美少女⑨彩~芸能デビュー
ドラマデビューの矢先。新人タレント裕子にいじめが発生である。
苦情を入れられ裕子はおろおろするばかり。
当然マネージャーは苦情を苦情として受け入れ難いのである。
「そっそんなぁ~ちょっと待ってください。いきなりドラマ出演を回避して欲しいだなんて。裕子はデビュー作になるんですよ」
プロダクションとテレビ制作部門でタレント出演契約が締結しているはずである。
「あっそうですね」
民法を持ち出されてごちゃごちゃ言われることはいつものこと。慣れているADは冷ややかに答えた。
「だったらギャラは支払うわ。キャンセル代金として。それでいいでしょうか」
対応したADはトラブルは面倒だなあっとさっさと横を向いてしまう。
「もう!だから零細プロダクションは邪険に扱うから嫌い」
怒ったマネージャーはぶるぶる震える裕子の手を引いてとぼとぼとスタジオを後にしようかとした。
無用なタレントはスタジオに居てはいけない。
「ちょっと待って!あなた方は帰る必要はないわ」
ことの顛末を眺めていた女優さんがいた。
「どちらの"ダクション"かしら?そちらは新人タレントさんですわね?名前はなんとおっしゃったかしら」
声の主は主演女優さん。当代No.1売れっ子でドラマの重要なファクターである。
30歳を越えるまで大部屋暮らしの売れない女優の苦労人でもある。
「私から見まして。そうですねぇ。彼女は演技力がありそうでございますわ。素晴らしい瞳ですこと」
裕子の円らな瞳が"目は口ほどに物を言い"と女優に語りかけたらしい。
「ディレクターさんを呼んでくださいな。あっとマネージャーさん。あなたもいてくださいね」
美少女裕子の瞳は同じ新人タレントには妬みの象徴になったのだが。
女優は新人タレントの裕子をどうしようとするのであろうか。
マネージャーが口を挟む。
「あのぅ~裕子はタレントとして(失格です)。ドラマ回避と言われましたので…」
主演女優が尽力していただいてもどうにもならないことだと思います。
むしろ迷惑が掛かるのでは?
「あらっそう?そうかしら」
呼ばれたディレクターが主演女優に頭をさげた。
「先生っご用件はなんでございましょうか」
今にも床に頭がくっつくかのごときである。スタジオで威張りまくる勇姿はそこにはない服従ぶりである。
「ディレクターさんにお願いしたいわ。今から台本書き換えていただいてよろしくて。新人さんは私の~」
裕子は主演女優の身内で役をいただきたいわ。
女優は36歳の女盛り。新人の裕子を妹に抜擢したい。
「うーん妹かぁ。女子高生としては…あらっイヤ~ン!年齢差ありすぎオホホ」
にこやかな笑いを残って女優は控えに入ってしまう。
必然的にスタジオのテイク(収録)は中断である。
ディレクターは慌てふためき台本書きに連絡を入れた。
「おっおい!家族を増やせ。ああっ何故かって?なんでもいい。妹でも隠し子でも貰い子でも」
新人タレント裕子を家族に抜擢しなさいと"我が儘な大先生"がおっしゃったんだ。
女優の隠語を台本のライターに伝える。
「あっハイ!わかったわかった」
2つ返事でパソコンに向かい"裕子の役割"を挿入していく。
テレビ局番組編成室内のライターは汗を流しタイピングを繰り返した。
フゥ~
我が儘は我が儘で可愛いいとは思うけどさ。
ライターも主演女優のフアンでもある。
リーンリーン
編成室の内線電話だった。
「お忙しいかしら。そちらにお邪魔してよろしいかしら」
主演女優がセクシーな声甘える声でライターに言い寄るのであった。
「書き直しは進みまして。新人さんは女子高生さんでございますわ」
裕子を直接連れていきます。実物を見たら筆も進みましょうに…
アチャア~
「やいやい。あんな大物女優が裏方の編成室に来られては迷惑だぜ」
掃除も整理整頓も施されていない。むさ苦しい男所帯である。
「あらっお邪魔ではなくてね」
30分後にマネージャーと参ります。
台本をいただきに私は参ります。
長い休憩時間を経て収録は再開される。
「よしっスタンバイOKですね。出演者の皆さん。台本に若干変更がありました。セリフの確認をお願いいたします」
ADはプリントを配り終え確認をする。
「裕子ちゃんには家族団らんの環に入っていただきます。女子高生は女子高生ですが」
台本には家族の一員に構成されドラマ進行の重要な役割を担う。
その代わり大手プロの我が儘なタレントは…
その他大勢の女子高生役に降格されていた。セリフはなく出番もドラマとはまったく関係なしである。
主演女優はこの手の威張った女が嫌いである。対自覚である。
バックグラウンドに強力な芸能プロダクションがあると思い上がりなにかと我が儘に横柄な態度を取る。
我が儘なら人後に堕ちない女優ではあるが。
自分の所業は棚に置いていた。
美少女裕子は張り切って家族の一員(準レギュラー扱い)を演じる。
主演女優とのセリフ回しも緊張もなく淀みなくこなしたのである。
一回の出演ではあるが見事な演技の一言であった。養成所の講師にお礼が必要である。
「裕子ちゃんとおっしゃいましたわね。なんでございましょうか」
女優は久しぶりに完成度の高いドラマ演技をしたと満足であった。
裕子とはウマが合いそうね。
我が儘なことで芸能界ナンバーワンにランキングされる女優である。他人を褒め称えるなど希有であった。
裕子が新人タレントとして好スタートを切る。主演の気紛れな女優という後ろ盾を得て有頂天ではあるが。
「キィ~悔しいわ!どうしてどうしてなの」
重要な役回りを裕子に奪われたライバル新人は腸が煮えくりかえる。
「早くダクションに帰ってちょうだい。えっまだポスターの撮影があるの」
新人タレントは芸能プロがあれこれ苦労して売り込みをしてくれる。
「イヤッ!私写真なんて…。気分じゃあないわ」
マネージャーにまで悪態をついてしまう。
芸能マネージャーは味方である。数少ない味方を決して敵に回して得になることはなかった。
「ダメですよ。事務所の意向に添って仕事をこなしていただきます」
ドラマで腹が立とうが次の撮影スタジオ現場は新鮮な気持ちで入ってもらわなくては。
「イヤッですってバ!もうっ~私写真なんか撮られてもヘラヘラ笑えない」
デビューしたばかり新人タレントからムスッとした般若顔をされた。
「困った人ですわよっ。あなたって人は」
数々の新人タレントをマネージメントしてきた自負がある。
意に添わない仕事や面白くもない出来事などこの世にゴマンとある。
タレントのマネージメントをする際に一時的な感情を受け入れていてはこの芸能界生き残りはできない。
バシッ!
勢いよく頬に平手打ちがとんだ。
キャア~
お嬢様に育て上げられた女の子である。暴力など初めて食らったのである。
「甘ったれんなっ!そんなにイヤならとっとと芸能界なんか辞めておしまいな。幼稚園じゃああるまいし」
四の五のとご託並べて機嫌損ねて
「イヤなんだろ!はっきり言いなさい。写真もドラマも好きじゃあないだろ」
マネージャーは啖呵を切って威勢がよかった。
これだけ高飛車に出たら大抵の新人はシュンとなりおとなしい羊さんになってくれる。
これだけは長いマネージャーの経験から計算もできた話しであった。
「イヤン。嫌よ」
涙がポロポロ溢れいく。
泣くだけ泣いたら謝りおとなしい羊になる…はず…計算では。
「マネージャーなんか大嫌い!社長に言いつけてやるわ。あなたは首!首にしてもらうわ」
うん?
現代っ子は反抗的で甘えん坊のお嬢様育ちだった。
自分の思う通りに何事もいかなければ我慢ができない。
撮影スタジオに向かうクルマを無理やりプロダクションへUターンをさせてしまうのだ。
驚いたのは我が儘を浴びせかけられた社長であり社員だった。
ワァワァ~泣き声を高め社員から同情を集めようかと示威運動である。
「わかったわかった。おまえの言い分はよくわかった」
社員の手前で社長はどうしたものかと考えあぐねる。
泣きじゃくった新人タレントは芸能プロダクションの"シンデレラ"であり"金を産むアヒル"である。
大々的なキャンペーンの網をテレビ雑誌にかけ選りに選ってグランドチャンピオンの栄光を射止めた。
それが我が儘いっぱいなシンデレラ。この有り様であった。
芸能プロダクションはキャンペーンの段階で大金を叩いていた。
優勝が決まって以来テレビや雑誌でシンデレラの売り込み宣伝はおこなわれていた。
いまさら意気地無しで我が儘となり優勝を取り消すことはよしとしない。
「わかったわかった。女の子なんだからもう泣くな。私は女房と涙が苦手なんだ」
女房も苦手?
芸能プロダクションは奥さんの家系が創立者。婿養子の社長であることは社員一同知らぬ者はいなかった。
※大手のこの芸能プロダクションはテレビ局に圧力をいくらでもかけることができる。
生き馬の目を抜くのが芸能界である。一寸先は闇の中というのは現実味のある話しであった。
新人タレント裕子は主演女優はもとよりレギュラークラスのベテラン役者さんに好かれていく。
「そうかあ。裕子ちゃんは文化人のカメラマンの肝煎りなんだね。えっ~ハリウッドでモデルさんも?あなたは一体誰なのよぉアッハハ」
ベテラン役者はいずれも端役で長い芸能界である。映画の本場ハリウッドが憧れの的は若いも年寄りも境はなかった。
「すごいなあ裕子ちゃん」
ドラマ収録の休憩の間はハリウッド帰りの裕子が花形スターである。
端役たちは芸能界の場末。たいした楽しみや娯楽がないのである。
「ハリウッドはたまたま女学院のお友達と行っただけで」
偶然に偶然が重なって
芸能界にタレント裕子がいたのである。
「裕子ちゃん頑張っていこうよ。ドラマで頑張って売れっ子女優になりなさいよ」
若いもの。
女学院の女子高生でしょ
あの学校はお嬢様だもの
しっかり演じてお茶の間の人気を博せば売れっ子女優も夢じゃあない。
快活な性格の裕子はスタッフや出演レギュラーに恵まれた。
楽しみながら日増しに演技力も高まりドラマ収録に精を出していく。
裕子は女優さんへの階段を確実に登っていくようである。
だが…
…『好事これ魔事多し』というのは諺だけであろうか。
テレビ局の控えで女優はぷぃと横を向いてしまう。
「ちょっとちょっと。お待ちになって。私のことを見てくださらないかしら」
それは主演女優のテイク収録だった。家族団らんのお決まりのシーンを裕子を交えて収録中であった。
我が儘が特権の主演女優がこともあろうことにライフワークにもするホームドラマで"旋毛"を曲げてしまった。
理由は…
「私気になるわ。主演より裕子が目立っているってどうしたものかと。私は不自然だと思いますけど」
主役が端役の裕子よりドラマの中で矮小な役割になっている。
「ちょっとマネージャーさんを呼んでくださらないかしら」
マネージャーを通じディレクターにドラマ台本の書き直しを命じたい。
最悪は目立つ役割の裕子のカット割りを少なくしてっと意地悪をしたいのだ。
これにはマネージャーも番組最高責任者ディレクターも困ってしまう。
裕子がドラマに初登場をして以来ディレクターは機嫌が良かったのだ。
長寿番組にありがちな低迷期やマンネリ化を具現した時である。
スポンサーさんに顔向けしにくい数字まで落ちていた視聴率はグゥ~ンとアップをしたのである。
裕子の出番があると比較的好調なのは数字が物語るのだ。
女優と裕子の絶妙なやりとり。
阿吽の呼吸は家族の絆をお茶の間に伝えたのだ。家族とはなにかを提案さえしていたのである。
「困ったなあ。二人のやりとりのシーンがお茶の間に人気なんだ。裕子のでしゃばりを抑制する場当たり的なドタドタは視聴率の呼び水にさえなるんだ」
ディレクターは頭を抱え悩んでしまう。
主演女優が演技力のある裕子を毛嫌いしている。
裕子の演技力が主役を凌駕し疎ましき存在。
狭い芸能界であり人の噂が好餌である。悪事は瞬く間に四方八方に走り悪評は地球の津々浦々にまで広まってしまう。
我が儘でプライドが高い36歳は独身女である。美人ではあるが男を寄せ付けない性質である。
「裕子は降ろしてちょうだい。私のドラマにはあの個性ら相応しくなくてよ」
相応しくない裕子
この一言にスタッフやレギュラー一同も過剰反応をしたのである。
主演には逆らえない。
主演女優のおかげで長寿番組ドラマとしてロングランである。テレビだけでなく劇場公演も成功させている。
逆らえないのは百も承知。
裕子に好感である端役さんらも"あなたの味方は女優を敵にすること"
触らぬ神に祟りなし
自動的に裕子を見限ってしまう。
裕子は女優の後ろ盾をつっかえ棒をなくす。
スコーン!
芸能界から失墜をしていくのである。
女優だけでなく大手プロダクションからも裕子憎しと睨まれてしまう。
四面楚歌は孤立無援の芸能界。
裕子は泣きたくなった
美少女だとクラスメイトからちやほやされて気がついたら芸能界入りを果たす。
ところがこの閉鎖的な世界は裕子のような普通の女の子が生きていくところではないようである。
マネージャーは裕子を慰める。
「裕子ちゃんが悪いわけじゃあない。あの女が気紛れだからいけないの」
気紛れでこちらの芸能活動を好き勝手にされて!
マネージャーの話しには説得力がなかった。裕子はいよいよ辟易な顔をした。
「私っこの世界にいてはいけない気がするの」
華やかな芸能界には華やかな美人がいてしかるべきだわ。
元来人前に出ることが苦手な女の子には不向きなのよ。
「私っ社長さんにお世話になったけど」
プロダクションを辞めて普通の女の子に戻りたい。
「普通の女子大生になります。お勉強をして卒業したら普通の主婦になります」
シオッとした裕子はマネージャーにリタイアを申し出たのである。
「プロダクションを辞めてもいいけど」
せっかくあなたの努力でテレビ出演までできたのに
「いきなりなにもかも棄てるのは早計なものよ」
後悔しないかしら
短期間でも華やかなテレビの世界にいたことは忘れられないわよ
だから辞めないで!
「芸能界は広いの。零細プロダクションでも考えようによっては使いやすいこともあるわ」
使いやすい?
大手プロダクションには真似ができないこともある
裕子は事務所に戻るクルマの中でマネージャーからあれこれと芸能界についてレクチャーを受けたのである。
決して悲しくてメソメソ泣いている暇はなかった。