03◇3話◇最後まで怠惰な王
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さて、シーリンは逃げる間も無く、早々と即位の典礼も迎えた。
「え?譲位?何で?」
「お前が神々に愛されてるからだよ。当たり前だろう。」
立太子の儀式から間もないのに、即位とはこれ如何に?男が疑問を発すれば、当の王…父親では無く、長兄が代わりに応えた。
もはや無理矢理である。
「ええ?」
嫌だとか面倒とか、そんな発言は丸っと無視された。
憮然として玉座に座らされたが、特に仕事はしなかったから、別に今までと代わり映えは無い生活ではあった。
ただ、神々の寵愛著しい王として名が知れた為、何か妙に拝まれたりした。
神殿でも無いのに寄進さながら他国からの贈答品も多い。
セリカは歴史と文化は爛熟手前にまで洗練されているが、金は無い。貧乏とは云わないが、皇家の蓄財は薄い。ので非常に助かった。
「シーリン素晴らしいよ!流石だね!うんうん働かなくてもお前は居るだけで良いよ?」
一応王なのだが、長兄はシーリンに対する態度を変えなかった。父親もである。
シーリンは特に意識しなかったが、周囲の声で気付いた。
「何で不敬?態度変わったら気持ち悪いから。そんな事されたら家出するから。誰だよ?そんな面倒な事云う奴?」
男が云うと、父親や長兄の態度を『不敬』だなんだと騒いだ輩は周章狼狽した。結果父親や長兄に取り成しを依頼する始末であった。
因みに後宮で正室の住まう奥の部屋には、一応毎日足を運んだ。
起きてくれないかなあ?との希望は未だに叶わないが『通う』のは『義務』とされている。
北の王族では無いかと噂されつつ、そんな姫の存在は何処にも噂さえ流れて来ない。
「ええと……結婚?いや結婚しても良いけど……側室扱いは無理な女性じゃない?」
神司砂久弥の血筋である。本人も媛の力を持ち、決して粗略には扱えない女性だった。
「よう♪」
縁談を断ろうとしたシーリンの前に、夜闇の使者が顕れた。
「久しぶり?」
「だから何で疑問型なんだよ?取り敢えずその媛は正室にして良いよん?でも眠り媛の子供は『正室』の子として扱うようにな!っつう事で報告終わりっ!」
重臣たちの前で云いたいだけ告げて、女神は姿を消した。
「………ええ?」
嫌そうな顰めっ面は丸っと無視されて、媛君が一人、入内した。正室として迎えられた媛は、すぐに子宝に恵まれた。夫婦中は良く、生まれた子供達も親に『似て』神に愛された。
特に長男は先祖帰りか黒髪黒眸を持ち主で、父王であるシーリンが神々の中でも特に夜闇に愛された証の様に見られた。
月の神々にも寵愛著しい長男シャランは、父王と違って勤勉でもあった。伯父や祖父はシャランの存在に歓喜した。
「父親の様になってはイケないよ?」
シャランは幼い頃からそう云われて育った。
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眠り媛がシャランを産んだ後は、シーリンは彼女に触れていない。
特に文句が来ないからソレで構わないのだろうと解釈する。
「結局ずっと起きないのかな?」
しかもずっと少女の姿のままだった。
「眸も黒いのかな?」
もう一人の正室の息子として育っているシャランが黒い眸だから、少女の眸も黒いのではと見当をつける。
色彩も美しい顔も、シャランは少女に似ていた。
「目覚めないかな?」
溜め息をついて苦く笑った。
まったく莫迦莫迦しい話だが、この眠り続ける少女に、シーリンは恋をしていた。
「………やっぱり面倒な拾い物だったよなあ。」
目覚めて欲しいが目覚めて欲しくはない。ずっと眠り続けてくれないかなとも思う。
何故なら、眠り媛に恋をした自覚と、愛するもう一人の正室と、何人か存在する側室達が、彼女が目覚める事で面倒臭い事態を呼ぶ気がするのである。
「なんか……修羅場?」
それに。普通は意識の無い間に好きにされたら、相手に好意は抱けないと思う。
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嫌な予感は大概良く当たる。
目覚めた眠り媛はシーリンを罵り暴れた。
「何か奥さん乱暴者だったよ。」
「………傷だらけだな。治さないのか?」
砂久弥は意識して微妙に返答をずらす。
「んぅ。治してもキリが無くてねえ。」
眠り媛の部屋に行くと、散々な暴力が待っていると、ニコニコと笑い乍らシーリンは語った。
「取り敢えず、彼女の家に挨拶しなきゃらしいから、暫く留守にするね。」
そう告げて、シーリンは夜闇神が与えた正室と共に姿を消した。
反対されると思ったのだろうか?
誰もその話を知らず、報せた砂久弥は質問責めにあった。
「……まあ、頑張れ。」
「………居ても邪魔なだけだしな。」
既に諦観の域に達した皇太子シャランが、穏やかに微笑した。シーリンの身内は諦めて笑うのが当たり前になるな、と砂久弥は思った。
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黒髪黒眸の眠り媛は、本来不可侵の地球の女性だった。
北の国でも旅していると思われたシーリンと眠り媛は、地球の日本に向かっていた。
神々は知っていたが、未だこの時は、砂久弥も梨燕夜もその事を知らないままだった。
シーリンは長期に渡り国を留守にしたが、譲位の連絡だけはしてきた。まさかの『連絡のみ』。しかし、それがシーリンである。諦めと共に、次男である梨景影が王位に就いた。シーリンの遣いは燕夜では無く景影の名を挙げていたが、それもまたシーリンだからと納得された。
シーリンが国を離れた時に皇太子だった梨燕夜は、既に出奔して行方不明だった。
シーリンは当たり前の様に情報を得ている。いつもの事だった。
シーリンは何でも出来る癖に何もしない。何にでも成れる癖に、努力なども決してしない。
それがシーリンなのである。
シーリンの名も、シャランの名も、暫くは歴史から姿を消したが、お伽噺の様に語られて、彼らが完全に忘れ去られる事も無かった。
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