一話 悪いことをしたらまず謝まろう
異世界ってのは何を僕に与えるのか。
転生にはどんな意味があるのか。
ふと思うことがある。
幸せはこの世に存在するのだろうかと。
僕が人生で本当の幸せを感じたことがあるとすれば、それはまだ足し算も知らなかった頃の話だろう。
思想や性格はすぐに変わるし、何一つ貫くことは僕にできない。
そんな中、狂気というものに憧れてしまうのは極々自然なことだった。
僕はただ、信念が欲しかった。
僕の人生に正解が存在しなかったから。
これが絶対に正しいと言ったことを、次の日に否定することさえあった。
でも、だからこそ、僕は異世界に、魔法に、戦いに憧れた。
それはそれらが死に関係するからだ。
死は人々にとって絶対的でとても大きなものだ。
死ぬ瞬間にこそ僕の狂気が本物だと証明できる。
死に関わるものたちが僕の狂気を輝かせる。
その先には必ず僕の求める何かがあるはず。
ただそう信じていた。
*◆*◆*◆*◆*◆*◆*◆*◆*◆*◆*◆*◆*
異世界での朝は早い。
鳥の鳴き声がまだ寝ている脳を覚ましてくれる。
僕の家は田舎の中の田舎にある。
木の香りに包まれた部屋、あまり整備されていない庭。
敷地とかはよくわからないけど、森の中は自由に使わせてもらってる。
てかお母さん見送らなきゃ。
「いってらっしゃい」
「ん」
相変わらずとてもそっけない態度だ。
だがその態度も、彼女の美貌によって個性として成り立っている。
僕は一人っ子だから遊び相手はいない。
お父さんは5年前、僕が生まれるのと同時に死んでしまった。
赤子の頃の記憶は薄いけど、少しは残っている。
お母さんは本当に辛そうだった。
だけど、僕にはやることがある。
それは魔法の特訓だ。
魔法には詠唱や想像などがある。
無詠唱と想像は違う。
無詠唱あくまで、ボタン押さずに装置を発動させるだけ。だけど想像は装置を作って発動させる。
魔法に関しては、僕はかなり詳しいと思う。
たくさんの本を読み漁り、その全てを試してきた。
だからこそ信憑性があるし、転生者としての視点で新たな発見ができるかもしれない。
まあ説明するより、見せたほうがいいと思う。
「ウォーターボール」
手のひらの先に、緩やかに渦を巻いて現れた、大玉のりんごほどの大きさの水が、木へ向かって勢いよく飛んでいった。
その水弾はそうとてつもなく早いわけではないが、木を溶かすように貫通して、すぐに見えなくなっていった。
水に多く魔力を込めると、その水は一時的に物を溶かす性質が強くなる。
人に当たったら危ない、と、言う人もいるだろうけど問題は無い。
ここら辺は本当に人が通らないんだ。ていうか森だしね。ポツンと一軒家だから、ほんと。
それに万が一人が通っても、あのサイズの水弾がピンポイントで当たるなんて言う事は無い。
うん、そんなの絶対ありえない。
「うあぁぁ!」
…あれ?
いやおそらく聞き間違いだろう。
今、遠くから叫び声の幻聴を聞いてしまった。
うん、気にしないのが1番だ。風魔法の練習しとこう。
*◆*◆*◆*◆*◆*◆*◆*◆*◆*◆*◆*◆*
それは聞き間違いではなかった。
少年の撃った魔術は大柄な男の腕に直撃していた。
ただ、その行動は正義だった。
ーー3分前。
1人の少女は迷ったように、つまずいたような歩き方で、森をさまよっていた。
少女は痩せ細っており、薄い紫色の髪が存在感を出していた。
目には光がなく、その顔はまさに絶望を体現していた。
「あれれー? もしかして原住民の方ですか〜?」
後ろから、馬鹿にしたような男の声が聞こえた。
どこかの盗賊なのか、ボスのような奴と、その周りに2人下っ端のような奴らがいた。
少女は振り返る事なく、歩き続けた。極度の脱水により、音が聞こえていなかったのだ。
「もしかして言葉通じないの〜?」
「おい、待てよ〜」
3人は嘲笑しながら、徐々に少女との距離を近づけていく。
何か返事しろよ、と男たちは、後ろから少女に声をかける。
だが、一向に反応は無く、しびれを切らした男が、少女の細い腕を引っ張り、振り返らせた。
「おい……待てって言ってんだろ!」
「うお! こりゃ上物じゃねーか。そこら辺の貴族に売っ払えば、金貨10枚はもらえるな!」
「や、やめて……」
絞り出すように声を出したが、掠れていてとても小さかった。
脱水と空腹で、死にかけているのだから当たり前だ。
「あー? 聞こえねぇよ」
少女は力を振り絞って抵抗したが、それは何もしてないのと変わらないほど弱かった。
腕は脂肪も筋肉も限りなく少なく、あるのはもろい骨だけだ。
「おら行くぞ」
「い、いや…!」
聞いているだけで喉が痛くなりそうな声だった。
ただ、少女のその努力は焼け石に水で終わった。
少女は涙を流さずに小さく泣いた。
その時だった。
男の腕が突然なくなったのだ。
「うわああぁぁぁ!!」
男は腕を抑えてその場に倒れ込んだ。
男の腕からは肘から先が消えていて、血が溢れ出した。
魔力を持たない人間ならば、出血ですぐに死に至るだろう。
「ボ、ボス!!」
下っ端たちが倒れた男の元へ駆け寄った。
少女はそれを見て、すぐに走り出した。
「あ! あいつ逃げてるぞ!」
「そんなのどうでもいいぃ!! 今すぐこの腕をなんとかしろぉぉぉ!!」
少女は転びそうになりながら、とにかく遠くへ走った。その速度は常人の徒歩より遅いものだったが、2日水分を取っていない人間としては異常なスピードだった。
その時少女の体が、一瞬ふわっとを浮いた。
「あ…」
上を見ると、光が差し込んだ日向の方から、渦巻いた風が飛んできていた。
少女は恐る恐る日向へ向かった。




