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第四章 元魔王は策略をめぐらす件について(仮)

「え、何これ?」


 翌日、俺はクラス分けの発表会場に来ていた。

 シャルがまた布団にもぐりこんできていたので、今日はそんなシャルをそんなに布団が好きならと縛り付けて出てきた。つまり一人である。

 聖錬学園のクラスはA~Gまでであり、一クラス二十人から二五人ほどの人数である。

 そして、Aクラスが一番優秀であろう人たちの集まりで、クラスが下がっていくほどに能力値が低くなる。

 俺は多分、自分はあれだけの騒ぎを起こしたんだから、適正に能力を判断されてAクラスか、逆に嫌われてユリスとかの力でGクラスにでもされると思っていた。

 しかし、どっこい見てみてびっくり、そのどちらのクラスにも俺の名前はなかった。いや、正確にはA~Gの中に俺の名前はなかった。そして、それはシャルも同様だった。

 もしかして、もう退学とか……? まあ、それならそれでいいんだけど。


『ええっと、ヒカルー。今からすぐに学長室に来てちょうだい! 超特急でね!』


 そんなささやかな期待を持っていると、構内放送でシャルの陽気な声がした気がした。そして俺の名前が呼ばれた気もした。

 気のせいかな?

 まさかこんなところで、俺が呼ばれる意味もシャルが放送をする意味もわからない。

 どうやら、俺はあの元魔王と一緒に居すぎたために耳までおかしくなってきたらしい。いやいや待て待てこれだと、俺がシャルの声を聞きたがっているみたいじゃないか。そんなことは決してない。そう決して……。

 俺はそこで辺りを見渡す。多分シャルがそろそろ来るころだろう。


 ―ん?


 そこで俺は自分が回りから注目されているのに気がついた。周りにいるのは新入隊生だ。つまり、昨日の出来事を知っている人物が大半。ということは、俺を今注目している理由は――。


 ―まあ、あの放送ですよね。いや、わかってましたよ? でもさ、ちょっと現実逃避をしたい気分だったんだよ。


 俺は、周りの人間に不器用な笑顔を向けた。それを見て俺の周りから人がいなくなる。

 俺のモテない理由32の内の一つ、テンパルと笑顔が不気味になるを発動してしまった。


「はあ」


 俺は一息吐いて、場所のわからない学長室へと向けて駆けた。とりあえず大衆の目から逃れたい一身だった。


 バタン!


 学長室のドアが勢いよく開け放たれる。

 それをしたのはもちろん俺だ。

 そして、軽く息を切らしている。


「あら、結構遅かったのね」


 俺が部屋に入ると、シャルがそ知らぬ顔でいやがった。こいつマジいっぺん絞めとくか?


「遅かったわね。じゃねえよ。場所しらねえっつうの!」

「でも、私は見つけられるでしょ?」

「気を張るのはいやなんだよ。面倒だから」


 そう。別にシャルの魔力を感知すれば簡単なことだ。

 だが、そんなことをすれば、学園にいるほかの特殊な人間に俺のことがばれてしまう可能性があるし、何よりもシャルがそれをさせようとしていることが癪だった。

 俺は、部屋にいるほかの人物に目を向けられているのを感じる。

 学長室は大きな部屋だった。両脇にびっしりと本がつめられている本棚があり、その中には魔術や魔法関連のものばかりがあった。

 そしてドアと対面をするところに大きな窓があり、その前に重厚な椅子と上品そうな机がある。そこにシルバー学長が座っていた。彼は俺を微笑んでいる。


 ―まったく、変な趣味だよな。やっぱりシャルと気が合うだろうな。


 俺はシルバー学長の雰囲気からそう思った。彼の素性からだ。

 そして、部屋の中心に当たる位置に、背の低い机と、それを囲むようにしてソファーが置いてある。そのソファーにユリスとミアの二人が座っていた。

 ちなみにシャルは本棚から本を取り出しているところだった。


「では、揃ったことだし、本題といこうか」


 シルバー学長のその言葉で、三人は学長の前まで歩いていく。

 俺は一瞬遅れて、それに倣った。


「ヒカル君、君を呼んだのは他でもないんだ」


 なんだよ。他でもないって、俺何もしらんいうねん!


「君と、そちらのシャル嬢には、ユリス君の従者としてKクラスに入ってもらおうと思ってね」

「は?! 何それ?」


 俺は失礼ながら、学長に対してため口を使ってしまう。


「Kクラス、それは私たち高級貴族しか入ることができないクラスのことよ。私たちが庶民と同じ教育を受けるわけにはいかないからね」


 ユリスが俺の隣から、ぶっきらぼうに言ってきた。


「そんなところに、何で俺とシャルが入れるんですか? 俺たちはただの田舎者ですよ?」

「高級貴族はね。そのクラスに自分の従者を三人まで入れることができるんだよ。といっても、授業中は立ちっぱなしだし、常にご主人様の手伝いをしないといけないからクラスメイトというわけではないんだけどね」

「はあ――」


 俺はそこで、高速に頭を回転させる。

 こんな状況になっている理由を考えるためにだ。そして一瞬で俺の脳が答えを導き出した。

 それは昨日、俺が帰った後に何かが起こったのだろう。いや、取引でもしたのかもしれない。

 しかし、すべてはシャルが行ったことに違いないのは明らかだった。

 おそらく、ユリスに自分と俺を従者としてKクラスとやらに入れるように脅したか、何かしたのだろう。

 そして、それをシルバー学長に対して承諾させた。

 二人は似たもの同士だから、気が合ってシルバー学長も快く承諾でもしたのだろうな。


「私は、別にミアだけでもよかったんだけど、昨日のあなたを見て、あなたとシャルは惜しい人材だと思ったのよ。だから学長にお願いしたわけ」


 なるほど、シャルはユリス主導でこの話を進めたというわけか。

 俺はユリスの「感謝しなさいよね」という言葉は無視して、学長に向き直る。


「ありがたい話ですが、丁重にお断りします」

「「え?!」」


 俺の言葉にユリスとシャルが驚きの声を上げた。

 いやうん。ユリスはわかるけど、シャルがどうして驚きを見せたのか俺にはさっぱりだ。俺が快く承諾するとどこで思ったというのか……。頭沸いてやがる。


「あの、別に俺はGクラスでもいいんで、勘弁してくれませんかね。俺はそんな貴族様たちの花園になんか足を踏み入れてもいい人間じゃないんで」

「うーん」


 俺の言葉に対するシルバー学長の反応はよろしくない。

 そのとき、俺の袖が勢いよく引かれて、俺の耳元にシャルの唇があわやくっつくところまで来る。


「どうして断ろうとするのよ?」


 どうして俺が断らないと思った?


「いや、貴族と一緒とかいやだし、しかも高級貴族だぞ? なお嫌だわ」

「ここで人脈作りを行うのよ! これで勇者への階段をまた上がることができるのよ?」


 いや、だから勇者になりたくないし。


「勇者はな。そんな既得権益とは相容れないから、人気があるんだよ」

「そんなの表面上だけじゃない!」


 おいおい、いきなりそんなブラックボックス開けるなよ。怖いな。

 確かに、勇者を目指す者の中には権力者に媚を売って、成りあがろうとするやつもいる。

 だが、そんなのは二流だ。

 勇者なら、地道に魔物から市民を守る道を選ぶべきである。

 まあ俺はそんなのはもう御免だけど。


「ヒカル君、残念ながらそれはできないんだ」


 シルバー学長が腕を前で組みながら言ってきた。

 俺はシャルから耳を離す。


「どうしてですか? 俺みたいなやつをそんな花園に入れるほうが困難な気がしますけど?」

「それはユリス君の従者という登録をすれば簡単なんだよ。本人もそれを承諾しているからね」


 登録される本人は承諾していないんですけどね!


「それに最大の理由は君の力の強大さだ」

「え?」

「君の力がすでに並の聖騎士を超えていることはすでに学園での周知の事実となっている。新入隊生の中ではさらに周知だ。つまりだね。君はA~Gのどのクラスに入っても浮いてしまうんだよ」


 俺はその言葉を聞いてシャルを見た。


 ―こいつやりやがった!


 おかしいとは思っていたんだ。いくら人間の世界で暮らすのに慣れていないといっても貴族に対していくらなんでも態度が悪いと、そしてけんか腰なのもだ。俺はそれを貴族に取り入るための布石なのだと先ほどまで思っていたが、違ったようだ。

 要は俺に力を出させて、俺の居場所を限定するために行ったこと……。

 つまりは、俺に自分が敷いたレールを歩かせるための布石だったというわけだ。

 ユリスとのパイプを作ったのも、それでKクラスに入ることになったもの大きなことではない。大切なのは俺がシャルの思い描いている勇者道に組み込むことだったんだ。


 ―考えが甘かったぜ……。


 こんなことなら、すぐにでも畑を取り戻すことを考えるべきだった。畑を人質に取られては、俺はある意味シャルの操り人形だ。

 しかし、畑は移し変えるなんてことが容易にできるものではない。

 一時は別に、他で畑ができればいいとさえ思ったこともあったが、離れて気が付くさらなる愛おしさ。もう俺はあの畑以外の場所で農業をする気にはなれなかった。

 シャルは俺に対して微笑む。

 俺はそれに怒りの形相を返してやった。

 とりあえず。これからのことを考えるのは後だ。どうにかして、Kクラス編入を免れないと……。


「でも、それならKクラスでも同じじゃないですか? こんなことを言うとあれですが、いくら高級貴族といっても、俺は彼らが俺レベルとは思えないですけどね」

「うむ。確かにそうだ。魔力や干渉力というのは血筋に大きく影響する。だから貴族が貴族としてその地位を保てているわけだが、おそらくこの学園では君は三年すべてを合わせてもトップレベルだろうね」

「なら、どこに行っても一緒でしょう? それなら、俺は俺と同じ庶民がたくさんいるであろうGクラスがいいです。そのほうが安心して学園に通える」


 少し希望が見えてきた。

 俺の言葉に理屈は通っているはずだ。


「いや、これはね、君だけの問題ではないんだよ」

「え? それはいったいどういう――」

「庶民出身で、しかも田舎者である君が、あの高級貴族であうオリビア家の従者、しかもかなりの手練れを圧倒したとあっては駄目なんだ。高級貴族の面目が丸潰れだよ」


 その言葉で、ユリスとミアの表情が曇った。


「つまり、俺をそのオリビア家の手のかかったもの。もしくはあの勝負自体が何かの催しであったかのようなことを表に対して証明する必要があるってことですか?」

「まあ、簡単に言うとそうだね。気分を害さないでくれよ。世界とはそういうものなんだ。秩序を崩すイレギュラーはできるだけ排除したい」


 ―はああああああああ…………。


 俺は王都に来てからの、何回目の大きなため息を心の中でした。

 まったく、その秩序とは誰のための秩序だというのか。大多数を救うものではなく。少数の権力者にだけ向けられた正義。そんなものに何の価値がるというのか。

 まったく。どこの世界も根底は一緒だな。


「だから、残念ながら君に拒否権はないよ」

「ここで、俺が暴れてもですか?」


 俺は、全身に緊張をめぐらす。


「君と私がやれば、かなりの被害が出そうだな」


 シルバー学長は表情を崩さないが、隙のない反応をした。

 ―流石に、この状況じゃ不利かな。相手が相手だし。


「はあー」


 俺は体を脱力させた。


「一つ条件を出しても?」

「いいだろう。何だね?」

「一つは、寮の部屋をもう一つ貸してください。できれば、女子寮のほうに、今俺とシャルは同じ部屋なんですよ。それは勘弁願いたい」

「わかった。いいだろう。それで後は何かな?」


 そこで、俺は口角を上げる。


「部活ってやつを作らして欲しいんですよ。名前は自然ふれあい部。つまり農業をする部活です」







「ほら、そこ何やってるんだ。もっと腰をいれないと駄目だろう!」

「違う。そこはそうやって植えるんじゃなくて、もっとやさしく芽が出るようにしてやるんだ」

「やっぱり、ミアはセンスがあるな。どうだ? 畑を個人的にやってみたら」

「おい! シャル! そこを踏むなよ!」

「ユリス! だからもっと腰だって!!」


 学園に入隊して一週間がたった。

 Kクラスという高級貴族のクラスに入ることになったと知ったときには軽い絶望を覚えたが、意外に楽なものだった。

 授業や訓練は確かにある。

 だが、そのほとんとが、軽いものであった。おそらく個々で勝手に訓練するのが高級貴族の位置付けなのだろう。だから、基本的には従者もその高級貴族と同じルーチンになるので、他の一般のクラスに比べて授業数が少なく。たまに同じ他の従者たちと模擬戦とかをするくらいで、特に高級貴族からのいびりとかもなく結構悠々自適な生活を過ごしていた。

 といっても、それは俺たちだけである。普通の従者なら家に戻ってからの仕事がある。俺たちは学園だけでの従者なので、特にすることもなかった。

 そして、俺はその空いた時間を何に使っているのかというと、Kクラスに入る条件として、設立した部活をせっせと行っていた。

 名付けて「自然ふれあい部」主な部活内容は畑を耕し、作物を作ること、つまり農業だ。部員は俺とシャル。そして、ユリスとミアを強制的に入れた。まあ、基本的には俺だけが活動をしていて、他の三人はほとんど来ない。ちなみに活動場所は俺の村の俺の畑だ。

 これで、畑をにっくき悪魔から守ることができて、土いじりを行えるので一石二鳥だ。俺がこんなことを毎日している間、シャルが何を行っているのかというと、なぜか、何もしていなかった、それが不気味であったが、何もないならそれでいい。最近でも勇者どうのこうのとも言わなくなってきていたから、俺からすればこのまま何事もなく過ぎ去ってくれれば幸いだ。


「もう、嫌よ。どんなことをしてるのかと思って来てみれば、なんで私がこんなことをしないといけないのかしら!」

「お嬢様、そこには先ほどヒカル様が埋めた種がございますのでお踏みにならないよう。お気をつけてください」

「あ、わかったわ。……じゃなくて、ミアもどうして順応してるのよ!」

「私は、小さい頃は農村で育ったもので」


 そんな中、今日はユリスが俺のしていることを見たいというので来ていた。ユリスが来るということはミアも来るということだ。

 シャルも村に用事があるとかで、一緒に来ていた。


「じゃあ、休憩でもするか」


 まあ、予想はしていたが、シャルとユリスは散々な結果しか生まなかった。

 もともとこういった体を使った作業など行ったことがないユリスは、器用さが足りないし、シャルにいたっては、力加減が馬鹿みたにクソだった。いったいどれだけの器物破損をすれば気が済むのかというほどやりやがった。

 一方、ユリスの従者であるミアは、その真逆。

 ほんと、農家に一人は欲しい人材というくらい手際もよく。彼女が居なければ俺は二人にキレていただろう。

 俺たちは畑の近くにある大きな木の下の日陰で、持ってきた弁当を広げて昼休憩に入った。


「せっかく、あんたの強さの秘密を知ろうと思ってきたのに、とんだ無駄足だったわ」

「いえ、お嬢様、これも足腰を鍛えるのに重要な役目を果たしているかと」

「え? そうなの?」


 ミアとユリスの関係性は、俺が思っていたよりもフランクなものであるようで、ユリスが従者をミア一人だけしかつけていない理由もなんとなくわかる。


「午後からはもっと大変だからな。覚悟しとけよ」

「うええ」


 ユリスが貴族らしからぬ声を出す。

 俺は意外にこの生活が今気に入っているな。とこのときふと思った。こういう他愛無いのがいいんだ。変に世界なんて救うなんて御免だ。


「ようやく見つけたぞ! ユリス!」


 そのとき、俺たちに大きな言葉が飛んできた。

 俺たちはその言葉の方向を見る。

 そこには緑髪のいかにも高級貴族のいでたちをした人間が、またいかにも高級そうな白馬にのって近づいてきていた。

 白馬ってまた典型的なやつだな。


「うわ……」


 ユリスがそれを見て、苦虫をかんだような顔をする。貴族がそれでいいのか?


「あれは?」

「私の婚約者よ」

「へえ、それまた」

「こんなところまで来るなんて、本当に嫌になるわ」

「何か問題でもあるのか?」


 ―まあ、見るからに頭の弱そうな相手ではあるがな。


「お嬢様は、あの方のことが苦手なのです」

「こら、ミア。余計なこと言わないでいいの!」

「申しわけございません」

「婚約者なのにどうして?」

「あの方は自己中で傲慢、それがお嬢様は嫌なのです」


 ―ええ、それ、お前が言うの?


 俺はユリスの顔を見た。


「もうミアったら、また余計なことを。そうよ、私は私の上に立たれるのがいやなのよ。思い通りにならないことが嫌い」

「ふーん」


 こいつは結構最低なことを言っていることに気がついているのだろうか?


「つまり、あの人と結婚をしたくないってこと?」


 シャルが聞いた。


「ええ、私は結婚そのものをする気はないわ。だから、今日あいつが家に来るって聞いて逃げてきたのよ。それなのにどこで情報を掴んだのかしら」

「なら、結婚しなかったらいいんじゃないの?」


 俺とシャルは、もうすでにあの初対面の一件から、人が見ていないところではユリスと対等に話をする間柄となっていた。これは意外にも向こうから言い出したことで、勝負に負けたけじめだとかなんとか言っていた。変なところで柔軟なやつだ。


「それは、できないわ。向こうのほうが私の家よりも上だもの。そして、あいつはすでに聖騎士としてナイトの称号を貰っているわ。つまり、私に拒否権はないわけ」


 高級貴族の中でも厳格な階級は存在する。

 つまり弱者と強者はどこに行っても、存在するのだ。高級貴族といえどもその摂理から逃れることはできない。だから、弱者は自分よりもさらに弱いものを求めて、それを見つけるとその鬱憤を晴らす。そして、その弱者はさらに弱いものを求める……。負のスパイラルはそういう風にして出来上がっているのだ。

 ユリスが立ちあがり、馬に乗って近づいてくる集団に近づいていく。その後をミアが付き従っていった。


「おひさしぶりです。クロスフォード様」


 ユリスが、先ほどまで毒を吐いていた姿から、淑女らしい雰囲気へと変わっていた。


「ユリス――」


 クロスフォードと呼ばれたその男は、ユリスの体を上から下まで見る。彼女の服は今農作業を行ったため汚れていた。


「すぐに着替えをよこそう。だが、ユリス。こんなところで何をしているんだ。こんな何もない世界から隔絶された土地で」


 ―いや、それ言い過ぎじゃね?


「私の従者が、ここで農作業をしていまして、その様子を見にきたのです。そこで、私も体を動かしたくなりまして、気が付いたらこんな姿に。はは、農業とは意外にすばらしいものですね」


 ユリスが微笑んだ。

 先ほどまで文句を言っていたとは思えない意見だ。やっぱり女の子怖い。


「君はそんな無能がやるようなことをする必要はないんだよ。それよりも僕が君に会いに行くという連絡は来ていなかったのかい? いきなり君が外出したと聞いて驚いたんだからね」

「申し訳ございません。失念しておりました」


 ユリスが頭を下げる。


「そうか――」


 クロスフォードは馬を少しうごかして、ミアに近づいた。

 そして、その頬に痛烈なるビンタを食らわす。


「お前は、ユリスの従者だろう! 主人の予定はお前がしっかりと伝えないといけないんだ! 何をしている!!」

「申し訳ございません」


 ミアが腫れた頬を気にすることなく頭を下げた。

 そんなミアをユリスが口惜しそうに見ている。


 ―高級貴族も大変だねえ。


 別に同情はしない。

 彼女たちも、同様のことを自分より地位の低い連中に行っているに違いないからだ。

 しかし、あのクロスフォードとかいうやつはいけ好かないとは思った。


「はあ、まあいい。これから戻るぞ。君のためにいいドレスを持ってきたんだ。それを着て僕に見せてくれ。っとその前に――」


 クロスフォードは、馬に乗ったまま、俺とシャルの元に近づいてきた。そこでやつは今後を大きく左右する大きな過ちを犯した。

 目の前に来たクロスフォードの俺たちを見る目は、心の底から俺たちを見下してるのであろう目をしている。


「貴様らも、ユリスの従者なのだろう? なのにどうして、こんなところで腰を下ろしている?」

「休憩してるからだよ」


 俺は不遜な態度で言った。

 俺の気分はクロスフォードの過ちのせいで、ずいぶん荒ぶっている。

 まったく、くそ気分悪い現場みせられてこっちはたまったもんじゃないんだ。いちいち絡んでくるなよ。


「なんだと?! おい!」


 クロスフォードのその声で、大柄の男が俺の前に急に現れた。

 ふーん。


「あの!」


 それを見ていたユリスが慌てて、俺とその大男の間に割り込んできた。そして、膝と手を着く。その隣でミアも同じ体勢となった。


「も、申し訳ございません。この者には私からきつく言って聞かせますので、どうか」

「駄目だ。そいつは僕になめた口を利いたから、打ち首だ」


 まったく。こいつは人の命をなんとも思ってないようだ。


「君も君だよユリス。どうしてこんなやつを従者なんかに」

「彼は、このミアよりもあらゆる面で秀でています。なので、使えるかと……」

「ふーん。でもそのミアも結局は僕の従者の誰にも模擬戦で勝ったことないよね? 所詮そんな実力のものに勝ったところで大したことはないよ。そうだ。もうその女もクビにしよう。僕が新しい従者を用意するよ」

「そ、それは!」


 ユリスが顔を上げた。


「なんだい?」

「……、い、いえ……」


 あのユリスがここまで従順になるってことは、よほどの財力、権力があるんだなと俺は思った。まあ。だからといって俺には関係がないけど。


「ったく。ユリスよ。なんで、お前はこんな頭の沸いてるやつと婚約なんかしちまったんだよ。俺でもかわいそうだと思うぞ? な、シャル?」

「そうね。本当にしょうもない男だわ」

「二人ともなんてことを!!」


 俺とシャルは同時に立ち上がる。

 別に、俺はユリスを助けようという思いがあるわけではない。ユリスがどうなろうと俺には関係がない。

 だが、やつは一つ大きなことをやらかしてしまった。


「お前、自分がやったことわかってんのか?」

「貴様! 1度ならず2度までもそんな口を!! 行け!!」

「ま、待ってください! 二人と話を!」

「駄目だ! 行け!!」


 クロスフォードの指示で、大男が俺に向かってくる。

 しかし、大男はその場で、膝から崩れ落ちた。倒れたその男の口からはまるで蟹のように泡を吹いている。


「な、なんだ・・と・・・」


 俺は何もしていない。ただ俺は相手を睨んだだけだ。

 ただそれだけで、相手が倒れた理由。そんなのは簡単だ。


「驚いてんじゃねえよ。ただ実力差がありすぎただけだろ?」

「くっ! どんなトリックを使ったから知らんが、調子に乗るなよ!!」


 クロスフォードが天に手を掲げた。


「我、風の神々に告げる。我の道を阻むものを殲滅するための力を我が手に!!」


 ―風魔法か。


「おい! 全員やつの首を取れ! 取ったものに褒美をやる!」

「「「「「はっ!」」」」」


 クロスフォードの掛け声で、五人の人間が俺に向かってくる。全員殺気の篭った目だ。


「どうするの?」


 シャルが聞いてくる。


「どうするもこうも。やるしかないだろうよ。お前は一応この二人を頼む」

「了解」


 俺はユリスとミアをシャルに託して、前に出た。


 ―はあ、やってしまった。


 畑のこととなると駄目だ。頭に血がのぼっちまう。

 そう。俺があそこで怒った理由。それはこの男、クロスフォードが、俺の大事な作物の種を摘んでいた荷車をここまで来る道中で倒しやがったからだ。

 これが、俺がモテない理由三二のうちの一つ。沸点がどこかわからない。である。

 後ろでユリスが何か言っている声がするが、それは無視した。ここまできたらやりまくるしかない。


「さてと」


 五人の人間がすばやい動きで俺の周りを囲む。

 ここでさっきの大男みたいに威圧で気絶させてもいいが、それだとあの男にダメージなさそうだもんなあ。

 俺は一つため息を漏らした。


 ―かわいそうだけど、やるか。


「何余所見をしている!」


 一人の剣を持った男が、俺のそばに移動して俺に向けて剣を横に放ってきた。

 かなりのスピードで俺の腹を掻っ捌かんと力をこめられた攻撃だ。

 俺はその剣の腹の部分を起用に三本の指で掴む。


「な!」

「甘いって」


 俺はその剣を真っ二つに折った。

 そして、俺は後ろから飛んできた弓矢を左手で掴む。

 弓矢からものすごい風圧が俺を襲う。この矢には魔術が付加されており、威力が何倍にも上がっているからだ。

 だが、俺はそれをびくともしない。

 俺は、最初に攻撃してきた男の腹に前蹴りを入れる体制になる。


「死ぬなよ」

「え? ぶはあああ!」


 剣士の男は、口からあらゆるものを吐きながら、まるでそれがエンジンの噴射口かのように吹っ飛んでいった。

 そして、畑をはさんだ向こうの森に突っ込んだ。


 ―うわ、やべ。


 俺は次いで槍の突きを放ってきた者の槍を顔の目の前で受け止める。


「悪いけど、あの汚物畑に落としたくないから、君も飛んでってくれる?」

「は?」


 俺は、槍使いの槍を持ち上げる。

 すると、槍使いも中に浮いた。

 大抵得物を持つやつは、得物が取られそうになると反射的に取られまいと逆に掴んでしまうものだ。それはつまり得物に頼っている。二流ということになる。

 俺はそのまま槍使いを、先ほど飛んでいった男よりも低い起動に飛ばした。

 槍使いは剣士の口から出た吐しゃ物を見事に受け止めながら飛んでいく。


 ―よし、これで畑は汚れない。


 そのとき、俺の首元に毒針が飛んできた。

 俺はそれを避け、一瞬でその毒針を放った人間との距離を詰めた。


「なんだ。ちっこいな」

「この!」


 背が子供ほどしかない隠者は俺に小さなナイフ形のもので攻撃をしてくる。

 俺はそれをすべて軽くよけた。

 そして、相手が俺の懐に飛び込んで来て俺の首を狙ったときに横からけりを放つ。


「うぎゃ!」


 そのまま隠者は地面を高速で転がっていった。


 ―残念だけど、隠者は場所が特定された時点で負けだわな。


 そのとき、俺の立っている場所に魔方陣が発現する。


 ―魔法使いか。


 俺はクロスフォードの傍で魔法詠唱を始めている人物を見た。

 おそらく炎系統の魔法。

 俺を焼き尽くすつもりらしい。


 ―まあ、魔法の発動を打ち消すのは造作もないけど。


 俺は地面を見る。


 ―お! いいの発見。


 俺は地面の石を魔法使いめがけて蹴ってやった。

 高速で、蹴られた石は摩擦により表面を削られながらもぎりぎりその原型を留めながら魔法使いの視界に捉えられることなく向かう。


「うぎゃ!」


 石は、魔法使いの額に命中した。

 そして魔法使いはぶっ倒れる。


「うん?」


 今度は俺の周りに矢が五つほど刺さる。

 それが、音を立てて爆発し始めた。


 ―爆発系の魔術付加か。


 俺の視界が砂煙で見えなくなる。

 そして、四方八方から矢が飛んできた。


 ―この中だったら弓矢使いが一番手練れか。まあ、避けてもいいけど、面倒だな。


 俺は地面を勢いよく踏んだ。


 バキ!!


 音を立てて地面が割れ五枚ほどに分かれる。 

 そしてそれが俺の周りに壁のようになって俺を守る。

 その壁に矢が刺さった。


 ―毒矢か。


 俺はその内の目の前にある壁を力強く蹴る。

 壁が勢いよく吹っ飛んでいく。その先には弓使いがいる。

 弓使いがそれを横にジャンプして避けた。


「な!」

「君いい腕してるね。だけど、残念。相手が悪かった」


 俺は弓使いに軽くデコピンをしてやる。


「うぎゃ!」


 弓使いは軽く飛んで気絶した。


「そこまでだああ!」


 クロスフォードの声が俺の近くで響く。


「貴様はかなり腕が立つようだが、残念だったな! この魔法を食らえば終わりだ!」


 駄目だこいつ。いらんフラグ立てちゃった。


風塵斬絶ふうじんざんぜつ、人外の書!」


 俺の周りを荒れ狂う風の塊が包む。

 おそらく俺の体を切り刻む系の風魔法だろう。あいつの自信から察するにかなりの高級魔法なんだろうな。周りに風が集合するから、発動されれば逃げることもできないってわけか、無理にその塊に突っ込むと体が「かまいたち」を食らうっちまうし厄介な技ではある。


 ―ま、関係ないけど。


「くたばれええええええ!!」

「墜ちろ」


 威勢よく声を張り上げたもののクロスフォードの魔法は発動しない。


「な、何が起こった……」

「簡単だ。お前の魔法を俺が墜としただけだ」


 俺はやつの魔法ごと、俺の圧力で地面に叩き付けた。

 それにより風の塊はあっけなく霧散したというわけだ。


「相手との実力差はしっかりと、見極めないとな」


 俺はゆっくりとクロスフォードに近づいていく。


「この!」


 クロスフォードは、白馬から降りて腰の剣を抜いた。


「わが剣の名は――」

「知らん。興味ない」


 俺は空圧を手から放ちクロスフォードから剣をはじく。


「お前はやってはいけないことをしたんだよ。俺の大事な子供たちに危害を加えちゃったからな」


 俺は威圧を高めていく。

 クロスフォードの顔はみるみるうちに青ざめていった。結構面白い変化の仕方をしている。


 ―なまじ力を持っていると、こういうのには敏感に反応しちまうからな。


「ぼ、僕は!」

「あん?!」

「あぶあああばアブああばうあばばばああばばばああああああああああ!!!!!」


 クロスフォードは叫びながら気を失っていった。


「いったい何が起こったの?」


 ユリスのそんな声が聞こえた。

 まあ、ここまでやればこいつも精神的にダメージを受けただろう。

 俺はクロスフォードを横目で見下ろしながら彼の横を通って、MYチルドレンを元に戻しに行く。


「ごめんな。ちょっと時間掛かっちまった。あそうだ。おおーい。ユリスたちも手伝ってくれ!」


 俺は後ろのほうで待機をしていたシャルたちのほうに向けて手を振って合図した。


「行きましょう」

「え、あ、はい」


 シャルに連れられて、呆然としているユリスとミアがやってくる。


「まさか、こんなことになるなんて……、信じられない。クロスフォードは聖騎士隊長クラス。それをこんなにあっさり――」

「いやさ、そんなことどうでもいいから。これ直すの手伝ってくれよ」

「え、わ、わかったわ。どうすればいいの?」

「ミアとユリスでここを支えておいてくれ、俺がその間に下にあるのを拾うから」


 俺の指示にミアとユリスがうなずいた。

 二人とも少し硬い。

 まあ、驚きはしただろうな。といっても一人は別の意味なんだろうけどな。俺がまさかここまで畑に手を出したやつに怒りを向けるとは思ってなかっただろう。事と次第によっちゃ自分も同じ目に合うんだから今は気が気じゃないだろう。

 俺はMYチルドレンを助けた後、クロスフォードに催眠をかけて、ユリスとの婚約を解消させた。

 ユリスたちに対しては、多少なりとも俺の畑を手伝った褒美として、それくらいしてやらんこともないわけだ。俺やさしい。


およみいただきありがとうございます!

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