05◇媛?1◇目覚めたら子持ちでした
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目覚めたら子持ちでした。冗談かと思いました。非常に残念です。
空には月が輝いています。昼も夜も月が輝きます。
月はひとつでは有りません。ひとつふたつみっつ……沢山。
「十七だよ?」
と犯罪者が教えてくれました。私もそれくらい数えられますから。莫迦にしないでくれますか?
「……ゴメンね?」
犯罪者は穏やかな声で穏やかな顔で穏やかで優しい物腰で……腹立たしい事に美形です。しかも王様だそうです。慰謝料を求めたところ『寄進』されるから蓄財は有るとの事でした。意味不明です。
「でも出来たら普通に奥さんになって欲しいなあ。」
犯罪者は図々しいです。
息子は17才だが、既に地球でなら成人している年齢だと云う。
「17才から18才までには20年かかるからね?」
意味が解らないが、私もそれだけ年を取ったと云う事だろうか。鏡を貸してくれますか?
「初めて見た時から少女のようだよ。全然変わらない。」
犯罪者はふわふわと捉え所のない口調で告げた。
「ところで。」
と真剣な眼差しで私を見据えた。
「本当に成人してるんだよね?」
犯罪者の云う事は本当によく解らない。異世界人とは意志の疎通が困難です。
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此処は何処?
私はだあれ?
うん。ワンセットだから云ってみただけです。
私は三田村香苗。25才。クリスマスケーキなら売れ残りです。いわゆる「お一人様」ですね。
せっかく「可哀想」に思って誘って下さる男性には、いつも「丁重」にお断りしています。
いや、だって私、本当は「お一人様」じゃ無いんでね。
一応彼氏いるんだ。
本当に「一応」としか云い様の無いヤツなのですよ。参ったもんです。
どんなヤツかはご想像にお任せします。簡単に云うなら憎めないロクデナシですね。困ったちゃんですが、仕事が出来る困ったちゃんだから、マシな部類とは云えるでしょう。
「結婚?」
私は結婚してました。いつの間にか。
相手はその憎めないロクデナシでは無かったですよ。
簡単に云うなら犯罪者ですね。
ん?ああ。云い間違いでも何でも無いですよ。
犯罪者です。
だって、意識不明の私と勝手に結婚して、子供まで作ってたんですよ?
殺しても良いですか?
良いですよね?
しかし。此の世界には月が沢山あったり、相手は王様だったり、何かミラクルな外見がやたら綺麗でキラキラしてるし。
取り敢えず生きる為には、王様は大切な「伝手」ですしね。
と云う訳ですから半殺し程度に収めました。
骨の一本や二本で許されるなんて、随分とラッキーですね?
「………う、うん。ゴメンね?」
私の夫だと云う王様は、神様の命令だとか巫山戯た妄言を必死に云い募っていました。何でしょう?中二病ですか?
まさか異世界だから神様も普通にいたりしませんよね?
居ました。神様居ました。
夫は神様の『お気に』だそうですよ。
何でしょうね。異世界。王様。息子は王子様。そして神様。後は何ですか?もうお腹一杯ですよ。勘弁して貰えませんかね。
ああ。お家に帰りたい。
「家?そういえば何処から来たのかな?北国かな?」
ホッコクって何ですか?どうせ云っても通じないでしょう。地球の日本という国ですよ。
「地球?」
夫は少し周章てました。
何故か通じましたが、地球は異世界ではポピュラーな存在なのですか?
「不味いなあ……まあ仕方ないけど。」
夫が云うには、地球は不可侵の地域らしいです。しかし私は神様が夫に与えたので仕方ないそうです。
神様も何してくれてるんでしょうか?物申したいですが、神様なので仕方ないですね。
夫を殴って憂さを晴らしました。
流石に神様に喧嘩を売るほどの命知らずでは無いですよ。
「結婚するなら普通は求婚が先ですよ。親にも挨拶してくれなきゃですよ。」
「じゃあ挨拶に行こうか?」
何かアッサリと地球に行く事になりました。
ええと。
普通は異世界で目覚めたりしたら、「地球って何?」ってなりませんか?言葉が通じるのも何だか出来すぎで胡散臭いですね。
しかし。やはりそう上手くは行きませんよ。
実家に戻るに際して、問題点が有ると思うのは気の所為ですか?
「…………あ。」
はい。聞いた話に因れば、私が此の世界に来てから、30年近い月日が経過しているとか。
私は目覚める前は25才だったから、単純計算で55才?見掛けが変わらないのは有難いけど有り得ない。つうか。
「その色彩有り得ない。」
夫の髪と眸が異世界過ぎでした。こんなモノを連れて実家には帰れません。
しかし、どうしたものか。
そうは思いましたが、既に30年も経過しているならば今更と云うものでしょう。
「過去には戻れませんよねえ?」
神様も存在するのだから一応訊ねてみました。念の為ですよね。
「ヤッホー♪」
「………久しぶり?」
「だから何故に疑問形?夜闇さまからご案内♪一度地球に赴いたら過去に遡る事は許されないけど、最初の地点は制限がないよん♪」
「つまり。時系列のズレは世界のズレと一緒に、一本の線で結べば良いと?」
「………え?何云ってんの?」
燃える様な赤毛は、現実とは思えない灼熱の赤。宝石よりも炎よりも鮮やかな赤です。情熱とか情念とか沸々と燃え滾る赤い髪と、夜空の輝きが煌めく黒い眸は、単なる黒眸と云うには勿体ない程に美しいです。
そんな美しい女性は夜闇の女神さまの一柱らしいです。
夫と女神は意思の疎通を果たして「じゃあな」と手を振って別れました。と云うか女神が消えました。瞬間移動ですか?目の前で見たら驚きますね。動悸が激しくなって止まりません。どうしましょう。
「大丈夫?」
「一応。」
結論を云うと、私は私が此の世界に来た「その日の地球」に行けるそうです。だが、「その日の此の世界」には行けない。そして「地球」に行ったなら、一度赴いた時点より「過去」には行けないそうなのです。
「未来には行けるの?」
「そうだね。それは大丈夫らしいよ。」
確かに行けないと不味いかも知れません。一度「当時の地球」に行って「未来」にはもう行けないと云うのなら、やはり「そこ」に行くのは躊躇するでしょう。
現時点では「その気」は全く無いが。
両親に孫を会わせたいとか。
そんな事を思い立つ事も有るかも知れない。
そんな風に考えました。
うん。すっかりこの人を夫として受け入れてますね?しかし一応彼氏居るんですよね……私。両親に挨拶するとか、この人の外見とか、色々考える事は有りますが。
別れ話が一番面倒な気がするのは気の所為でしょうか?
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