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零の世界  作者: 熊出
ゼロの世界
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プロローグ1 -対銀行強盗

週一ペースぐらいで更新できれば良いなと思います。

よろしければお付き合いください。

 自分は、選ばれた人間のはずだった。

 特別な才能に恵まれて、一般人には考えられない領域に足を踏み入れる人生を送るはずだった。そうと確信して、数日しか経っていない。

 だというのに何故だろう。今の自分は追い詰められている。佐久間学は親指の爪を噛んでいた。


 場所は銀行のロビーだ。待合席の後ろ、壁の付近には十人前後の客と、銀行員達が怯えた表情で座っている。

 学は受付に背を預けながら、銃を片手に親指の爪を噛み続けている。頭に被ったフェイスマスクは、目と口と鼻の部分だけが開けており、少々蒸し暑い。

 店のシャッターは閉まっているが、その外には大勢の警官がいるのだろう。こうなると、人質の多いこの内部に居たほうが安全な気すらして、学は身動きが取れずにいる。


 学は、銀行強盗を行っている真っ最中だった。腕の中には、札束の入った鞄が抱きしめられている。

 そもそも、出だしからして学は躓いていたのだ。

 逃げようとした一人の客に放った学の才能。それを受けた彼女は、倒れて泡を吹き、痙攣し始めた。顔は苦痛に歪み、もがき苦しむその姿は、地面に落ちて今にも死にそうな虫を連想させた。それを見て動揺し、本来予定していた行動が取れなくなったのが学を追い込んだ原因だった。


 彼女は、他の客を使って店の外に出させた。

 今頃は病院で治療を受けているはずだろう。そうと願っている学が居た。


「他の奴なんてどうなろうと知ったことじゃないじゃねえかよ」


 声がした。洞窟の中で反響したような独特の性質を持った声だった。


「お前はその才能で群がる人間を散らして逃げれば良かったんだよ。それがそもそもの計画だったはずだ」


(五月蝿い……!)


 学は心の中で呟く。

 それだけでこの相手には通じるのだ。


「これはお前の本心でもあるんだぜ。俺はお前の心の映し身。お前の思っていることしか口には出さない」


(五月蝿い、五月蝿い、五月蝿い!)


「これじゃあ、あの人にも顔向けできねえなあ。あの人の言っていた、奴らに確保されるのがオチだぜ」


 奴ら。その言葉が、一瞬で学の心を不安で満たさせた。元々心の片隅にあった不安。それが気球のバルーンのように膨れ上がったのだった。

 あの人の言葉を思い出す。

 出会いは、狭い路地裏だった。


「佐久間学くん、君には見ての通り、才能が隠れていたようだ」


「これが才能……って奴なのか?」


「そうだよ、才能だ。他者を踏みにじる権利だ。君がどんな人生を送ってきたかはわからない。けれどもこれから、君の人生は薔薇色になるだろう」


 学は、その言葉を素直に受け止めていた。確かにそれが真実だと思わせるだけの現象を、学は目の当たりにしていた。


「けれども気をつけるが良い。世の中には人が平等でなくてはならないと考える集団がいる。奴らに見つかれば、君は危険因子と判断され、とたんにその才能を奪われるだろう」


「彼ら……?」


「"キー"を大事にすることだ。奴らは"キー"を奪いに来る」


 言われて、学は自分の腕に巻いた銀のアクセサリーに目をやった。これを巻いてから、学の特異な才能は目覚めたのだ。


「奴らの目をかいくぐって自分の才能を有効活用する。これから君は同志だ。仲良くやろうじゃないか」


 そう言って、男は笑ったのだった。それは、有無を言わせぬような、迫力のある笑顔でもあった。

 学は過去を振り返るのをやめて、ポケットに入れた銀のアクセサリーに手をやった。

 奴らは"キー"を奪いに来る。それを奪われて、元の冴えない人生に戻るのは嫌だった。

 脱出しなければならない。なんとしても。


 銀行の電話が鳴った。学は掌をかざす。すると、緑色の腕が空中に生えて、電話を学の元まで移動させた。

 人質達はそれを唖然とした表情で眺める。小さく悲鳴が上がりもした。彼らには、緑色の腕が見えていないのだ。

 それが優越感を学に与え、少しの心の余裕を産んだ。


 警察からの電話だった。

 交渉させて欲しい、という旨の電話だった。


「……逃走用の車を用意しろ。そして、発進できるだけの道を作ってけして近寄るな」


 自然と、口から言葉が出てきた。

 頭が回転し始める。そもそもの計画では、人質の車を奪って逃げる予定だった。だが、警官に銀行の前を埋め尽くされているだろう現状では、駐車場まで移動して車を発進させることは困難だろう。

 警察側の返事が来るまで、しばし間があった。


「わかった。渋滞だから時間がかかるかもしれない。だが、やろう。人質の中に、毒ガスで苦しんでいる人はいないのか? いたら、店の外に連れ出して欲しい」


「いない。全員無事だよ。今のところはな。車が五分遅れるたびに一人ずつ見せしめにしても良いんだぜ」


 逃げる方法を考え出せた。その内容が杜撰か否かを考えるよりも早く、安堵感が胸に湧いて、学の口調を強気にさせた。


「わかった。急がせる。あと――」


 続きを聞くこともなく、学は受話器を元の場所に戻した。

 あとは待つだけだ。人質を一人連れて、車に乗り込み、逃走すれば良い。学は親指の爪を噛むのを、自然と止めていた。

 鼻歌でも歌いたいような良い気分だった。


「呑気すぎやしねえか。どうせ、発信機付きだったり、どこかで足止めされる車だぜ」


(人質を連れて行けば良い。このまま時間を費やすよりはよほど良い。発信機付きでも、目的地まで行けば仲間の車が待っている)


「へっ、呑気だな」


(仲間がなんとかしてくれる)


「その仲間は、今どうして助けに来てくれない?」


 この声が発する言葉の内容は、学のものであって学のものではない。けれども、学の本心でもあるのだ。

 学の親指が、口元に移動し始めた。


「すいません」


 突如あらぬ方向から声をかけられて、学は銃を構えてそちらを向いた。若い男の声だった。

 二階へ繋がる階段から、男が下りて来ていた。

 細身な男だった。顔立ちだけ見れば爽やかだが、口調と表情はぶっきらぼうで、ふてぶてしい性格を映しているかのようだった。


「二階へ行っていたんですけれども、今まで隠れてて」


「なんで、下りてこようって気になった」


「皆が心配で。それに、後から見つかったらなお怖いかな、と」


 こんな局面において、男は背筋をしっかりと伸ばして堂々と喋っている。それが学には憎らしく感じられる。それは、嫉妬に似た思いだった。


「わかった。人質達の中に入るが良い」


 そう言って、学は人質達を振り返ろうとした。


「待ってくれ」


 言われて、学は止まる。

 無駄口を叩くなと脅すように、銃口を男に向ける。彼の堂々とした態度を崩してやりたいような気持ちで心が満たされる。

 金の入った鞄を抱きしめて爪を噛んでいた自分と、銃に対しても怯えた様子を見えないこの男。どちらが堂々としているだろう。


「所詮、二階に隠れてた男だぜ。情けない奴だ」


 学の映し身の声がする。


(そうだ。こいつは所詮怯えて隠れてた奴だ。この、俺に)


「何がしたい? 待てとはどういう意味だ」


 学の問いに、男はしばし黙りこんで、どこかぼんやりとした表情で銃口を眺めていた。いや、銃口というよりも、引き金にかけられた学の指だろうか。


「何がしたい。用があるならさっさと言え!」


 学の中で苛立ちが募り、声を荒げさせた。

 男は、対象的に微笑んだ。


「いや、もう良い。お前は、詰んだ」


「ん?」


 意表を突かれるとはこのことだった。男のいう言葉の意味がわからず、戸惑いながら学は振り返る。

 すると、白銀の輝きが見えた。それは、白い鱗が蛍光灯の光を反射して生まれた輝きだ。

 白銀の竜が、学に向かって突進しているのが見えた。

 その頭は天井を擦らんばかりで、人の体ほどもある羽は受付用紙やパンフレットを周囲に散らしている。


 喉から自然と込み上がってきた悲鳴が、周囲に響き渡った。次いで、銃の発砲音が周囲に轟く。後から、自分が発砲したのだという実感が湧いてくる。しかし、銃弾は竜の鱗に押し返されて、虚しく地面に落ちただけだった。


 白竜の大きな口が、学を捉えかけた。そこに、緑色の腕が現れて、学の体を空中へと引き上げた。白竜の口は虚しく空を切る。

 その時、学は体全体を握られるのを感じた。首から上だけで必死に振り返ると、自分が禍々しい存在に体を掴まれていることを自覚できた。


 それは、目のあるはずの位置に眼球も何もなかった。体を覆う肉も何もなかった。甲冑を着た骸骨だった。上半身だけの、それでも三メートルはあるその巨躯は、天井にぶつからないように猫背になっている。それが、骨だけの腕で学の体を掴んでいる。

 骸骨の周辺には巨大な剣が何本も生え、それは人の肉体をも軽々と両断しそうだった。

 まるで地獄の門番がこの世に現れたかのようだった。

 それが、死の象徴であるかのように思えて、学は思考が完全に止まった。


「奴らは"キー"を奪いにくる」


 あの人の声が脳裏に蘇る。

 そうだ、相手は自分と同じ才能を持つ能力者に違いない。ならば自分の才能で対抗できるはず。そう考え、学は彼を呼び出すことにした。

 空中に生えていた緑色の腕から先が現れる。それは、腕が生えた巨大なとかげの姿となった。

 その口が大きく息を吸い込み、毒の霧を吐こうとする。

 吐かれたそれを吸い込んだせいで、痙攣して倒れた女性が脳裏に思い浮かんで胸が痛んだが、追い詰められた今となっては他にどうしようもない。


「地面に叩き落とせ、髑髏丸」


 男の声がする。

 とたんに、学の視界は激しく揺れて、体が地面に叩き落とされた。

 骸骨の動きは迅速だった。

 学を叩き落とした直後、地面に生えた剣を二本引きぬいて、ハサミのように交差させて学の首へと突きつけた。


 これでは、身動きがとれない。逃げようもない。絶望感が学の心を占める。

 それを、髑髏の、無感情な目の穴が見つめている。そこからは、今にも吸い込まれそうな闇が見えた。

 竜の足が、学の体を固定した。


「さあて、どこかしら」


 上機嫌な女の声がする。

 足音がして、声の主が近づいてくるのがわかった。

 女は、学の首と耳に視線を向ける。そして次に腕を取ると、手首から先をしげしげと観察した。

 そして、ついにポケットへと手を伸ばした。


「やめ……」


 やめろ、と口にする間もなかった。銀のブレスレットが、学のポケットから奪い取られていた。

 蛍光灯の光を浴びて、それは生きているかのように輝いていた。


「これね。これが貴方の"キー"で間違いないみたい。とかげちゃんも消えちゃったし」


 "キー"が奪い取られた。才能が奪われてしまった。絶望感が学を満たした。この後、自分を待つのは刑務所で過ごす暗い毎日だろう。

 "キー"がなければ、学は何も出来ない。毒を作り出すことはもちろん、あの緑のとかげ、自分の映し身を呼び出すことも出来ない。"キー"を媒介にして学は彼を呼び出していたのだから。


「さて、貴方には日常に戻ってもらいましょうかね」


 遠くでざわめきが聞こえる。

 視界が暗転したかと思うと、そのざわめきが近くに感じられた。


 学は気が付くと、複数の男に取り押さえられていた。

 手にあったはずの銃と鞄は、遠くに落ちている。

 学は頭がぼんやりとしていた。何故自分がこうなったのか、咄嗟に思い出せなかった。

 不思議なことに、学を取り押さえている男達も同じことを考え込んでいるような表情をしていた。

 そうだ、自分は銀行強盗に入って、間抜けにも客達に取り押さえられてしまったのだ。


 学の目から涙が零れた。


「刑務所が怖くて、泣いているのか」


 学を取り押さえている男の一人が、戸惑うように言う。


「いや、何か大事なものを失った気がして、悲しいんだ……」


 自分には何か重大な才能があった気がする。けれども、それがなんだったのか何故か思い出せない。

 自分を叱咤してくれる存在が居た気がする。けれども、そんな存在は周囲を探しても見つけようがない。

 多大な喪失感に満たされて、学は涙を流し続けた。



++++++++++++++++



「良いのですか? 助ける余裕はあったはずですが」


 眩い陽射しが地面を照らしている。

 それから隠れるような路地裏から、二人の男が銀行を眺めていた。

 銀行の前にはパトカーが並び、警官達が列を成している。

 しかし、不思議なことにマスコミの姿は少しも見当たらない。


「人を傷つける覚悟のない奴は、いざという時に足を引っ張る。覚悟のない奴はいてもマイナスにしかならない。それで僕は痛い目を見ている」


 良い同志になれると思ったんだが。男は、ぼやくようにそう付け足した。


「失敗したわりには機嫌が良さそうですね」


 敬語の男の問いに、もう一人の男は苦笑いで返した。


「いやね、旧友が元気でいるのがわかって、少し気分が良い」


「……失敗したんだから、悔しがってほしいものですね」


「そう言うなよ。木崎零と髑髏丸。僕にとっては懐かしい存在だ」


「……脅威となるかもしれませんよ?」


「確かに髑髏丸は攻防一体の強力な召喚獣だ。しかし、奴を倒せるクラスの仲間はいるさ」


「まあ、確かにそうではありますが」


「ま、今は管理人ヅラさせてやろうじゃないか。奴らに。平和のさ」


「貴方がそう言うのなら、私は従うまでですよ」


 敬語の男は、やや呆れたようにそう言ったのだった。



++++++++++++++++


 ヘリコプターのローター音が鳴っている。

 ヘリコプターの座席で、桜井燕は考えこむような表情で黙り込んでいた。

 まだ若い女性だ。長い髪は絹のようで、白い肌と相まって人形のような雰囲気を彼女に与えている。


「どうしたんですか、燕さん」


 隣りに座っている少女が不安げに訊くからか、燕は表情を和らげて返事をした。


「いやね、ちょっと見られていたような気がしたのよ。周辺に、誰かいたのかもしれない」


「誰か……? なら、周辺を見回らなくて良かったのですか?」


「纏ちゃんの召喚獣はレアだからね。危険に晒すわけにはいかないでしょう」


「そう気を使ってもらわなくても……」


 少女は恐縮したように身を小さくする。


「人の記憶を書き換える召喚獣。悪人が使うなら凶悪だけれど、纒ちゃんのような善人が扱ってくれて幸いだわ」


「召喚術師には効き辛いのが難点ですけれどね」


「元々、召喚術師には精神干渉系の能力は効きづらいのよ。"キー"さえ奪い取って一般人にしてしまえば効き目はあるけれど」


「そうなんですよね、不便です」


「そう万能でも困るわよ。脅威と認識されたらされたで身が危ういのよ」


 燕は苦笑して答える。そして揶揄するように続けた。


「それは貴方が身を持って知っていることでしょう? マーダー」


 座席の隅で頬杖をついていた木崎零は、その言葉に反応する。マーダーという蔑称が自分を指すものだと自覚していたからだ。

 そしてそれに憤ることもない。それが自分に相応しいと自覚しているからだ。


「俺達の組織……詠月に脅威と認識されたら監禁状態に置かれる。最悪殺されることもやむない」


「それは怖いですね」


 少女が、身震いする。


「だから、精神干渉が能力者に効くと思っても黙っておくことね。私達の能力は何かの弾みで進化することがあるから」


「肝に命じておきます」


 それきり、燕は零に話しかけることをやめた。

 もしも、と零は思う。

 もしも燕に褒められることがあれば、それはきっと幸福なことだろう、と。

 けれども、それは望めぬ願いなのだ。

 木崎零、甲冑を着た上半身だけの骸骨の姿をした髑髏丸の召喚術師。桜井燕、白銀の竜の姿をした白翼の召喚術師。

 互いに、詠月という組織に所属する召喚術師でありながらも、その間には深い溝があった。


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