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その5

弘美は目を覚ましたら、自分の部屋のベッドで寝ていた。

 ――いつの間に帰ってきたんだろうか?

 首を傾げながら時計を確認すると、もうじき夕食の時間であった。とりあえず夕食の準備をしようと、弘美はリビングに降りた。

 リビングにはコーヒーのいい匂いが漂っていた。見ると台所で人型の康平が、コーヒーを淹れいているところだった。

「あ、そのコーヒーは私が買った奴!」

康平が持っているのは、見覚えあるコーヒー豆の袋だった。

「おう、一つは自宅用だろ? 勝手に開けた」

ジャージのズボンだけをはいただけの格好で応じた康平が、そのままテレビの前に移動してコーヒーをすする。


「お、うまいじゃん」

満足そうな康平の姿を見て、弘美は首を傾げる。

 ――アレを弟が持っていたということは、私はいつも通りに返ってきたのだろうか?

 だとすると弘美は、意識朦朧の中であの研究棟を出てタクシーを捕まえ、家まで帰って、康平にコーヒーの袋を渡して寝たのだろう。

 ――我ながら完璧な推理だ。

 弘美は自分の帰巣本能を褒めてやりたい。

「そのコーヒーには、お姉さまの汗と涙がしみ込んでいると思って飲めよ」

コーヒーのありがたさを康平に説いて、弘美は夕食を作ることにした。この時、意味ありげな視線でこちらをちらりと見た康平に、弘美は気付かなかった。


 その夜弘美は夕食に、ちょっと頑張って肉を焼いた。ここ最近は暑さでバテ気味だったので、台所で火を使う気になれず、ずっとカップ麺か冷凍食品続きだったのだ。

 ――きっとそのせいで続けて倒れたんだ!

 ちょっと不健康な生活をしていたかもしれない。康平はドッグフードという最終手段があるが、弘美はそういうわけにはいかない。

 弘美の奮闘の末、ご飯と焼いた肉とちぎったレタスにインスタント味噌汁という夕食メニューが出来上がった。ご飯があって肉があって味噌汁がある。立派な食卓ではないか。野菜だってつけたのだ。味噌汁がインスタントなのはご愛嬌だ。今時のインスタント味噌汁は美味しいのだから問題ない。

「アネキ、肉がちょっと焦げてる」

食卓についた人型な康平が、箸を持ってなにか言った。

「うるさいな、ちょっと香ばしいと表現しろ」

苦情を言ってくる康平に取り合わず、弘美は焼いた肉を口に入れる。確かに極端に香ばしい気もしなくはないが、焼肉のたれでカバーできる範囲内だ。インスタント食品が続いていた但野家の食卓で、思えば久しぶりのたんぱく質である。

「ドッグフードよりマシか……」

と康平がぼやくのを、弘美は聞こえなかったフリをする。


「「ごちそうさまでした」」

食事を終えて後片付けをする弘美を、康平がじっと見ている。

「なに?」

弘美はそう問いかける。

「アネキ、あの男ダレ?」

すると康平が謎な質問をしてきた。

「は?」

弘美は眉を顰めた。悲しいかな、自分には康平に詮索されるような男などいない。

「弟よ、シスコンもそろそろ卒業の頃だろう。おねーちゃんにはまだ! 彼氏なんぞいなから安心しろ」

むんと胸を張る弘美に、康平が噛みつくように反論した。

「ちっげぇし! アネキを送ってきた、あの男だよ! 昨日アネキの行き倒れに巻き込まれた男!」

「はい? 私を送ってきた男?」

 ――私は自力で帰ってきたのだが。

 すっかり推理が現実として脳にインプットされていた弘美は、康平と事実のすり合わせを行った。


 康平曰く、なんでも夕方の散歩にでかけんとしていた時に、弘美が見知らぬ車に乗せられて、見知らぬ男に送られて帰ってきたのだという。その男は、もさい髪の毛をしていて顔の見え辛い容貌であったそうな。弘美にそんなもさい知り合いは、今のところ一人しかいない。

「え、徳海さんが送ってきたの!? タクシーじゃなくて!?」

ということは、資料室で意識を失ってから、弘美は起きなかったということなのか。ちょっと興奮したくらいで虚弱過ぎだろう自分。落ち込む弘美に、康平がさらに畳みかける。

「アネキはなんだか寝言をほざいてるし、あの人に失礼ぶっこいたんじゃねぇの? なんだか相手ドン引きしてたぞ」

「ええぇ!? それは困る! ぜひお近づきになって血を飲ませてもらいたいのに!」

弘美の心の叫びに、康平が驚いた。

「え、アネキが飲める血が見つかったのか!?」

康平に驚かれるのも無理はない。今まで弘美が美味しそうなどという感想を抱いた血など、皆無であったのだから。そう、弘美にとって長年の最重要課題であったことが、今まさに解決しようとしているのだ。

「ああぁ、あの人の血はすごくいい匂いがした……」

今思い出してもうっとりする。そしてあの芳しい血との出会いについて、とくと康平に語って聞かせた。


 弘美の口から徳海の素性を聞いた康平は、しかし困った顔をした。

「でもアネキ、そいつって大学の研究員なんだよな?」

「そうだけど」

「吸血鬼なんてバレたら、解剖されるんじゃね? 俺らにとって研究員って、あんんまりよくねぇと思うけど」

最もな康平の言い分に、弘美は絶望した。

 ――血は飲みたいが解剖は嫌だ!

 現実とはかくも非情にできているのか。

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