海に行こうよ2 初仕事の終了
次回、学校の七不思議
海の上で、緊急作戦会議が開かれた。
「その怪物は、溺れさせるだけで殺しはしなかったんだね?」
直樹が、確認を取るように言う。
「ええ。子供は無事開放されました」
「愉快犯だな。犯行がエスカレートする可能性は否めない」
「どうするんです? 我々では、そんな巨大な海の敵に対応できませんよ。ランスローも、水中では動作が鈍ります。致命傷を与えられるかも怪しい。試してみますか?」
「試すのは駄目だ。失敗したら敵は我々を警戒して召喚獣を引っ込めるだろう。チャンスは一度しかない。理恵くん、君のあの巨大な空間に閉じ込める能力、あれは使えないんだったね?」
「溜めが必要ですし、大きな範囲を巻き込んでしまいます。何より、召喚獣に窒息死なんてないでしょうし、相手に引っ込められるだけだと思います」
「空間を繋ぐ能力も同様か」
理恵は、空間を作り出す召喚獣を持っている。それは、遠く離れた距離を無にする新たなルートを作り出すことも出来るし、新たに作った空間に敵を閉じ込めて窒息死させることも出来る。
「あれは、自ら飛び込む必要がありますし、直線上にしか出ることが出来ません。誘い込めたとしても、精々敵の召喚獣を移動させるだけになるかと」
「桜舞では決定打に欠けます」
翔子も、口を開く。
「あんな巨大な物体に、桜舞が数枚突き刺さろうと、致命傷には程遠いかと」
「つまるところ、我々には必要なわけだ。髑髏丸のあの巨大な剣が」
理恵が、面白くなさ気に眉間に皺をよせる。
「髑髏丸も水中では動きが鈍るでしょう? 海を専門とする召喚獣なんて捉えられませんよ」
「確かに、その通りだ。翔子くん、怪物の進行ルートはどうかね?」
「一定のルートを悠々と泳いでいます。海にいる人を、桜舞で避難させますか?」
「いや、一定のルートを泳いでいるなら良い。それなら、作戦も立てられるし、迅速に解決できる」
「作戦?」
理恵が怪訝そうな表情で言う。
「ああ、こんな作戦で行こうかと思っているんだ」
全てを聞いた時、理恵は人の悪い笑みを浮かべた。
「それは、とても良いですね」
「ただし、人命優先だ。溺れ死にそうな人が出たら、桜舞をぶつけてくれ」
「わかりました。上手くいくかは運次第ですね」
「ああ、そうだ」
翔子は、手に汗を握っている自分を感じていた。
今まで、この仕事を舐めていたかもしれない。自らの命を危険に晒す職業。そして、人の命を助ける大事な職業。それを、翔子は改めて実感していた。
心音が早鐘のように鳴っている。
作戦の続行に向けて、翔子達は怪物の進行ルートへと移動した。
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怪物が悠々と近づいてくる。それを、桜舞を通じて翔子は見ていた。
「近づいてきます。三十メートル、二十五メートル、二十メートル」
「じゃあ、作戦通りに行こう。今回の作戦の肝は桜舞だ。全ては君にかかっていると言っても良い」
「……緊張します」
「特訓の成果を出せば良いだけよ」
砂浜を背にした理恵は、穏やかな口調で言った。しかし、その手が強く握りしめられていることを翔子は知っていた。
翔子は、静かに頷いてみせた。
覚悟は、決まった。
桜舞を最大限界枚数まで展開させる。そしてその大半で、海中にガードレールを作った。怪物は戸惑いながらも、それに沿った道を進んで行く。
その先にある足を見て、怪物は口を開けた。
「怪物、ルート通りに進みました!」
言いながら、桜舞の残りを、直樹の頭上に展開させる。直樹は両手でそれを押すと、向かってきた怪物の脳天へ向かって勢い良く屈伸運動のように両足を伸ばしてぶつかった。
怪物が一時静止する。その瞬間こそが、最初で最後のチャンスだった。
「行くよ、翔子!」
「はい、理恵さん!」
理恵のランスローが現れ、作り出した空間の入り口となる黒い円を海中に出現させる。
それは、別の場所へと怪物を移動させるための空間なのだ。
翔子は、桜舞の全てを総動員し、静止した怪物を黒い円の中へと運びこんだ。
「やった!」
思わず声が出た。
「やったね」
理恵も、興奮した調子で言う。
「見事な連携だった」
直樹もしみじみとした表情で頷く。
遠くで男の悲鳴が聞こえた。
「さて、後は結果を御覧じろと言ったところか」
「……大丈夫ですかね」
理恵が胡散臭げに言う。
「大丈夫さ。彼は日々鍛錬を怠っていない。こういう時に、それは技となって現れる」
「戻りましょうか。砂浜へ」
理恵はやや不安げな口調でそう言うと、先頭を泳ぎ始めた。
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砂浜で翔子達を待っていたのは、ずぶ濡れになった零だった。
「首尾はどうだい」
直樹が、少し緊張した口調で訊く。
零は直樹から視線を逸らして、溜息混じりに言った。
「どうもこうもないですよ。砂浜でくつろいでたら、いきなり海水と大量の桜の花びらと巨大な鮫みたいな召喚獣が突っ込んできた」
「で、召喚獣はどうした?」
「三枚におろしてやりましたよ。今頃"キー"も木っ端微塵になって、再起不能でしょう。あと、アクセサリーの破片を持ってこそこそ砂浜から逃げ出そうとしている奴がいたから、そいつもひっ捕らえときました。車の中です」
「流石だね、零くん。君は、僕の期待を裏切らないな」
「仕事ですから」
淡々と零は言う。
理恵が、零の前に立った。
翔子は、二人の関係を知っているだけに、冷や汗が流れるのを感じた。
「……怪物の頭突きでもくらって伸びてれば笑ってあげたのに」
理恵が零に向ける視線は、相変わらず冷たい。零は、気まずげな表情でそれに応えた。
「ありがとう」
予想外の一言に、翔子だけでなく、理恵も驚いたようだった。
零は、淡々とした口調で言葉を続ける。
「もしも眼前に怪物が突然現れたら、俺でも対処に困っていた。しかし、遠過ぎたらそれはそれで敵に逃げる隙を与えていた。適切な距離に敵は現れた。あんたの手腕だ」
理恵は、腕を組むと、気まずげに零から視線を逸らした。
「たまたまよ。たまたま。私は、私の仕事をしただけ。あんたは、あんたの仕事をしただけ。それだけでしょう?」
零は薄っすらとした笑みを顔にうかべて、俯いた。
「ああ、そうだな。お互い、仕事をしただけだ」
そこには、ここに来たばかりの時のような、刺々しい空気はなかった。
浜風が、二人の間を爽やかに駆け抜けていった。
「それじゃあどうだい。今度は零くんと翔子くんも混ぜてビーチボール遊びでも」
直樹が笑顔で提案する。
「帰ります」
「帰りましょう」
零と理恵は、同じような無表情で、同じような口調で、それを断った。
帰りの車で、翔子は興奮を隠しきれずにいた。
零が隣りにいる気まずさも、興奮の前には霞むばかりだった。
「凄い仕事ですよね」
「凄い仕事?」
零が、無感情に問い返す。
「だって、私達、沢山の人を危機から救ったんですよ。やりがいがあるって言うか、ともかく凄い仕事です」
「そうだな。凄い仕事だ」
零は、苦笑したようだった。
それは、彼が翔子に見せた珍しい笑顔でもあった。
「それも、君の日々の鍛錬があったからだよ」
運転をしながら、直樹が言う。
「アパートに来たばかりの頃、君はあこまで桜舞を展開出来なかったはずだ。それが、今は出来るようになった。日々の修練が、着実に君を成長させているんだよ」
「言われてみれば、確かにそうですね」
「今日は訓練も休みだ。じっくり骨休みをすると良い。大人組にはお酒も買ってある。慰労会と行こうじゃないか」
「あのー。私は残念ながら断らせていただこうかと」
理恵が申し訳なさ気に言う。
「そうかい? 零くんと飲み比べをしたらどちらが強いか見てみたいと思ったが。逃げるのかい?」
「……参加します」
理恵は低い声でそう言った。
(案外この人、ノリやすいのかなあ)
いや、ノセた直樹がやり手と言うべきなのだろうか。翔子は少しばかりそんなことを考えこんだ。
「俺、参加するとは言ってないけど……」
「逃げるの?」
理恵が、からかうように言う。
「参加しましょうよ」
「後輩の初仕事の慰労会だよ。これも仕事のうちと考えるべきじゃないかな」
零は、困ったような表情で翔子を見た。翔子は、笑顔でそれに応じる。彼は視線を窓の外に逸らすと、呟くように言った。
「……わかりましたよ。少しだけですよ」
そう言った零の声は、少し疲れているようだった。
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「中々やるわね……」
理恵は眼が座っている。
「そっちこそ」
零は淡々と言う。
直樹の部屋が、酒の匂いで充満している。
二人は無言で、コップを直樹の方に差し出した。
直樹は苦笑顔で、一升瓶から酒をコップに注いでいく。
理恵は注がれたそれを、一気に飲み干した。
零は二度三度にわけながら、それを飲み干した。
そして、二人はまた同時にコップを直樹の方に差し出す。
繰り返しだ。
オレンジジュースを飲んでいる翔子は、呆れるような思いでそれを眺めていた。
もう、一升瓶が三本空になっている。
「あのう、急性アルコール中毒って言葉も世の中にはありますが……」
「序の口だよ、こんなの」
零が、淡々とした口調で言う。
「言ったわね。後悔するわよ」
理恵が、疎ましげに零を見つめて言う。
「ちょっと休憩を挟もうか」
直樹が言うと、零は両手を後ろにやって体重を預け、理恵は壁に背を預けて天を仰いだ。
二人とも、限界のように翔子には思える。
「翔子くんはオレンジジュースで悪いね」
「いえいえ、私はこっちのほうがあってますから」
「大人になったら一緒に飲もうね」
「ええ……」
頷きつつも、目の前の二人の醜態を見ていると、そんな気も失せてくる翔子だった。
「ねえ、あんた」
理恵が、ぼやくように言う。
「俺か」
「あんた以外なら、名前で呼ぶわよ」
「そりゃそうだ」
いつになく、二人の会話が流暢に繋がっている。これも酒の力なのだろうか。翔子は感心した。
「自分は悪く無いって、言えば良いんじゃないの?」
理恵の言葉に、零は一瞬言葉を失ったようだった。
「あんた、何も知らなかったんでしょう?」
しばしの沈黙が、部屋を包んだ。
「俺は、友人の暴走を止められなかった。気がつけなかった」
懺悔するように、零が口を開いた。
「その結果、沢山の人を死に追いやったし、その友人も失った」
「そう。だから、自分が悪い、と?」
「……それに、俺は悪く無いって言ったって、どうせお前は納得しないだろう」
理恵はそう言われて、鼻で笑った。
「そりゃそうね。納得できる話じゃないわ」
「だから、これで良いんだ。お前の怒りは、正当なものだ」
「……これだから嫌なのよ。あんたは。いつも……私を惑わせる……」
理恵の頭がその時、大きく船を漕いだ。そのまま理恵は、ずり下がっていくようにして地面に倒れ伏した。
「引き分けってことにしとくか」
そう言って零はコップを置いて立ち上がるが、その足取りはふらついている。
「部屋まで送りましょうか?」
翔子は、そう言って腰を浮かせる。それを、零は手で制した。
「いや、良い。そこまで飲まれてない」
そう言いつつも、零は台所に繋がる出入り口に肩をぶつけている。
翔子は慌てて、彼の肩を支えた。
二人して、夕暮れ時の涼やかな風が吹く廊下を歩いて行く。
「……初仕事の感想は、どうだ」
訓練以外のことで零から話しかけられるのは珍しい。翔子は、僅かに緊張した。
「仲間の知らない一面も、仕事の意義も知れて、大満足、かな?」
「そうか。良いことだ」
そう言って、零はまたふらつく。
「今日、お前は海にいる沢山の人を救った。それは、誇って良い」
「仲間がいたからです」
「けれども、お前が作戦の要だった。それは否定しようがないことだ」
「はい」
褒められて、思わず声が弾んだ。
酒のせいか、零は饒舌になっているようだった。
「このぐらいで満足して、一般人に戻る気はないか」
「……当分はないですね」
「そうか……」
「私、能力がまだまだ不足ですか?」
「そういう話じゃないんだよな。そういう話じゃ」
それきり、零は黙りこんでしまった。
その時、零の部屋が見えてきた。
「ここからは、一人で行ける」
「はい」
そう言って、零は翔子から離れる。
「明日からの訓練も頑張ります!」
翔子は、宣言するように零にそう言っていた。
零はしばし考えこむように頭上を眺めていたが、そのうち溜息一つ吐くと、苦笑いを浮かべた。
「ああ、頑張ってくれ」
そう言うと、零は部屋へ向かってふらつく足取りで入って行った。
鍵も閉めず、台所で倒れている零が発見されたのは翌日のことだった。大人になっても付き合い以外で酒を呑むのはやめようと決意した翔子だった。




