表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
22/33

その9

シャンパンぶっかけ事件の後、弘美は徳海の車で送られて家に帰ることになった。弘美としては電車で帰る気満々だったのだが、徳海が言うにはこの格好で電車に乗せるのが気の毒だそうだ。徳海に送られて帰るのは、これで三度目だ。

「アネキ、今度はなに?」

三度目となれば慣れたもので、康平はしっかり服を来て玄関まで出てきた。初めての時は半裸で徳海を出迎えたらしく、徳海も正直康平を不審者かと思ったそうだ。姉として、野生児な弟ですみませんと謝りたい。

「すまない、君のお姉さんがなにかしたわけじゃない。完全なとばっちりだ」

疑いの目を向けてくる康平に向かって、徳海がきっちりと頭を下げた。これに康平の方がぎょっとした。

「いや、あんた、いや、あなたに謝ってもらうことじゃ!」

「元はと言えば俺のせいとも言えなくはない」

徳海はそう言って再度頭を下げる。その丁寧な態度に、康平が慄いている。


「本当に、なにしたのアネキ」

康平が顔を寄せてボソッと聞いてくるが、だからこちらは被害者だと言っているのだ弟よ。

 そして徳海が康平に尋ねた。

「できればご両親にも謝罪したいところだが、帰りは遅いのか?」

「え、なんで?」

これには弘美も首を傾げて尋ねる。すると徳海にデコピンされた。

「お前な、これは立派に傷害罪だぞ? 瓶の方を投げられていたら、怪我じゃ済まなかったんだからな」

そう言われると納得だ。まだ未成年な弘美だから、保護者に説明しようというのか。

 だがしかし。

「両親はいませんよ、海外赴任中です」

康平の口から語られた。二人は数年は日本に帰って来ないだろう。徳海はこの答えに驚いた様子だった。

「そうなのか。食事なんかはどうしているんだ?」

「私が作る?」

弘美は徳海に思わず疑問形で答えてしまった。仕方ないではないか、暑いのが嫌で、最近台所に近づいていないのだ。


 弘美の答えに不安を感じたのか、徳海が声を低くして弘美に尋ねた。

「但野、今日の朝食はなにを食べた」

「カロリーメイトと牛乳」

徳海は弘美の答えに呆れた顔をして、康平を見た。

「君は」

「バナナ」

徳海が頭痛をこらえるような仕草をした。続けて康平に質問がとぶ。

「昨日の夕食は」

「カップ麺」

「その前の日の夕食」

「ドッグ、ごほん!コンビニ飯かな」

一瞬ドッグフードと言いそうになった康平。あれは康平にとってのバランス栄養食なのだが、人様に言うわけにはいかない。虐待を疑われる。だがどのみち、弘美は徳海に叱られた。


「お前は、なにしているんだ!そんなものばかり食ってるから、いつもヒョロヒョロしているんだろうが!」

そう言って徳海がガシッと弘美の頭を掴んだ。メリッっと力が込められるのがわかる。

「痛い痛い!」

悲鳴を上げる弘美を無視して、徳海は康平に向き直る。

「君も! ダメ姉に頼っていないで、自分でなんとかしようと思え!」

徳海からダメ姉呼ばわりされた挙句、康平に飛び火した。だが康平は弘美以上の面倒くさがりで、いっそ生のまま食べればいいと考えてしまうのだ。野生児な弟で申し訳ない。

「君!」

「あ、康平っす」

「康平はなにが食べたい?」

これに弘美が歓声を上げた。

「え、作ってくれるの!?」

が、またもや弘美の頭を掴んだままの手に力が籠る。


「育ち盛りの高校生に、十分な飯を食わせるのは大人の責務だろうが!」

「痛い痛い痛い!」

二人でこんなことをしていると、康平が食べたいメニューを発表した。

「かつ丼、俺かつ丼が食べたい!」

かくして、但野家姉弟の悲惨な食生活を知った徳海は、食事を作ってくれることになった。だがすぐに、但野家の冷蔵庫にろくな食材がないことに絶望した徳海が、車を出してスーパーまで買い物に行くことになる。荷物持ちで康平も付いて行った間に、弘美はシャワーを浴びた。まだベタベタした感触が残っていたのが、これですっきりした。


***


康平は徳海と二人で買い出しに行くことになった。但野家の冷蔵庫に、徳海が望むものがなにもなかったからだ。最近レトルトばかり食べていたから当然かもしれない。

 徳海の車は、独身男が乗るにしては大きな車だった。研究のための採取に行ったりするので、大きな車が便利なのだそうだ。

 そしてスーパーで買い物を終えた帰り道でのこと。康平が学校でのことなどを話し、徳海とそこそこ打ち解けてきた時。

「徳海さんは、姉が面倒ではないっすか?」

康平は思い切って尋ねた。姉が徳海の元へと足しげく通っているが、姉から徳海のリアクションの話を聞いたことがない。

 ――やっていることが、まるで男に貢いでる女みたいなんだよなぁ。

 康平は姉を心配する弟として不安であった。なんと言っても徳海は、姉の希望なのだ。


 徳海はしばし無言だったが、やがて前を向いたままぼそぼそと言った。

「面倒というか……、どうしてあいつが俺に会いに来るのかわからん」

そう答える徳海は嫌そうというよりも、心底わからなくて困っているという様子だった。ひょっとして姉が腰が引けているせいで、はっきりとした意思表示ができていないのではなかろうか。

 ――しっかりしろよ、アネキ!

 康平としてもこういうのは、他人が口出ししてはいけないのではと思う。だがそれでもなにか言わずにはいられない。

「もし徳海さんが姉が嫌いではないのなら、姉を構ってやってほしいです」

徳海との心の距離を縮めるのは姉の役目だ。だから康平にできるのは、援護だけ。

「いろいろと謎だと思いますが、俺の大切な姉なんです」

徳海が一瞬ちらりと康平に視線をよこした後、「フン」と鼻を鳴らした。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
「おちこぼれ吸血鬼、理系イケメンに餌付けされるっ!~ついでにその血も飲ませてください~」が電子書籍として各種配信サイトより配信中!
ctpa4y0ullq3ilj3fcyvfxgsagbp_tu_is_rs_8s
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ