学校の怪談
梅桃さくらの闇の世界に、ようこそ。
ショートホラーの連作、第6回となります。
「ねーねー、知ってる?午前0時に踊り場の鏡を覗くと黒いマントを着た死神が見えるって。」
「あー知ってる!音楽室のグランドピアノにもさぁ・・」
「そうそう、運動場をすごい速さで走る・・・」
夏休み。登校日。
暇な私たちはくだらない噂話に花を咲かせている。
「どうせだったら、一個くらい確認してみない?」
エリが言う。
エリはいつも無責任だ。
「嫌だよ。暑いし。」
シンジが速攻で切り捨てる。
これもいつもの光景。
「だよね。」
無責任なエリも、もう興味なくなったように、次の話をし始める。
私とシンジはそっと目配せをしあった。
「しっかし、エリって妙に勘の鋭いところあるよなぁ。」
シンジが音楽室の椅子をがたがた揺らしながら、私の髪をサラサラ撫でている。
「本当よ。この1週間は私たちの大事な時間だっていうのに
エリのくだらない好奇心につき合わされたんじゃあねぇ。」
私はシンジの唇にそっと指を這わせる。
2人きりの深夜の逢瀬は、1週間限定。
この期間は管理人さんもお盆休みを取る。
誰もいない校舎の中、私たちは心行くまで2人きりになれる。
それを1日でも邪魔されるのはごめん。
シンジと唇を合わせようとした瞬間。
聞こえる。
音。
「なに?いまの・・」
金属を爪でひっかくような甲高い音。
背筋がゾワゾワする。
「ねずみじゃね?」
そういうシンジの顔も少し青白い。
「・・・帰ろっか。」
時刻はもう少しで0時を刺す。
昼間の会話が蘇って、踊り場を午前0時になる前に通り過ぎたいと思った。
「えっ!まじ?大丈夫だって。なに、ビビッてんの?」
シンジが抗議の声を上げるが、私は廊下に面した窓から目を離せずにいた。
「だって・・・・何か怖いもん。」
窓には外からの月明かりが差し込んで、ぼんやりと影が映っている。
私とシンジ。
後は誰?
「帰ろうよ。」
私はシンジを促す。
本当は怖かったのだろう。
シンジも今度は素直に頷く。
2人でそっと音楽室を出ると、
自然と足音を立てないように、廊下を歩きだした。
誰にも見つからないよう。
誰にも。
誰にもって、ダレに?
先生?生徒?それとも・・・・
その時、後ろでドアのあく音がした。
私たちが今までいた音楽室から。
思わず私とシンジは足を止め、ゆっくりと後ろを振り返る。
そこには髪と両手をだらんと前にたらした、誰かがいた。
窓からの月明かりだけでは、顔までは分からない。
でも女だということは分かった。
私と同じ制服のシルエット。
かろうじてそれだけ見えた。
「うわぁぁぁぁぁ!!!!」
シンジが叫んで走り出す。
「まって!!!」
私も夢中でシンジを追った。
音楽室は3階の一番東にある。
最も近い階段は、踊り場に大きな姿見のある、午前0時に死神が出るという、あの階段。
そこを通るのは嫌だ。
ちらっとその思いがかすめたが、そのままもう一つの階段まで走る勇気はなかった。
あの得体のしれないモノと、同じ廊下に一分一秒一緒にいたくない。
「待って!」
もう一度シンジに呼びかけた時、シンジが階段からふわっと飛び立った。
違う。
体が一瞬宙に舞って、落ちたのだ。
「シンジ!」
私はシンジに駆け寄った。
シンジは鏡の前に倒れていた。
呼びかけても返事はない。
抱き寄せると、ぬるっとした感触があった。
血だ。
私は夢中で呼びかける。
「シンジ!シンジ!」
シンジは一向に目を開けない。
その時。
午前0時を示す鐘がなる。
どこから?
学校に時報を告げる時計はないはずなのに。
一体、どこから?
私の眼は音の出どころを探った。
そして、ついに音が鏡から出ているのに気が付く。
カーン、カーン。
古い教会の鐘の音のよう。
鐘が12回なり終わったと同時、ゆっくり大きな影が鏡に映った。
「しにがみ・・・」
私は小さくつぶやく。
そこには髪を振り乱し、手を真っ赤に染めた女が映っていた。
あの女が。
音楽室にいたあの女が。
追いつかれた。
私は思わず目をつぶった。
「またですか。」
管理人さんは気の毒そうに眉をしかめる。
踊り場の鏡の前、女生徒が手を血まみれにしながら鏡を叩いている。
「すみません。」
女生徒の父親が青い顔をして、頭を下げる。
「確かに忘れられないのは無理ないと思いますよ。
ここで自分の恋人が頭を打って死んでしまったんですから。」
管理人さんは女生徒の手のケガをタオルで押さえながら言う。
「でもねぇ。こう毎日では、こちらとしてもねぇ。
しかも、どんなに施錠しても侵入してくるんですからねぇ。」
「すみません。」
父親はまた頭を下げる。
女生徒は焦点の合わない目で鏡を見ている。
「死神が、しにがみが・・・ あの女が。しにがみが。血まみれの女が・・・」
彼女の瞳に映っているのは、髪を振り乱し、血まみれの手をこちらに向けてくる、
女。
彼女と同じ制服を着た、
女。
「ダレ?だれ?あなたは誰?」
彼女は鏡につぶやく。
「ねーねー、知ってる?一番東の階段の踊り場の鏡に午前0時になると死神が映るんだって。」
「そうそう、なんかねー、血まみれの女子生徒の霊も一緒に出るらしいよ」
「夏休みの1週間だけなんだってね。」
「怖いね~」
「うんうん、こわーい。」
「もう一つ、知ってる?」
「なにを?」
「学校の怪談って、一個だけ本当のことがあって、それを知っちゃうと、今度は自分がその怪談になっちゃうんだって。」
「なにそれ~」
「だから学校の怪談とか七不思議には絶対近づいたらだめなんだって。」
そういうとエリはニヤッと笑った。
学校の怪談、大好きです。
根拠のない噂話も、大好きです。
私はエリか。