15◇☆01◇香苗1◇会社とアイツ
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出勤した時、アイツと仲が良い高東くんが、部長のデスクの前で何やら報告していた。
「お早うございます。」
今日は遅出のシフトだから、既に総務部は皆席に着いて仕事してる。
私に挨拶を返して、銘銘仕事をする同僚の傍らを通り過ぎ、ロッカールームで慌ただしく上着を仕舞った。制服を着て出る私は、急げば直ぐに更衣室を後に出来る。
タイムカードを記録して、深呼吸。
――彼が聞いてるのは、都合が良い。
高東くんが部長のデスク前から、離れる瞬間を狙った。
「部長。私事ですが、昨日結婚致しまして。手続きとかとか、どう致しましょうか。」
「………した?」
する、では無く。した、なのか?と。部長が私を見つめる。
私は頷き乍ら、背後で立ち止まって、振り返った高東くんの存在を意識していた。
「随分急だな?」
「はい。一昨日の夜プロポーズされて、今朝入籍して来ました。」
「あはは。相変わらず男前だな三田村さん。おめでとう。」
日曜でも婚姻届けは出せるとか聞くけど本当かな。どちらにせよ、用紙が無かったから。午前中はバタバタした。実家も顔出したしね。
昨日、ちゃんと挨拶してくれたけど、もう一回。
夫は思ったより常識があった。
夫を見た後には大概の美貌は霞むと思っていたが、クスクスと笑う部長は、やはり上品で色っぽくたてキレイな男性だと思った。
端正でキレイ。そして妙に艶っぽい人だが、まったく男として意識はしない。それも、当然変わらない。
ちょっとだけ、安堵した。
シーリンの所為で、シーリン以外のすべてが色褪せてたら、どうしようかと思ったからだ。
「会長と社長がちょうどいらっしゃるから報告しておいで。主任聞いてました?」
「はい。三田村さん。おめでとうございます。新しいお名前は、何ですか?」
「カナエ・シラーです。」
「……どちらの国のお名前でしょう?」
「ドイツっぽいな。」
「………ああ、はい。多分。」
あやふやに頷けば、ドイツ語圏を予測した部長と、海外の名前を聞いた途端に思考を放棄した主任が、揃って怪訝な眼差しだ。
「シラーはオーストリアの貴族の末裔とかしいんですが、色々血が混ざって、最後には日本人と駆け落ちしたから。何だかよく解らないんです。」
「ははあ。そりゃまたグローバルな話だな?」
興味深そうだったが、就業中に長々と時間も潰せないのだろう。
部長は主任に頷いて見せて、デスクに積まれた書類とパソコンに視線を移した。
そして。
隣の営業部に移動した。
その瞬間は、室内にアイツは居なかったけれど、会長と社長に報告してる途中。
帰社したようだった。
「結婚っ?」
声が響き。高東くんが窘める。小声で高東くんが説明するけど、集中すれば充分に聞き取れた。
笑顔で社長に対し乍らも、私は彼らの会話に耳を澄ませた。
「した?するじゃ……なくて?」
茫然とした声が、心を抉るかと思ったが。
恐ろしい事に、何とも思わなかった。
「誰が、……誰と?」
「や、だから三田村さんが。何か外国人らしいよ?」
そして。
一頻り、お約束の会話を交わして。
祝福の言葉に感謝とともに礼をして。
振り返ったら。
冷ややかな眼差しが。
そこに、あった。
まあ。
当たり前だよね。
私は、一昨日の夜。
あなたのプロポーズを断った。
なのに、一昨日プロポーズされて今朝入籍したとか…………完全に巫山戯た話よね。
多分。
私は二股掛けてた事になるのかな。
だが。
汚名を被る気持ちも無い。
私は恥じる事なく、真っ直ぐ彼を見返し、その横を当たり前に通り過ぎた。
隅の方でヒソヒソと会話する声が聴こえた。
「ねえ、あの二人って……」
「単なる噂でしょ」
空気を読めない女が……いや、読めたからこそか、発言し。
冷たくあしらわれていた。
あしらったのは、私の友達だった。
うん。ありがたい。
メールで結婚報せただけなのに。
因みに、夫とは一昨日出逢った事にしてる。
散策中に、夜の木立なんかで出逢い。
お互い一目惚れで。
その日に求婚。
翌日親に挨拶。
翌々日に入籍。
どんな電撃結婚?みたいな。笑っちゃうけど…………恐ろしい事に、一番事実に近い。
つうか、私が眠って無かったら「まんま」だよね?
私たち電撃結婚なんだ???
割と衝撃の事実だよね。
社内での手続きを主任にお任せして、私は自席に向かったが、周りから「おめでとう」と口々に祝いの言葉を貰い、有り難うと笑い返した。
ほのぼのした気持ちで、腰を下ろしたが。
携帯が震えた。
アイツからのメールだった。
『言い訳できるならしてみろ。』
スクロールすると。
『19時あまの』
と、居酒屋の名前と時間。
避けられないよね。
でも、私はあなたを愛してたけど。
一昨日別れたには違いないよね?
『別れた後に出逢った人と結婚した。何が悪い?』
送信して。
電源を落とした。
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