表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
Log-in 〝War〟ld  作者: 神崎はやて
序章
4/14

第3話 【氷の転校生】




「……………」


ホームルームが終わり、1時限目の現代国語の授業に移っても尚、迅は平常通りの思考を取り戻せずにいた。


視線が向く先は言うまでもなく、彼の斜め前の席に座る黒髪の少女―――――小波 鈴奈。


どうして、という疑問も勿論あるが、彼が今最も感じているのはやはり、驚愕。


昨日の今日だ。あんな出来事があって、正直なところ、自分には関わりないこととして早く忘れてしまいたいとすら思っていたのだ。そのために、彼女の言っていたマスカレイドのルールとやらも碌に確認せずに、昨夜は珍しくパソコンに触ることすらせず早々に眠りについた。


―――――なのに。


その矢先の彼女の登場。

驚愕と不安。2つの感情が入り乱れて、迅は落ち着かなかった。




そして、昼休み。


いつもなら、零次や雛、絢香を誘って心休まる昼食タイム、といきたいところだが、どうにも煮え切らない思いの迅は、ついに鈴奈を屋上へ呼び出した。


転校初日故か、彼女を取り巻いて質問攻めにしているクラスメイト達には奇妙な目で見られたが、そんなことはその時の迅には関係なかった。


「………いつか、来るとは思ってたわ」


屋上へ着き、迅が誰もいないことを確認し終えたその時、鈴奈がまずそう切り出した。


「じゃあ、俺が訊きたいことも当然理解してるだろ?」


「ええ。まあ、私もまさか貴方とこんなところでまた会えるなんて、思ってもいなかったけれど」


「じゃあ、俺を狙ってきた、とかじゃ………」


さり気なく感じていた懸念を口にすると、鈴奈は躊躇いもなく首を横に振った。


「私は他のプレイヤーとは違う。自分の利益のために他のプレイヤーを殺すことはしないし、したくもない。私が狩るとすれば、あくまでもランブルだけよ。第一、貴方を狙っているのなら、昨日の時点で私は貴方に銃口を向けていたわ。助けるまでもなく、ね」


「………それもそうか。でも、せめてこの学校に来た理由くらいは聞かせてもらいたいな。昨日の今日だ、何か目的があってのことなんだろ?」


「…………へぇ」


迅が問うと、鈴奈は薄ら笑いを浮かべて、まじまじと彼の姿を見た。


その視線にどこか冷や汗の流れる感触を感じながら、迅は訊く。


「な、何だよ」


「いいえ。貴方、案外切れるのね」


「馬鹿にしてんのか? それくらい俺にも解る」


「そう。ごめんなさい」


謝りながら、全く反省していない声音に、早くも迅はこの少女の人となりを感じ取っていた。


少なくとも、口で容易に勝てる相手ではなさそうだ―――――と。


「私がここに来た理由。簡単に言えば、私の目的のため、とでも言えばいいかしら」


「目的? 何だよ、それ」


「さあ?」


「さあ、ってお前な…………」


呆れたように頭を掻く迅に、鈴奈は表情も変えずそっぽを向いた。


何かあるのは確か。だが、どうあっても話さないつもりなのだろう。一見無表情に見えるその顔には、そんな意思がありありと表れていた。


が、当の本人はそんなことは些細なことだとばかりに、ところで、と迅の顔を覗き込む。


「貴方の方はどうなの?」


「どう……っていうと?」


「マスカレイドに選ばれた以上、貴方はもう戦いの呪縛から逃れられない。そんな自分の命を握られたも同然のあのゲームのルールを、貴方はもう把握したのかしら?」


「そのことだけど………未だに信じられない。要はあの世界に行かなければいいだけの話なんじゃないのか?」


そう訊くと、鈴奈は呆れたように大きく溜め息をつく。


何かおかしいことを言ったかと、迅が訝しげな視線を送っていると、鈴奈は真っ直ぐに迅の目を見て言った。


「貴方、どうやらルールは読まなかったみたいね。……まあいいわ。だったら教えてあげる」


言って、鈴奈は屋上の奥まで歩いていくと、柵に身を預けた。


眼下に広がる街並みに視線をやったまま、鈴奈は少しずつ説明を始める。


「誰がやっているのか、どういった基準で選ばれているのかすら解らないけれど、何者かによって選定された人間のパソコンに、強制的にダウンロードされるプログラム。それがマスカレイド。マスカレイドプログラムはマスクを与え、マスクの所持者は反転世界へ出入りする権利と、特殊な力が与えられる。私の刹那の支配者(タイム・ルーラー)も、その1つ」


言いながら、どこから出したのか自身のマスクを弄ぶ鈴奈。


相変わらず紫のそれは、自分やあのロケットランチャーの男が持っていたものと、やはりよく似ていた。


「マスカレイドとは、生き残りをかけたゲーム。参加者は反転世界を舞台に、与えられた能力を用いて戦うの。勝てば、その戦績に応じた利益が与えられるわ。その形は、お金だったり、地位だったり、参加者の願いによりけりだけれど」


「じゃあ………負ければ?」


少女の言葉に、迅が当然の疑問を口にする。


話を聞いている分には、強制的に参加させられる以外には、ただリアルなだけのゲームという認識にしかならない。しかもそれで利益を得られるというのであれば、いいこと尽くめだ。


だが、得てしてそういう話には必ず裏がある。


メリットが大きければ、それ相応のデメリットというものが当然存在するはずなのだ。


そして、そんな迅の読みは正しかったらしく、鈴奈は未だ表情を変えぬまま答えた。


「………あの世界で死んでも、現実のゲームのように生き返ったりはしない。正真正銘、あの世界での死は現実の死に直結するわ。しかもただ死ぬわけじゃない。文字通り、〝消える〟のよ」


「じゃあ、アンタが撃ったあの男も…………」


「………もう、毛の一本も残っていないでしょうね」


つまりは、彼女の言うとおり〝消滅〟したということ。


それを淡々と告げる鈴奈に、次第に怒りがこみ上げてくる。


気づけば、迅は彼女に掴みかかっていた。


強引に柵から引きはがし、胸ぐらを掴む。


「アンタ……よくそんな平然としていられるなっ! 人が死んでるんだぞ!?」


「そうしなければ、私達が殺されていたわ。私も………貴方もね」


迅の剣幕にも微動だにせず、冷たい眼差しで真っ直ぐに迅の瞳を見つめる鈴奈。


鋭い目付きも相まって、気の弱い者であれば一瞬にして縮こまるところを、彼女は一切何も感じていないのか、動じることも一切なかった。


否―――――実際、その程度では動じる必要もないのだろう。


これまで多くの非日常の世界を経験した彼女は、この程度では揺るぎもしないのだろうと、迅は勝手に推測を立てた。―――――否、きっとそうなのだ。


と、そう思うと自分の行動が急に虚しくなって、気づけば胸ぐらを掴んでいた手で突き飛ばすように解放していた。


「それに、あんなふうにあの世界に取り込まれた戦闘狂(バトルジャンキー)は、言うだけ無駄よ。いずれにせよ、戦い続けた末に誰かに倒される。そういうふうに出来ているの、アレは」


乱れた服を整えながら言う鈴奈の言葉に、ふと疑問に思ったことを迅は訊ねた。


「お前は………お前は本当に、殺したくなんてないんだな?」


「当たり前よ」


きっぱりと言い放つ彼女の表情から読み取れるのは、確固たる信念と、その裏に見える、殺人への恐怖。


故に、それ以上迅もそのことについて問うことはしない。

ならば次の質問へと移るべきだと、迅は話の本筋へと切り出した。


「戦いの仕組みは理解できた。でも、やっぱりそれだけだと戦わなければいけないっていう意味がわからないんだが………」


「………戦うごとに褒賞があるように、戦っていないものには、ペナルティを課される仕組みになっているの」


「ペナルティ?」


「一定期間戦績を上げない者には、デリートと称した粛清が起こる。………勿論、戦っていたとしても結果が出せなければ、同じことが起こるわ」


「デリート…………」


パソコンのユーザーである迅に、その言葉の意味が理解できないはずもない。


デリート―――――つまりは、〝消去〟されるのだ。


そしてそれは、現実の〝死〟へと繋がることくらい、迅にも容易に連想できた。


「なんか………実感湧かないな。急にそんなこと言われても……」


「湧こうが湧きまいが、事実よ。消えるのが嫌なら、定期的に反転世界にログインして、ランブル狩りでもすることね。プレイヤーと比べると、得られる経験値も褒賞も、微々たるものだけれど」


「え? 戦績って、ランブルでも得られるのか?」


「ええ。さっき言ったとおり、得られるメリットは微々たるものだけれど、ランブルを狩るだけでもペナルティによる死は回避出来るわ。………尤も、リターンの大きい他プレイヤー狙いのプレイヤーや、ランクの高いランブルもたまに出現するから、全く安全な方法というわけではないでしょうけど」


昨日のロケットランチャーの男の消滅を見て以来、マスカレイドの中では人の死が必然であると決めつけていた迅には光明が差すような思いだったが、それでも実感ははっきりとは感じとれないというのが現実だった。

昨日感じた恐怖もどこへやら、現実に戻ってくると、「自分とは関係ない」という気持ちが強くなってくるのだ。


そうして、そこまで話したところで、次の授業の予鈴が響いた。


「後は、ルールを読んでおきなさい。死にたくなければね」


そう言い残し、鈴奈はもう用はなくなったとばかりに、足早に屋上を後にする。


もう、その言葉を聞くのは3回目だろうか。


そんなことを漠然と考えながら、鈴奈が去った後の屋上から1人、迅は陰鬱な気持ちを晴らすことができぬまま、逃げるように立ち去っていった。







☆★☆★☆★☆







そうこうしている内に、放課後になった。


午後の授業も相変わらず、迅の頭に入ってくることはなかった。彼の思考を満たしているのは、昼休みに鈴奈から聞いた言葉。


ペナルティ。そんなものがあるとは、考えもしなかった。

確かにそれなら、戦う気のない自分のような人間でも、戦わざるを得ない。誰だって、死にたくなどないのだから。


だが、彼女の提示した最大の打開策であろうランブル狩りも、完全に安全とは思えない。


彼女の言ったとおり、他のプレイヤーを殺すことに躊躇いのない、戦績による利益本位のプレイヤーが狙ってくることも十分に考えられるし、ランブルの中でもランクが高く、強い個体が現れようものなら、弱いプレイヤーでは一溜りもないだろう。


少なくとも今の自分では、昨日のゴーレム1体とすら満足に戦えないであろうことは理解しているだけに、迅は陰鬱になりつつある思考を隠せないでいた。


「どうしたの、迅君?」


「おわっ!?」


と、蜘蛛の子を散らすように教室を出ていくクラスメイト達の中、物憂気に考え込んでいる迅の姿を訝しんだか、突然視界に割り込んできた雛の顔に、迅は思わず椅子から転げ落ちてしまった。


「だ、大丈夫?」


「いてて………いや、こっちこそ驚かせてすまん。で、どした?」


「あ、うん。今日は零次君も絢香ちゃんも用事があるみたいだから、一緒にケーキでもどうかなって」


「絢香はともかく、零次が用事ってのは珍しいな………」


絢香の家は酒屋をしていて、頻繁に家の手伝いに駆り出されていたから、そう考えればいくらでも納得がいくが、零次の家は迅と似たり寄ったりの普通の家庭であり、特に用事といっても思い浮かばなかった。


が。


「新しいゲームが出るとかで………」


「………OK、よく解った」


雛の言葉で、あっさり疑問は氷解した。


なるほど、確かにそれなら彼にとっては十分に〝用事〟だろう。


迅も人並みにゲームで遊ぶこともあるが、零次のプレイするものは迅のやる、所謂一般向けのゲーム機で遊ぶテレビゲームではなく、パソコンにインストールして遊ぶような玄人向けのもので、特にオタクの自覚のない迅には到底付き合えそうのない代物だ。


だから、特に彼に付き合おうとも思わないし、彼の方も迅が興味を示さないことはこれまでの付き合いで把握しているから、特に誘ってもこなかったということだ。


しかし、そういうことなら気兼ねもない。


鞄に荷物を詰めると、陰鬱な気持ちを吹き飛ばそうとするが如く、迅は雛と共に教室を出る。


その姿を、教室の窓辺に寄りかかっていた鈴奈が、無表情に見送っていた。







☆★☆★☆★☆







「あれ、迅君じゃないか」


「え?」


ケーキ屋で家族への土産のケーキを買った後、家路についた迅を柔らかな男の声が呼び止めたのは、既に日も傾き始めた頃だった。


振り返った迅の下へ、人の良さそうな笑顔を浮かべた中年の男が歩み寄ってくる。


初めは、誰か判断もつかなかった。


だが、男が近づいてきて彼の顔形が視界の中で鮮明になるにつれ、迅の中の記憶も徐々に鎌首をもたげてきた。


「あ………井出先生?」


「そうそう! 久しぶりだねぇ、元気だったかい?」


いよいよ迅の記憶の表層に登ることとなったこの男の正体は、迅が中学生の頃、よく世話になった数学の教師だった。


一度クラスの担任になった後、何かと気にかけてくれた上、相談にも乗ってくれた、云わば迅にとって頼りになる恩師であった。


「先生こそ、お元気そうで何よりですよ」


「はは、まあね。相変わらず、難しい年頃相手に四苦八苦してるよ。迅君は? 最近、どんな感じだね?」


「まあ………可も無く不可も無くってところです」


「それは何よりだ。うん、何かあるよりはよほどいいに違いないよ。まあ、活躍があれば尚いいんだがね」


「あはは、耳が痛いです………」


申し訳なさげに頭を掻く迅に、男が―――――また迅自身も、声を上げて笑った。


こんな会話も、どれくらいぶりだろうか。

以前は幾度も交わしていたはずなのに、たった数年経っただけで酷く懐かしく思えていた。


あの当時も、学校の廊下と道路の違いはあれど、よくこうやって話しかけてくれていたのを、迅は忘れてはいなかった。


「いや、本当に久しぶりだな。どうだ。今からでは遅いし、また今度、休日に食事でも」


「いいですね。ぜひご一緒させてください」


「それじゃ……日曜の昼、この先のファミレスでどうかね?」


「解りました。宜しくお願いします」


「じゃあ、そういうことで」


手を上げて、人のいい笑顔を浮かべて去っていく井出に、迅もまた手を上げて笑顔で見送る。


その時―――――ふと、迅の目が彼の鞄に留まった。


正確には、鞄から少しはみ出していた、濃い茶という色合いながら眩い程の光沢を放つ〝何か〟に。


迅は首を傾げながら、端だけが見え、正体を推察することが叶わぬそれについて訝しげに顔を歪めるも、やがて何事もなかったかのように家路についた。


迅は知らない。

それこそが、彼を襲う悲劇の源であるということを。


そして少なくともそこで、その物体について彼に訊ねてさえいれば、悲しき運命だけは、回避することが出来たかもしれなかったのである。







☆★☆★☆★☆







「さて、と………」


家に帰り、家族と談笑しながら夕食を済ませると、迅は早速パソコンの電源を入れた。


何だかんだで昼間に鈴奈から聞いた話が気になったというのもあって、昨夜は触れることすら抵抗があった電源スイッチを何の躊躇いもなく入れていく。


やがてOSが立ち上がり、デスクトップが表示され、そして―――――。


「来た………!」


すぐに、マスカレイドと英語で書かれたウインドウが、自動で開いた。


相変わらず毒々しい背景に、Log-inという文字。


さらに。


「あった。これか…………」


その更に下へページを送ると、Ruleと書かれた下に、幾つかの項目が箇条書きにされていた。


迅は意を決し、それを1つ1つ読み上げていく。




①マスカレイドとは、電脳世界に形作られた仮想空間において参加者同士が戦うサバイバルゲームである。

②マスカレイドの参加者には、予めマスクが贈られる。現実世界からマスカレイドに入るためにはマスクが必要であり、マスクがない者は立ち入ることは許されない。故に、参加資格はマスクそのものとなる。同様に、マスカレイドから出るためにもマスクが必要であり、仮想空間内で破壊されるなど何らかの手段でマスクを失ったプレイヤーは、仮想空間から出ることは出来ない。

③マスクにはそれぞれ、パーソナルアビリティ、固有装備が1プレイヤーにつき1つ与えられる。双方共に様々な種類があり、特にアビリティは戦闘における使用回数が増えるにつれ進化する場合がある。

④戦いにおいて特に制限はない。プレイヤー自身の死が直接、プレイヤーの敗北へとつながり、間接的、直接的手段を問わずその要因となったプレイヤーに戦績が加算される。得られる戦績の程度は、倒した敵のランクにより変動する。

⑤褒賞は、一定期間ごとに積み立てたノルマとその余乗分に応じて与えられる。

⑥敗北したプレイヤーは、現実世界からも仮想世界からも完全に消去(デリート)される。修復は不可能。




「本当に………死ぬのか」


どこかで、少女の言葉を信じたくない思いがあったのだが、実際にこうして文字として突きつけられると、どうしようもない思いに駆られる。


それと同時に、マスクには1ずつ、能力と武器が与えられるらしいことも解った。


鈴奈の刹那の支配者(タイム・ルーラー)と、あの宝石銃もこれにあたるのだろうか。自分に与えられた力は、どのようなものなのだろう。そんなことを考えながら、おそらくペナルティについて書かれているであろう次の欄へと進んだ。




⑦戦績にはノルマがあり、一定期間このノルマに届かなかったプレイヤーには、ペナルティが加算される。

⑧ペナルティ執行には猶予期間が与えられ、その間にノルマを上げることで回避することが出来る(但し、この際に得た戦績による褒賞は無し)。

⑨その他、仮想空間にランダムに出現する魔物、ランブルを倒すことでも戦績を得ることが出来る。ランブル討伐によって得られる戦績もランブルのランクにより異なるが、他プレイヤーの場合より低い。

⑩ランブルによる死も敗北とみなされる。その場合、褒賞は誰にも与えられることはない。




合計10個の項目を読み終わり、迅は黙って画面を見つめた。

もはや、何も言うことは出来なかった。


戦わない場合のペナルティがあるというのは、どうやら本当のようだ。


一定期間と記されているだけなので、実際にどれほど戦わないでいるとペナルティになるのか解らないこと、そして実際に執行されるペナルティの内容が明かされていないことが、余計に恐怖を煽っていた。


だが、こうしてみるとたとえ得られる戦績が少なくとも、ランブルを狩っているだけで全てが解決する、というわけでもないようだ。ランブルを狩るにしろ、プレイヤーを狙うにしろ、一定期間内のノルマというものを果たさなければ、戦績不十分とみなされペナルティ猶予期間に入る。


本当に、よく出来たシステムだった。少なくとも、人々に戦いを強制させる―――――その1点に対してだけは。


「くそ…………」


ペナルティは存在する。そして、それを回避するには戦うしかない。


だが、迅はまだ怖い。

当然だ。つい一昨日まで、彼は死とはほぼ無縁の生活を送っていたのだから。


無論、実質的に死の可能性が皆無であったというわけではない。


急病で死ぬかもしれない。道行く人が、刃物を突き立ててくるかもしれない。不慮の事故に遭うかもしれない―――――。


目に見えないだけで、日常の中にもそういった〝死への可能性〟が溢れているのは事実だ。


しかし、マスカレイドの死は目に見える。


銃で、刃物で―――――様々な方法で人が、魔物が、常に虎視眈々と人の命を狙っているのが見える。


しかも、その中に自ら飛び込んで行かざるを得ない苦悩というのは、並大抵ではないものがあった。


「どうしろって言うんだよ、ったく………」


自分はおそらく、まだマスカレイドとやらに参加したての、云わばルーキーのようなものだから、このペナルティがすぐに施行されるというのはないかもしれない。


しかし―――――。


「絶対、安全………なんて、言えねえか」


飛び起き、鞄から出してあったマスクを見つめる。


真紅の光沢は、昨夜の―――――少年にしてみれば、十分に激闘と呼ぶに値する戦いを前にしても、未だ傷1つない。


それだけが、今は自分を勇気づけてくれるような矛盾した思いに至って、迅は疲れたように苦笑した。


そして。


「………行ってきます」


一言、誰もいないであろうドアの向こうへそう告げながら、迅はゆっくりとパソコン画面へとマスクを翳した。







☆★☆★☆★☆







「これは………」


意識が戻ると、迅は家の外へ出た。


相変わらず、人の気配のしない街は見慣れている癖にどこか落ち着かなかったが、それを気にしている余裕は、ドアを開けてすぐに目に飛び込んできた異形によってあっさりと霧散した。


ぎょろりとした1つ目をした、鬼のような醜悪な姿をした魔人。名付けるなら、サイクロプスとでも呼ぶべきだろうか。


茶褐色の肌をした筋肉質の身体で、のっしのっしとコンクリートを踏みしめていた異形は、ドアの開く音に一斉にこちらを見た。


それにびくりと身体を震わせながら、迅は祈るようにマスクを装着した。


光に包まれた迅は、マスクによってあのタキシードへと姿を変える。


「行くぞ!」


この姿になってからの力に関しては、迅もよく解っているつもりだ。


故に、叩き込まれる前にまずこちらから打って出る。

先手必勝の理は、迅もよく理解していた。


だからこそ―――――攻める。


今にも腹の底から湧き上がってきそうな恐怖を、大丈夫だ、やれると自己暗示を繰り返して必死に抑え込み、こちらを見たまま未だ動かない隙に、迅は一気にサイクロプスの懐に潜り込み、拳を振るった。


「グガアアァァッ!?」


やはり、マスクを付けて強化された状態の拳はかなりの重さを誇っているようで、腹に減り込んだ拳にサイクロプスは悲鳴を上げて悶絶する。


更に数発、連続して拳の連打を叩き込んだ。


その1発1発が確実にサイクロプスの身体にめり込み―――――やがて耐え切れなくなったサイクロプスは、断末魔の叫びを上げて粒子と化し、消え去った。


すると周囲にいた個体が、仲間がやられた事実に怒り狂うかのように次々と襲いかかってくる。


だが―――――。


(この程度なら………!)


動きが見える。


しかもそれだけではなく、彼らの動きに反応するだけの身体能力が今の迅にはあり、故に彼らの拳を、爪を回避することなど造作もない。


おそらく、ランクの低いランブルなのだろう。

それは、初心者である迅にも戦いながら理解出来たが、それでもこのような異形の存在相手に立ち回りを演じている自分が酷く非現実的な存在に思えて、全てを倒し終えた後、迅は静かにその場に佇んだ。


目付きが悪い所為か、昔から迅はよく不良に目を付けられた。

本人には一切その気はないのだが、ガンを飛ばしているだの何だのと因縁をつけられては、喧嘩に発展することも少なくはなかった。


当然、そこで手を出しては問題となってしまうため、自分から手を出すことを迅はしなかった。その代わり彼らの攻撃を躱す身のこなしは、そんなことを続けている内にいつしか養われていき、それが現在こうしてランブルとの戦いに役立っていることなど、迅自身すら知る由もない。


ややあって、全く微動だにしなかった顔を漸く下へ向け、何もないコンクリートの地面を一瞥すると、迅は溜まっていた恐怖を吐き出し、張り詰めていた空気を解きほぐすように深く溜め息をついた。


「これで、少しは足しになったか………?」


たったこれだけでノルマに達するとは考えにくいが、それでもその礎となるであろうことは間違いない。


こうして1日に短時間で構わないからログインして、少しずつ戦績を積み上げていく。

それが、最もリスクの少なく、最も確実な方法に思えた。


ともかくこれで、初日としての狩りは上々の結果に終わったと言えよう。


そう考え、元来た家へ戻るべく踵を返そうとする。


サイクロプス達との戦いでいつの間にか家から離れてしまっていたが、幸いここはまだ近所だ。

すぐに戻れば済む話。しかし―――――そう考えていた迅の思考は、次の瞬間、突如遮られる。




「ああああぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」




「っ!?」




不意に響いた叫びに、咄嗟に身構えた。


殴りかかってきた何者かの拳を、迅は咄嗟に腕を交差させて防ぐ。


「ぐ、ぅっ………!?」


先程のサイクロプスの中に、生き残りがいたか―――――そう一瞬考えたが、迅はその考えをすぐに棄却した。


サイクロプスが粒子となって消滅したことは、先程この目で見た事実であるし、撃ち漏らしがあったようには見えなかった。


そして、何より―――――目の前で今拳を構えているのは、ランブルとは本質を違えるもの。


まるで執事のような装束を身に纏う〝ヒト〟は、青年というより壮年の熟練の空気を放っている。

顔には、自分が今まさに着けているものに似た造形のブラウンの色をしたマスクがついていた。


「まさか………他のプレイヤー……!?」


こんなに早く現れるなんて、と愕然とした想いを抱き、迅は呟きを漏らす。


まだ自分は、参加者としてはど素人。

ルールにあった固有武器も、能力すらよく解っていない状況。


そんな中で、どんな能力を秘めているかも知れない他プレイヤーを相手にするようなことは、自殺行為に等しかった。


(どうする………!?)


咄嗟のことに焦りを隠しきれぬまま、迅は必死に思考を巡らせようとする。


だが、そんな暇すら敵は与えようとはしてくれなかった。


「あああああぁぁぁぁっ!」


「ちぃっ!?」


再び絶叫を上げながら、ブラウンマスクのプレイヤーは一直線に迅へと迫る。


迅は舌打ちし、彼の拳を寸前で回避する。


そして、その後、即座に飛んでくる裏拳。

不意打ちの正拳突きより力がこもっていなかったためか、片腕のガードで難なく防ぐ。しかしそれでもランブルとは格の違うプレイヤーの一撃は、びりびりと痺れを腕へ伝えてきた。

.

「おいアンタ! 本気で人を殺そうなんて思ってるのかよ!」


「………すまないっ」


一瞬言葉に詰まったブラウンマスクのプレイヤーは、謝罪の言葉を述べながら再び拳を突き出す。


それに対処しながら、迅は何となく感じていた。


この人は、戦いに苦しんでいると―――――。


「…………ああ、くそっ!」


初戦から、随分とやりづらい相手に出くわしてしまったものだ。


殺したくないのに、戦っている。おそらくはペナルティを控えているプレイヤーなのだろう。それも、他プレイヤーを狙わない限り到底挽回できぬほど、戦績が滞っているに違いない。


だが、だからといってこのままでは自分が危ない。

今はなんとか、持ち前の喧嘩の勘や反射神経でなんとか乗り切れてはいるが、おそらく彼の方が戦ってきた年月は長いのだろう。彼の拳からは、それがありありと感じ取れる。


このままでは、いずれにせよやられるのは自分だ。


やりきれない想いを抱きながら、なんとか退けようと拳を握り締めたところで―――――。




ズキュンッ!




「くっ!?」


「おわっ!?」


2人の間を、青白い光を纏った鉛玉が通り過ぎる。


ブラウンマスクのプレイヤーと共に銃弾が飛来した方向を見やると、紫の色をした仮面を着け、黒い上下とロングコートに身を包んだ鈴奈が、煙の上がる宝石銃の銃口をこちらへ向けていた。


「くぅっ………」


「あ! おい、待てよっ!」


彼女の登場に、怯えたような呻きを上げて去っていく男を迅は呼び止めようとしたが、男はそのまま家の屋根伝いに跳び去っていってしまった。


「………迂闊だったわね」


「ああ。まさか早々にプレイヤーに当たるなんて………」


鈴奈の言葉に、迅はあのプレイヤーが去っていった方を見やりながら同意する。


が、彼女はそんな迅に溜め息をついて、首を横に振った。


「いいえ、そうではなくて。こんなに初期ポイントから離れたことよ。この距離では、他プレイヤーに出くわしても逃げ込めない。………忠告しておくわ。戦いに慣れるまでは、初期ポイントからなるべく離れないようになさい」


「………あー、そうかよ」


迅は返事をしながら、鬱陶しげに彼女から視線を逸らした。


やはり、この女はあまり好きになれそうにない。そう、心の内で毒づきながら。


「………で? そういうお前はどうしてここに?」


「貴方と同じ、ランブル狩りよ。最近はどういうわけか、大量に出現するようだから。その調査も兼ねてね」


彼女に会った不幸を嘆くかのように、わざとらしく嫌味たらしい口調で問う迅の言葉にもどこ吹く風で、鈴奈は涼しい顔をしながらそう応える。


初心者の迅には解らなかったが、彼女に拠れば今出現しているランブルは平時に比べかなり多いようだ。


となれば、先程のサイクロプスが家の前に屯していたのも、通常からすれば異常と言えるのかもしれない。


それを話すと、鈴奈は顎に手を当てて何やら思案しだした。


「ランブルがそんなに集まって………でも、あの陣の形跡を踏まえれば……もしかしたら……」


「お、おい?」


自分を置いて思考の海に沈もうとしていた鈴奈に声をかけると、彼女も漸く我に返った。


ホルスターに収めていた宝石銃に右手をかけながら、迅に向き直る。


「ごめんなさい。少し考え事をしていたわ」


「ん、まあいいけどよ。じゃあ、俺はこれで帰るから」


「待って」


「………まだ何かあるのかよ……」


呼び止める鈴奈に、迅は不機嫌を隠そうともせずに表情に出しながら振り返る。


迅としては、調子の狂うこの女と少しでも長く一緒にはいたくなかった。

だからこそ、急にでも何でも話を切り上げて、帰ろうとしたというのに―――――あろうことか、彼女の方から彼を呼び止めてきたのだ。


しかしこれも彼の性か、彼女の呼び止めを振り払うようなことはせず、面倒ながらもそれに応じる。


そんな迅の心境を知ってか知らずか、鈴奈は表情を変えぬまま迅の背後を指さした。


「貴方、あの中を1人で家まで帰るつもり?」


「………え?」


彼女の言葉に、迅は背後をおそるおそる振り返った。


そこに広がっていたのは―――――。



「………すみません、手伝ってください」


「よろしい」



これ以上ないまでに町中に巣食った、異形達の姿だった。


項垂れつつそう鈴奈へ頼み込みながら、迅もまた拳を握りしめる。


突撃する間際、迅の脳裏を過っていたのは―――――先程の正体も知れぬプレイヤーの姿と、恐怖に震える声だった―――――。







評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ