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零の世界  作者: 熊出
ゼロの世界
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そんなことわかってた1

残酷な描写有タグは今回とこの三話後ぐらいの為にありました。

けど、さらりとした描写しかありません。

理恵と零の過去と現在を描写する回です。

そんなこんなで九話、いつも通り一時間刻みでアップしていこうと思います。

(殺してやる……殺してやる……!)


 頭の中がその思いだけで満たされて、どれだけが経っただろう。

 目の前の男は、殺されることなく平然と生きている。生きて、人の体を改造し続けている。

 眼下には解剖図のように開かれた自分の腹。そこを、男の手が弄くり回し続けている。


 身動きは出来ない。見えない何かに体を拘束されている。この状態になって、閉じ込められて、何日が経っただろう。最早それも、意識が朦朧として思い出せない。

 その中で、正気を保っているのは、ただこの一つの念があるから。


(殺してやる……絶対、絶対に殺してやる……!)


 そう、自分はこの男に復讐してやると決めたのだ。

 不可思議な力を使う超能力者、それを殺してやると決めたのだ。

 今は精々体を好き勝手弄っているが良い。いずれ、必ずその報復はさせてもらう。

 しかし、自分はこれからどれだけの時間をここで過ごせば良いのだろう。今までどれだけの時間をここで過ごしてきたのだろう。


 終わりが見えない迷路に迷い込んでしまったかのようだった。

 永遠という言葉は尊いと思っていた。

 永遠なんて言葉はゴミだ。今ならば、そう思える。

 何故なら、永遠の極楽があるのならば、永遠の地獄も存在し得るのだから。


(殺してやる……殺してやる……殺してやる……)


 男の手に持ったメスが、ついにこちらの頭へと向けられた。


(やめろ、そこは駄目だ。私が……私じゃなくなる……!)


 死ぬかもしれない。人格が変わるかもしれない。どちらの結果になるかはわからない。どちらにしろ、自分が自分でなくなることは確かだ。

 念じる。絶対に忘れないようにと。この思いだけは消えないようにと。

 この超能力者を殺してやると、自分は決意したと、それだけは忘れないでおこうと。


++++++++++++++++++++++++++++++++++++++


「あー歌ったー」


 薄暗くなり始めた空の下、心地良さげに理恵が伸びをする。

 最近、めっきり日が暮れるのが早くなった。

 雪も一度降ったが、積もることなく消えてしまった。

 この時間帯のアーケードは、近くの高校から帰る生徒で結構人が多い。そうでもなければ、閑散としている場所なのだ。シャッター街、と口の悪い者は言う。


「待機日じゃないのを良いことに、一日歌っちゃいましたねえ」


 翔子は苦笑交じりに言う。全身が心地良い疲労感に包まれていた。


「歌った歌った。けど、三人に大部屋とは大盤振る舞いだったねー」


 相変わらず、黒い服、右目に眼帯姿の澪が言う。長袖になって、右腕の包帯はやや目立たなくなった。

 一時期はゴスロリ衣装を着ていたという彼女だが、今では黒い服がトレードマークだ。


「あれは店員の嫌がらせだよ、澪」


「またまた、理恵ちゃんはそういう捻くれた物の見方をするー」


「だってあれ、どう見てもパーティー用の部屋だったじゃない」


 三人はカラオケに行った帰りだった。

 休日が重なったのを良いことに、商店街に繰り出したのだ。もっとも、待機日も、事件が起こらなければアパートに詰めてさえいれば良いから、休日のようなものなのだが。

 例外は見張りの日だ。これは最近加えられた仕事で、近場の森を見張る役割を与えられる。一日中座っているだけで非常に暇だと不評が出ている。翔子も正直、何から何を守っているか不透明なその日が苦手だった。


「それにしても、翔子はホワイトベリーの夏祭り、好きだね。三回ぐらい歌ってなかったっけ」


「あー……それは、持ち歌が少ないからで」


 一瞬、貴文と過ごした夏祭りの日が脳裏に蘇る。

 感傷ではない、と翔子は思う。持ち歌が少ないのは事実なのだ。実際、朝から夕方までをカラオケで三人で費やすには翔子のレパートリーは少なかった。

 この件についてこれ以上追求されると余計なことを喋ってしまいそうなので、翔子は澪に話題を逸らした。


「澪さんは歌のレパートリー凄いですよねえ」


「レパートリーは凄いけれど、知ってる曲全然なかった……あんた流行りの曲とかも覚えなさいよ」


「ある界隈では流行りの曲ばっかりなんだよ? 多分ね、理恵ちゃんと私のアンテナの範囲がこう見事にずれてるだけだと思うなー」


 それも追求するとまずい方向に話が行きそうだった。


「ふうん……酒屋ってまだ潰れてないよね」


 理恵が、呟くように言ったので、翔子は少し安堵した。


「潰れてないと思うよ。理恵ちゃんの発言は相変わらず容赦がないね」


「だってこんな場末の商店街で、今時どうやって経営してんのかね。趣味で開いてんのかな」


「常連客がいるんだよ、きっと」


「常連客だけでやっていけるー?」


「大手の取引先があるとか?」


 このままでは酒屋の悪口になってしまいそうだ。翔子は慌てて話の矛先を逸らした。


「理恵さん、酒屋さんに行ってどうするんですか?」


「いや、それがさー」


 理恵は気恥ずかしげに空に視線を向けた。


「私、最近ガバガバ木村さんとこのお酒飲んでるじゃない。用意するのも大変だと思うんだ。それに、訓練用のお酒も欲しいし」


「訓練用?」


 澪が、きょとんとした表情になる。


「少しでもお酒に強くなって、あのぶっきらぼうな男に飲み比べで勝たなくちゃね……」


 理恵の眼は決意に燃えている。


「仲が良いねえ」


 おっとりとした澪は、微笑んでいるが、翔子は冗談ではないと思う。


「これ以上飲んでたらアルコール中毒になっちゃいますよ。二人で日本酒三瓶以上ってかなり酷いペースですよ」


「けどあいつ、自分が勝てそうでも引いてドローだ、とか格好つける。そこがまた気に喰わないんだ。一回あいつに完勝して笑ってやらなきゃ気がすまない」


 澪と翔子は顔を合わせて苦笑するしかなかった。


「いつも気に喰わないんだ……あいつだけは……」


 理恵は、呟くように言った。

 小泉理恵と、彼女がぶっきらぼうな男と称する木崎零は、ある事件の被害者と加害者だ。

 小泉理恵の親は、悪人だったらしい。そこを、悪人退治に熱を入れていた木崎零と、その幼馴染に狙われた。木崎零は知らなかった。自分の幼馴染が、知らないところで悪人を殺していたことを。そうして、理恵の父親も殺害された。

 結果的に、それに加担してしまったということで、木崎零は小泉理恵の仇となった。

 本人が知らなかったとはいえ、納得できることではないだろう、と翔子は思う。


 一時期に比べれば、関係は改善された。

 殺しあうこともなくなったし、近くの席に座ることも嫌味を言いつつも厭わなくなったし、一緒に飲み比べをしているような姿も見るようにもなった。

 けれども、彼女にとってそれは、割り切れることではないのだろう。


 どうしてこのような奇妙な因縁を持つ二人が、同じアパートに振り分けられたのだろう。

 気になって、管理人の木村直樹にある日訊いてみた翔子だった。

 場所は、彼の住む管理人室だ。古書が並び、いつも紅茶の匂いが漂っている。

 その日も、翔子は直樹に紅茶を出してもらったのだった。


 直樹は、枯れ木のような外見をした男だ。冬服になってもその体の細いラインは隠し切れない。その体に、彼は怪力を持ち合わせているのだが。

 召喚獣の第二形態、召喚獣との一体化による爆発的な身体能力の向上、それが彼の怪力の秘密なのだと最近知った翔子だった。


「それは、物理的に部屋が空いてなかったって事情もあるし……燕くんの彼に対する最大の嫌がらせかな」


 桜井燕といえば、零の直属の先輩だった相手だ。


「木崎くん、桜井さんに嫌われているんですか? っていうか、そんな権限があるんですね」


「桜井家といえば我々の所属している詠月の中でも重きも重きだからね。その当主ともなればなんにでも口を出せる。実際彼女はその権限で、色々な事件に介入していたはずだよ」


「……桜井さんって、私とそう歳が変わらないのに、えらーい人なんですね」


 翔子のメンタルテストの質問役として現れたり、自分の遊びのためにアパートの住人全員に高価なゲーム機本体を振る舞ったりしていたことから、それなりに権限を持つ人なのだとは思っていたが、思ったよりも偉い人だったらしい。

 メンタルテストはもう一度あるかもしれないという話だから、今度会ったら緊張してしまいそうだな、と翔子は思う。


「それと、彼女が零くんを嫌っているか、という話だったね」


「はい」


 直樹は、珍しく複雑な表情になった。


「彼女は嫌いなんだよ。召喚獣で、弱者を殺す人間がね」


「けど、木崎くんは何も知らなかった。そうなんじゃないんですか?」


「仕方がないことなんだよ。彼女は……その、妹さんを召喚術師に殺されているからね。まだ、小学生だったそうだ」


 翔子は言葉を失ってしまった。それは確かに、召喚術で弱者を殺す人間を嫌悪する気持ちもわかる。

 けれども、こんな言葉も思い出す。

 マーダーというなら、桜井燕こそがそれに相応しい。

 詠月本部で語られたあの言葉の意味は、一体何だったのだろうか。


「まあ、色々込み入った事情があるということだよ。この業種には。その中で、君には、憎悪する者ではなく純粋に守る者であってほしいと僕は思うな」


「……どうなんでしょう。私も、人を憎悪する日が来るんでしょうか」


 翔子は、今の仕事にやりがいを感じている。人を守るこの仕事が大好きだと思っている。だから、憎悪と言われても今一つしっくりとこない。


「長く続ければわかるよ。汚れに触れていくのがこの仕事だ。そしてある時気がつく。自分の手もすっかり汚れに染まっている、と」


 それは、酷く実感の篭った言葉のように聞こえた。


「……まあ、君にはまだ早い話だったかな。明るい話でもしようか」


 直樹は、いつもの微笑みを顔に浮かべて、話題を変えたのだった。

 それきり、理恵や燕の件に関しては触れづらくて、詳しくは聞きそびれてしまった。

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