美少女⑪彩~御曹司
御曹司と言うものは…
裕福な資産家に生まれる
何ひとつ不自由なくすくすくと育つ。
大人になってからの将来など苦労することもなく
悠々自適で贅沢三昧なハイソ生活が保証されている御曹司。
憧れる向きも多々あるのかもしれない
東京港区は一等地にある芸術家の個人事務所である。
老人が両手を広げメジャーで体長各位を測るところであった。
「先生っお手間を取らせて誠に申し訳ございません。お召し物の寸法はもう少し掛かります。あいすいません」
老人はああっいいよっと頷いた。
カメラワークで雑誌等で活躍をし日本学術振興に長年寄与している。老人はマスメディアからは敬意を払う存在である。
いつしか老人はマスメディアから敬意を払う存在と奉りあげられていたのである。
"日本文化の重鎮"
"芸術の大御所"
カメラマンの業績と温厚な性格はメディアに好かれ様々に呼ばれることになる。
年齢を重ねていくと毎年文化勲章の候補にあがりさらに名を挙げていく。
いよいよ勲章が与えられることが決まった文化人の重鎮。
今は苦虫を噛み潰しながら和装の寸法取りのお嬢さんに身を任せている。
「日本文化というと和服という話だがな。僕個人としてはどうにもね。畏まった着物や帯というものが苦手でね」
カメラの現役時代はTシャツにジーパンとラフな服装ばかり。
公式の会に出席も好きではなくタキシードの正装を着こなしたことは数えるほどである。
「和装は古めかしいね。いにしえのロマンを今に求める意味がよくわからないんだがね」
被写体たるモデルのために背広の寸取りや若い女性モデルならば喜んでというところであるが。
老境に入ると弟子や若い者に撮影スタジオをそっくり譲り引退を決意する。
カメラを持っていることは稀となる。
もっぱら文化講演会や大学の非常勤に精を出すのである。
分刻みのスケジュールを管理する秘書はスクッと顔をあげた。
「あらっ先生だからこそではありませんか。お着物がお似合いでございますわ」
若い女性秘書は年齢からしたら孫のようなものである。
"素敵なおじいさま"と褒めてもらったようなものである。
「先生ご苦労様でございました。終わりました」
五月人形のような武士上下の寸法を取り終える。
待ってましたと秘書が事務的にスケジュールを読み上げる。
「文部科学省(衆議院議員)との会食がございます。お迎えは五分後でございます」
文科省の役人と政治家に会うのか
ムッスゥとして顔色が悪くなるのであった。
国家権力の象徴たる政治家に尻尾を振る。この年にもなってまだ顔色窺いとは情けないの一言である。
だから…
堅苦しい文化勲章なんか貰いたくないんだ。
続きまして…
スケジュールは分刻みとなる。
「最後は日本学術会員理事会への出席でございます」
ホッ
民間の会合はどことなく気が休まるのであった。
リーンリーン
事務所内の電話が鳴った。
「あらっ」
秘書は電話に出ようかと机のテレフォンを見た。
リーンリーン
㈹電話は青い受信ランプは点滅しなかった。
「あらっ違いますわ。鳴っているのは。どの…(電話かしら)」
キョロキョロ
耳を澄ませ発信源を探ろうとする。
「あっ先生の背広からでございますわ」
ひょいっと手を伸ばし懐を探り携帯を取り出す。
ディスプレイから発信者を確認してみる。
御曹司(孫)の名である。
「お坊ちゃん!」
電話に出てみた秘書はアラッと首を傾げてしまう。
御曹司は半泣きな声でなにをしゃべっているかわからない。
「うん?お坊ちゃんどうしたの。(泣いて)なにかあったの」
祖父も秘書も警察のご厄介は一切知らせない。弁護士の思慮と配慮である。
「シクシク…僕はどうしたらいいか。シクシク…わかんないよ」
先行き不透明なことからどうしても重鎮に頼りたい。
困った時は父親よりもなによりも偉大な祖父だった。
「シクシク…おじいちゃんいないの」
身勝手さからアメリカ留学を取り止めさっさと帰国してしまう。
一流カメラマンになるという祖父の期待をバッサリ裏切っていたというのに。
秘書は御曹司からの携帯をしげしげ眺めてしまう。
孫はいけないのである。
とにかくトラブルメーカー。
孫が動き出すと厄介である。
文化勲章授与の会場で蹴躓きがありそうな思いが浮かび溜め息が出てしまいそうである。
「おじいちゃんに相談したいんだ」
御曹司は御曹司で警察の一件以来は意気消沈としていた。
お坊ちゃんの性格からみて反省らしき反省はすることもないが如何せん元気がないのである。
「おじいちゃん。僕さぁ~頼みたいんだ」
そこには二十歳を越えた成人があるのではなかった。
秘書が受ける印象はまったく成長をみない子供のごときである。
「お坊っちゃま申し訳ないのですが…先生は忙しい身でございます」
分刻みなスケジュールをテキパキこなしてくれなければ困ってしまう。
スケジュールの邪魔をしないでね
「おじいちゃんは事務所にいるのかな。僕っ今から行きます」
元来秘書はヒステリーなタチではなかった。
「事務所まですぐだからさ。コーヒーにケーキはあるかな。イチゴケーキが食べたいな」
最近は気のせいか性格がキツく変わってしまった。
御曹司の顔がポワン~と浮かぶ。頭脳明晰を自負する女子大出のインテリ才女でもこめかみがズキンズキン。
じわじわ痛みが伴いクスリに手が届きそうである。
身勝手に御曹司が事務所に現れる頃である。入居する雑居ビルのフロアに雑誌記者らがたむろをしていた。
「うわっ~なんだい!すごい人だかりだ」
事務所に門前払いをされ文化勲章授与の取材ができない連中が殺到していたのである。(正式なアポイントメントなしである)
「文化勲章のインタビューがもらえないのは。編集長に顔向けできず。弱ったよ」
文藝雑誌系の記者はマイクを向けてポツリ話すコメントより単独インタビューをもらいたいのである。
「これだけ取材合戦が盛んになってはお手上げだ」授与式が近くなるとNHKなどのテレビ各局が独占インタビューを狙うのである。
速効性が持ち味のテレビには勝てない。
その前にガチッとつかまえて雑誌に内容の濃い単独インタビューを掲載してしまいたいのである。
「ちょっとちょっと。あれを見てくださいよ」
若い記者数人が御曹司の存在に気がついた。
「うん。おっ!孫じゃあないか」
孫をダシに使ってやろうじゃあないか。
バタバタと元気のよい記者が走り寄る。
「えっ~おじいさんにインタビューしたいの。いきなり僕に言われても困るんだなあ」
記者に囲まれた御曹司は頭を掻いた。
「お願いしますよ。おじいちゃんにインタビュー…あやっ。文化勲章についてなんです。少しでも先生にインタビューしたいんですよ」
ギクッとして驚くばかりである。
「お坊ちゃんから頼んでいただけたら。そりゃあ~嬉しいんだけどなあ」
謝礼金は出すから
若い記者はひたすらお願いを繰り返す。
ベテラン記者も加わり"直系(祖父と孫)"を擽ればよいと踏む。
「お坊ちゃんから見た重鎮はどんな好好爺でございますか」
あなたは天下無敵のお孫さんなんだからAchillesの腱で"祖父の弱点"になりうる
期せずして記者連中に囲まれ戸惑うばかりである。
「うん?」
観察鋭いベテラン記者たち。御曹司の泣き顔に気がついた。
「ちょっとちょっと御曹司っ!その顔は…あらあらっ。どうかしたのかな。目が赤く腫れてるよ」
泣いたばかり。目の縁が膨れてみて取れた。
アッ~
「そんなことないです。暑いから汗が出たんですよ」
暑いから?
爽やかな1日だぜ
嘘の上塗り!
あとはベテランの誘導尋問のオンパレードとなった。
なし崩し的にペラペラ喋らされて事情は暴露されていく。
裕子?
僕の?裕子?
「裕子って。御曹司の言うのはタレントの裕子のこと?」
若手タレント"裕子"という名前にさすがにベテランは反応が鈍い。
「あっ僕知ってますよ。ホームドラマにちょい役で出ていましたね。あれっそういえばいつの間にかテレビから…消えたなあ」
若い記者は芸能ジャンルに詳しい。
さっそく携帯で検索しタレントの裕子探しが始まる。
(たちどころに芸人名鑑がヒットし身分はわかる)
「御曹司っ。可愛いいお嬢さんだね裕子さん」
タレントの裕子とはどんな関係か。記者の誰もが理解しない。
ただボンヤリわかるのは"我が儘な男が勝手気儘に裕子に横恋慕"である。
御曹司という資産家のお坊ちゃんだと知らなければ不気味にナヨナヨした男にしか見えない。
背は高いが毛嫌いしたい爬虫類系
記者らは今からインタビューを収めたい。事務所の門前払いを回避しておきたいのである。
必然的に孫でもよいから尻尾を振らざるをえない。
溺れる者は藁をも掴む
「お坊ちゃん悩みだね。(恋の)相談に乗りましょうか」
相談に?
裕子を
僕の裕子をなんとかしてくれるのか
記者さん!
頼みたぁ~い
「僕っ!乗りましょ。じいちゃんに合わせてあげるよ。いくらでも好きなだけ」
さあっ僕の後ろをついてきまえ。
「遠慮なくじいちゃんの事務所に行こうか。入って入って」
ピ~ンポ~ン
事務所のセキュリティボタン解除兼のインターホンは高らかに鳴り響いた。
対応をしたのは忙しき中の秘書である。
「おじいちゃんに逢いに来たんだ。事務所に入れてよ」
秘書は用心深く声を聞いてから…解除をしたい。
セキュリティボックスの画像を確認する。
あっ!
御曹司が魚眼レンズ越しに丸く映る。あまり来て欲しくない類いの男である。
さらに…
背後にざわざわと人があるのではないか。
「キャア~」
魚眼を通した背後にある記者たち。
"借金の取り立て屋"のごとく威圧感たっぷりに押し寄せていた。
秘書が冷たくインタビューを断った連中。
スゥ~
インターホン越しに血の気がサアッ~とひくのが自覚された。
これから起きる嫌な予感は秘書の全身を二重三重に包み込んでいくのであった。
「おじいちゃん!記者さんが話し聞きたいってさ」
今まさに文部科学省に向かう矢先のことであった。「おじいちゃん!記者さんが話し聞きたいってさ」
今まさに文部科学省に向かう矢先のことであった。