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その1

「徳海さんに、女性の面会です」

そのインターフォンからの知らせをとったのは、最近研究棟で活動するようになった新顔の学生だった。草野はその学生に相手の氏名をちゃんと確認するように注意したが、再度聞き直すようには言わなかった。ここのところ頻繁に顔を出している女の子の顔が浮かんだからだ。

 ――徳海は今仮眠中で、そろそろ起きる時間だな。

 徳海は今やっている研究が重要な場面にあるらしく、連日の泊まり込みが続いている。そんな徳海の最近の癒し要素である彼女を、彼の友人として代わりに出迎えてやろうと草野は考えた。

 ――だってあの子、ちょっと面白いし。

 嫌そうにしながらも、つい世話を焼いてしまう徳海を見ているのは楽しい。当初隠し子を疑って徳海に絞められたのは、今となってはいい思い出だ。


 草野はそんな浮ついた気分で研究棟の入口へ向かったのだが。

「京谷さんじゃないじゃないの」

そこにいたのは花の香りを漂わせる美しい女性だった。少々派手目な化粧を施し、長い髪を綺麗に巻き、自信ありげに胸を反らし気味に立っている。今は肩を怒らせているようだが。

「私が用事があるのは、あなたじゃないの」

落胆した様子の女性だが、がっかりしているのは草野も同じであった。

「女性の客だって聞いたからてっきりあの娘かと思ったのに、なんだ違うんだ」

草野は肩を落として目の前の女性を見た。すると彼女は、ピクリとこめかみを引きつらせた。

「私以外に、京谷さんに女の客ですって?」

 ――やっば、俺って余計なこと言ったよ。

 後で徳海に謝罪せねばなるまい。


***


季節は梅雨の時期に差し掛かり、毎日雨が続く天気だ。

「ジメジメするのも嫌いだぁ……」

弘美は傘をさして、理学部構内を歩いていた。目的地は購買である。

 康平が女の子に貢いだコーヒー豆だが、どうやら相手は大変喜んでくれたのだそうだ。それはよかった、弘美が苦労した甲斐があったというものだ。

 しかしながら、康平は調子にのって昨日追加注文をしてきた。

「よろしく、アネキ!」

そう言ってだらんと床に寝そべった黒い犬っころが、尻尾をブンブンと振っていた。康平は、もしや女に貢ぐタイプの性格なのかと疑ってしまう。その相手は悪い女ではないかと、お姉さまは心配である。

 というわけでやってきた理学部購買で、弘美が例のコーヒー豆を買っていると、背後から声をかけられた。

「おぅい」

聞き覚えのある声に弘美が振り返ると、そこに草野がいた。


「草野さん、こんにちは」

弘美は軽く頭を下げる。草野は昼食を買いに来たらしく、パンの袋を持っていた。

「こんなところで会うなんて。君、文学部だよね?」

草野が不思議そうに尋ねる。その言葉はごもっともで、普通だと文学部の生徒は理学部の敷地に入ることはない。入る用事がないからだ。だがしかし、弘美にはその用事がある。

「だってこれ、ここにしか売ってないですもん」

弘美が袋の中身を見せると、草野が面白いものを見つけたような顔をした。

「そのコーヒー豆、徳海がブレンドした奴だって知ってる?」

草野がもたらしたびっくり情報に、弘美は目を丸くした。

「え、そうなの!?」

そういえば徳海と初めて会った時、コーヒーの話をしていて微妙な反応をされたのを思い出す。あれは弘美のパシリな弟に呆れていたのではなく、自分プロデュースのコーヒーの話に照れていたのか。実にわかりにくい男だ。


「でも何故に、研究員がコーヒー豆を?」

弘美の疑問に、草野が笑いながら答えてくれた。

「あいつ、料理が趣味の健康オタクだから」

なんでも徳海が自分で飲んでいたコーヒーを他の研究員に振舞ったところ、あまりに美味しいので研究棟の中で有名になったそうだ。そして商品化して売らないかと購買部から持ち掛けられたらしい。コーヒーをブレンドした噂の人とは、徳海だったのだ。

 ――それでここでしか売っていない、幻のコーヒーなのか。

 なるほど納得である。

「じゃあこれを買うと、徳海さんが儲かるのか」

「微々たるものらしいけどね」

そう聞いて複雑な気分になる弘美に、草野は苦笑した。


 それはともかくとして、健康オタクとはいい響きだ。その調子で徳海には、その美味なる血のコンディションを整えていてほしいものだ。

 ちなみに弘美は血の健康度にはこだわるが、自身の健康には無頓着だ。弘美にとって人間の血は食料、生命維持のために摂取するものである。人間が黒毛和牛の健全な生育状況に興味はあっても、その和牛ステーキを食べた結果の自身のメタボには無頓着なのと、状況は同じである。

 お互いに会計を済ませると、草野がニコニコ笑って弘美の肩を叩いた。

「今日もウチに寄って行くの?」

「えーと……」

今日はコーヒーを買いに来ただけの弘美は、返答に困った。


 吸血鬼のくせに偏食で、まともに人の生き血が飲めない弘美だが、徳海の血は特別である。あれは臭くないどころがおいしそうないい匂いがした。いまだ味見ができていないが、きっとおいしいに違いない。

 だが、徳海は研究者である。正体がバレたら解剖される未来しか見えない。

 ――仲良くなりたいのは山々なれど、接近するのは怖いというか……

 現在の弘美にとっての徳海という相手への感想は、微妙なものだった。それに差し入れという名目で研究棟へ出入りしているが、あまり頻繁に顔を出しても鬱陶しいと思われる可能性もある。

 顔を出す時間も、徳海の昼の休憩時間を狙って行っている。そうでないと仕事の邪魔になって、結果嫌われて出入り禁止という未来が待っているだろう。

「今日は差し入れも持ってないし」

いろいろと考慮して、今日はやめておこうと弘美が思っていると。

「せっかくここまで来たんだし、寄っていきなよ」

やけに草野が強引に誘ってくる。

「いや、ここからだと帰る門の方が近い……」

現に目の前には理学部の門がある。だというのに、草野によって弘美は強引に研究棟まで引っ張って行かれた。

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