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その7

康平は高校の制服である半そでのシャツを身にまとい、学校へと歩いていく。

 ――狼になって走れば、すぐなんだけどなぁ。

 しかしそれを姉によってきつく禁じられている。学校まで走って行って、向こうで着替えればいいじゃないか、と口論するのは但野家姉弟の恒例行事だ。

「もうちょっと人型でいる努力をしよう、弟よ!」

そう姉に説き伏せられて、しぶしぶこうしてのろのろと学校まで歩いていくのだ。

 康平にとっては無駄とも思える徒歩で学校へ到着して、まず向かったのは図書室だ。朝から図書室のカウンター席に座っている女子生徒の存在を確認して、康平は足どりが軽くなる。

「新藤先輩、おはようっす!」

ドアを開けると同時に挨拶をした康平は、笑顔でその女子生徒に近づいた。

「但野くん、今日も早いわね」

穏やかに微笑んでくれたのは、長い髪を後ろで一つにくくり、化粧っ気のない地味な見た目の女子生徒であった。彼女の名は新藤恵理子、康平の一つ年上の先輩である。新藤は図書委員をしており、学校の朝のホームルーム前や昼休みなどは、たいてい図書室にいる人だ。


「ねー先輩見て見て」

康平は手に提げていた袋を見せ、不思議そうな顔をする新藤に中身を披露する。

「じゃーん!」

康平が掲げたものを見て、新藤が目を丸くした。

「まあそれ、私が前に言っていたコーヒー豆?」

「うちのアネキが通う大学理学部購買の、コーヒー豆っす!」

そう、それは姉が二日がかりで買ってきたコーヒー豆であった。

「アネキがたまたま! 買ってきてくれたんっす。だから先輩にもおすそ分けって奴です」

たまたまという言葉を強調して、素知らぬ顔で偶然を装う康平。自分が姉におねだりしたことなど、絶対に知られてはならない。

 ――だって恥ずかしいし。

 そんな康平の内心を察しているのか、新藤は深く尋ねずに微笑んだ。

「すごいわね。まだ時間も早いし、ちょっとだけ淹れてみましょうか。但野くんもどう?」

「やった、いただきます!」

新藤にコーヒータイムに誘ってもらい、康平はホクホク顔で奥の準備室に一緒に入っていく。新藤はそこにあるコーヒーメーカーで、二人分のコーヒーをセットしてくれた。パイプ椅子に座ってコーヒーを待つ康平を見て、新藤はクスクスと笑った。


「但野くんも物好きね。女の子にモテるでしょうに、私みたいな地味なのをかまいにくるなんて」

「いいんですー! 俺派手な女子苦手だし!」

コーヒーを待つ間の新藤との他愛ないおしゃべりが、康平には楽しい。

 康平の新藤との出会いは、実は学校ではない。

 高校に進学したばかりのある日。康平はいつものように狼の姿で散歩していて、突然雨に降られた。

 ――やっべ、アネキが怒る

 狼の姿で家の中をうろつくのは、姉はもはや諦めているようだが、濡れたまま帰るのはまずい。家の中をびしょ濡れにしてしまっては、さすがに叱られる。しかしこのデカい図体を、雨宿りさせる場所があるものだろうか。雨足はどんどん強くなってきていた。

 困った康平は、公園の遊具の中に避難した。子供サイズの遊具の穴の中に、身体の大きな康平はみっちりと入ることになったが、我慢である。強い雨が降り出したものの通り雨だったようで、十分ほどで雨は止んだ。さてここから出るかと思った時、誰かの声がしたのだ。


「ここだと思うんだけどなぁ」

そう言いながら現れたのは、康平が通う高校の制服を着た女子だった。彼女は公園のベンチの上を見たり、雨でドロドロになっている地面に這いつくばったりしながら、なにかを探しているようだった。なにを探しているのか知らないが、あったとしてもあの雨の中、濡れてしまったのではないだろうか。それでも何気なく康平が鼻を利かせていると、ブランコのあるあたりで、彼女の臭いがかすかにした。こっそりと足を忍ばせて、そちらに向かう。そしてそこにあったのは。

 ――スマホ?

 ピンク色のスマートフォンだった。あれなら今時防水が効いているので、まだ壊れていないかもしれない。康平はブランコと反対側を探している彼女に教えてやろうと思った。

 ――けど、怖がられないか?

 自分の見た目が凶暴であることはよく知っている。けれど人型になろうにも、服を持っていない。どうしようと康平が困っていると、あちらの方が康平に気付いた。まあ当然だろう、これほどに存在感のあるデカい狼がいて、ずっと気付かない方がおかしい。

 だが見つかってしまったのならば仕方がない。康平はお座りをして、できる限り愛嬌のある犬に見えるよう、尻尾をぶんぶんと振ってみた。座ったお尻が冷たいのは我慢だ。


「まあ、大きなワンちゃんね」

彼女は怖がるかと思いきや、愛嬌作戦が通じたのか、こちらに歩み寄ってきた。そして康平の足元にあるスマートフォンに気付いた。

「クーン」

康平が「これこれ、これじゃね?」といったニュアンスで、声帯の許す限り可愛らしく鳴いて見せると、彼女が嬉しそうにそれを手に取った。

「ひょっとして、あなたが見つけてくれたの? ありがとうワンちゃん」

そう言って、彼女は康平の頭を撫でてくれた。この狼の姿で撫でてくれるのは、家族以外ではめったにいない。繰り返すが、狼姿の自分は凶暴な見た目をしているのだ。

 ――へへ、撫でられた!

 ただそれだけのことが、康平には嬉しかった。それから少しだけ、彼女とじゃれて遊んだ。

 家に帰ると、泥まみれになった康平の姿を見た姉に叱られたのは言うまでもない。


 その数日後、康平は学校で彼女を見かけた。その時一緒にいたクラスメイトに彼女のことを尋ねると、図書委員の新藤先輩だという答えが返ってきた。

 ――図書委員の、新藤先輩。

 それからさらに数日後。康平がなんとなく散歩がてらあの公園に寄ってみると、なんとまた新藤と会った。彼女も一度会った大きな犬がいるかと思って、公園に寄ってみたのだそうだ。

 ――俺ら、以心伝心……!

 これはもう、運命と呼んでもいいのではないだろうか。そう感動しながらも、康平は彼女が差し出すジャーキーに噛みつく。もしいたら、お礼をしようと思った彼女が買ってくれたのだ。彼女がくれるおやつは、ヘルシーで美味しかった。康平が運命よりも先に、餌付けされたらしいのは確かだった。

 それから康平は図書館に通い詰めた。そして世間話をしているうちに、姉が通う大学に売っているというコーヒー豆の話を聞き出したというわけである。そしてそのコーヒー豆のおかげで、康平は密室の中二人きりで、コーヒータイムに誘われたのだ。買ってきてくれた姉に感謝である。

「但野くん、はい」

新藤が淹れたてのコーヒーを差し出してきた。家で飲んでいるのと同じ豆だが、新藤が淹れてくれたというだけで、美味しさが増した。

「新藤先輩、あの公園の犬とはどうですか?」

尋ねた康平に、新藤が嬉しそうに微笑んだ。

「ふふっ、但野くんもクロちゃんが気になるのね」

康平が犬好きアピールをしているので、新藤は公園で出会った大きな黒い犬の話をしてくれる。それが康平本人であるとも知らずに。しかも愛称までつけてもらった。名は体を表すと言う通りの良い名だ。

「クロちゃんはね、とっても賢いのよ。この間だって……」

彼女は目を輝かせて黒い犬「クロ」の話をする。

 ――新藤先輩が、俺の話をしている……!

 今はこの幸せで、満足しようと思う。

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