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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

斜め読み推奨な短編集《スピンオフ含め》

小窓の光

作者: 夢雲まり

 15世紀 フランス


 王都から遥か離れた山間に、ルミネと呼ばれる小さな村があった。


 その村は名前の通りに、太陽の光が燦々と降り注ぎ、夜には月や星が光り眩く所。周りの山々は木々が生い茂り、その中を動物達が駆け回る。美しい川が流れ、通り抜ける風も清らかで、暮らす人々も穏やかで優しく、まさに、光り輝くような美しい村である。

 そんな村の集落から少し離れた丘に、アデールは暮らしていた。

 

 水路の側に立てられたその家は、大きくもないが小さくもない。アデールが生まれる何代も前からここで暮らしているため、家はかなり古くて所々に修復の後が大分見られるが、それもなんともいえない趣を作り出しているのが彼女はとても好きであった。

 家の中も実に味がある。

 壁は土壁で出来ており、崩れるたびに塗り直した後が残って所々色が違い、壁沿いに作られたレンガ造りの暖炉はこの家の規模に相応しくないほど立派なものであった。

 長年使い込まれたせいか、小まめに掃除しているというのに灰のせいで黒く煤けている。

 その暖炉の中には、驚くほど大きな黒い鍋が鎮座しており、一日中、何かしらを煮ている。

 部屋は2部屋。といっても、奥のほうに小さな寝室がひと部屋あり、あとは広い暖炉のある広間。そこも、殆どが棚と机に覆い尽くされている。

 ちなみに、辛うじて玄関付近にはお客様を座らせるテーブルと椅子。あとは、玄関と作業場を分けるためのカウンターの役割を果たしている長机が置かれている。


 家の殆どを占めている棚には、大小さまざまな瓶と壷が置かれていた。

 その中身は主に植物。世間一般的にハーブだとか薬草だとか言われている種類が保存できる状態で、分類して置いてある。

 そして、そんな植物の中に混じって動物が入っているものもある。主に蝙蝠や蛙や蛇や昆虫だ。

 生まれた頃から見慣れているアデールにとっては、材料にしか見えないのだが、家にやってくるお客達は一様にそれらを見ると顔を顰めるので、今では中が見えない壷や家の奥にしまうようにしていた。

 その棚の合間に置かれている机にはフラスコやランプ、天秤、擂鉢などの器具が常に清潔な状態で置かれている。


 アデールはこのルミネ村の薬師だ。

 先祖代々、この家で村の薬を一手に担っている。ちなみに、今現在は彼女しかいない。

 昔は、医者のような役目も担っていたが、今は村近くにある街のお医者様が往診に来るため、今では依頼された薬を調合するくらいしか仕事が無かった。

 それでも、毎日それなりに忙しく暮らしている。

 今日も、朝から早速薬を買いにお客様がやってきており、玄関近くの作業机でずっと調合をしていた。

 

 擂鉢に今朝裏庭から取ってきたハーブと、以前干しておいた薬草を組み合わせてすり潰していく。

 そんな作業をしている傍らでは、薬を買いにきた村娘3人が客用のテーブルに座っておしゃべりを興じていた。彼女達はアデールとほぼ同年代でよくこうして薬を買うついでにおしゃべりをするのが日課になっていた。


 アデールの耳には先ほどから彼女達の楽しげな会話が聞えてくる。

 女性とは総じて、噂話が好きな生き物だが、特に異性や恋愛に関するものは古今東西どこでも共通だ。彼女達も例外ではなく、得てしてアデールもそんな話を聞くのは嫌いではない。


 そんな年頃の娘ではあったが、アデールの見た目は娘らしからぬ物であった。

 茶色の豊かな髪は邪魔にならないように一本で結ばれ、深緑色の色気の無いドレスを身にまとい、まるで老婆のようだ。だが、よくよく視れば綺麗な顔立ちをしており、瞳も美しい瑠璃色。格好さえどうにかすれば村一番美しい娘なのにと言われている事に当の本人は気づいていない。

 今日もいつもと同じ老婆のような格好のまま作業の手を動かし、アデールは会話には入らないものの彼女達の会話を聞いていた。

 

「ねぇねぇ、聞いた? 今度、村に王都から公爵様がいらっしゃるんだって! なんでも、王様のご命令で各地を視察していらっしゃるらしいわ。でね、その公爵様ってのが、大変お若くて素敵な方なんですって!」

「それ、私も聞いたわ! この前来てた行商人の話だとまるで大天使ミカエル様みたいにお美しくて、逞しくて凛々しくてお綺麗な方なんですって!」


 彼女達の声は話すたびに興奮しているのが分かる。どうやら、今度村に視察にくる貴族の話のようだった。

 アデールは最後の仕上げとばかりに鉢を動かしながらも、大天使ミカエルと聞いて先日教会で見た絵を思い出していた。

 たしかに煌く金髪と逞しい肉体を持ち、人間離れした美しい顔をして背中には大きな白い翼を広げた実に人知を超えた姿だった。

 あんな人に例えられる公爵とはどんな人物なのだろうか。

 絵で見た姿を元に想像してみる。

 現実に目の前にいたら、それはさぞかし圧巻な光景だろう。一度、目にしてみたいと若い娘として正直に思った。

 が、そんな人物が実際目の前にいたら逆に恐い気もしてならないなと内心苦笑いしてしまうのもアデールらしかった。

 そんなことをアデールが考えている間も、彼女達の話は続いているようだった。

 どうやら、三人のうちの一人がその公爵の話を知らないようだった。


「へえ、そうなんだ。だから、皆なんかそわそわしてたのねぇ。それにしても、同じお貴族様でもあの領主様のダメ息子。ガスバールとは大違いねぇ」

「やだ! あんな男と一緒にしちゃだめよ」

「そうよ、月とスッポンにすらならないわ」


 そう言って、三人は可笑しそうに笑った。その傍らで、アデールも思わず薬を袋に詰めながら笑いをこらえる。

 ガスバールはこの村がある地方の領主、男爵の息子である。

 領主家族はこの村から馬で駆けて直ぐの所に屋敷を構えているため、領主やその家族も村でも馴染みのある顔ぶれであった。

 男爵は実に良い人で、どんな小さな村の話でも聞き入れてくれる領民に愛される理想の領主だ。

 だが、領地の管理は出来ても息子の育て方は間違ったというのはもっぱらの通り話である。


 その息子のガスバールは濃紺の髪に彫りの深い顔立ちで、太い眉をもち、猟で鍛えたと豪語する筋肉質な体で、見た目はまあまあ良いほうだろう。

 だが、その頭の中に入っているのは豆一粒だといわれるほどの残念な単細胞だ。ことある毎に騒ぎを起こしては、男爵が謝罪に回るというのはよく聞く話。

 しかも、どうしようもない自信家で自己中で自意識過剰で女好きという付属までついているので、適齢期だというのに婚約者が結婚を渋っているというもっぱらの噂である

 その上、つい先日そのガスパールからアデールは信じられない申し出を受けたのを思い出して、思わずまた笑いが込み上げて苦笑した。

 と、笑いあっていた娘の一人に見られたようだ。突然、何かを思い出したかのようにあっと声を上げた。


「そういえば聞いたわよアデール」


 そう言って、一人がニヤリとこちらを見てきた。その声に笑っていた他の二人も興味深げにこちらを見てくる。

 アデールは薬を袋に詰めながらも、恐らく言われる事は分っていたがわざと「何が?」と首を傾げてみせた。

 すると、さらにニヤリと笑った娘がからかう様に言った。


「とぼけても無駄よアデール。ガスバールに、この前・・・・・・口説かれたんだって?」

「「ええ!?」」


 からかう気満々の笑顔で言う娘に合わせて、他の2人も驚きながらもこちらを見た。その瞳は実に興味津々にきらきらと輝いている。

 その好奇心旺盛な可愛らしい様子に思わず苦笑する。ちょうどよく袋に薬を詰め終えたので長机に向かいながら、ご期待に沿うような答えを言ってみた。


「ええ、そうよ。妾になれですって。もちろん丁重にお断りしたわ」


 冗談のように肩を竦めて彼女達を見る。

 三人ともそのアデールの様子に笑いをこらえるような顔をした。そして、3人同時に


「「「ざまぁ、見ろね」」」


 そう言って、4人で顔を見合わせると途端に笑いが飛び出した。

 

 と、そんな何気ない、いつもと変わらない時間が流れている時であった。

 

 いきなり、家の扉が予告無く開きそれと同時に部屋の中に誰かが入ってきた。

 それも、一人ではない。見る限り十人以上もいる男達が部屋に入ってくる。

 突然の出来事に笑っていた4人の声は当然の如く止まった、三人娘達は部屋に入ってくる男達の只ならぬ様子に脅えたように動揺した顔をして、どうする事も出来ずに脅えたようにその場に身を寄せ合う。

 アデールはというと、幾分か冷静に中に入ってくる男達を見ていた。それでも、やはり若い娘だ。あまりの衝撃に、動揺から口から声が出てこない。

 と、そんなアデールの目の前に男達の中から一人、前に出てきた。そして、突然目の前に何かをばっと広げて見せる。


「ルミネ村、薬師アデール! お前に魔女の疑いがあるという知らせがあった! よって、魔女である容疑で逮捕する! 連れて行け!」


 男の言葉に一瞬反応できなかった。

 それでも、混乱する頭の中で必死に目の前に差し出された紙を見た。

 上等な羊皮紙だ。そこに逮捕状の文字が書いてあった。文章をみると男の言ったとおりに魔女の容疑にかけられたようだ。一番下には、この領地の裁判長のサインが書いてある。これが、正式な文章である何よりの証拠であった。


 やっと、事態が飲み込めてきてアデールは初めて目を大きく見開いた。

 すると、突然強く腕を掴まれる。

 痛みを感じて顔を顰めて横を見ると、カウンターの中に入ってきたのだろう。槍を持った二人の男がアデールの腕を掴んで拘束してきた。

 ここになって、ようやく男達の服装が領地を警護する兵士の格好である事に気が付いた。

 そう分っても、腕を引っ張られ無理やり外に連れ出されれば、真っ白になった頭では冷静な言葉が浮かばない。

 ただただ、わけも無く抵抗を試みていた事だけが救いか、それでも歳若い娘の力など兵士達は物ともしなかった。


「「「アデール!!!!」」」


 家から連れ出された後に、後ろから娘達の声だけが妙に耳に残った。






 ガシャンと目の前で無常にも扉が閉められる。

 今すぐ、その扉から逃げ出したい。

 私は違うと叫びだしたい。

 それでも、アデールはもう抵抗する気力すらそぎ落とされていた。  

 完全に扉が閉まるとあたりは暗闇に包まれ、足が凍るように冷たい。背中にあたる石壁もまるで氷であった。

 その冷たさを少しでも和らげようと、アデールは自然と足を抱きしめるように体を縮めた。

 

 足と手にはそれでも冷たさと重さが付きまとう。動かすたびにじゃらじゃらと耳障りな音が聞こえた。

 ふと、上のほうから光が独房の中に差し込んできた。辺りが薄ぼんやりと青白くほのかに明るくなる。 おそらく、壁の上に窓があったのだろう。僅かばかり明るくなった部屋の中で、アデールは自分の手に目をやった。


 細い手首に黒く重たい鉄枷がついている。その手も目を覆いたくなる位に切り傷があり、固まった血が黒くなって固まっていた。

 その手を眺めていると不意に冷たさとは違う、寒気が襲ってきた。そして、体中にヒリヒリとした痛みが再び襲ってくる。

 それを実感すると、先ほどまでの事が現実だったのだとふいに思い知らされた。

 アデールは今更になって震えだす体をぎゅっと抱きしめた。

 

 家から連れ出された後、アデールは抵抗も虚しく手と足に鉄枷を付けられて馬車に押し込められた。

 連れてこられたのは村から少し離れた所にはある、牢獄の館だった。

 そこは、罪人を役人が引き取りにくるまで一時的に収容する施設であったが、このルミネ村では殆ど使われた事もなく、連れてこられるまで村で生まれ育ったアデールもこんな場所があったのかと思うほどであった。

 館の中に入れられると、アデールはいきなり問答無用でドレスを脱がされた。

 数人の男に取り押さえられ、抵抗するも無理やり結い上げていた髪を解かれドレスを脱がされる。そうして、裸にされてからジロジロと一糸纏わぬ姿を見られた。

 大勢の男達に裸を見られる。

 恥ずかしいのと、違う意味での男達の視線を無意識に感じて、アデールは終始震えが止まらなかった。


 だが、恐れていた最悪の事態にならず、何も持っていないことが証明されると簡素な囚人服に着替えさせられた。

 少し、そこでほっとしたアデールであったが、その後はさらに違う恐怖が待っていた。

 謂れの無い尋問が始まったのである。

 小さな、窓も無い蝋燭が焚かれたその部屋で、尋問役の男は報告があったといわれる薬の被害について話し始めた。

 それは、人を惑わしたとか、起きれないほどの眠りにつかせたとか、まったく聞き覚えのない代物だ。

 だが、男の話す薬の話をよくよく聞いていくと、アデールには心当たりがあった。

 それは、村で『惚れ薬』や『睡眠薬』と呼ばれている薬だ。惚れ薬といってもおまじないのような薬で、本当に惚れられる効力があるわけではなかった。まして、体にも害など無い。ただ、少しばかり女性には肌つやが良くなるハーブを、男には精力がつくような薬草を調合をしてあるハーブティーだ。

 睡眠薬も眠れないといわれたから、安眠へと導くような、寝る前に飲むハーブティーをブレンドした物に過ぎない。


 そう思い、恐らく話を聞いた人物が勘違いしたのだろうとアデールが反論すると何故か罪を認めたと思われてしまった。

 それからも、並び立てられる罪状になんども無実を訴えるが聞き入れてもらえず、罪を認めろとばかりに蹴られ殴られ突き飛ばされ、縄でつるされ鞭で叩かれと拷問が始まったのである。

 受けた事も無い痛みが何度も襲い、いたるところから肌が裂けて血が飛び散り何度も気を失って水をかけられ叩き起こされたが、それでもアデールは最後まで謂れの無い罪に頷かなかった。

 頷かなかったというよりは、最後の方は意識も朦朧としていたのだが、男達はそうなってやっと拷問の手を止めて、アデールをこの独房へと押し込んだのである。


 先ほどの恐怖を再び思い出し、アデールは震える体を抱き締めた。でも、頭の中は何も考えられないくらい真っ白のままだ。

 ただただ呆然と月明かりに照らされた独房の中をどこを見るでもなく見つめて、今の現実を受け入れるのに精一杯だった。

 

 そうして、どれ位経ったのだろう。

 外から小さく聞えてくる虫の音に混じって、誰かが草を掻き分けて歩いてくる音が聞こえた。

 呆然としていたアデールは何気なしにその足音に耳を傾けた。

 足音はだんだんこちらへと近づいてくる。どこか迷うような足取りだが、確実的にこの建物を目指しているようだった。

 と、突然アデールの背中あたりからドンという、何かがぶつかった音が聞こえた。そして、ジッと何か燃えるような音がかすかに聞こえる。

 アデールは驚いて壁から背を離し、小窓を見上げた。

 自分の顔ほどしかない、錆びてツタが絡まった鉄格子からは僅かばかり星空が見える。その星空に混じって何か煙のようなものが漂ってくるのが見えた。

 思わずいつもの癖で鼻が匂いを確かめていた。そして、覚えのある匂いに思わず眉を潜めて呟いていた。


「煙草?」


 意外と天井が高い独房でアデールの呟きが大きく響く。

 すると、はっと小窓の外から息を呑むような音が聞こえた。

 

「だ、誰だ!」


 男の人の声だ。

 一瞬、怒鳴るような声にびくりと肩が上がった。だが、声の主は明らかに見張りの男ではないと確信していたので、アデールは恐る恐る声を出した。


「あ、あのぉ。・・・・・・独房の中」


 最後の方が声が小さくなってしまったが、相手には聞えていたようだ。窓の向こうから男が立ち上がった音が聞こえた。


「・・・・・・独房に、居るのか?」


 しばらくして、男も恐る恐る声を出した。どうやら、見張りの者ではなさそうだった。


「はい。あの、村の人ではないですよね・・・・・・」

「・・・・・・何故、そう思う」


 突然の発言に、男が警戒するような声が聞えてきた。

 アデールは慌てて言った。


「あっ、申し訳ありません。あの・・・・・・、煙草の匂いが都で売られている葉の匂いでしたので・・・・・・、それに声が聞いたことがなかったので」


 煙草の匂いを嗅いで直ぐに分かった。

 王都で使われている煙草の草は独特の甘みがある煙を出す。この辺りでは領主様くらいしか吸わない代物だ。それに、声を聞いて地元の人ではないだろうとも思った。

 恐る恐るそう説明すると、男は思案しているのだろうか。しばらく静かに話を聞いてから、突然ふっと失笑するような声が聞えてきた。


「そうか! はは、なるほどね」

「あの・・・・・・」

「ああ、悪い悪い。で、君の名は?」


 先ほど警戒した声とは違う。何故か、いきなり優しげに問いかけられた。

 その事に少し戸惑ったが、アデールは答えた。


「アデール、と、申します。この村で、ルミネ村で薬師をしております」

「アデール。うん、良い名だ。しかし、そうか。薬師だったから匂いだけで煙草の銘柄が分かったわけだな。ん? 何故、薬師が独房の中にいるんだ」


 いきなり、直球で聞いてくる人だ。

 もしかしたら人に気を使わないような身分の高い人なのかもしれないと、勝手に思うことにした。


「その・・・・・・、私にもよく分かりません。どうやら、魔女の容疑をかけられたらしくて、でも、見覚えなくて」


 と、話している間にまた拷問の事を思い出して手が震えだした。だが、外にいる男には気付かれたくなくて見えないはずなのに、ぎゅっと手を握る。

 男はアデールの様子に気付かなかったようだ。だが、また少し警戒するように聞いてきた。


「魔女? 君は、その・・・・・・魔女なのか?」

「ち、違います!!」


 独房に先程とは比べ物にならない声が響き渡った。もしかしたら、見張りにばれるかもしれない。

 声の余韻が消えると、辺りには静寂が包んだ。

 暫く、互いに何も話さなかった。

 どうやら見張りにはばれなかったようだが、叫んだきり何も言わない男にアデールはどうしたのかと不安が襲ってきた。

 息の詰まるような沈黙に、さすがに耐え切れなくなってきた頃、やっと男がぽつりと一言言った。


「信じるよ」

「え?」


 あまりにもさり気なく言われた言葉に、アデールは思わず聞き返した。

 すると、今度ははっきりと答えが返ってきた。


「村の人の声を覚えている君が悪い魔女な訳が無い」

「……」

「俺は信じるよ。君の言葉を」

「……」


 そう、優しくいう男の声にアデールは何もいえなくなった。

 やっと、信じてくれる人が現れた。だけど、お礼を言いたいのに目が熱くなって涙を堪えるだけで何も言う事ができなかった。

 と、その時遠くのほうから馬の嘶くような声が聞こえた。


「と、やばいな」


 そう呟いた男が急に動いた気配を感じた。


「すまないが、もう行かなくてはならないようだ。また、来るよ。じゃあ」


 そう言うと、がさりと草を掻き分けて走る音が聞こえてきた。アデールは慌てて窓に向かって叫んだ。


「あの! 貴方はいったい……」


 だが、もう間に合わなかったようだ。

 アデールの耳には遠くに走り去る靴音だけが聞こえてきた。その音も聞こえなくなってくると、いよいよ辺りを静寂が包む。

 結局、男は名乗らなかった。

 だが、また来ると言っていた。

 アデールは暫く、星空が見える窓の外を見つめた。

 いつの間にか、体の震えはすっかり止まっていた。



 男は約束どおりに、翌日から毎晩アデールの元にやってきた。



 アデールは朝に独房から出されて、尋問を受け続け夕方にやっと戻される。そして、その後は小窓から差し込む橙色の空を眺めて彼を待つようになっていた。時間がたち、とっぷり日も落ちて、星星が輝いて夜もすっかり深けた頃。

 あの時と同じように遠くの方からこちらに向かってくる足音が聞こえてくる。それを合図にアデールは小窓を眺めて、やって来た男と話をした。

  

 会話は実に他愛も無いような話だ。

 ルミネ村での出来事や、男の都や今まで訪れた事のある街や人の話や噂など。互いに、互いの事をなにげなく話すだけ。

 独房の中と外で話しているという事を覗けば、実に平凡な会話である。

 本当に、街中にいればただ世間話をしているだけだ。


 それだけに男の目的が分からなかった。

 見えない相手、ましてこちらは独房にいるというのに男は気にした風も無く会話を毎日続けてくれる。

 その事が少し気にはなっていた。だが、毎日絶望に押し潰されそうなアデールにとっては、唯一生きている実感を与えてくれる時間だった。たとえ、男の名前は聞きそびれていても、それも気にならなくなるほどに。

 そして今夜も、男は飽きもせずに来てくれた。


「では、お仕事でこの村へ?」


 アデールは返ってきた答えを思わず繰り返した。

 ずっと気になっていた事を聞いたのだ。

 吸っている煙草の種類や、話し方から恐らく男は都の貴族もしくは近しい高貴の身分の人だろうとアデールは思っていた。だが、するとなぜこんな小さな村にいるのか気になっていたのだ。

 壁の向こうでは、男は頷いたようだった。


「あ、ああ。そうなんだ」

「あ!もしかして、公爵様に同伴した騎士様なのですか?」


 国王が指揮する王立騎士団であれば、身分が高貴な人でもあるし、ルミネ村にも何処か任務に行く途中などで時折立ち寄る事がある。それに、捕まる直前に娘達がこの村に公爵が来ると言っていた。

 おそらく、彼はその公爵に付いた護衛騎士なのではないのか。

 と、言い当てられた事に驚いたのか少し戸惑うように男は頷いた。


「あっ、うん。そ、そうなんだ。ちょっと野暮用な仕事でな」

 

 野暮用な仕事とはなんなのだろうか。疑問に思ったが、触れられたくなさそうだったので、アデールはとりあえず頷いてみた。

 

「まあ、それは遠いところを。ですが、宜しいのですか? 毎晩、その……このような所にきてしまって」

「ん? ああ、大丈夫だよ。ばれない様に来てるし。それに、・・・・・・息苦しくてね」


 男は少し間をおいてから話し始めた。


「始終笑ってて、人に期待するように見られて。生まれた時からそれが当たり前の事だったんだけどね。でもこの頃、それが辛いんだ。期待されても本当は俺は、俺個人は何もできやしないんだ。なのに、人からは当たり前のように期待をかけられる。それが、息苦しくてね……。少しでも忘れたくて、こうして時々夜中に抜け出してたんだけどさ、この村に来て本当によかったよ。君と話してると・・・・・・安心する」

 

 そう言って、くすりと笑ったようだった。だが、その笑いには自嘲が混じっているようでもあった。

 アデールは小窓をじっと見つめた。男の姿が見えるわけではないが、彼が今悲しげに笑っている姿が浮かんだ。

 だからなのか、口から自然と言葉が漏れた。


「貴方様は慈悲深いお方ですね」

「え? 何? 俺が?!」


 突然の事に男の声が動揺していた。

 だが、アデールはそれに構わず小窓に向かって話し続けた。


「人に笑顔を向けるのは、けして簡単な事ではありません。嫌々でしつづける事もできましょうが、それは既に笑顔ではありませんわ。なのに、貴方様は人に慕われていらっしゃるのでしょう。それは、貴方様の笑顔が本物だからです。それは、凄い事です。

 それに、貴方様は何も出来ない方ではありません。こんな、独房の中にいる私の言葉を信じてくださいました。毎晩来てくださるおかげで、私は正気を保っていられます。生きているのだと実感できます。私の心は救われているのです。貴方様は慈悲深くお優しい心をお持ちだと思います」


 言い終えてから、アデールは静かに目を瞑り、祈るように小窓に向かって両手を組んだ。

 ここで話しているだけで会った事も無い。だけど、それだけで十分なほどすぐにわかった。毎日世間話をするだけだが、彼が見てきた出来事や人々の話を聞くたびに、彼の慈悲深さが伝わってくる。

 それに、そんな彼と話しているお陰でアデールの心は救われていた。

 毎日のように受ける尋問に心が壊れそうになり、体も傷だらけでジクジクとした痛みが襲って満足に眠る事もできない。

 だけど、彼と話をしているお陰で正気を保っていられた。生きる勇気を、元気をもらえたのだ。

 心の弱音を語った彼にそれに気づいて欲しかった。

 アデールは純粋にそう思い、心の中で静かに祈りを呟く。


「俺は……」


 男はそう言ったきり沈黙してしまった。

 アデールは瞼を開けて、小窓の星を眺めてて微笑んだ。



 だが、そんな穏やかな日々が長く続くわけがなかった。



 朝から大変天気のいい日だった。

 小窓からみえる雲ひとつ無い青空。

 姿は見えないが時折聞こえる小鳥のさえずり。

 体中傷だらけで壁に背を預けているのがやっとのアデールであったが、尋問もなく、その穏やかな時間に僅かばかり微笑が浮かんでいた。


 と、そんな小鳥のさえずりに混じって、扉の向こうから誰かがこちらに歩いてくる音が聞こえた。

 いつもどおり、見張りがやってきたのだろうと思ったがその靴音はアデールの独房の前でぴたりと止まる。

 今日は尋問がないと見張りが昨夜話していたのを聞いていたアデールは、何かあったのかと急に不安が襲ってきて身構えた体を壁際にさらに寄せた。 

 そんな状態で、独房の扉の鍵が開けられる。

 固唾を呑んで見守っていたアデールの目の前で扉が耳障りな音をたててゆっくりと開いた。

 そして、中に入ってきた人物を見て大きく目を見開いた。


「ああ、みすぼらしいな、アデール」

「ガスバール様……」


 そこには、汚らしい物でも見たように眉間に皺を寄せつつもアデールを厭らしく笑って見てくるガスバールがいた。





 

 その日。

 男は昼間だというのに、アデールの独房へと馬を駆けていた。

 急遽明日の朝早くに村を離れなければならなくなった。そのため、今晩は村長主催で村を上げて別れの宴を開いてくれるらしい。

 いつも、アデールの所には夜も更けた頃に行っているが、さすがに宴が終わったあとに彼女の元を訪れるのは憚れた。

 それなら会いに行かないという結論もあったのだが、それも嫌だった。

 だから、僅かばかり危険ではあるにも関わらず、人目を忍んで昼間に独房へと来たのである。


 どうしても、最後に彼女に会いたかったのだ。

 会うという表現には若干誤りがあるかもしれない。なにせ、一度も彼女の姿を目にした事は無いのだ。

 ただ、壁越しに小さな小窓を通して話すだけ。

 話す内容といったら、互いに世間話だ。しかも、独房の中にいる正体不明な女性と。

 他の者が聞いたらさぞかし驚くような状況だろう。おそらく、ばれたら止められるのは間違いなかった。

 自分でも非常識な事だと分っている。

 だが、それでも、男はアデールとの会話をやめる事ができなかった。

 

 何故か、彼女と話していると落ち着いた。

 いつもの女性を目の前にする時とは違う、安心感と安らぎを感じたのだ。それに、自分を慈悲深い人、救ってくれた人と言ってくれた彼女をほっとく事が出来なかったのかもしれない。


 いつも通りに、館から少し離れた木に馬をくくりつけ、そこから歩いていく。

 やはり昼間のせいか、館の扉の前には兵士が立っている。正門の前には馬車も止まっていたため誰かが着ているのかもしれなかった。

 見張りの兵士に見つからないように、男はいつものアデールの独房の小窓へと向かった。

 なんとか、見つからないようにたどり着く。

 それでも、足音がならないように慎重に小窓の下へとたどり着いた。

 

 と、その時。

 独房の中から聞き覚えのある若い男の声が聞こえた。


「この声は、確か領主の息子。たしか、ガスバール殿と言ったか」


 そういえば、正門の前に馬車が止まっていると思い至って、男ははっと立ち止まり息を殺した。

 すると、同時に中から驚いたように彼の名前を言うアデールの声が聞こえてきた。

 その声に、男はふと不思議に思った。

 何故、独房に捕まっている彼女の元に領主の息子が来るのか。

 アデールは自身を村の薬師と言っていたが、一領主の息子、しかも男爵の息子とどんな接点があるというのだろう。

 沸いた疑問も手伝って、男は独房の声に耳を傾けた。

 中では、ガスバールがアデールに向かって何か言っているようであった。


「ああ、ああ美しいアデール。そんな、傷ついた体でかわいそうに……。そんな、お前に悲しいお知らせだ、よく聞け! 明日、お前の火あぶりが決定した!」

「!?」


 意気揚々と嬉しそうに宣言するガスバールの声と、アデールが息を呑むような声が聞こえた。

 それを聞いていた小窓の外にいる男も思わず声を上げそうになり慌てて口をつぐんだ。

 どうやらばれなかったようだ。中では、ガスバールがさらに嬉しそうに笑った声が聞こえてきた。


「ああ、本当に可哀想に! 俺様も心が苦しいよアデール。そんな、お前を不憫に思ってなぁ、心優しい俺様がいいことを思いついたんだ」

「……」


 若干、芝居かかった話し方にアデールは何も答えなかったが、呆れているのは空気で伝わってきた。

 それなのに、当のガスバールは自己陶酔しているかのようにまるで気がついていないようだ。

 一息、話を区切るとさながら劇に登場する悪者のように、自信満々に言い放った。


「なあ、アデール! 俺様の物になると言えば、助けてやらん事もないぞ!」

「何を……」


 さすがのアデールも今度は声を出した。

 その事に気分をよくしたのか、ガスバールはさらに声を上げて続けた。


「おお、そんなに驚いてくれな! 俺様は領主の息子! 男爵の息子だぞ? 裁判長にも顔が利くに決まっているだろう。だから、アデール、俺様のものになると一言いえば」

「お断りします」


 それは、スパンという音が相応しいくらいの清清しい一言であった。

 気持ちよさげに話していたガスバールの声を、ものの見事に冷め切った声が一刀両断した。

 さすがのガスバールも空気を読みとったようだ。言葉を詰まらせると信じられないというように声を震わせていた。


「何? 今、なんと言った?」

「だから、お断りしますと申し上げたのです。私は薬師。そして、そんな私にも人並みな誇りがあります。貴女に手篭めにされるくらいなら、火に炙られて神の身元に参ります」


 言い切ったアデールの落ち着いた声が清清しく独房の中に響き渡った。

 一瞬、あたりの時間が止まったと錯覚してしまうほど、あたりが静寂に包まれる。

 小窓の外にいる男も例外ではなく、声もだせずに聞き入ってしまっていた。

 だが、暫くして中から、唸るような声が聞こえてきた。


「う~~~~~~、う~~~~~」


 その唸り声が、ガスバールの物であると男も暫くして気がついた。

 その声はとても成人している男の物とは思えない、子供が駄々こねるようなそんな声であった。

 と、突然、唸り声が止んだ途端。ガスバールは癇癪を起こしたように叫んだ。


「この女っ! 俺は男爵の息子だぞ! 領主の息子だぞ! そんな、俺を馬鹿にするなんて! 後で助けてって言っても知らないからな!!ああそうか! 死にたければ死ぬがいい! 地獄の業火に焼かれて死んじまえ!!!!」


 最後の方を耳を覆い尽くしたくなるような金斬り声を上げて、荒っぽい足音が聞こえた。そして、荒々しくガシャンという激しい音をたてて扉が閉ったようだ。


 あたりに、再び静寂が訪れた。

 独房の中からは何も聞こえない。

 あたりを静けさが包む中で、男は改めて思い知らされていた。

 今まで意識してこなかったが、アデールは罪人なのだ。それも、魔女の疑いをかけられた。

 

 この頃、国中で魔女裁判が頻発していた。

 裁判とついているが、その殆どが一方的な異端審問で裁判などまともに行われずに疑いをかけられた時点で死刑になっているケースが多い。

 疑いをかけられるのは、歳若い娘が多く。中には本当に怪しい者もいるようだが、大半はこじ付けとしか思えないような事例である。

 そう、アデールのような薬師を営んでいる、医学の心得がある女性なんかがそうだ。

 医学の知識を持っている女性というだけで、異端視され魔女と疑われて殺される。

 男性はいいのに、女性は駄目なのだ。

 罪が無い事はそんな彼女達から薬を買っていた周りの人間が一番分っているだろうに、巻き込まれれば自分達も仲間だと思われるため、親しい人であっても知らぬふりをするという。

 おそらく、この村の人達もそうなのだろう。

 その証拠に、村に来てからアデールの名前を一度も聞いた事がなかった。


 明日、彼女は火あぶりにされる。

 証拠は無い。だが、アデールが無実であるのは確かだ。

 自分を慈悲深い、心を救ってくれた人だと言ってくれた美しい心の女性を見殺しにしてしまうのか。

 無実だと知っている自分が、救う事ができるかもしれない自分がここにいるのに。

 

 男は小窓から独房を覗いた。

 中は真っ暗で物音が一切しなかった。

 闇に包まれ、ひとり座り込むアデールがまざまざと頭に浮かんだ。

 ぎゅっと自ら拳をきつく握る。そして、男はアデールには声をかけないまま、その場を後にした。

 空はいつの間にか暗雲が立ち込めていた。





 その日の夜。

 アデールは静かに独房の中にいた。

 空に雲が立ち込めているせいか、月明かりも入らないため辺りは本当に闇の中だ。まるで、今のアデールの心を写し取ったかのような暗闇だった。


 少しでも、不安な心を落ち着けようと膝を抱え込んで座る。そして、近づいてくる命が絶える瞬間。その恐怖にただじっと耐えるだけであった。

 そうしながらも、アデールは彼をずっと待っていた。

 先ほどから何度も何度も真っ暗な小窓を見上げては、静かな外の音を聞いてまた俯くのを繰り返す。


「最後に会いたかったわ……」


 そう呟いては苦笑するばかりであった。

 最後の夜だというのに、この日に限って彼はやってこなかった。 






 辺りが薄ぼんやりと明るくなって、朝が来ている事に気がついた。

 顔を上げて小窓を見上げると、外は灰色の曇り空しか見えなかった。

 アデールは暫くその空を見上げていたが、やがて、膝たちになって目を閉じ祈りを捧げた。

 もう直ぐ行くであろう天上の神に。

 

 それから、どれほど経ったのか。

 祈りを捧げているアデールは扉の向こうから足音が聞こえてくるのが耳に入ってきた。どうやら複数いるようだ。その足音はゆっくりとアデールの独房の扉の前で止まる。

 いよいよ、最後の時のようだ。

 静かな独房の中に、鍵が開けられる音が響いてゆっくりと扉が開く音が聞こえてきた。


「アデール」


 聞こえてきた声に、アデールは祈りを捧げていた目をはっと見開いた。

 今のは幻聴だろか。

 でも、確かにいつも、小窓の外で聞いてる彼の声のように聞こえた。

 アデールは信じられないと思いつつも、慌てて後ろを振り返り目を疑った。

 

 開かれた扉の外には、美しい人がそこにいた。

 一瞬、もう神の身元に来てしまったのだろうかと錯覚した。

 少し長めの美しい金髪。白を基調とした美しい刺繍が入った仕立ての服、それを身にまとう逞しい体。肌は陶磁のように滑らかそうで、優しげな群青色の瞳がこちらを見て微笑んでいた。

 アデールは目を見開いたまま硬直した。


「あ、貴方様は……」


 辛うじて口から言葉が出た。

 目の前の男性はふっと微笑んだ。そして、こんな場所だというのに、まるで紳士が淑女にするような優雅な礼をして再び顔を上げた。


「私はミッシェル・ローグ。国王より公爵の位を授かっています。アデール、貴女の魔女の疑いは晴れたよ」

「え?」


 何を言っているのかわからなくて、呆然と疑問の声が出た。

 すると、ミッシェル・ローグは少し心配げな顔をして独房の中に躊躇する事無く入ってきた。

 後ろから誰かが止めようとしているようだったが、それも無視してアデールの前に屈んで膝を突き、顔を覗き込んだ。


「アデール。君の罪状は全てガスバールが仕組んだ事だ。

 ガスバールは君に振られた腹いせに、裁判長に賄賂を渡して無理やり貴女の罪を作ったんだ。それで、君を魔女に仕立て上げて窮地に追い込み、助ける代わりに妾になるように仕向けようとした。

 まあ、それも失敗に終わって、後からどうしようかと慌てていたようだけど……。その事を調べて、裁判長を問い詰めたらあっさり自供したよ。彼も後悔していたようだしね」


 そう言うと、ミッシェルはまだ信じられないような顔をしているアデールの顔を見て、苦笑した。


「アデール。私はね、先祖代々の貴族の身分はあっても自分自身にはまったく自信がなかったんだ。

 何もできないのに、身分相応の能力を求められる。もちろん、相応になれるよう努力したよ。それでも、自信が持てなかった。

 だから、君に救ってもらったと言われて本当に嬉しかったんだ。何も出来ない俺でも、何か人にしてあげられる事ができるんじゃないかってね。だから、身分ばかりある俺だけど、君を救いたかったんだ……。さあ、アデール」


 と、アデールの目の前に綺麗な手袋をはいた手を差し出された。

 その手を呆然と見詰めていたアデールは、顔を上げてミッシェルの顔を見上げた。


 その時、突然、小窓から部屋の中に太陽の光が差し込んできた。太陽の光は、ミッシェルの美しい金髪をキラキラと輝かせた。

 その姿にアデールは目を見開いた。

 彼の背中に大きな翼があるように見えたのだ。

 その姿は、まさに教会の絵の大天使そのものだ。


「本当に、天使様だわ」


 思わず口から零れた。

 それほど今の彼は美しかった。

 見とれたまま手を取らないアデールを心配したのか、ミッシェルは心配するように眉を顰めた。


「アデール? どこか痛いのか?」


 その声に、アデールははっと我に返った。

 そして、目の前で心配そうにしているミッシェルを見てくすりと笑いが洩れた。

 見た目は美しい天使様なのに、その声はいつも聞く少し自信なさげで、そして心に救いを与える声だ。

 

 ああ、やっぱり彼なのだわ。

 

 久しぶりに幸せな気分で微笑んだ。

 突然笑い出したアデールにさらに心配げにミッシェルは顔を覗き込んできた。

 その彼に大丈夫だとアデールはゆっくりと首を横に振って、差し出された手に自分の手を重ねた。

 

最後までお付き合い頂きありがとうございます!


現在、シナリオの勉強をしているのですが、その課題として書いた作品を小説に直してみました。

魔女裁判を題材にしてはみましたが、時代が果たして合っているのか未だに分かっておりません・・・・・・。なので、お詳しい方で「ここが違うぞ!」という部分がありましたら、ぜひご指摘お願いします。


ちなみに、アデールとミッシェルですが、アデールの鉄枷を取って立ち上がろうとて、立ち上がれず(そりゃ独房に閉じ込められて拷問受けてたら立ち上がれませんとも)、それを傍らにいたミッシェルが抱き上げようとして、アデールが汚れるからと拒否をして、一緒に来ていた侍従も自分が運ぶといってのりだしてきたのを、ミッシェルがむっとして無理やりお姫様抱っこをして独房をでる。

というエンディングも考えていましたが、それだとコメディで終わってしまうので終えて書きませんでした。


ちなみに、元のシナリオも「小説にしたシナリオ集」にて掲載しておりますので、ご興味があったらご覧下さい。

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