熱中症になっている。
「体は人間なんだ。それくらい理解しとけよ」
「だってえ」
「もうわかったから、休んどけって」
「ええ」
「回復系の魔法は使えないのですか?」
そのときミアが尋ねてきた。
「うん? ああ、俺はそういうの得意じゃないんだよ。できるけど、傷は直せても体内系のやつは駄目なんだ。シャルは使えるんだけど、これだと自分に掛けるのは無理そうだな」
「それなら、私が治しましょう」
そう言うとミアは、シャルの額に軽くふれた。指先が軽く光る。
「あ! 元気になった!! ありがとうミアたん!」
「いえ、これぐらいお安い御用です」
ミアにシャルが抱きつく。
「ミアはなんでもできるのよ!」
ユリスがその様子を見ていて、自分の胸を張り出してきた。
うん。まあその豊満なのは認めるけど、どうして、お前が偉ぶっているんだという、突っ込みはその胸に免じて言わないことにしておこう。
「それでは! これから本陣に参る!! みなのしゅう!! 準備はいいかあああああ!!」
もうキャラがよくわからないオルバック隊長の言葉に、みながうなずいた。
「ここかあ」
「緊張するな!」
「馬鹿! そんな間抜けでどうする! 私たちは貴族なんだ。魔物ごとき簡単にあしらうことができるわ!!」
「まあ、魔物なんていつも聖騎士にやられてる連中だからな」
「俺たち貴族の名前を聞いてビビッて逃げだすんじゃないか?」
俺たちの後ろを歩く高級貴族たちはなんとも馬鹿であほで無能な会話をしていた。
洞窟の中は、思ったよりも暗く、それぞれで光魔法か光魔術を使って辺りを照らして進むわけだが、高級貴族は自分でそんな真似はしないので、もちろん従者が辺りを照らすわけだ。
「何か様子がおかしいですね」
ミアが言った。
その言葉には俺も同感だった。
ここの洞窟に入ってから未だに魔物の一体とも遭遇してなければ、入り口からここまでがずっと一本道であったことも何かおかしい。普通の拠点ならば、自分たちの居場所が特定されにくいように、迷路状にしておくのがセオリーである。
魔物は人間とは違い鼻が利くので、道を間違うということはないからだ。
「みなの諸君止まれえ!」
オルバック隊長のその一言で、みなが止まった。
俺たちが歩いている道の先に明かりが見える。
「とうとう本陣突入か?!」
「ふん。まあ簡単に制圧してみせるさ」
「私の炎魔法で魔物なんて焼き尽くしてみせるわ」
貴族どもの緊張感のない会話には俺は耳を貸さないで、集中力を高めた。
―なんか変だな。
シャルもそれを感じているらしく、いつもの感じではなく。真剣な表情をしていた。
俺たちの姿を見てミアとユリスも息を呑んでいる。
「行くぞ……」
俺たちは走り出した前の聖騎士たちに付いていく。
明かりがある場所に着くと、視界がいきなり開けた。
「なんだ……これ?」
そこにあるのは綺麗な草原と、大きな湖があり、どこからともなく光が差し込んでいる。
俺は辺りを見渡した。
―明かりがある原因はあれか。
ここにある鉱物は自ら発光する、発光石だ。
これはとても高価なもので、これを一つでも手に入れることができれば一族が一世代は軽く暮らすことができるほどのものである。
俺はさらに周りを見た。
「行き止まりですかね?」
ミアが言う。
そう。ここには俺たちが来た道以外に道がない。
そして大きく切り開かれた場所の天井も吹きぬけなどになっているわけでもない。
まずいな……。
「わあ、これ綺麗――」
そのとき、馬鹿な高級貴族が発光石に触れようとした。
「馬鹿!」
「え?」
その手をなんとかシャルが止める。
「な、何よ。勝手に腕に触ってるんじゃないわよ!」
シャルの腕を貴族が無理やり振りほどく。
「この石には触らないでください。腕が吹っ飛びますよ」
「は? 何よいきなり。意味わからないわ」
「彼女の言う通りだぜえ!」
オルバック隊長がまたよくわからないキャラでシャルの意見に同意した。
「発光石は、触れると爆発するんだぜえ! だから、採掘するときには慎重に扱わないといけないんだぜえ! いええええええい!」
オルバック隊長のその言葉と同時に地面が鼓動をあげ始めた。
ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ!!!!
「な、何だ?!」
―これは?!
グオオオオオオオオオン!!!!
「みんな戻れええええええ!!!!!」
俺はその雄叫びと同時に叫ぶ。
この雄叫びの正体が姿を現す前にこいつらを逃がさないと!
「指図をするな!」
だが、貴族は俺の言葉には従わない。
―くそ、出てきてからじゃ間に合わない!
俺は右腕に空気弾をためる。
そして、それを貴族の群れに広範囲魔法として放ってやった。
貴族の体が宙に浮く。
「うわああああああ」
「なんだこれ?!」
俺は浮かした貴族どもを洞窟の一本道まで戻してやった。
「そこから絶対に出るなよ!!」
俺はすぐに湖を見据える。後ろから貴族からの非難の言葉が聞こえるがすべて無視した。今はそんな余裕はない。
「おい、ユリスたちも下がってろ!」
「いったい何が来るのよ?」
「いいから! 死にたいのか!!」
ユリスとミアは俺の声量で事態の深刻さを理解したのか、走って一本道に戻っていった。
そこから出てこようとする貴族どもをなんとか抑えてくれているようだ。
「おい。シャル! お前今でどれくらい出せる?」
「一割くらいかしら。まあ本気出せば問題ないんだけど、そうはいかないわね。全員死んじゃうし」
「俺もそれくらいだ。どうもここじゃ力が出せないな」
―ここではあまり力を出さないほうがいいな。
チラっと、貴族どもが固まっている場所を見た。
グオオオオオオオオオオオオオン!!!!
俺の前では五人の聖騎士が四方を見ながら構えている。
「湖だ! そこから来るぞ!!」
俺の言葉にオルバックがうなずく。
「みなのもの! 湖を注視しろ!」
どうやら、オルバックは俺のことを信用しているらしい。それにしても……。
―戦闘のときは普通なのかよ。
まあ、戦闘でもあんな変な感じだとやりにくいから、そのほうがいいけどな。
グオオオオオオオオオオオオオオン!!!!
雄叫びが鳴り響き、湖から何かが隆起した。
その何かは、洞窟の上まで急激に上がっていく。
そして、上までその胴が伸びると、そいつは俺たちを見下ろしてきた。
―はは、流石に今の状態じゃ結構きびしいかもな。苦笑いしかでねえわ。
「り、竜だ……」
貴族の一人が、つぶやくようにして言う。
あいつらも本物を見るのは初めてだろう。
眼爛々として、口は俺たちを噛み砕くには十分すぎる牙を持ち、口からは炎を吐く。そして、その表面の鱗は強靭であり、貫くにはその命一つでは到底足りない。やつらの中でも水中を住処にし、其の姿を人が眼にする機会が一番少ない竜……。
―水竜か!!
グオオオオオ!!!
湖からその胴は出きっていない。それほどにこいつの体は大きいというわけだ。
やつは、俺達が逃げられないように領域魔法を、洞窟に発動していた。
つまり、やつを倒さない限り俺たちは逃げることもできないというわけだ。
「かかれええええ!!!」
オルバック隊長の掛け声で、聖騎士の五人が竜に向かっていく。
グオオオオオ!
竜がオルバックに口から炎を吹いて攻撃する。
「はあ!」
それをオルバックが剣一線! 剣撃で振り払った。
―今の俺たちでオルバックと同程度くらいか……。
「シャル、お前は遠隔からの援護を頼んだ」
「わかった! 竜の弱点は?」
「眼か口の中だな」
「正解よ。じゃあいってらっしゃい!」
「はいよ!」
俺は駆け出した。
「閃光一線!」
グオオオン!
オルバックの剣撃がドラゴンの鱗の間を貫いた。
そこから竜の血が噴き出す。
「オルバック! その血に触れるな!」
「何!?」
オルバックは急いで竜の体から離れる。
「竜の血は人間の皮膚を溶かす。だから、絶対に浴びたらだめだ」
「そうなのか、助かった」
俺も竜に向かって駆ける。
竜の体は俺とオルバック隊長、そして他の聖騎士の奮闘で、かなりの傷を負っていき、さらに、竜からの攻撃はシャルの魔法によりその動きを抑えることでなんとか耐えていた。
「眼だ! 眼をくり貫いてやればやつは止まる!」
「わかった。眼だな!」
オルバックは飛躍していく。
竜と退治してかなりの時間が経過した。すでに、他の聖騎士は負傷して後退している。
オルバックを竜が口の中に飲み込もう口を大きく開いた。
「砲撃の斬撃!!」
グオオオンンンンンン!!
俺の攻撃が竜のあごに命中する。
それにより竜の口が閉じられた。
「行け! オルバック!!」
「はああああああああ!!」
オルバックの突きが竜の目をめがけて放たれる。
ガキ!!
だが、それは通らなかった。
「こいつ、眼を!!」
竜が眼を閉じて、その粘膜に硬化魔法を施したためだ。
―こいつ賢い!
「くそ!」
オルバックは振り落とされる。
「オルバック!!」
そこに竜の羽による攻撃が加えられる。
オルバックは無惨にも吹き飛ばされ、発光石にぶつかり爆発した。
―くそ!
俺は自身に身体強化魔術を施す。
そして、飛躍した。
「シャル!」
「わかってるわ! アクセレレイション(加速)!!」
俺を、竜からの湖の水を使った水砲が襲うが、空中で俺が加速したため、そのすべてが空を切る。
そして、俺はそのまま全身を使って竜の眼を目掛けて一つに矢となり向かう。
竜はそんな俺を見て、先ほど同様、眼を閉じて粘膜に硬化魔法を施す。
―そんなもん砕いてやるよ!!
「おおおおおおおらああ!!」
俺はそのまま竜の目に突撃する。
ガキン!!!!
グオオオオオオオオオオ!!!!!
俺の剣は竜の目をまぶたごと貫いて折れた。
俺はそこで急いで、そこから退避する。
「ヒカル!」
竜は、今までと比べ物にならない雄叫びを上げながら暴れまわり、辺りに無造作に攻撃をしまくっていた。
「後、一つだ」
「でも、もうかなり限界が来てるでしょ?」
「お前もな」
流石に、ここまでの制限つきじゃ厳しいか……。
「まあやりようはある」
そのとき、思いもしないことが起こる。
「お前ら何やってんだ!!」
俺は怒りで声を張り上げた。
気が付けば、貴族どもが入り口から出てきていた。
「へへ、ここで竜を討ち取ったってことにでもなれば、国に帰って英雄だな」
「パレードくらいしてもらえるんじゃないか?」
「いやいや、もっとすごいことになるって! 竜だぜ? 誰も見たこともないって絶対!」
―おいおい、勘弁してくれよ。流石にお前らを庇いながら、戦えるほどの余裕はないぞ!
「ちょっと! あんたたち戻りなさいよ!」
「オリビアの娘か、うるさい! お前の従者ごときが、あそこまでやれてるんだ。僕たちにならもっと上手くやれる」
「隊長が、やられてたの見てなかったの!」
「あれは、あの男の指示が悪かったんだ。あんな低脳の言うことを聞くから、隊長さんもああなったんだよ。俺たちならああはならない。なぜなら有能だからだ」
―駄目だこいつら。
そのとき、荒れ狂った竜が巨大な水砲を作り出した。ここ一帯を吹き飛ばすほどの威力があるものだと一瞬で理解した。
くそ! 一瞬遅れた!
今からだと、あの水砲の発動を止めるために動いても遅い。かといって、あれを直接受ければ、負傷するのは決まりきっている。俺一人なら、ある程度威力を軽減しながら流すこともできるが、俺の後ろにはくそ貴族どもが!!
「くそったれが! シャル!!」
シャルがうなずく。
俺たちは後退して、貴族どもの前に立った。
二人でならなんとか抑えられるか? かなり厳しいな!
「はは、まさか、勇者と魔王が一緒に人間を守るときが来るなんてね。しかも貴族を」
「本当だぜ、まったく。だから勇者なんかなるもんじゃないんだよ」
「でも、私は今楽しいよ?」
「俺は気分最悪だね」
だが、俺の顔は少し笑っていた。
まあ、久しぶりにぎりぎりの戦いって感じでちょっとくらいは、テンション上がってるけどな!
グアアアア!!!!
水砲が俺たちの元に飛んでくる。
「こんなものおおおお!!」
そのとき、一人の貴族がその水砲に向かって魔法の攻撃をする。
それにつられて恐怖した他の貴族が同様の行動を取った。
「馬鹿! やめろ! あれは魔力を吸収する!」
俺の忠告は遅かった。
それまでにかなりの魔法があの水砲に吸収されて増幅され、すでに俺とシャルでも手に負えるかわかならいほどになっていた。
ちいっ!
俺は自分のリミッタに手を掛ける。
「天使は私が必ず守る!」
そのとき俺たちの前に一人の男の影が現れた。
「お前!!」
髪を片手で掻き上げ、オールバックヘアにした男。
オールバック先輩!!
「まさか、こんなところにいるとはね」
「お前、記憶が戻ったのか?」
「ああ、あのときは、随分と君に痛い目を見たみたいだな」
「それよりも前! 死ぬぞ!!」
水泡がもう目の前に迫っていた。
「はは、あのときは君に遅れを取ったが、ここでは私が君を超えてみせよう。そう! 天使様を守るのは私だあああああああああああ!!!!!!」
「オールバックウウウウウ!!!」
オールバック先輩は、その身で水砲を受け止めた。
「うおおおおおおおおおおお!!!!」
俺たちの目の前で巨大な爆発が起きる。
その場が爆風に包まれた。
視界がクリアになると、目の前でまだ竜が暴れまわっていた。体を洞窟の壁面にぶつけては発光石の影響で爆発する。
目の前には、体中が丸こげになったオルバック隊長がいた。
俺は、彼に近づく。
「彼は・・・?」
「お前、やっぱこの人と結婚したほうがいいよ」
俺はシャルを見た。
「なんとか大丈夫そうだ。お前への愛ゆえだな」
「そう。本当に、重い愛ね」
シャルは微笑んだ。
「ミア! オルバック隊長を頼んだ。できるかぎり治療してくれ」
「わ、わかりました」
「そして、お前ら!!!!」
俺は後ろでへなっている貴族どもに声を張り上げる。
「しっかりと、この人の姿を目に収めておけ!! お前たちは将来国民の上に立つ存在だ。将来、この人のように国民のために身を差し出すくらいの気持ちがなきゃならない! だが、お前たちはまだ弱い! 情けないくらい弱すぎる!! お前らみたいなもんは竜の前じゃ貴族でもなんでもねえ! ただの食料だ!! だけど、将来、必ず国民のため世界のために生きると誓うか!?」
「…………」
「返事は!!!!」
「は、……はい……」
「小さい!!!!」
「はあ……ふぁい!!!」
泣きべそを浮かべた貴族どもの返事が返ってきた。
まったく情けないやつらだ。
「なら、今回はお前らを俺が守ってやるよ。だから、全員、俺に強化魔法をありったけ掛けろ!! 俺の体を気にする必要はねえ!」
その言葉に従い、貴族たちは俺に、ありったけの魔法を掛ける。
俺の体を凄まじい重み、激痛が襲うが、それを耐えてなんとか意識を保つ。
俺は竜に向かって歩みだした。
序所にその歩を早める。
タ、タタタタタタタタ!!!
「はああああああああ!」
俺はオルバック隊長の剣を持って竜に向かっていく。
漸く、自分を取り戻した竜が、俺を喰らおうと口を大きく開けてきた。
―いいだろう。喰わせてやるよ!
俺は飛躍して、その口の中に飛び込む。
竜は俺を飲み込んだ。
だが、徐々にその表情が苦悶に変わる。
今更、俺の思惑に気が付いたところで遅い。
俺は竜の体内を切ってきって切り刻みまくった。
そして、ちょうど腹の辺りにきたところで、中から外に出るために、文字通り腹を掻っ捌ばいた。
グアアアアアアアアア!!!!
竜が苦痛の雄叫びを上げる。
その中、竜の腹から、俺は全身に血を浴びならが出た。
「シャル!!」
「七つの精霊たちよ。その力を持ってあらゆる災厄を退ける力を授けたまえ! 完全回復魔法、パーフェクトヒール!!」
竜の血により焼かれていた皮膚が元通りになる。
―流石、頼りになるな元魔王!
竜は腹から出てきた俺に対して怒りの眼を向けてくる。
そして、口から今までで最大の業火を放ってきた。
「そんなに怒るなよ。俺のほうがもっと怒ってるんだからな!!」
俺はその業火に向かっていく。
「その力、もらうぞ!」
俺は業火の気の流れを読む。
そして、その業火を逆に剣に纏った。
俺は飛翔する。
「とりあえずその首、差しだせや!!」
俺は剣を左手に持ち替えて、残りの魔力をすべて使い切り右腕を強化した。
それを、竜の残った眼に対しておもいっきり突っ込む。
ギィアアアアアアア!!!
竜が悲鳴を上げる。
俺は竜の顔を蹴って、洞窟の発光石にぶつけた。
激しい爆発音で、竜の首から上が真っ黒にこげる。
そして、その首の上に俺は乗る。
「悪く思うなよ。お前も誰かの指示だろうが、俺たちも生きなきゃいけないからな。だから、最後くらい一思いにやってやる」
俺は剣を両手に持ち、掲げた。
剣先には神々しいほどの業火が燃え上がっている。
そして、竜の首にそれを振り下ろした。
ヒカルたちと共に竜殺しを成し遂げた高級貴族学生たちは、その後、ヒカルの言葉を胸に、国民、世界のために尽力して、其の名を歴史に刻み、英雄として語り継がれる存在となるのは、まだ先の話・・・・。
お読みいただきありがとうございます!!