Prologue 【Shall we dance?】
適材適所という言葉がある。
どんなものにもそれに適した場所というものがあり、そこが一番、力を発揮することが出来るのだという言葉だ。
どんなものにも、それにお誂向きの場所がある。だから、自分がここで力を発揮できないのは、ここが、自分が力を発揮するに値する場所ではないからだと――そんな、言い訳がましい台詞を吐くつもりはない。
だが結局は、その理屈に甘んじてしまう自分を否定できない。
人間というのは時に、今の位置に安住して、新天地へ旅立つことを恐れるものだ。
今、自室でパソコンのマウス片手に画面へ向き合っている少年もまた、そんな思考の持ち主であった。
風上 迅。それが、彼の名である。
市内の高校に通う、ごくごく普通の高校2年生。
家庭にも恵まれ、会社員の父親と、専業主婦の母を両親に持つ。
2つ下の妹は、兄の出来の悪さに溜め息をつきながらも、面倒見よく相手をしてくれる出来た娘だった。
一方少年自身は、特に可も無く不可も無くというレベルの日常を謳歌していた。
運動神経は十分過ぎるくらいにいいし、学業における成績も悪くない。
が、にも関わらず部活動は無所属――つまりは帰宅部で、代わり映えのしない学校生活を終えた後は、家へ帰って趣味のネットサーフィンに精を出す。
今日もまた学校から帰宅するなりネットを開き、夕食後も宿題と予習復習を済ませた後、意気揚々とパソコンを開いて、次々とインターネットを渡り歩いていく。
と、そんな中だった。
まさに、晴天の霹靂としか言いようがない。
いつもどおりサイトを渡り歩く最中、ワインレッドの色をした、いかにも怪しげなサイトに偶然接続してしまったのだ。
その、トップに書かれているのは――。
「マスカ……レイド? 何だ、このサイト……?」
怪しいと思いながら、シンプルな字体で大きく〝マスカレイド〟と描かれた下にある、〝Mask in〟という文字を試しにクリックしてみる。
すると。
「なっ、おいおいおい!?」
突如、パソコンが勝手に何かをダウンロードし始めた。
しまった、ウイルスの類か!
そう思ったが既に時遅し、一旦始まったダウンロードは何故かキャンセルすることが出来ず、いくら弄っても〝ダウンロード中〟と表示されたウインドウは消えてくれない。
そして、ついにダウンロード率が100%となり、作業の完了を示す表示が映し出された。
「だ、大丈夫……なのか?」
何も起こらないことを理解すると、おそるおそる、ダウンロードされたばかりのファイルを開いて中身を確認する。
突如表示されたウインドウに一瞬意味も無く身構えるも、その内容を見、迅は思わず溜め息を漏らした。
「何だ、やっぱウイルスとかじゃなかったか……。……けど、これって一体、何のファイルだ……?」
見たところ、ウインドウにクリック出来る場所は何もなく、ただ一言、こう書かれていた。
『……Shall we dance?』