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その4

姉がまた男に送られて帰ってきた。男の名前は徳海京谷、姉が今のところ唯一飲める血の持ち主である。

 康平が家に連れて来られた姉を出向かると、確かに顔色が悪い。姉は元々色白なのだが、それにも増して青白いので、まるで昼間の幽霊みたいだ。吸血鬼なのに幽霊だ。

「どしたの、アネキ?」

「すっごい臭い嗅がされた……」

そう訴える姉からは確かに悪臭がする。いや、本当は花の香りなのかと思うが、自分たち姉弟にとっては悪臭の域である。

「えっと、ありがとうございました」

フラフラの姉を受け取ると、康平は徳海に頭を下げた。二度も姉を送ってきてくれるのだから、徳海は姉を嫌いではないのだろう。そうであってほしい、姉のためにも。

「ちゃんと飯食って寝ろよ」

徳海が姉にそう告げて帰って行った。


 それからすぐに姉をシャワーに放り込み、臭いが落ちてさっぱりしたところで話を聞いた。

「例のヘッドハンティングの女の人に出くわした」

姉がその時に直に嗅いだ香水の臭いが強烈だったらしい。姉がそうなのだから、これが康平ならば卒倒したレベルかもしれない。それを平気でいられる人間っていうのは恐ろしい。

 そしてそこに徳海も現れて、あわや三つ巴の状態になったのだとか。それは修羅場というのではないだろうか。まさに昼ドラだ。

「私は徳海さんの血が飲めればそれでいいんだけれど。それが女の戦いになるなんて勘弁してほしいよ」

姉が気弱な発言をした。

 姉は昔から、血が飲めないみそっかす吸血鬼と他の吸血鬼から馬鹿にされてきた。そういう逆境にいまいち自分から強く立ち向かえないというか、腰が引けてしまうところがある。もめ事はできるだけ回避していきたい性質なのだ。


 そんなヘタレな吸血鬼でも、康平にとってはたった一人の姉だ。そして他の人狼から「野蛮な狼」と罵られることの多い康平の、一番の理解者でもある。

「康平はちょっと野生児なだけだよ」

姉は昔からそう言って康平を励ましてくれた。

 そんな姉の命綱である徳海との仲が、うまくいってほしいと康平は願う。このままだ姉は本当に干からびてしまうのではないかと家族で危惧していたことが、徳海と仲良くなれば解決するのだ。いっそ徳海と結婚すれば一生血を飲むのに困らないのではないかとすら、康平は思う。だが姉は、そこまで考えが至っていないようだ。まずは一口飲むことに集中している。確かに、最初から欲張るのはよくない。

 そこで康平は姉のために、敵情視察に向かうことにした。敵とはすなわち、ヘッドハンティングの女である。

 ――なんか弱みでもあれば、こっちのもんだよな!

 というわけで康平は早々に夕食も終えた夜、姉には夜の散歩だと言い置いて出かける。向かうは姉が通う大学の研究棟というところだ。そこから例の香水女の臭いを辿るのだ。姉が電車で通う道のりも、康平の足にかかればなんてことはない。軽いジョギングくらいの時間で到着した。研究棟とやらを仰げば、まだたくさんの明かりがついている。研究員という仕事は宵っ張りらしい。


 そこから、未だしっかりと残っている香水の臭いを辿って行く。時折巡回の警備員に見つかりそうになり、焦ったりもした。明日大きな黒い犬の噂が立たないといいが。

 ともかくそうして辿りついたのは、オフィス街に立ち並ぶ高層ビルの一つであった。まだサラリーマンが行きかう通りを、ビルの隙間の暗闇から観察する。

 ――このビルの中に入ったっぽいんだよな、まだいるかな?

 康平はビルを窓から覗けるように、隣の建物の屋上に移動する。夜目がきく康平は、ヘッドハンティングの会社の入っているフロアで仕事をしている、派手なスーツを着た女性の姿を発見した。他にも派手なスーツを常用する女性社員がいなければ、恐らくあれが姉の敵だ。

 彼女は真剣な表情でパソコンと資料を睨み、黙々と作業をしている。周囲に男性社員も複数見受けられるが、彼らに媚びるような仕草は一切しない。まさに仕事ができる女というカンジである。

 しばらく観察していると、仕事にケリがついたのか、彼女はフロアから去るとビルから出て来た。出て来た彼女は強烈な香水の臭いを纏っており、間違いようがなくこいつだと康平は確信した。そのまま歩いて行く彼女の跡をつけるも、臭いのせいで近付けないので、離れた距離をついて行く。

 ――にしても、けっこうな美人じゃね?

 あんなもさもさな男を相手にせずとも、もっといい男が選り取り見取りであろう美人な女だ。他人の好みは好き好きなのだろうが、どうして徳海に執着するのか謎である。


 そう思いつつもつけて行くと、女はとあるビルに入っていった。看板を確認すると英会話教室のようだ。そこで三十分ほど時間を費やして出てくると、またすぐに他のビルに入る。そこはエステの店のようだ。そこでまた三十分ほどを費やして出てきて、ようやく電車に乗る。そこで康平は付いて行くのをやめた。

 ――なんていうか、自分磨きに余念がないって感じだな。

 姉とは正反対なタイプに見える。もう一度言いたい、どうしてあんな女性が徳海に執着するのだろうか。弱みどころか謎だ。康平は首を傾げながら家路を急いだ。

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