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第一章 元勇者はただ農業をしていたい件について(仮)

『現在、魔王軍と思われる軍隊が、この国の西部にある小さな集落を襲っている模様です。そのため聖騎士団が、先ほど王都からその集落に向けて出発いたしました。彼らなら、必ずや、その集落を救ってくれるでありましょう!』


 ラジオに王都から聖騎士が出発したとの情報が入ってくる。

 それを俺はなんとなく聞いていた。

 今から出ても、絶対に襲われている集落を救うことはできない。

 なぜなら、王都から、その集落までの距離はかなりのものだ。襲われたという情報があってから出発してては遅すぎるし、聖騎士は大層な行列を作って、しかも、まだ戦闘に入りもしないのに、鎧を着て移動する。なので、万が一間に合ったとしても、体力切れで、負けるのがオチだ。

 したがって、こういう場合は、実力のある少数精鋭が、馬か何かで、すぐにその集落に向けて出発する。

 それが一番の得策である。

 だが、それでも間に合うかどうかはわからないだろう。

 だから、本当は聖騎士を郊外にも常駐させるべきなのだが、王都の考えは、王都第一主義だ。その例として、この王都からのラジオでは、近隣集落に非難勧告を出していない、今襲われている集落近くは、ラジオ電波が届かないこところなので、この放送は聴けない。本当なら、被害を抑えるために聖騎士を回りの集落にも向かわせるが、それもしてはいないだろう。


「まあ、俺には関係ないか」


 こんなことを考えたところで意味はない。王都から少し外れた田舎の町に住む俺みたいな人間は、おとなしく農業をしながらゆっくりと過ごすのが無難な生活だ。そういう風に神からも求められているだろう。

 たまに、田舎から聖騎士を目指して王都に赴き入隊をするものもいるが、俺からすれば、なぜそんなことをするのかわからない。俺から見れば力もないのに、自分の命を大切にできない愚か者だ。

 確かに、現在、この国は魔王軍に目を付けられているので、平和ではないかもしれないし、周辺諸国との関係もいつ悪くなるかわからない。だから愛する者のため、国民のためと、みな聖騎士になる。

 その考えは立派だ。

 しかし、それは特別な力を持っていたらの話だ。なんの力も持っていない人間ががんばったところで、戦争で無駄死にをするだけだ。


 そう、例えば勇者となれるほどの力とか……。


「さてと、今日も一仕事しますか」


 俺は背筋を伸ばして、立ち上がった。今日はしょうもないことを考えてしまった。

 自分の部屋を出て、二階から、一階に降りていく。

 それから誰もいない部屋で、適当に食事を作り、それを食べた。

 俺は、この家で一人暮らしだ。親はいない。父と母は、俺が12歳のときからいない。

 林業をしていた二人は部下のミスで大木の下敷きになり亡くなった。

 俺には兄弟もいなかったので、いわゆる天涯孤独というやつだ。多少の寂しさはあるけれど、試練には慣れているので、まあ、一人で自由に普通に暮らしている。

 ある一人の人物さえいなければだが……。


「よし、いくか!」


 食器などを適当に流しで洗って片付け。荷物を持ってドアに手を掛け、開ける。


「おお、今日もいい天気だな」


 空で燦々と光る太陽の光が目に入ってきて、その眩しさに目を細める。すぐにそれに慣れ、細くした目を開くと、そこには美しい田舎の町並みが見えた。

 俺は都会の町並みよりも、田舎の小さな家が立ち並ぶ景色が昔から好きだった。なんとなく、落ち着くからだろうか。

 俺は、家から、自分が所有している畑まで向かう。

 農業は、父と母が、林業の片手間に行っていた。

 それを俺が引き継ぎ、拡大して、五年で自分一人くらいなら飯を食えるまでにした。

 俺が行っている農業は他の物とは違う。

 肥料も農薬も使わない無肥料無農薬農法というやつだ。

 これは、土の力だけで作物を育てる。最初は虫もつくし、育ちも良くないので、苦労したが、最近では他の慣行農法の六割くらいの収穫ができるようになってきた。無肥料無農薬の作物は栄養もたくさんあるのでおいしいから、最近では結構人気になってきている。

 どうして、俺がそんな農業をしているのかというと、単純な話だ。単純にお金がなかったから、肥料も農薬も買えなかった。そんな中で、自分の知識を使って今の農法を確立しつつあるわけだ。

 歩いて20分ほどして、俺の畑が見えてくる。

 俺は畑の横にある倉庫に荷物を入れて、作業の準備をした。


 ―今日はまず、草抜きからだな。


「よっこいしょっと」


 腰を下ろして、作業をする。そのとき、遠くから声が聞こえてきた。

 俺はその声が聞こえない振りをする。


「ヒカルーーーーー!!」


 声が近づいてくる。俺は身を屈めて、隠れる。


 ―まあ無駄なんだが・・・。


「ヒカル!!」


 声がすぐ近くから聞こえるようになった。

 俺は、仕方なく声のするほうを見る。

 畑のすぐ横の道に、俺と同い年の女性が立っていた。

 まあ、綺麗な顔をしているし、スタイルもいいだろう。胸が少し残念なところはあるが、綺麗な真っ赤なロングヘアーや、田舎暮らしながらも意識したファッションから、どこに出しても恥ずかしくない。

 俺も、もし彼女が普通の女の子なら、ぜひ彼女にしたいと思ったに違いない。そう普通の女性なら……。


「なんだよ?」


 俺は無愛想に言う。


「なんだよ? じゃないわよ! どうして、今日来なかったのよ?!」

「何が?」


 俺は彼女の全身に目をやる。全身真っ赤だ。


「何が? じゃないでしょ? どうして、魔王軍討伐に向かわなかったのよ!!」

「どうしても何も、俺はただの田舎の村人1だぞ? 俺に何ができるっていうんだよ?」

「はあ? 何言ってるのよ? ヒカルにとっては簡単でしょ?」

「はああー」


 俺は長いため息をつく。

 もう知らん。と思い。俺は作業を開始した。


「ちょっと、無視しないでよ!」

「そんなことより、シャル、服着替えたほうがいいぞ。真っ赤だ。そんなの他の人に見られたら大変なことになる」


 シャルは、自分の服に目をやる。


「ああもう。せっかくの一張羅がああ」

「大切なら、どうしてその服で行くんだよ」

「だって、急だったんだもん……、ヒカルが一緒に来てくれたら、こんなことにはならなかったのに……

「そもそも、お前が行かなかったらそんなことにはならなかった」


 俺は、シャルと会話をしながら、どんどん草を抜いていく。こういう単純作業は本当に自分に向いているなと思った。


「はあ? なにそれ本当に信じられない! 人が魔物に襲われているのよ? それでも、元勇者なわけ?」

「元じゃなくて、前世な。そんなお前は、昔自分の部下にしてた魔物を殺すことになんの躊躇もないのかよ? 元魔王様」


 俺はシャルに、にやっと微笑む。

 これは挑発だ。


「ヒカルも、元って使ってるじゃない。ふん。いいのよ。今は私、魔王じゃないから」

「じゃあ、俺も勇者じゃないから、いいだろうよ」

「駄目よ! 力があるものは戦わないと!」

「もう力なんてねえよ。俺はお前と違って、こっちの世界に転生してから、なんの訓練も鍛錬もしてねえんだから、ここではただの人間だ」

「ふーん、そう」


 シャルは、そう言って、背を向けて歩いていく。かと思ったが、いきなり魔弾を俺の背中に対して放ってきた。

 それを察知した俺は、それを山のほうに弾き飛ばす。


「あぶねえな!」

「ほら! ヒカルは特訓しなくても、十分強いから、大丈夫よ」


 ったく、勝手なやつだ。

 シャルは意地悪な笑みを浮かべている。


「昔の記憶のせいというかおかげというかで、体とか、魔力とか、その辺の物の使い方がわかるだけだ」


 ここまでの会話でわかるように俺は元勇者。

 そして、俺と共に幼馴染としてこの田舎町に生まれた彼女、シャルは元魔王だ。

 俺たち二人は、同じ世界で敵として戦い。俺が彼女を倒し、殺した。

 だが、俺はその後、まさかの落石が頭に当たるということによって、死亡してしまった。


 ―まあ、死んだ理由はわかるが……。


 死んだ俺は、天国というところに行き。これまでの功績からすぐに生まれ変わることができることになった。

 それでこれまでの世界とは違う別の世界に生まれ変わったわけだ。

 まあ、本当の理由は別にあるのだが、それはまだいいとしても。

 俺は勇者であった頃の記憶は保持しており。適当に暮らしていると、三歳のとき、シャルと出会う。

 そしてお互いが、勇者であり、魔王であることが分かった。なんでも、魔王のほうは、神から、この世界で善徳を世界に施すようにと言われ転生してきたらしい。まったく、迷惑な話だ。

 だから、魔王のほうは、人に迷惑を掛ける魔物退治に精を出しているわけだが。


「お前、そんなに世界に奉仕したいなら、聖騎士団にでも入れよ。お前ほどの力なら、すぐにそのトップに君臨できるだろうさ」

「何言ってるのよ。いくら生まれ変わったって言っても、私が使う力は、魔王の力なのよ? そんなやつ、すぐに怪しまれるじゃない」


 まあ、確かにそうか。転生しても、俺たちは前世の力を使える。


「でも、お前、この世界の力も使えるんだろう?」

「もちろんよ」

「それなら、それで入ったらいいじゃねえか。今でも十分隊長クラスくらいは使えるんだろう」

「いやよ」

「どうして?」


 シャルはその場でどこかのダンスのように回った。


 一々、可憐なやつだ。体は真っ赤に染まっているけどな。


「私はね。影から世界を救いたいの。縁の下の力もちになりたいのよ。だから、表舞台にはあまり出たくないの。わかる? だからヒカル! あなたが、光、私が影で、また世界を救いましょう! 今度の私は魔王としてではなく。勇者の仲間Aとしてだけどね」


 シャルは俺に対してウインクをしてきた。 


「絶対にいやだ。俺はもう戦わない」

「なんでよ? 勇者の癖に何言っているのよ!」


 元魔王のくせに、世界を救うと言っているやつには言われたくない言葉だった。




 俺がシャルの言葉を無視して畑作業に取り掛かり数十分が経った。


「よっこいしょ。さてと、休憩にするかな」


 俺は、手で目の前を遮りながら、眩しそうに空を見る。そこには、天高く輝く太陽が爛々として輝いていた。

 そして、畑の横で土いじりをしている人物に向かって声を掛ける。


「おーい、俺は昼飯を食べに帰るけど、お前はどうするんだよ?」


 シャルは、先ほどから、ずっとそこにいた。というか隠れていた。

 それは、彼女の服が血まみれであるからだ。その血は人の者ではなく。魔物のものであることは俺だけが知る事実だった。


「それじゃ、私の家から服取ってきてよ」

「あほか。いくら幼馴染とはいえ、勝手に家に上がって勝手に服を持って来れるか! ほらよ」


 俺は、倉庫から、荷物を取り出してからシャルに近づき、ローブを彼女に放る。


「え? なんで?」

「どうせ、汚れて帰ってくると思ってな。俺がいったいどれだけ魔物と戦ってきたと思ってんだ。それなら、誰にも怪しまれないで帰れるだろ?」

「ヒカル……」


 まあ、そういう反応になるだろう。こんなに気配りができた幼馴染を持って感謝してほしいくらいだ。

 あーあ、相手があの魔王でなければいい展開なんだが、いや、そもそも相手が魔王でなければこんなに汚れて帰ってくることなんてないのか。

 ぶちゃ。

 そのとき、俺の顔に泥が投げつけられた。


「お前。何すん――」

「だったら、早く出しなさいよ! ここでずっと待ってた私が馬鹿みたいじゃない! これだから戦いしかやってこなかった勇者は女心の一つもわからないのよ! だから前の世界で勇者の肩書きがあってもモテなかったのよ!」

「おい!……」


 ―なんでそれを知っている?!


 シャルは言いたいことだけ言って、ローブを羽織って走り去っていった。

 俺は顔を泥まみれにしながら、それに対する怒りではなく、どうして、あいつが、俺が勇者でありながらモテなかったことを知っているのかということに頭がいっぱいだった。

 確かに俺は、モテなかった。俺よりも、剣使いや、男の魔法使いとかの方が圧倒的にモテていた。

 だって、魔法使いなんて、「君と僕の相性を占ってあげるよ」とか言って、わざといい結果を出したりするんだぞ? そんなのせこいわ! 剣使いなんか、「あなたのその肉体がステキ(ハート)」みたいに言われやがって! 俺なんか別に筋トレしないでも人々の加護の力で重いものなんて持てちまうから、ガリガリだったわけで、何回それで女の子から失望されたことか! しかも、勇者の格好っていうのはなんともダサいもんで、普段の生活でもそのせいでファッションセンスがわからんからいつも同じ格好をしてたら、村娘には、「お前、それはないわ。ってか、その服臭いわ」って、いつもは勇者様って呼んでくれるのにそのときはお前呼びだぜ? 逆に俺がびっくりして、「すみません」って謝ったわ!


「ふうー、また無駄な時間を過ごしてしまった。今は勇者でもなんでもない、ただの田舎の村人1だ。別にファッションセンスもいらなければ、あの頃に比べればいい感じに筋肉もついてきた。これなら、村の一人くらい俺をいいと言ってくれる人がいるだろう」


 そう、高望みはしない。モテなくてもいい。ただ。俺は彼女が欲しい。というか彼氏という存在になりたい!

 俺は顔の泥を、手で脱ぎさる。

 ―まあ、問題は村には娘があの元魔王しかいないってことなんだけどな……。

 どこの世界も村には年寄りしかいないものだ。


「後であいつに、なんで知っているのか問い詰めてやる」








『ええ、ただいま入ってきた情報では、なんと、聖騎士団の尽力により、魔王軍に襲われていた集落は幸いそこまでの被害を受けずに、聖騎士団が無事魔王軍を打ち倒した模様です』


 俺は、家で朝のときと同様に飯を食いながら、自室ではなくリビングで王都からのラジオ電波を拾っていた。


「聖騎士団の尽力ねえ」


 今回の襲撃で、魔王軍を片付けたのは間違いなくシャルだ。

 それを聖騎士団の手柄にしたわけか。おそらく集落に着いた頃には全部終わってて、適当に自分たちの手柄にでもしたんだろうけどな。

 これで、聖騎士の評判は王都の中では良くなる一方。だが、郊外の人間からの評判は下がる一方だ。

 なぜなら、彼らが守るのは王都の人間だけで、自分たちを守ってはくれないと知っているからだ。

 今回の襲撃に関しても、その集落の自治組織の中にある民兵(聖騎士が信頼できないため、自らで自衛隊を組織している)なんかががんばったのが被害が少なかったことの大きな理由だろう。

 シャルは基本的には、ラジオから入ってくる情報を元に動く。魔王軍襲撃の情報がそれしかないからだ。彼女の力でも、この国すべての出来事を瞬時に知るだけの感知能力はない。

 だから、シャルが襲撃を知ったのは俺と同じ時間帯ということになる。それから、件の集落に向かうにしても、すでに襲撃が始まっている。

 つまり、シャルが辿り着くまでに、集落が全壊されていればこんな放送は流れないし、そこまで被害がなかったということは、民兵には死者が多数だが、村人にはそこまでの死者が出なかったというわけだろう。まあ、最終的にはシャルのおかげなわけだが。

 ここ最近、聖騎士の王都での評判は急激に上がっていると聞く。

 それはおそらく、シャルの貢献が大きい。まあ、本人にはその気はないだろうがこれは事実だ。

 なぜかというと、魔王軍の襲撃回数が多いからだ。それをすべて、シャルが跳ね除けている。といっても、ラジオから入ってくる情報を元に動くので被害は出る。

 それでも、これまでに比べてかなり収まった。それを聖騎士がすべて、自分たちの手柄にしている。


「まあ、別に俺には関係ないか。ご馳走様でした」


 食器を流しに置いて、俺は庭を眺めることができるソファーに寝転がる。

 ここからは昼寝の時間だ。少し寝て、また仕事を再開して夕方には終わる。それで一日終了だ。


 ―今日もいい一日になりそうだ。


 ドンドンドンドン!


 もう少しで眠れるというときに、玄関のドアが乱暴に叩かれた。


「ったく、誰だよ」


 俺は重い体を起こして、玄関に向かう。

 相手はあいつだと確信していた。


「おい! この時間は俺は昼寝してるって言ってたよな? ったく、ふざけ――」


 俺は、ドアを開けながら、言った。


「……ん?」 


 そして、相手が予想した人物ではないことは、ドアを開けるとすぐにわかった。

 相手は三人、全員がきっちりとした服装をしており、この村の住民でないことは明らかだった。

 そして、その全員が俺に対して値踏みをするような目で見てきているのが、すぐにわかった。嫌な気分だ。


「……えっと、どちら様ですか?」


 俺は首をかしげながら、さも、先ほどの無礼が無かったかのように振舞う。できるだけかわいらしく、純朴に、を意識した。だって、結構俺かわいい顔してるんだぜ?


「これは君のものかね?」


 一番前に立っている眼鏡を掛けて、金髪の髪をオールバックにしている男が、一つの文様が彫ってある木でできた丸いメダルみたいなものを見せてくる。

 そして、その文様は、良く見ると俺の家の家紋であった。

 この世界では二つ大事な登録票がある。一つはそれぞれの戸籍であり、もう一つがそれぞれの家の家紋だ。家紋よって、その人物がどの位の家柄出身であるかが、瞬時にわかる。


「えっと……」


 そこで、俺の頭は高速に回転する。

 目の前の三人組、家紋、襲撃、シャル……。


 ―嵌められた!


 俺は、周囲を見渡す。

 すると、道の隅の家に端から、一人の人間が、にやにやしながらこちらを見ている。いや、人間ではなく元魔王か。そいつと目が合った。


 ―あの野郎、やりやがったな。


 俺は心の中で歯軋りする。

 こちらを我が物顔で見ている元魔王、シャルがやったことはこうだ。

 やつは、まったく世界を救う気など毛頭ない俺に対して、どうすればいいのか考えた。

 そこで、やつは、オリジナルの俺の家の家紋の彫り物を作る。しかも、精密に似ているやつをだ。

 そして、魔王軍討伐に向かい。そこで、その家紋を大量に落としたのか、それとも村人に渡したのか、目の前で落としでもしたのかで、自分がその家紋の家のものだということを暗に伝えるわけだ。それを、村人は聖騎士に必ず言うだろう。聖騎士のことは信じていなくても、自分たちの村を救ってくれた人にはぜひ御礼がしたくなるものだ。だめもとでも聞くはずである。

 しかし、聖騎士はそれを好意的には感じない。いや、正確には好意的なのかもしれないが、この得体はしれないが、いつも魔王軍を討伐しているやつを、どうにかして、捕らえて弱みを握って、自分たちの手足にしようと考えるはずだ。

 だから、彼らは、必ずその家紋の家にやってくる。そうなってしまえば、俺は、最終的に世界を救う気が無くても、その流れにぶち込まれるというわけだ。


 ―くそったれだが!


 確かに、利にかなった作戦だといえるだろう。人間の心理を巧妙に利用している。やつも仮にも魔王だった者だ。それくらいの頭は回ったというわけか。


「おい!」

「あ、はい」

「聞いているのか?」


 危ない。つい思考に走ってしまった。

 これが、女性にモテない要因三十二の内の一つ、「自分の世界に入る」だったことを思い出した。


「えっと……」


 俺は、次の言葉を探す振りをして、もう一度尋ね人のことを観察する。

 俺の考えが正しければ、こいつらはあの聖騎士だということになる。

 見ると、なんとも高級そうな装備をごまんとお付けになっていらっしゃる。

 俺なんか勇者時代、お金は全部寄付していたから、剣以外は全部初級冒険者の装備だったのに……。なんかむかつくな。


「おい、なんだその顔は!」


 おっと、まずい、顔に出てしまっていた。


「すみません。えっと、それがなんでしたっけ?」

「だから、これは君の家のものかと聞いている」

「そうですねえ。確かに、うちの家の家紋に似ているのが彫っていますが、俺のではないですね」

「どういうことだね?」


 俺は、ちらりと、シャルのほうを見る。

 彼女は、真剣なまなざしでこちらを見ていた。どうやら、会話は聞こえているらしい。


「これなんですけどね」


 俺は、オールバックの男が持っているものを手に取る。

 そして、その家紋の模様に少し違う傷を瞬間的に付けた。

 家紋は、何個もの家のものがあるので、その種類は千差万別だ。だから、それはもう複雑に複雑をきわめて作られている。だから少しでも違えばそれは違ってくるわけだ。


「ここに傷があるじゃないですか。俺の家の家紋は傷がないんですよ」

「ふむ……」


 オールバックの男は、俺に示された箇所を入念に調べる。そして、他の二人に対しても確認を取る。


「調査では、間違いなくこの家のものだったのではないのか?」

「はい、しかし、早急に調査をと言われましたので、手違いがあった可能性はsdあります」

「馬鹿者! 言い訳をするな! 私が恥をかいているではないか!」

「も、申し訳ございません!」


 というような会話が聞こえてきた。これでは、恥も何も、自分で自分の失態を広めているじゃないか。

 まあいい。相手がどれだけ恥をかこうがどうでもいいことだ。

 とりあえずこれで俺に対する容疑はなくなるだろう。だが、それだけではもちろん俺の気が済まない。仕返しをしなければ……。


「あの、すみません」


 俺は、申し訳なさそうに、彼らに言う。


「なんだね?」

「申し訳ないんですけど、その家紋もう一度見せてくれませんか?」


 俺は再度、その家紋を手に取った。


「あ、やっぱりだ!」

「どうした?」


 俺の大げさな演技に、相手が食いつく。


「俺、この家紋の家がどこなのか知っていますよ!」

「何?! それは本当かね?」

「はい! 確か、俺の幼馴染のマーチィン家の家紋とそっくりですよ! うん、間違いないです。えっと、そういえば、どうしてこの家紋の家を探しているんでしたっけ?」

「いや、君は知らなくてもいいことだ。その家がどこにあるのか、教えてくれてもいいかな?」

「もちろんです!」


 俺は颯爽と、家を飛び出す。


「付いて来て下さい!」


 家を出る瞬間、シャルと目があったので、俺は彼女に笑顔を見せた。なんとも嫌らしい笑みを。





「ここです!」


 俺と、俺に連れられた聖騎士の三人はシャルの家の前に来ていた。

 シャルは、俺たちの会話を聞いて、急いで走っていったので、おそらく家にいるだろう。


「俺がノックしてきますね!」

「いや、君は――」


 相手の了承の言葉を待たずに、俺はドアをノックする。


「シャルー、いるんだろう? なんか、お前に聞きたいことがあるってさあ」


 尋ね相手を完全にシャルにロックオンする。これで、彼女の両親が出てくることはない。


 ドンドンドン!


 俺は結構きつくドアを叩く。


「いや、君そこまでしなくても」


 聖騎士のうちの一人がそういうが、俺は無視した。

 これは俺からシャルに対する警告だ。早く出てこないと、もっとひどいことになるぞ。というね。


「は、はーい」


 少しして、シャルがドアを開けた。

 その顔には明らかに、困惑の色が見える。だが、まだ余裕がある。

 俺は彼女に心から微笑んだ。


「どうしたのヒカル……」

「こんな時間に悪いな。昼寝でもしてたろう?」

「やあね。私、そんなことしてないわよー」

「はは、そうだよなあ」


 ここでの会話の心の声はこうである。


「ヒカル! どういうつもり?!」

「それはこっちのセリフだ。お前には罰を受けてもらう」

「私は、何もしてないわよ!」

「うそをつくな。俺にはすべてお見通しだ!」


 若干の脚色はあるが、こんなものだろ。


「ほら、お前にお客さんだぞ」


 俺は、聖騎士の三人に、道を譲った。


「あなたが、シャル・マーティンさんですね?」

「あ、はい。そうです」


 俺はシャルの様子を観察する。

 おそらく、彼女は、普通に家の家紋を見せれば違うことがわかり、事なきを得ると思っているのだろう。


 ―だが、甘い。


 俺はこの聖騎士三人にとある催眠をかけた。これから見るすべての家紋が、彼らが持っている家紋と同じに見えるというものだ。

 これで、シャルが第一容疑者だ。

 しかも、シャルには決定的な証拠がある。あの血まみれの服だ。

 まさか、この短時間で処理できてはいないだろう。

 それに自分でも一張羅だと言っていた。こんな田舎では簡単に新しい服なんて買えない。だから、後で洗うために、必ず残しているはずである。


 ―詰みだ!


 俺は凶悪な笑みが出るのを必死で抑えていた。


「これは、あなたの家紋ですか?」


 オールバック聖騎士が、シャルが作ったのであろうニセの家紋を見せる。


「え? いや、私――」

「シャル! とりあえず。お前の家の家紋がどんなものなのか、もってこいよ。お前じゃ、見てもよくわからないだろう? この人たちに直接見てもらったほうが早い」


 俺はシャルの言葉を無理やり遮って言う。絶対に逃がしはしない。


「そのほうがいいですよね? もちろん家紋の判定もできるんでしょう?」


 俺は聖騎士の連中にも、同意を求めた。


「そ、そうだね。できます。家紋を持ってきてくださることが可能ならお願いしたいところだね」


 聖騎士はどいつもプライドだけは高い連中だ。今この場で、家紋の判定を自分たちができないなんてことは言えない。

 そんな中で、シャルが家紋を持って来たときに、それが絶対に自分たちが持っているものと同じ家紋であるという確信を持ててみろ、自分はやはり天才なんだと勘違いして、絶対に引きさがったりはしないだろう。

 そこでシャルが大人しく自分が犯人だと認めればそれでいいが、絶対に否定する。

 そこで、あの服を見つけ出し、シャルに突きつければ、シャルは聖騎士に連れられて王都行きだ。それで俺の平穏が取り戻せる。


 ―よしよしよし。これで農業に勤しむことができてラッキーだ。 


「わ、わかりました……」


 シャルは、家の中にいったん戻り、マーチィン家の家紋を取り出してきた。


「私の家の家紋はこれなんですけど、たぶん、というかまったく違うと思いますよ」


 ―馬鹿が。


「どれ、見せてください」


 オールバック聖騎士が、シャルが持っている家紋が入った手のひらサイズの時計を手に取る。その時計の裏に大きく家紋が施されているのだ。

 聖騎士は自分が持っているものを、それと入念に見比べる。


「うむ……」


 同じだ。俺はそれが次に彼の口から発せられることを、まだかまだかと待ち望む。


「まったく違うな」

「え?!」


 ―なん……だと……!


「ですよね? まったく違いますよね?」

「はい。そうですね。一応入念に見比べてみましたけど、そんなことしなくても、違うのは一目瞭然だ。全然違う」


 ―そんな馬鹿な!


 俺は間違いなく催眠を掛けたはず。

 そして、それを解くなんてことは、例えあの魔王といえども容易ではないくらい強烈なものを掛けた。

 まさか力の制御が最近の生活で鈍っていたのか? いや、それもないはずだ。そもそも、修行というのを俺はした事がないのだから、力が落ちることもない。いくら世界が違っていても、シャルには黙っているが俺の力は、全盛期を超えている。あの頃に比べて自分の筋肉を使って、農業をしている分、さらにプラスなわけだ。


「本当ですか?」


 俺は、何が起こったのか知るために、聖騎士が持っている時計を見に行く。


 ―!? やられた!


 そこで、俺の目に入ってきたのは、なんの文様も施されていない。まっさらで綺麗な光沢を放っているだだの時計の裏だった。

 俺はシャルを見る。

 目があった瞬間、全身の毛が逆立つのを感じる。

 そこには、俺に対して、満足そうに微笑む彼女がいた。それは、何度も死闘を重ねたあの魔王の微笑みと同じもの。

 シャルは、俺が聖騎士に掛けた催眠を解いたのではなく。その上にさらに催眠を掛けることによって、自分が持ってきたものと、聖騎士が持っているものが、まったく違うものに見せているわけだ。おそらく俺が聖騎士に掛けている催眠を第六感で感じ取ったのだろう。


「みなさんは、どうして、私を訪ねてきたんですか? どこからか、情報があったんですよね?」

「えっと、はい。この方が、こちらの家の家紋と、この家紋が似ているとおっしゃったので」

「でも、全然違いましたよね? ここまで違うのに、どうして、彼はそんなことを言ったんでしょうか?」


 シャルはそこで、また俺を見る。それに釣られて、オールバック聖騎士以外の二人も俺を見てきた。


「何か、思惑があったってことですよね? それが何なのか私にはわかりませんけど、でも、その相手がすぐそこにいるんだから、直接聞けばいいか。どうしてなのヒカル?」


 シャルは、傍目から見れば純粋無垢な笑顔を俺に向けてくる。だが、俺にはそれが狂気のものにしかみえなかった。


「説明お願いできるかな?」


 オールバック聖騎士が、眼鏡をぎらつかせて俺を見てくる。


「あれー? おかしいなー……」


 俺は、適当に言葉を濁しながら、頭を高速で働かせる。


 ―さて、どうするか・・・。


「とりあえず。シャルの部屋で話しませんか? 立ち話もなんですしね。シャル! 別にいいだろう?」


 催眠はもう使えない。

 これ以上彼らに催眠を掛けてしまえば、彼らの精神がおかしくなっしまうからだ。

 ならば、無理やりではあるが、彼女の部屋であの血まみれの服を無理やり見つけ出し、決定的証拠というものを叩き付ければ問題ない。

 俺は強引に行動することを選んだ。


「ほら、いきましょう!」


 俺はシャルと玄関の間にあいている脇に体をねじ込んで、家の中に入ろうとする。

 だが、その動きは肩に手を置かれたものでさえぎられてしまった。


「流石に駄目だってヒカル、乙女の部屋だよ?」

(入らせるわけないでしょ! おとなしく聖騎士様についていきなさい!)


 俺の肩に置かれた手には、周りからは想像ができないだけの力が込められていた。


「おいおい、俺たちの中じゃないか、別にいいだろう?」

(お前の部屋にあるだろう服が必要なんだよ!)

「ヒカルだけなら、別にいいけど、流石にこの人たちに部屋を見られるのは、恥ずかしいもの」

(それを、私が許可するとでも思っているのかしら?!)

「いやいや、シャル、人間には我慢しないといけないことがあるんだよ。お前も今はそのときだ。幼馴染の頼みじゃないか」

(お前が聖騎士と一緒にどこへでも行け!)

「ええ、そうね」


 そこで、シャルは俺の肩から、手を離す。反動で、俺は玄関の中に転がりこんだ。


「お三方に見せたいものが、あります。見せないほうがいいと思ったのですが、ヒカルを見て、私も決心がつきました。少しお待ちください」


 そういうと、シャルは俺を見た。


「お前、何する気だ」

「何って、真実を話すのよ」


 シャルは玄関から家に上がり、すぐ目の前にある階段から二階に上がっていった。

 シャルがいなくなり、聖騎士と俺の間には沈黙が流れる。

 そして、俺の中にある感情が隆起して暴れだす。


 ―絶対に何か企んでいるに違いない!


 何か手を打たなければいけない。俺は今日何度目かの思考の回転を行う。ここまで頭を動かしたのは久しぶりだ。


 ―こうなったら、さらなる強行手段しかない。


「お待たせしました」


 少しして、階段からシャルが降りてくる。

 その手には件の服が握り締められていた。しかし、それは俺の見覚えのある服とは違っている。


「これを見てください」


 シャルはそれを広げて聖騎士に対して見せた。

 その服のほぼすべてといってもいい箇所に、真っ赤な血が染み込んでいる。それは、その服を着ていた人物が大きな殺人行動を行ったことを物語っていた。


「これは、すごいな」


 聖騎士の一人がそうつぶやく。


「私は、この付いている血はおそらく魔物のものだと思うんです」

「なんと、それは本当ですか?」


 ―待て待て、まずはどうして魔物の血であると判断するのか聞くことろだろ?


「はい、そして、この服を着ていた人物が間違いなく、あなた方が探している人物に違いありません」

「ほう!」


 ―ああ、これは駄目なやつだ。


 俺とシャルの二重の催眠のせいで、聖騎士様たちは思考回路が馬鹿になってらっしゃる。シャルはそれに付け込んでいるわけだ。

 俺は、このままでは自分が犯人にされてしまうと思い。シャルが見せている服を焼く準備に取り掛かる。この距離なら一瞬だ。目にも留まらぬ速さで消し炭にすることができる。目でそれを捉えることができるのは、シャルくらいのものだろう。

 だが、そのとき、思いもよらぬことがおきる。


「にゃらば……それをおおお、おおしえて――」


 いきなりオールバック聖騎士の言語能力が異常をきたし始めた。

 そして、口から大量のよだれが漏れ出てきた。他の二人も同様であり、目もぐるぐると回りだす。

 おっと、これはまずい。確実に催眠による副作用が出ている。

 それもそのはずだ。俺とシャルが三人に掛けた催眠は超高難度のものである。それが一つならず二つも掛けられ、複合されたわけだから普通の人間ならひとたまりもない。

 ここまで、持ったということはやはり彼らは立派な聖騎士だったということだろう。


「おい! シャル! これはやばいぞ! どうにかしろ!」

「いやいや、無理だって! 流石にここまでなったら手遅れでしょ?!」

「だから、それを何とかしろって言ってるんだ。元はといえばお前が変な気を起こすから悪いんだろうが!」

「はあ? ヒカルがさっさと、この世界を救う気になってくれたら、こんな面倒なことはしないで済んだのよ?」

「知るか! それよりもこのままだと、こいつら死んじまうぞ?!」

「ああ、もう!」


 シャルが彼らに向かって手をかざす。


「馬鹿になる前に意識を刈り取れば最悪大丈夫でしょ、汝、我の眼を見てその美貌に戦慄せよ!」


 シャルの詠唱の瞬間、一瞬周りが光で包まれる。

 そして、信じられない光景が目に飛び込んできた。


「おま……、何やってんだよ!!」

「え?」


 先ほどまで聖騎士がいたところには、もはや先ほどまでの彼らはいなかった。

 そこにいた、いやあったのは石となりはてた聖騎士の石造だった……。


 ―なんて馬鹿なことを……。








「はあ、とりあえず。こんなもんだろう。でも、お前、これで本当に石化が解けるんだろうな?」

「ええ。私のメデューサの魔眼は自然力によって少しずつ解かれていくわ」


 場所は村のはずれにある高台、そこに俺は石になってしまった聖騎士三人を運び出した。

 しかも一人で。

 村の人間の目をかいくぐるために持っている振りをしながら適当に重力魔法で重さをなくして運んだから疲労はほとんどないわけだが・・・。


「ってか、なんで俺が全部運んでんだよ! お前のせいじゃねえか?!」

「半分はヒカルのせいじゃない!」

「はあ……」


 ―駄目だこいつ。


 この俺の隣にいる元魔王の目は、魔眼である。まさかそれが転生した後も効力を持っていたとは驚きだが、しかしまさか催眠解読魔術によって開眼されてしまい。聖騎士様を見事に石化してしまったのは予想外過ぎる。


 ―ああ本当に頭痛い。これからどうすんだよ……。


「それで、こいつらが目を覚ますのはどれくらいなんだよ?」

「そうねえ……」


 シャルは指を折って数え始めた。

 それは、右手の五本を超えて、左手の二本まで折ったとことで止まる。


 ―七本ってことは七日間か、長いな。しかし、あの魔王の魔眼だ。短いほうか……。


「七百年かな」

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」


 俺は驚きのあまり言葉を失った。

 そして、相手の言葉をもう一度、確認するために今度はゆっくりと聞きかえす。


「七日間かなー?」

「いや、だから七百年」


 ーはああははおははおはあはあっはっははっははあははいあ!!!!!!!!!!


 ―何いってんのこの子、意味わからないんですけど?!


「まあ、千年にはいかなかったから、よかったわね」


 ―怖い怖い怖いわい! 良くねえよ! 死ねよ!


 え? なにこれ、何かの冗談なの? 魔王ジョークってやつなの? それとも俺がおかしいの?

 その後も、本当ならゼロが一個増えるところだったとか、相手が聖騎士じゃなかったらおそらく死んでたとか、もしかしたら、このままずっと石のままの可能性があるとか言ってたけど、全部俺の耳を左右に流れていった。


 ―ああ、もう駄目だ。終わりだ。俺の平穏な生活がああああ。


「どうしたのよ。ヒカル、まるでこの世の終わりみたいな顔してさ」

「終わりだよ!!」


 俺はシャルにつばが届く距離で叫ぶ。

 これだから常識のない子は嫌いなんだ。俺も勇者時代、どれだけの常識はずれたちと戦ったり、共に冒険をしたことか、本当に辛い記憶だぜ。この世界ではそんなことはないと信じていたのに!


「ちょっと、なんなのよ!?」

「お前、人間の寿命がいくらか知ってるか?」

「そんなの知っているわよ。長くても百年でしょ? 短いわよねえ」

「そう、長くても百年だ。そして、こいつらが石になっている時間が?」

「七百年よ」


 シャルはそれがどうしたという顔をしている。もうやだこの子、全然理解してくれてない。早くおうちに帰りたい。


「俺たちも人間だよな? 俺は元から人間だからあれだけど、お前は魔物から人間になったわけだよ」

「ええ、そうね」

「ってことは、俺もお前も百年くらいで死ぬんだよ」

「そりゃそうよ。人間だもの……!!」


 シャルの顔が面白いくらい変わる。

 うん、理解してくれたみたいでお兄さんうれしいよ。


「そう。いくら石化中に生命の進みが進まないといっても、この聖騎士たちが目覚めるころには俺たちはもちろんのこと、この世界だってどうなっているかわからないし、そもそもこの石、雨風にさらされたら絶対に七百年も持たないよね?」


 俺はシャルに畳みかける。

 俺の言葉を一通り聞いたシャルは視線が遠くなっていく。


「わかったか?」

「まあ、世は徒然……、運命っていうのは残酷よね」

「お前がな!」

「この三人も、これから立ちはだかる宿命に立ち向かわなければいけないのよ」

「向かえないけどな」

「私はこの三人を心の底から応援するわ」

「心の底から詫びろ! このポンコツ魔王が!」

「ああ! もううるさい! やってしまったものは仕方がないでしょ!!」


 シャルが、地団駄を踏む。しかもかなり本気で。

 やめて! この高台が崩れちゃうから! そしたらこの三人粉々になっちゃうから!

 俺はシャルの肩を抑えて落ち着かせる。

 正直この手は使いたくなかった。いや、本当にやりたくなかった。

 なぜなら、力を使えることはシャルに知られたくなかったからだ。



 俺の力の中心は加護の力。

 人々からの祈りや想い、想念と呼ばれるものによって俺の力は強化される。この力はどの力よりも上位である。

 それと対となる力が、元魔王の持つ力である畏怖の力。

 加護とは違い恐怖や不安から得る力だ。これは人々の悩みや苦しみ、痛みによってその力が増すことになる。

 つまり、俺はこの世界では勇者ではないので、いくら加護の力を持っていたとしても意味がないと思っていたわけだ。

 ところがどっこい、そうではなかった。

 異世界からの想念でもその力は効力を発揮するらしく。俺は元居た世界では勇者から英雄、さらに賢者まで上り詰めている。これはあの憎き魔王を倒したからだ。

 それにより俺の力は全盛期よりも下手したら数倍くらいはありそうな勢いだ。


「はあああああ」


 俺は深いため息を漏らす。

 全盛期よりも強くなった俺の力、おそらく今の元魔王が放った魔眼の力くらい打ち消すことができそうな予感……。

 だが、この元魔王の力も健在。この世界では俺たちが居た世界同様に混沌が満ちているらしいからな。こいつの力の栄養源はいっぱいだ。

 俺はシャルから離れて、石と化してしまった聖騎士に近づく。かわいそうに。せっかくの金髪オールバックが台無しじゃないか。いや? このほうが髪が乱れないからいいのか? もしかして元に戻さないほうがこいつらも幸せなんじゃない? 

 などと思いながら手を祈りのポーズにする。

 できれば成功して欲しくない気持ちも半分くらいある。これを見られればシャルのやつは確実に調子に乗る。

 だが、俺も元勇者だ。ここでこいつらを見捨てるわけにはいかない。

 俺はもう一度、大きなため息を漏らした。


「我、英雄にして豪傑、汝らの魂を救わせたまらん……」


 詠唱により、俺と聖騎士の周りの地面に大きな魔方陣が出現して発光する。少ししてそれが収まった。

 俺は聖騎士に視線を向けた。


 ―はあ、マジかよ……。


「わ、私たちは何を?」


 残念なことに、魔眼の力を解除することに成功してしまったらしい。


「えっと、とりあえず大丈夫ですか?」

「え、ああ。多少身体の硬直はあるが、大丈夫だ」

「それはよかった」


 聖騎士の三人は無事に意識を取り戻した。

 正直、メデューサの呪いを解いたのは初めてなので、彼らがどの程度まで元に戻ったのかはわからないが。

 だが問題はここからである。


「ところで聞きたいんだが、どうして我々はこんなところに? 先ほどまでそちらのお嬢さんの玄関にいたはずなんだが……」


 オールバック聖騎士が聞いてきた。

 そう、できればここで早くお引取り願えるならありがたいのだが、そうもいかない。もちろん彼らはこの状況に少なからず混乱をしているだろう。

 なぜなら、いきなり景色が一辺したわけだからだ。本人たちの感覚では瞬間移動したに等しい。


「いやあ、実はですね……」


 俺は必死に頭を働かせる。


 ―ああ、駄目だ。何も思いつかない。


「シャル! 説明して差し上げろ!」


 俺は最終手段。匙を投げるを発動した。

 だが、よくよく考えればシャルが現況なのだから俺はがんばったほうだ。最後くらいは自分で尻拭いをしてもらわないとな。


「えっと……」


 シャルの顔はおもしろいくらいに変形している。

 そして、俺の顔をその面白い顔で見てくる。もちろん俺を笑わそうとしているわけではなく、助けを求めているが、それを俺は無視してそっぽを向いた。


 ―せいぜい頭を使え!


 俺はただただ畑に戻りたい気持ちしかないのだから。


「実はですね。お三方は魔物討伐による疲れからいきなり意識を失ったんです」


 ―は?


「私は、もう驚きました。でも、お三方はあの聖騎士様たち。おそらく多忙につぐ多忙での中での魔物との戦闘で身体は悲鳴を上げていたのでしょう。そこで幸い、私は回復系魔法ヒールが使えましたので、一番自然力が満ちているこの場所でお三方に回復を、まことに勝手ながら行わさせていただいていた次第でございまして……」


 シャルが、時には涙を目に浮かべ、時には表情暗く申し訳なさそうに、最後に懇願するような表情で言った。


 ―こいつ、やりやがる。


「え? ああそうでしたか」


 流石に魔物とは戦闘はしていないし、そこまで身体も疲弊していななどとはこのシャルの名演技と少しの催眠系の魔法が合わされば言えない。

 なので、聖騎士の三人は明らかにおかしい話を受け入れるしかなかった。


「お三方! もうお疲れのようですから、今日のところは王都のほうにお戻りになってください」


 俺はこの流れに乗るために、すぐに言う。

 普通なら、この村で少し休んでくださいと言いたいことろだが、こんなやつら置いておいたらまたシャルが何を考え出すかわからない。


 ―さあ、帰れ!


「お三方、まだ帰るのは早いですよ」


 そのとき、シャルが不適な笑みを浮かべて三人を引き止めた。

 そう言うシャルの姿を見て俺は確信した。


 ―間違いない。こいつ、また面倒なことを思いついたに違いない。


 シャルはこれから真犯人でも突き止める名探偵かのような雰囲気をかもし出す。

 元魔王のくせに……人間的に馬鹿のくせに……。


「大事なことを忘れています」


 シャルは探偵さながら俺たちの周りを回り出す。

 なんだこいつ。絶対に調子に乗ってる。馬鹿くそあほくそ元魔王が。

 そしてシャルが俺と聖騎士たちの間に割って入ってきた。


「大事なこととは?」

「どうして、このヒカルが木彫りの家紋と私の家の家紋を同じだと言ったのでしょうか?」


 ―こいつ!


「それは……。なぜなんだ?」


 そこで、シャルの片方の口角が上がった。

 俺は、ここですべてを悟った。シャルが何を考えているのかもすべてだ。

 くそ、どうする? 流石にもう強烈な催眠を掛けることはできない。だが軽いものではこの状況を打破することは不可能。八方塞だ。

 そんな俺を尻目にシャルはまだ探偵を続ける。


「簡単な話ですよ。彼はわざと嘘をついたんです」

「どうしてそんなことをしたんだね?」


 オールバック聖騎士の語気が強くなる。

 彼らはプライドが高い。だから平民風情の、しかもこんな外れの村に住んでいる若者が自分たちに嘘をついたというだけで抑えられない感情を抱いているのだ。それがシャルの狙い。


「いやいや、ちょっと落ち着き――」


 俺は、なんとかこの流れを止めようと声を発する。


 ―おいおいマジかよ。


 が、そこであることに気が付く。聖騎士とシャルを囲むようにして結界が張ってあることにだ。

 つまりシャルと俺の間にその境界線があるわけだ。

 この結界は外と内の音を隔絶するもの。これは自分たちだけの話をしたいときや周りがうすさいときに使われる結界で、そこまで高難度のものではない。

 しかし、流石元魔王。なんの詠唱もなしにしかも俺に気づかれることもなく。さらには完全に音を遮断している。

 つまり、俺の声は聖騎士には届かないというわけだ。

 この結界を破壊することは可能だ。

 だが、少しばかり派手なことをしなければならない。それにこれは複合結界であり。無理に中に入ろうとしたり破壊しようとすればトラップが発動する。

 俺は別に大丈夫なのだが、そのトラップが万が一聖騎士にでも向けば彼らはひとたまりもないだろう。ここまで巧妙にするとは、伊達にこの世界に来てから元魔王のくせに、その名に不釣合いな修行を10年以上して来たわけ賜物だな。

 しかし、相手は世界を救うとは言っているが元魔王。何をするかわかったもんじゃない。

 これが終わったら、必ず仕返しをしてやる。と俺は心に誓った。力での仕返しではなく。恥ずかしいと思うことをしてやろう。

 聖騎士たちをある意味人質に取られた俺は、成すすべなく。彼らの会話を聞いているしかなかった。


「簡単な話ですよ。彼は聖騎士が嫌いなんです。この青年ヒカルはね。エリートが嫌いなんですよ。だから嫌がらせをしてやろうって魂胆だったわけですね」

「それは本当かね?」


 おいおい。これ絶対やばいやつだよ。オールバック聖騎士の目立つおでこに怒りの血管が浮き上がってるよ。ってか、ちょっと若いのに頭後退してね? かわいそうに。

 シャルは、いい感じに軽い香水系の催眠を相手に掛けている。これはさほど精神に影響がなく。相手の話を真に受けやすくするものだ。

 こんなものに軽く掛かるとは、この聖騎士がどれほどの階級なのか知らないが大したことないな。というか、もしこの聖騎士がかなりの立場の人間だったら少し心配になるよ。この国は大丈夫なのか?

 そこで結界が急に解ける。これで俺と聖騎士の会話が可能となったわけだが、今それは歓迎できない。


「どういうことなのかね? 私たちを騙したというのは本当かね?」


 オールバック聖騎士は今にも俺に切りかからんと、腰に下げている剣に手を触れながら聞いてきた。どんな脅し方だよ。情緒不安定かよ。


「いや、それは……」

「本当です! 彼は常々私に聖騎士なんてくそくらえだ。やってらんねえ。てやんでえ! 必ずあいつらに恥をかかせてやる! と言っていました。そのための協力者も見つけたとも言っていました」


 ―このくそ魔王!


 俺がいつもくそくらえだと言っている相手は聖騎士ではなく。お前だ!! この世から永遠に抹殺してくれようか。今の俺ならできる気がする。ってか、てやんでえってなんだよ!


「協力者?」

「はい。おそらくその家紋を作った人だと思います」


 オールバック聖騎士は手に持っている木彫りの家紋を見る。

 ここでシャルはこの聖騎士どもに、俺が最近魔物を刈っている聖騎士に所属していない人物と裏で繋がりがあると思わせたいわけだ。

 こいつ、どうしても俺を勇者の道に引きずりこみたいらしい。


「ほう?」


 オールバック聖騎士は剣を柄から抜き。俺の首元にスッと当てる。


「一緒に王都に来てもらおうか」


 俺は思った。これは命の恩人に対する今世紀始まって以来の最大の恩知らずだと。


「ちょっと落ち着いてくださいよ。ね? このくそったれビッチ野郎が言っている言葉が本当かどうかなんてわからないじゃないですか?」

「いや、彼女の正しさは証明されている」

「は?」

「なぜなら、彼女は美しいからだ!」


 ―はあ?! 


 こいつ何言ってんの? あほなの? 聖騎士って書いてあほって読むの?


「っと、ではなく。あれだ。この家紋が君の証言と違っていたからだ」


 ―もう遅せえよ!! お前には見えないかもしれないけど、後ろのお前の部下の二人も若干引いているよ!


「いやいや、それはちょっとした勘違いですよ。ほら、俺馬鹿だからさ」

「ええい。往生際が悪い。いいから。来るか。来ないのかどっちだ? まあ後者を選択した場合、貴様の首はもれなく飛ぶがな」


 オールバック聖騎士は嫌らしい笑みを俺に向けてくる。

 もうこいつら逆に魔物に殺されたほうがいいんじゃないか? 

 はあ、面倒なことになった。


「わかりましたよ。行けばいいんでしょ行けば」

「ふん。最初からそう言えばいいものを」


 聖騎士はまだ剣を戻さない。


「念のため、手を拘束させてもらう」


 オールバック聖騎士は一瞬俺から目を離す。


「ここだ!」 と俺は一気に三人の意識を刈り取りに行く。まあ、簡単だ。軽く首のほうに手を当てるだけ。今回は魔術系を使わないから精神に異常もきたさないだろう。後で、記憶改ざんはさせてもらうけどな。そうだ。シャルに散々な目に合わされた記憶にしてやる!

 俺は一瞬で聖騎士の背後に移動した。

 俺の手刀が、相手の首元を捕らえる。


 ―ちょっと死んどけ!


「!!」


 だが、その手刀は寸前のところで俺の手首が握られ止められる。

 俺は手首を握っている人物に対して怒りの表情を向けた。

 こんなことをできるのはこの場で一人だけ。


 ―シャル、お前!

 ―甘いわね。私がそれを許すとも?

 ―ここまでして、俺に世界を救わせたいのか?!

 ―私は傲慢なのよ、元魔王だけにね!


 そこで聖騎士の目が俺が元居た場所に戻ろうとする。俺はすぐにそこに戻った。

 強風がその場だけに巻き起こる。


「うお! 風が凄いな。貴様! 後ろを向け!」


 俺は後ろ手に腕を縛られた。というか手錠をされた。

 ここではシャルが居るから、こいつらを無力化できない。流石にあいつの目を掻い潜るは至難だからな。そこまで疲れたくはない。


 ―よし! 道中でやるか。


「あの、私も付いていってもいいですか? 犯罪者となっても幼馴染なので心配で……」


 俺がいつ犯罪者になったのかは後でじっくり教えてもらいたいが、その提案は全力で阻止しなければいけない。


「おいおい、シャル。俺は――」

「いいだろう。付いて来い」


 ―はあ? 何言ってるの? 聖騎士さん? 


 完全にオールバック聖騎士はシャルのことを好いている。王都に連れて行ってから、必ず手を出すつもりだ。いいのか! そんなことで! 聖騎士さんよう!!

 ああ、駄目だ詰んだ。

 俺は肩をがっくりと落としながら、聖騎士に付いて行く。そして俺の手首に付けられているものが魔力制御装置であることに気が付く。おそらく魔物に対して使うつもりだったものだろう。まったく、俺は魔物かっての。

 俺は俺の横をにやにやと締まりの無い顔をして歩くシャルに軽蔑の視線を送った。

 本来ならこの元魔王様にこの手錠は付けられるべきなのだ。この人がすべての元凶ですよ聖騎士さん! すぐそこにあなたたちを石に変えてしまった人が居ますよ!


「これでやっと、一歩前進だね」


 シャルは俺の耳に小さくつぶやくようにして言う。

 耳に掛かる吐息がなんかあれだった。


「はあ」


 大体幼馴染が連行されている状況で口角が上がっているやつってどうなのよ? うん、最低だよね。


「おい! 早く来い!」

「……さーせん」


 高台から、村の入り口にまで来る頃にはすでに空が茜色に染まりかけていた。


「乗りたまえ」


 目の前には馬車がある。馬の数は二匹、人が乗る部分はかなり大きめだった。なんとも、小さな村に似つかわしくないものだと思った。

 オールバック聖騎士ではない二人の聖騎士が先に乗り込み。次に俺が乗らされる。そして次に残りの二人が乗り込んできた。向かいに二人は座るが、さりげなくオールバック聖騎士はシャルの隣に座っていた。この広さならそこに座らないでもいいだろうに。

 俺はというと、二人の聖騎士に挟まれている。お前らもこの広さならそこに座らないでもいいだろう! 暑苦しいわ! と言いたい気持ちもあったが、なにぶん連行されている身なので受け入れるしかない。


「おいシャル。お前おじさん達はいいのかよ?」

「ええ、高台に行くときにヒカルと小旅行に行って来るって伝えたわ。後で荷物も送ってもらえる」

「は?」


 俺は絶句した。

 高台に行くときということは、つまりまだ俺が連行される前ということだ。そして聖騎士が石化状態からまだ開放できるかどうかわからないときの話だ。


 ―こいつ。全部仕組んでやがったな!?


 シャルは俺を見て微笑する。

 それは、俺の考えていることを肯定するものだった。

 最初からおかしいとは思っていた。大体七百年なんて数字がでてきたことがそもそもおかしかったんだ。そこでまず最初にシャルの言葉を疑うべきだった。

 やられた。最近のかわいい天然幼馴染キャラのせいで、こいつが元魔王ということをすっかり失念させられていた。いや、かわいくはないな。憎たらしいの間違いだ。

 今回に関しては敗北を認めざるをえない。正直に賛辞を送ろう。

 だが、今回だけだがな。俺は必ずあの田舎村に帰ってみせる。そして農業をするんだ。


「君は、あれかね? 好いているやつなどはいるのかね?」


 そんな俺の気持ちを余所に、オールバック聖騎士が目の前でシャルを口説き始めた。

 おいおい、聖騎士様は節操がございませんな。

 だが、おもしろい。このままシャルがこの将来その金髪が違う意味で光沢を見せるであろう頭のやつと結ばれるようなことになれば、一生笑って暮らせるだろう。ここは一つ彼に協力してやるか。


「シャルは金髪でオールバックの人が好きですよ」

「おい! 口を開くな!」

「いて!」


 両隣に座っている聖騎士が俺の腹に一発入れる。特にダメージがあるわけではないが痛がる振りはしていたほうがいいと思い。いてててと言っておく。


「そうなのかね?」


 だが、俺が放った言葉をしっかりとオールバック聖騎士は聞いていたようで、少し顔を緩ませながらシャルにたずねた。


 ―うわあ、気持ち悪い顔。


 そして、内心俺はぐっとガッツポーズをする。


「え? いやあ……」


 シャルは困惑の表情をする。


「何口ごもってるんだよ。いつも言ってたじゃないか。目の前に理想の人物がいるんだぞ!」

「おい! 口を開くなと!」

「か、かまわん!」


 オールバック聖騎士が俺の隣の聖騎士を制する。


「いや、しかし」

「多少は目を瞑ってやろう。こいつの最後の言葉になるのかもしれないのだから」

「か、かしこまりました」


 聖騎士が振り上げたこぶしを下ろした。

 俺の最後の言葉か……。

 ふん、シャルの情報を俺から聞きたいだけなのになんとも大層な言い方をするものだ。俺の最後の言葉がシャルに関することなんで御免だね。


「それで、君、その彼女の理想の人物をもう一度言ってもらえるかな?」


 オールバック聖騎士がにやけそうになる顔を必死で抑えているのがわかった。

 いや、本当に気持ち悪い顔をしている。

 もしシャルの理想が本当に金髪オールバックだとしても、髪が後退してきていてそんな表情をしているお前は理想の枠組みから除外されるだろう。

 だが、今回はごり押しだ。

 俺は複雑な表情をしているシャルを横目に、期待に答える。


「金髪で、しかもその髪を綺麗にオールバックにしているような人ですね」

「そ、そうかね。はは、それはまあ、いい理想だな」


 オールバック聖騎士は横目でシャルを見る。その顔はすでに自分が選ばれると確信しているものだった。ああ、本当に気持ち悪い。


「彼の言葉は真実なのかね?」


 流石にここまでくればシャルも否定はできまい。

 何せ相手がここまで喜んでいるのだからな。ここで否定でもしようものなら、相手がどんな手段に出るかわからない。相手はあの傲慢な聖騎士だ。好いている相手を強引に手中に入れようとくらいはするだろう。

 仲良く二人で夜の街にでも消えてくれ。そうすれば、俺は適当に村に帰ることができるからさ。

 俺はシャルを見て微笑んだ。


 ―さあ、言うんだ。そうですと!


 シャルはうつむき加減の顔を上げる。


「は、はい。そうです……」


 ―よっしゃあああああ! 俺の勝ちだ! 大勝利だ!


 俺はつい、表情がさらに緩みそうになるのをあわてて我慢する。これではあの気持ち悪いあほ騎士と同じ顔になってしまうところだ。


「ほう!」


 オールバック聖騎士が大げさに相槌を打つ。あからさますぎて、なんかあれだ。あほだ。


「それでは、君は――」

「ですが!」


 オールバック聖騎士の言葉をシャルがさえぎる。


 ―おい待て、何を言う気だ。


 俺は言い知れぬ不安に襲われる。シャルの身体から出ているオーラ、あれは間違いなく魔王のそれだった。寒気が俺を襲う。


「確かに、私の理想は、オールバックの金髪。そうですね。あなた様のようなお方です」


 シャルは憂いを帯びたその美貌をふんだんに使用した武器をオールバック聖騎士に向ける。

 言葉だけなら、俺の計画通りだが……。

 俺はシャルの言動、行動に最大の注意を向けた。


「ほう!」


 オールバック聖騎士がまた大きく相槌を打つ。

 お前にはそれしか相槌の種類がないのか!


「ですが、出会ったのが少し遅かったのです」


 シャルが顔を俯けて、声が鼻声になる。


「それは一体どういうことだね?」

「私の純潔はすでに奪われてしまいました」

「なんだって!?」


 俺はふーん。とその会話を聞いていた。まあ、シャルもそれなりの年だ。そういうことが誰かとあってもおかしくないだろう。

 確かにこういう世界では、びっくりすることなのかもしれないが。


 ―ん? ちょっとまて


 ここで漸く、俺はシャルの思惑に気が付き始めた。

 純潔は奪われてしまった? つまりは……。


「はい、なので、私はあなた様の元に向かうことはできないのです」

「それは、合意の上だったのかね? 君はその相手のことを好いていたのかね?」


 ―これはまずいぞ。


「いえ、その、いきなりではありました……」

「つまり、襲われたということか!!」


 馬車の中にオールバック聖騎士の声が響く。

 シャルは俯いたまま、何も言わない。

 これはまずい。


「お、おい」

「黙れ!」


 俺が言葉を発しようとしたとき、オールバック聖騎士がつばを飛ばし怒鳴り声を上げる。

 これだと俺の最後の言葉が「お、おい」になるじゃないか。


「それは誰だね?」

「言えません……」

「君を傷つけた人物だ。私が聖騎士の名のもとに粛清してくれよう」


 ―ああ、まずいまずいまずい。

 おいおい、聖騎士さんよう。流石に好きな女のために聖騎士の名のもとにはないでしょう。お前も清廉潔白な人間じゃないはずだろ? それを、こういうときだけそうなるのはいけないなあ。

 俺は突っ込みを入れながら、冷静さを保とうと必死だった。何せ今後の展開がすこぶる自分に不利に働くことを理解していたからだ。

 そこからなんとも茶番が続く。


「いや、しかし!」


 シャルが今にも泣きそうな顔を向ける。この嘘泣き女が!


「構わないんだ。後で、私の元にきなさい」

「ですが、私は汚れた身、あの崇高なる聖騎士様の元になんて……」

「そんなことは気にしない。それに君を汚したという男を抹殺さえすれば、君は純潔だ」


 今、崇高なる聖騎士様からなんとも、それとはかけ離れた物騒な言葉が聞こえたけど、気のせいかな? 後さりげなく口説くのやめてもらっていいですか? 気持ち悪いんで。


「…………」


 シャルは最後に俯く。


「誰なんだい?」


 オールバック聖騎士がシャルの肩に手を掛けて、やさしく聞く。うん、だから気持ち悪いって。

 シャルの右腕が少しずつ上がってくる。そう、俺の方向に……。

 そして、腕が上がりきると、みなの視線が俺に集中した。


 ―まあ、流石に終わったかな……。


 ガタ!!


 オールバック聖騎士が勢いよく立ち上がる。大きな馬車といっても、人一人が大げさに動けばそれなりの振動が伝わってくる。その振動が相手の怒りの度合いを示すには十分だった。

 ―ああ、面倒なことになったあ!


「貴様かあああいああはああおあふぉああおああああ!!!!」


 馬車に鳴り響く声でオールバック聖騎士が怒鳴り声を上げる。そして、腰にある剣の柄に手を触れた。今にも俺に対して切りかからんとする勢いだ。


 ―もうやだ・・・。


「貴様! 我々を冒涜するだけでは飽き足らず。こんなにも美しくやさしい娘にまで手を出すとは万死に値する!!」


 いや、その娘があなたたちを一度石にした張本人ですよ? それに元魔王で、たくさんの人間を殺戮してきた人物ですよ? それでもその言葉が言えるんですか?

 ってか、そもそも順序がおかしくなってるし、そもそもやってねえし!

 目の前の聖騎士からは魔力が漏れ出していた。

 といっても微量ではあるが。それほどまでに感情が高ぶっているというわけである。


「や、やめてください!」


 俺の目の前で剣を抜きかけたオールバック聖騎士にシャルが駆け寄る。


「な、なぜだ?!」

「彼もいろいろとあったのです。ヒカルは天涯孤独の身でその孤独にいつも苛まれていました。だから、その……。いつも隣にいた私に対して間違った感情を抱いてしまったのです。だから過ちを……」


 シャルは涙を流し出した。

 おいおい。マジかよ。魔王の涙は凄い魔力供給源になるらしいから欲しいな。

 なんてことを考えながら俺はこの長い茶番に反吐が出そうだった。もう我慢するのやめようかな。


「なんと! だからといって、あなたはこやつを許すというのか?!」


 シャルは首を一つ動かす。


「ああああ」


 オールバック聖騎士はその場に崩れ落ちた。

 何、何? 全然意味わからないんだけど?! ただただ怖いんだけど?! もしかしてまだ催眠効果の異常が残ってるのか?


「なんて、心美しきお方なんだ……。まさに……天使……!」


 ―だから元魔王だって! その天使に虐殺の限りを尽くしていたやつだって!


「わかりました。あなたの意見を尊重いたしましょう。今回のことは不問といたします」


 オールバック聖騎士はいつのまにかシャルのことを敬い始めた。

 恐るべし魔王のカリスマ性……。


「ですが!」


 オールバック聖騎士がまたいきなり立ち上がった。


「この男の魔の手から、あなたを解き放って見せます! おい! 貴様!」


 シャキン!


「決闘だ!!」

「いやです!」


 と言いたいところだが、流石にそう答えられる雰囲気ではない。


「そして、その決闘にて私が勝利した暁には彼女に謝罪と、そしてもう二度と彼女の前に現れないことを誓え!」


 オールバック聖騎士はそう叫んだ。

 だが、俺は流石にここで決闘にはならないだとうと思っていた。

 なぜならば、俺は魔物討伐を行っていた人間と知り合いかもしれないという最重要容疑者だ。まあ、その点は真実なのだが、そんな重要な人間に対していくらある程度階級があったとしても、勝手に決闘を行って万が一のことがあってはまずい。

 だから、必ず俺の脇にいる聖騎士が反対をしてくれるはずだ。そう考えていた。

 それにこの茶番を静観していたのが俺だけとは考えにくい。流石にどちらかはおかしいと思っているに違いない。だって聖騎士だもの。


「隊長……」


 俺の左側にいる聖騎士が真剣な眼差しでオールバック聖騎士を見る。

 よし。そこで反論してくれ。それがお前の役目だ。行き過ぎてしまった隊長を止めるは部下の役目だからな。言え! 


「私がその決闘の立会人となりましょう」


 ―え?


「では、私は隊長がこやつを殺さないようにしっかりと見守りましょう!」


 今度は右にいる聖騎士がきびきびと言う。

 そして再度左のやつがしゃべりだした。


「私たちも、マーチィン殿の健気さには心打たれました。こんなやつのせいであなたの将来を私たちが見逃すわけにはいきません! なので、ご安心ください。我れらが隊長、ミコライ・オールランドが必ずやあなたを泥沼から助け出して見せます!」


 聖騎士は手に力を入れて興奮していた。

 それを見ていた俺は心の中で一言……。


 ―なんでやねん!!!!!


 つい、遥か遠い故郷の言葉が出てしまう。

 いや、絶対おかしいって! なんでみんなそんなに簡単にこの女、いや元魔王の言葉を信じるんだよ! 百歩譲ってシャルの言葉に胸打たれたとしても、聖騎士なら規則とか規律とか守ろうよ。なんで、こんなときだけ柔軟な思考回路してんだよ! そういうのは物語の主人公がやるやつだから!

 ああ、もう最悪だ。こいつらの頭はお花畑か何かでできているに違いない。これまでの人生どう生きたらこんなにも馬鹿に育つんだ。


「これなら、いいですよね?」


 オールバック聖騎士がシャルに確認を取る。つまり、決闘という形、しかも命は取らないというものならあなたの思いに反しないですよね? ということだ。

 シャルは無言でうなずく。

 このままではまずい……。


「おい! 馬車を止めろ!」

「あの!」

「なんだ? 今更」


 今更も何も俺に何も聞いてこなかったじゃないか。


「俺はもう、この一件が終わったらシャルの前から消えます。村も出ます。だから、決闘は勘弁願いませんかね?」


 まあ、仕方がない。慣れ親しんだ村を離れるのは忍びないが。これでシャルから離れることができるなら喜んで出ていこう。

 別に決闘で負けてもいいんだが、シャルが何も企まずにただ決闘をさせるとは考えにくいからな。あの元魔王の考えがわからないなら、決闘を避けるのが無難な判断だろう。


「ふん! 情けないやつだな。だが、それは却下だ!」

「いや、でもー」

「お前は私の怒りを買ったのだ。だから裁かれる必要がある」


 ―ちっ!


 その言葉が俺を少しイラつかせた。

 落ち着け俺、落ち着くんだ、俺はもうこの世界では争うことはこりごりなんだ。もう誰にも手を出さないと決めている。

 いや、でも流石に今回は相手が悪いんじゃないだろうか? いやいや、こんなところでマジで決闘なんかしたらシャルの思い通りじゃないか。危ない。まんまと罠にはまるところだった。

 ここはなんとか下から言って許しを乞おう。


「そこをなんとか頼めませんかね? 俺はただの一介の農民風情ですよ? そんなやつとあの聖騎士様が決闘なんて勝負が目に見えていることをするのはどうなのかなって」

「貴様の意見などここでは必要ない。おい! 早く馬車を止めろ!」


 このオールバック野郎は、あくまで俺の話は聞く気がないらしい。

 まあ、いいだろう。ここはすぐにやられて泣きついてでもしてやろうじゃないか。

 そして、このくそ野郎にシャルを押し付けてやろう。

 窓から外を見るとそこは村から王都までの道中にかなりの距離が続くただの荒野であった。

 そして、馬車はゆっくりと軽く舗装されている道を外れていく。


「さあ、表に出ろ!」


 俺は両脇の聖騎士に無理やり引っ張られて外に連れ出される。外は少し暗くなりつつあり。いい感じに日が落ちていた。

 ああ、この時間にゆっくりとご飯でも取りながらラジオを聴けたら、俺はそれだけで満足なんだけどなあ。

 そんなことを考えていると、俺の腕を縛っている手枷がはずされた。

 そして、俺の目の前に一つの剣が放られる。


「それを拾え」


 オールバック野郎の指示に従い拾う。

 その剣は手触りでわかるほどさび付いたものであった

 これでは相手の持っている剣とぶつかっただけでも折れる可能性がある。しかも、かなり重い。

 といっても、それは普通の人間が持てばということで、俺は簡単に持つことができるのだが、農業で鍛えたしね。ま、一応、重い振りはしておこう。

 俺は剣を重そうに両手で持って構えた。それも素人っぽくだ。


「よし、持ったな」


 シャルは今、なぜか俺の後ろに当たる方向にいた。

 先ほどまで俺の隣に座っていた聖騎士が、二人の間に入る。


「それでは、これより神聖なる決闘を行う!」


 ―どこが神聖やねん!


「勝利条件は簡単! 相手をねじ伏せたほうが勝ち! 勝敗は私が判断します! では、二人とも構えて!」


 なんとも、適当なルールだ。これでは相手を殺したほうが勝ちだといっているようなものではないか。これだから少しだけ力を持っている連中は嫌いだ。

 俺は構えているので、相手が構えるまで待つ。


 ―お? あれは結構。


 俺のこれまでの予想とは反して、オールバック野郎の構えはしっかりとしていた。ちゃんと鍛錬をしている証拠である。腐っても聖騎士の隊長クラスということか。

 だが、俺の見立てでは魔力はさほどない。

 といっても、この世界では魔力の有無がその人間の価値を決めるわけではない。問題はそれをどれだけ自然力と作用することができるかだ。

 それが、俺が元いた世界と違うところだった。

 俺とシャルが居た世界では、魔力によって空間に干渉したり、何かを作り出したりしていた。だが、こちらの世界ではそれを自らの魔力で行うのではなく。魔力を媒介として自然力によって行う。だから、魔力だけでは単純な強さを測る基準とはならないわけだ。

 それが、こちらの世界の常識。


「それでは行くぞ!」


 俺が予想した通り。オールバックの野郎は、自分が持っている魔力よりも大きな自然力を身体に纏いだした。まあ、正直俺からすれば大したことはないが。


 ―とりあえず。適当に突進でもして一撃もらって終わるか。


「おらあああああ」


 俺はかっこの悪い声を上げながら相手に向かっていく。

 すると、相手もこちらに向かってきた。二人の距離が近づいたとき、相手が剣を振り上げる。それに対応して俺は防御の体制に入った。


 ―この一撃を剣で受けて、ふっとばされよう。そうして戦闘不能ということで決着だ。


 オールバック野郎が剣を振り下ろしてくる。

 そうそう、それでそれを俺が受け止めてと。

 しかし、そこで俺は異変を感じる。


 ―やばい!


 俺は、とっさに相手の剣を避けた。

 振り下ろされた剣は、地面に突き刺さる。


 ドゴーーーーーーーン!!!


 剣が地面に触れた瞬間。地面が大きな音と風を伴って数十メートル削られた。


 ―おいおいどうなってんだ?


 俺の横には、オールバック野郎が剣から魔力波でも打ったかのような跡が付いている。

 だが、あいつはそんなことはしていない。ただ剣を振り落としただけだ。

 まさか、この世界の聖騎士は俺が予想しているよりもレベルが高いのか? それともこの聖騎士が本当は勇者クラスの人間なのか?

 いや、もしかすれば威力だけあるが、スピードとスタミナはないタイプかもしれない。それなら最悪この状況もありうる。

 まあどちらだったとしても、とりあえず一撃くらってはい降参。とは行かなさそうだ。あんなの無防備で食らったら重傷だ。最悪死ぬ。

 周りでは、立会人の聖騎士は一応立会人らしく無言で見ていたが、その表情には明らかに驚きが入っていた。

 もう一人の聖騎士は歓喜の声をあげている。あいつは絶対馬鹿の部類だ。

 立会人が何を驚いているのかは気になるところだが、とりあえず。このままではまずいな。

 俺は一旦、相手から距離を取ろうとする。が……。


「逃がさん!」

「嘘?!」


 目の前にすぐ相手が迫る。


 ―おいおいおいまてまてまて! 


 今回はかなりの速度で動いたはずだ。威力があるのはわかるが、スピードもあるのか?!


「これが愛の力ってやつか! どんどん自分の力が上昇していくのを感じるぞ!」


 相手の振り下げた剣が俺を襲う。

 俺はなんとか、その斬撃を剣で受け止めた。


「ふははは、そんな剣で私の攻撃を防ぐことができるかな?」


 バキッ!


 ―ちっ!


 相手の指摘の通り。俺の持っている剣は相手の攻撃も耐え切れないで真っ二つに折れた。

 俺はその衝撃を利用して後退し、相手との距離を取る。

 くそ面倒な展開だ。何が愛の力だ。ふざけやがって。

 俺は自分の感情が高ぶってくるのを感じた。

 確かに、ここまで追い込まれての戦闘は久しぶりだ。

 といっても、俺が少し力を出せば簡単に倒せるのだが、今回の目的は相手の攻撃を上手く受けながら敗北することだ。

 それに相手に俺が何かの使い手だとばれれば今後の王都での展開がややこしくなる可能性がある。だから魔力もなく。なにもできない一般人を演じなければならない。つまり身体に強化魔術も魔法も使えないわけだ。

 結構しんどい展開だぜ。鍛えていてよかったあ。


「ふむ。私の剣技を防ぐとは、貴様、それはどこで習った?」


 ―しまったああああ!


 つい相手の攻撃が思ったよりも凄まじかったので、適当に受け流してたわけだけど、そりゃただの農民風情が聖騎士の攻撃を防げば不信に思うのは当然だ。ちょっと思考が回っていなかった。

 しかも、さっきの攻撃を防いだのは良くなかった。あれは流石にばれないように少し力使ってダメージを軽減したからな……。やばい。どう説明しようか。


「まあ、一人で剣術とか――」

「ふん。そんなことはどうでもいい。どれほど貴様が私の予想外の行動をしようとも、私と貴様の力の差が埋まることはないのだからな」


 オールバックめ、俺の話を途中でさえぎりやがって。

 相手は今、自分の力に酔っている。ということは本来の力よりもかなり今が異常だということだ。

 だから、俺の剣技に対してもそこまで警戒をしていない。いや、もしかしたらそれを見抜けるほどの目を持っていないのかもしれないけど。

 しかし、これは好都合だ。これなら、少しくらい力を出してもばれないだろう。

 問題は、なぜか、相手の力がどんどん上昇していっている点か……。


「再度、行かせてもらうぞ!」


 オールバックが俺に高速の突きを放ってくる。


 ―こいつ、もうタガが外れて俺のこと殺す気じゃねえか! さっきもし俺が殺されそうになったら止めるとか言ってたやつは、外野でギャーギャー言ってるだけだし、どうなってんだよ!


 俺は相手の突きを、身体を後ろに引きながら反転させてかわす。

 オールバックはそこで急停止して、突きの状態から、剣を俺の方向に振ってくる。このままでは俺の体が真っ二つになってしまうので、その斬撃を飛んでかわす。


「飛んでかわすとは愚の骨頂!」


 オールバックは振り切った剣に力を入れるためにした両手持ちから片手に持ち替えて、余った片手を握り締める。そこから飛んで逃げ場のなくなった俺の顔面に対して鉄拳を放って来た。生身の身体で普通に食らえば確実に重傷を負うレベルの攻撃だ。

 俺はそれを両腕でガードして防ぐ。そのときに強化魔法でばれないように腕を強化した。


 ドガッ!


 相手の拳が俺の腕にぶつかる。


「くっ!」


 俺は見事にそこから、かなり吹っ飛ばされた。

 そして地面に「ズザー」という音を立てながら倒れこんだ。


 ―よし、作戦成功だ。


 俺は見事にできるだけ損傷がないように一撃を受けることができた。先ほどのパンチの衝撃により、鼻血が出している。負傷の度合いとしては低いが。一旦、降参してみるかな。


「も、もう駄目です。身体が動きません。降参です。俺の負けです……」


 できるだけひ弱で、本当に勘弁してくれという声を出す。


「駄目だ」

「え?」


 オールバックは俺に近づいてくる。


「貴様はまだぴんぴんしてるじゃないか。五体満足で終えれると思わないことだな」


 俺は他の聖騎士も見た。

 彼らも止める気はないらしい。といっても彼らが本気で止めようとしても止められるかどうは怪しいが。

 要は俺の体が見るも無残にならないと気が済まないということだ。


 ―はあ、めんどくさいな。


 俺がまだ魔物討伐関連の関係者である可能性が高いから命が見逃されているわけだが、命があれば何をしてもいいというわけじゃないだろうに、こいつらにとっては一般人の、しかも俺みたいな田舎者の命なんて最悪消えても構わないってわけか。

 まあ、理解はしていたが、まさかここまで相手がくそ野郎だったとはな。

 相手の力はさらに上昇していく。だが、それに伴い。俺には相手の力の正体がわかってきた。

 俺はシャルを見る。やつは口を小さく細やかに動かしていた。


 ―増幅強化魔法か。


 まったく、そこまでして俺に戦って欲しいのかね? ほんと元魔王様の考えることはわからないよ。


「まずは両手から貰おうか」


 ―ああもう! 


 こんな状況だと俺の中にある勇者の心が疼いてきてしまっている自分に気が付いた。

 相手が魔王の援助を受けているというなら多少力も出していいのではという思いが湧き上る。

 オールバック聖騎士が、離れた位置から一瞬で俺の目の前に移動してきた。

 そして、俺の右腕に向けて斬撃を振り下ろして来る。

 俺は持っている折れた剣を軽くその斬撃に向けて合わせるようにして動かした。

 相手の剣と、俺の折れた剣が交わる。

 相手の腕が振り下ろされ俺の手が振り上げられて、ガキ! という音がした。


「ば、馬鹿な!」

「これでお揃いだな。まあうれしくないけど」


 オールバック聖騎士の剣は、見事に真っ二つに折れていた。飛んでいった剣先が、相手の前に落ちて地面に突き刺さる。


「何をしたああ!」

「うるさいよ」


 相手が折れた剣の先を俺に向けて突き刺してくる。それをこちらも折れた剣でなぎ払い。相手のがら空きとなったわき腹に、余っている左手で軽く触れてやった。

 刹那。

 相手が軽く数百メートル吹っ飛んでいく。


 ―あ、やべやりすぎた。


 

 吹っ飛んでいったオールバックは地面を転がっていき、空気抵抗と摩擦で止まる。

 周りにいる二人の聖騎士は、飛んでいく姿を視認することはできず。もう遠くで伸びてしまった自らの隊長を見ることしかできなかった。

 さてと、ここからどうするかが問題だ。つい力の加減をミスってしまった。久しぶりに力を使うとこれだから大変だな。

 先ほど、俺が使ったのはこの世界の力と、前の世界の力を合わせたものだ。

 前の世界の力である自らの魔力を直接使う部分と、こちらの世界の力である魔力によって使う自然力の部分を合わせて相手のわき腹に当てただけだが、かなりの威力が出てしまった。

 実は魔力と自然力は単体で使うよりも合わせたほうが威力が上がることを俺は知っていた。

 ならどうしてその事実を俺が知っていて、俺がこの世界の力を使うことができるかというと、この世界も来る前に使ったことがあるからだ。これはシャルも知らない事実。


「えっと、びっくりしたあ。まさか力の暴発で勝手に吹っ飛んでいくなんて、ラッキー。あはははは」

「いったい、何が・・・」


 立会人の聖騎士は状況の整理に必死だ。

 もう一方の騒いでいた聖騎士は唖然として固まっている。

 どうしたもんかなと思っていると、シャルが俺に近づいてきた。


「流石、元勇者ね。でも私、あの力見たことないんだけどなあ」

「うるせえ、お前のせいでとんだ面倒ごとに巻き込まれて俺は心底嫌気がさしてるんだ」

「そんなこといって、結構楽しそうに戦ってたわよ」

「誰か楽しいか!」

「ふふ」


 シャルがうれしそうに笑った。こいつ、ふざけやがって……。

 この元魔王様に対していろいろと思うところはそりゃ多々あるわけで、言葉だけでは言い表せない気持ちでいっぱいだが、ここは我慢してやろう。後できつい仕返しをしてやる。はいこれ決定事項。


「とりあえず。お前この状況をどうするつもりだ?」

「私が考えてないとでも?」

「ってことはやっぱり、ここまで全部がお前の思い通りってことかよ」


 俺はため息をついた。 


「それで? これからの作戦は?」

「私たちが、聖騎士として王都に入るの」

「は?」

「だって、こんな状況になったら、そうするしかないでしょう? 何、簡単よ。偽装魔法を使えばなりきれるわよ」

「いやいやいや、なんで俺が聖騎士にならないといけないんだよ?!」


 そんなのは本当にごめんだ。俺は農業で食っていくと決めたんだ!


「なら、これからどうするのよ? もしこれで、あの聖騎士たちをやりすごしても、必ずまた村に聖騎士が来るわよ? そして私はヒカルを勇者にすることをあきらめない」


 まずい。このままでは俺はシャルの言いなりになってしまう。それだけは勘弁だ。だが、どうすればいい……。

 とりあえず。このまま王都に向かうのは断固拒否だ。そんなことをすれば俺の愛しの畑を見捨てることになってしまう。


「シャル! わかった。わかった。聖騎士になってやろう」

「ほんと!!」

「だが、条件がある」

「何かしら?」


 シャルが、目をハートにして俺に顔を近づけてくる。


「このまま偽装してなるのは駄目だ。一旦村に帰ってから正式な手続きをして、聖騎士の養成学校に入ってから聖騎士になる」

「どうして、そんな面倒なことをするの? そんなことしないでこのまま潜りこめばいいじゃない」


 まったく、この元魔王様は、頭が切れるのか脳筋なのかたまにわからなくなる。

 ここはできるだけ理屈を立てて、理由を話さないとな。できるだけ時間稼ぎをして、聖騎士になる前にどうにかしてこの元魔王との関係を切りたいという思惑は、ばれないようにしないといけない。


「問題は三つある。一つは、このまま偽装するにしてもあの聖騎士たちをどうするかってことだ。まさかまた催眠を掛けるつもりだったんじゃないだろうな? それに俺たち二人じゃ、一人足りない」

「うっ!」

「図星か。それは駄目だ。流石にそんなことをすれば精神崩壊だ。まあ、個人の気持ちとしてはそれでもいいが、俺も一応元勇者、そこまで非情じゃないさ」


 俺は一旦間を置いた。

 こういうときの間は大事だと学んでいる。


「もしそれが解消されたとしても二つ目の問題だ。俺たちが上手く潜りこんだとしても村が危険にさらされる可能性がある」

「どういうこと?」


 ここから言うことは口から出任せもいいとこだが、シャルが今は脳筋の状態であることを願う。


「考えても見ろ。おそらくだが、オールバックたちは誰かからの指令によって村に来たわけだ。だから、俺たちがいくら何もなかったと偽装した状態で言ったとしても誰かがまた村に行くかもしれない。そうなれば、俺がいないわけだろう? それなら村が俺を隠していると考える可能がある。今日の体験から確信したが、聖騎士はかなり厄介な連中だ。村一つくらい国のためとかって焼き払うかもしれない。流石にそんなことにはしたくないだろ?」


 俺は相手が反論する隙を与えないように、止まることなく言った。

 そこまで完璧ではないが、ある程度理屈は通っているはずだ。


「た、確かにその可能性もあるわね。それで、三つ目は?」


 ―よし!


「三つ目は、もし俺たちの言葉が信じられて、村に危険が及ばなくなったとしても、そもそも俺達はどこまであいつらのマネができる? 多分、あの三人の血統は貴族なはずだ。プライドの高さからそう思う。ってことは家のこととか、家訓とかしきたりとかがあるはずだろ? いくらなんてでもそこまではマネできねえって」

「た、確かに……」

「な? だから、ちゃんとしたところから聖騎士を目指すのがベストってわけだよ。だからシャル」

「何?」

「お前が俺の容疑をなんとかしろよ」

「え?」


 そもそも、俺が聖騎士に連れられたのは、魔物を倒しているやつの仲間だと疑われたからだ。

 そして、それを作ったのはシャルだ。だからこいつに俺の容疑を晴らす義務がある。


「じゃあ、俺は適当に走って帰るから」

「いや、ちょっと!」


 俺はシャルと三人の聖騎士を置いてその場から去った。

 あ、そういえばあのオールバック大丈夫かな? まあ命くらいはあるだろう。もしかしたらもう剣は握れないかもしれないけど、シャルがなんとかするか。俺を散々コケにしたんだし、イラっとしたしこれくらいの罰はあってもいいよね。それに最後にはシャルに対して小さな仕返しもできたことだし、すっきりしたー。


3万字、お読みいただきありがとうございます!!

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