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60000人のユーザーがいてる投稿サイト  作者: クロノトリガーの考察に1万時間くらい消費してまってる人
後半

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エヴァンス

「――やべ、うたた寝した」


寒い季節、コタツでうっかり寝てしまった。歯磨きもしてないし、風呂にも入り忘れた。


深夜2時、

今からではもう面倒だ。このまま寝てしまおう。蓮は布団の上にダイブした。

 瞬間、下腹部に衝撃が走った。

「うあっ!」

 思わず声を上げ、驚いて見ると、そこには半裸の女性がいた。



 混乱していたせいか、それが誰なのか一瞬分からなかったが、目の前にいるのは元彼女だった。

「なっ! どうしてこんなところで……何をしているんだ!?」

 蓮は混乱していた。彼女とは別れてしまったのだし、こんなところに現れるはずもない。そもそも、どうして裸なのか? 何一つとして分からなかった。


「ふふ、そんなこと言って……ほんとは会いたがってたくせに、


「蓮の可愛い声、久しぶりに聞きたい」






「ふふ、本当にいいの? 本当はそんなこと思っていないくせに……。


脱がしちゃうね」






「あら? 帰れ、なんて言っておきながら、脱がしやすいように腰を上げてくれるんですか?」



蓮は恥ずかしさと甘い欲が自分に押し寄せてくるのを感じた。

 しかし、蓮の中でこれ以上ないほどに違和感があった。


(彼女こんなに淫靡な笑いをする女だったか? いや、それ以前に、何か重要なことを忘れている気がする)





「そのまま夢に委ねていれば良かったのに、目覚めてしまったのですね」

 唐突に声が聞こえてきて、蓮は驚いて辺りを見渡した。声は女性のもので蓮には聞き覚えのないものだった。しかし、寝ね呆ぼけ眼まなこのせいか、その姿を見つけられない。


 部屋の様子は変わっていて、蓮が使ってるのは安物の薄い布団だったのに、今は沈みそうなほど柔らかい上質の布団で、ベットになっていた。


ベットに差し込んでくる光はステンドグラスを透過していて、様々な色を演出している。

ベット周りだけでなく、部屋の中全体がステンドグラスからの光が差し込む。


足元には高級絨毯が敷き詰められ


(……つまり、ここは俺の部屋じゃない?)




「魔界、淫魔族自治区、西部、ラピス家の屋敷です」

声に振り向くとシスターがいた。 


早口で聞き慣れない単語が続いたせいで、何を言われたのかよく分からなかった。『ラピス家の屋敷』という単語だけ聞き取れた。


どうやら、誘拐されて連れてこられたらしい。蓮はそこまで考えて、はじめに言われた魔界という単語が、今頃になって彼の頭に滑り込んできた。


魔界? 冗談はやめ……


「冗談ではありませんよ? これを見てくださいませ」


シスターが小首を傾げながらそう言ったかと思うと、シスターの背中から何かがゆっくりと現れた。

 それは無数の蛇のような触手で、無数の蛇は凝固しコウモリの羽の様に変身した。


さあっと血の気が引いていくのを感じた蓮。


人と、ほとんど同じ姿であるのに、おぞましい蛇の翼を持つその存在


「あ、悪魔っ!」

 蓮の一言を聞いてほんの少し不満そうにしたシスター。

「少し違います。確かに魔族であることには変わりはありませんが、私は悪魔族ではなく、淫魔族。――サキュバスのロザリオ。モナカ・ロザリオといいます。以後よろしゅうに」

 ロザリオはそう言うと頭を下げ、スカートの両端を摘んで礼をした。

 蓮はロザリオへの恐怖を捨てきれない。しかし、美しい動作に思わず見惚みとれた。




「それで、俺はどうしてこんな所に連れてこられたんだ? 誘拐か?」

 

ロザリオはきょとんとした顔をすると、微笑んで、


「そうですね。身代金目的ではありませんが、誘拐は誘拐になりますね」




「じゃあ、何が目的で……まさか、俺の命を取ろうって言うんじゃ」


「そんな野蛮なことは致しませんよ。確かに、悪魔族の中にはそういうことをする方もいますが、私たちは淫魔族。そんな、はしたないことは私たちの性に合いません」



「じゃあいったい……まさか、魂か!」



「いえ、実際のところは事故なのです。計らずともここにお連れする結果になってしまいました」



『…事故?? 』


「失礼ですが、蓮様はサキュバスというものをご存じですか?」

 

 

??


「サキュバスというのは淫魔族の中で一番ポピュラーな種族です。淫魔、淫みだらな魔という、読んで字のごとく男の人に性的な夢を見させて、精液をむさぼる生き物です」

 



『精液をむさぼる』


胸の鼓動が早くなる。

「それで――」

 思わずゴクリ

「俺の、その……せ、精液を、……つもりなんですか?」

 蓮は恐怖と期待と羞恥心の入り交じった声で訪ねた。

 ロザリオは蓮から童貞特有の異性への苦手意識を感じ取り、笑みを浮かべた。

「ふふふ、そうですね」

 ロザリオはそう言いながら、蓮の方に近付き、ずいっと顔を近づけた。

「それもいいかもしれません」

 今にも接吻くちづけをしそうなほど顔が近い。ロザリオの呼気が顔につく。


「ですが、蓮様の期待には残念ながら応えられません」

 ロザリオはそう言って、異形の羽根を仕舞いながらくるりと踵を返す。

「サキュバスには不文律として、一度サクセイに失敗した獲物を二度襲ってはいけないという決まりがあるのです



蓮「サクセイ?」


ロザリオ「精液を搾ると書いて『搾精さくせい』です」


ロザリオ「そう言うわけですので、私はもう蓮様を襲って差し上げることは出来ないのです。申し訳ありません」



蓮「謝られましても…。サクセイとやらをされた覚えがないのですが…


「もうお忘れになっているかも知れませんが、昨晩の夢で私は蓮様を誘惑いたしました。まあ、失敗してしまいましたが」

 そう言ってロザリオは不服そうな顔をした。その不満顔を見ていて、連は過去に付き合っていた彼女の存在を思い出した。



【こんなになった私でも……、愛してくれる?】

 そんな言葉が思い出され、連は思わず胸に痛みが走る、

 そんな連の様子を知ってか知らずか、ロザリオは言葉を続けた。


「ですが、せっかく私たちインマ族の城に来ていただいたのに精液を一滴も出さずに帰すなんていうことはサキュバスの名家、ラピス家の名折れ。せっかくですので、お姉様のお相手をしてもらえないでしょうか」


「ロザリオさんの――姉、ですか」


「ええ、エヴァンスという名の……姉、です」


 嫌悪した蓮。本来、好きになったもの同士でやるべきことのはず。まるで漫画本を貸し借りするようなロザリオの言い方に、蓮はバイト先のセクハラ店長のことを思い出した。


 ロザリオは蓮の感情に気付いたようで、少し冷たい声で、

「蓮様は嫌がるかも知れませんが、私たちにとってはそう言った行為は魔力供給のための、言わば食事の延長のようなもの。恋とか愛といった感覚はあまりないのですよ」




「ちなみに断ったらどうなります? 」



「生きて帰れるとは思わないでください」





――こんこん。

「お姉様、精を連れて参りました」

 

 ロザリオが扉を開けた瞬間に、鋭い声が響いた。

 同時に、蓮の身体が硬直した。

 まるで、身全体を硬い膜で覆われるような閉塞感が襲った。

 全身がぴくりとも動かない。どうなっているのかと聞こうとしたが、声を出すのも無理だった。


「お姉様、大丈夫です。彼は純粋な一般人。魔術装備も無ければ戦闘能力も皆無です」


「……わざわざそのまま持ってこなくても構わない。なぜいつものように搾ったものだけ持って来ないのだ」



連はパニックしていた。瞬きすらできないから目が痛い。肺も動かず呼吸すらできない。



(蓮様、それは、お姉様の縛り魔眼の効果です。お姉様は少々人間への警戒心が強いものでして。警戒が溶けるまで、しばらく苦痛に耐えてください)

ロザリオは蓮にだけ聞こえるような小さな声で耳打ちした。



ロザリオは再度、姉に説明した。

 「いえ、いつものようにしようと致しましたのですが、不覚にも途中で目を覚まされてしまい、こちら側に転送されてしまいました……。一度失敗していますから私はもう搾精出来ませんし、返すためにはこちらの世界にて精を提供しなければならない決まりもありますし……」

 


「…………今は食欲が無いわ。下がりなさい」


「わかりました、お姉様。ですがその前にこの者への縛り魔法を……」


 ロザリオは少し言いにくそうに、姉に言った。ほんの少し迷うような間の後、

「, ――Liberatio」

 その言葉を聞いた瞬間、蓮は呼吸を取り戻し、殺されなかった事に安堵した。






その人型には手足が無かった。だから、座っているというより、椅子に『乗っている』という印象を受けた。

蓮が姉に献上されるのは、貢ぎ物の様な物かと思ったが違った。ロザリオが姉に自分を差し出すのは介護だ。蓮はそれに気付いてしまう。


『こんなになった私でも……、愛してくれる?』 蓮の頭の中に言葉が響く。

 過去の映像が思い出される。白い骨、赤い……血。思わず込み上げてきた吐き気。背筋を冷たい汗が流れていく。





 きゅるきゅると車輪が廻まわる音。静かな稼動音と共に、彼女はこちらに近付いてくる。

(酷い、夢だ)

 いっそここで気絶してしまいたい。

(もう許してくれよ……)



「……さすがに、こんな露骨に嫌な反応をされるのは初めてだ。不快なものだな。…………それでも、憐あわれまれるよりは幾分かましか?」


 両手足が殆ど根本からない


(もう許してくれ……もう許してくれ……)





「この、からだ……、怖いのか?」

 エヴァンスが問いかけに、蓮は思わず逃げ出した。


廊下を走る蓮

後ろからエヴァンスが追いかけてくるような感覚。その圧に急かされ、顔から転んだ



「蓮様!」

 ロザリオが少し不安そうな顔をしながら、小走りで駆けてくる。

「大丈夫ですか?」

 蓮はゆっくりと起き上がり床に手を付き、鼻血を拭った。


「これは夢だ……悪い、夢」

言い聞かせる蓮だった。



「事前にお姉様のことを教えておくべきでしたね」

 

「……これは夢なんだろ? 俺への呪いなんだろう? 夢なんだろ?」


「その質問に何と答えるかは非常に難しいことです。確かに、蓮様が元の世界に戻られたとき、ここでの出来事を、夢でも見ていたように感じるでしょう。

 ただ、私たちが夢の世界の住人であるわけではありませんし、精神体のようなものでもありません。確かにここに実在しているのです」



「――実在?」

 その言葉に、ほんの少し落ち着きを取り戻した蓮は、確認した。

「彼女は……幽霊とか、そう言ったものではないんだな」



 その言葉に、ロザリオは少し悩むような仕草をして、

「確かに、魔族には、淫魔族と悪魔族の両方に渡って幽霊科という種は在ります。ですが、お姉様は私と同じくサキュバス科ですから――」


「そういうのじゃなく!

誰かの化けた姿という訳ではないんだな?」

 

ロザリオはその問いに少し面食らったような顔をすると、優しく微笑み、頷いた。



「私たちは、あなたたちと身体の構造は全く違います。もしかすると人の定義する『生き物』の範疇にすら無いのかも知れません。

 ですが、私たちも、あなたと同じく実体を持った『普通の命』ですよ」



「そうか、……そう、か」

 言って立ち上がる蓮。まだ胸は、ぐつぐつと熱い。

「――君のお姉さんには悪いことをしてしまった」

絞り出すように言う。

「いえ、私の方も過失がありました。お姉様のことを伝えておけば良かったかもしれませんね」


 ロザリオは蓮の手を掴んだ瞬間に、何かを唱える。

「, ――Homo.Sanare.Magia.」

 蓮の傷が消えた。先ほど顔面から怪我をして、鼻血を出していた蓮だったが、魔法にて治癒された。

 傷の治りを確認してロザリオは言う。

「蓮様には申し訳ありませんが、お姉様のお腹が空くまでの間、この屋敷に滞在していただきます」


「拒否権は?」一応聞いてみる。

「もちろんありませんし、こちらに連れてくる魔術の代償として『私たち姉妹に精を捧げること』が条件になってしまいましたので、どの道、お姉様を満たすまでは帰ることが出来ません」

 笑顔を宣告するロザリオだった…


-




――――――――――――――――――――――――――――





-


【サブタイトル】

宿泊について



蓮は一つの部屋に案内され、ロザリオから宿泊の説明を受けていた。


「ここは南館の三階になります。離れの塔以外でしたらどこに行っても構いません。庭園も綺麗ですから是非ご覧になってくださいね。

 北館と南館には大浴場があります。魔術により二十四時間お湯を引き、清掃しておりますので、いつご利用になっても構いません。西館と東館には図書室があります。お暇でしたらそちらもどうぞ。

お食事は、南館二階の食堂にて朝は八時頃、昼は十二時頃、夜は六時頃にいらしてください。あとは……」



ロザリオから館内地図を受け取った。

「詳しくはこちらを、ご覧ください。魔界だからといって屋敷の中と庭園は特別危険なことはありませんからお気軽にどうぞ」


 『屋敷の中と庭園は特別危険はない』という部分を強調したロザリオ。つまり、『屋敷の外に出たら危険たよ』という意味になる


 説明が終るとロザリオは一礼し、「失礼します」と部屋から出て行った。








蓮は部屋のカーテンを開けた。

 窓の外の絶景は、余りにも現実離れしていた。

 そこに在ったのは、魔界観に有りがちな暗さがない。


曇天や瘴気の漂うイメージとかけ離れた。『まるで旅館』

しかも風情のある旅館。眼下には人間界でいう、城から外界を見るような、城下街を見るような景色。

街には巨大な空飛ぶ船が停泊し、重力を無視した建造物や、宙に浮く建造物がゆっくりと虚空を回転している。


山々は酷く鋭角的で高く、空には見たことの無い影が飛んでいる。



 空を飛ぶ影は平気で人を連れ去ることもできそうな大きさだ。

 それを見て、蓮は窓辺から離れ、逃げ出すのを諦めた。




〜翌朝〜


蓮はロザリオに聞いた


「ええと、昨日、俺が精を出さないと戻れないって言ってましたよね」


「ええ、そうですね」


「それは、ええと、自分でしたら帰れるんでしょうか?」

 蓮がそう尋ねると、ロザリオは少し躊躇い

「いえ、それは出来ません」


「…」


「蓮様はまだ気付いておられないかも知れませんが、この館には性の機能や性欲を抑制するような魔術式が組んであります。私たち姉妹の許可無く射精することは出来ません」


「……」


「もちろん、……その、ご自分の手で……上下して、慰める事は出来ますが、決して最後まで到達することが出来ませんから、悶え苦しんで気が狂ふれてしまうと思います。お勧めはしません」


 自慰に関する言葉はサキュバスたちには恥ずかしい言葉なのだろうか? とても言いにくそうなロザリオだった。


「も、もし、どうしても我慢が出来なくなって、ご自分でなさりたくなってしまったら、言ってくだされば、少しくらいは何とか出来るかと思います」

 ロザリオは恥ずかしそうにそう言った。ロザリオが恥ずかしがるポイントが蓮には、よく分からなかった。


「ところで、どうしてそんな性欲を抑制する術なんて敷いてあるんですか?」

 蓮は率直な疑問を投げかけた。


「サキュバス……ひいては淫魔族に言えることなのですが、抑制する魔術がないと、お、お、……」

 ロザリオは顔を赤くして、目を逸そらし、ふうと一呼吸おくと、

「オ、……ナニー……をし続けてしまう……のです」



「淫魔族というのは、元来……性的快楽を求める魔性なのです。それは私たちの成り立ちを考えれば極々当然のことではあるのですが、そのまま、始終……そういうことに、ふけっていては文化的な生活は望めません。そのために、必要なときだけ性欲を持てるように、魔術で制御する様になったのです」

 ロザリオは、説明がよほど恥ずかしかったのか、顔を真っ赤にして、口元を隠すようにハンカチを当てた。



恥ずかしいついでに、いろいろ聞いてみた



ロザリオの話では、こちらでのことは、人間界では一日の夢として認識されるとのことだった。どうも魔界と人間界は時間の流れがズレているらしい。

 しかし、完全にズレているというわけでもなく、ほぼ同時に進んでいるが、魔界に来た人間が現世に戻る際は元居た時間軸に戻るのだそうだ


 また、屋敷にはテレビもゲームもパソコンも無い。蓮が遊べる娯楽は図書館くらいしかないらしい。


蓮は思った。図書館に行けばこの世界から脱出する方法が書かれた本が見つかるかもしれない。

連はロザリオに内緒でこっそりと図書館に向かった。



【西洋の巨大図書館】蓮の第一印象だった。イギリスの国会図書館ならテレビで見たことがある。 イギリス国内の全ての出版物が貯蔵されているとか。日本でも国会図書館があり、国内全ての書物を観覧できるらしい。蓮は国会図書館に行った経験はない。少ない知識を妄想と重ね合わせていた。


館内に一歩足を踏み入れたとたんに、思わず息をのんだ。


壁一面にそびえ立つ本は無限に天井まで続いている。地平線ならぬ本棚線と言える無限空間。


本に覆い尽くされ、天井が見えない上に外からの光が入らない。なのにシャンデリアが間接照明の様に働き、柔らかく館内全体が照らされている。


魔術で空間が広がっているのか、、蓮は、この図書館の豪華さに圧倒された。

 

 棚はジャンルごとに分けられており、そこから更に言語ごとに分かれている。

 はめ込まれたプレートは全て古いラテン語が書かれており、蓮は読めなかった。


蓮とっては、ラテン語かどうかすら判断できない。


 読むのを諦めて図書館から出ると、、正午の鐘がなった。

「蓮様、お食事の用意が出来ました」

 ロザリオに、いきなり呼び止められ、思わず驚く。

「屋敷の中には、客人を見張っておくことが出来る魔術が仕掛けられていますので、用のある人物がどこにいるのか位は分かります」

 


監視されているなら、こっそり脱出は難しいと蓮は思った



「それでは、食堂の方に参りましょう」


「あ、ロザリオさん、この図書館なんですけど……、日本語の本はどこに在るんでしょう?」


「――そうでしたね」

 

ロザリオは言語のことを失念していたらしく、申し訳なさそうに笑って、

「並び替えておきます」

図書館の入り口に在るカウンターの中に入ってなにやらぶつぶつと呪文を唱えた。すると、


 ――ガチャン!



大きな作動音がして、本棚が一斉に回転にした。一回転しただけだといいうのに、そこに在った本は全て入れ替わっている。


「屋敷全体に貯蔵された和書を集めておきました。お食事が終わったら読まれると良いかと思います」


 しかし

 そこに在る本は全て江戸以前の書物だった。文化的価値は高いが、全く読めない。


「ええと、書かれた時代が違うようで……俺には読めないようです」

 ロザリオは少し考えて

「でしたら、映像資料用の魔導書はどうでしょうか?」

 再び魔法を唱えると棚の配置が一瞬で変わる。一冊を開くと

 本から立体像が空間に映し出された。

 角が生えた男が、本の上に立つ様に現れる。

 SFの技術のような立体映像に蓮は驚きを隠せない。


「このように、映像が見ることが出来るため、字の読めない方でもおおよその内容を理解出来ます。また、そのまま本として読むことも出来る非常に情報の多い資料です。ただ、動画の音声までは翻訳出来ませんが」


言語はランン語がベースである。

本を閉じると、本の中の男は、キインと軽い音を立てて砕けた。


「では食堂へ向かいましょう、せっかくの料理が冷めてしまいます」

 ロザリオはそう言って、蓮を促した。



魔界の食事は思いの外、質素だ。

 おいしいことはおいしいが、人知を越えた美味というわけではなく、どちらかと言えば素朴な味だと蓮は思った。

 ロザリオは一緒に食事をすることはなく、エヴァンスもまたそうだった。

広い食堂で、一人で食べる蓮だった。

 蓮はほんの少し寂しさを感じた。


 

食事が終わると、食器をこのままにして、いいのか疑問に思ったが、しばらくすると、食器は消失した。食器も魔法

かなにかのもので、食べたものも魔法だったのかもしれない。と蓮は思った。


食後、この後、どうしていいか、わからず、

さっきの図書館に行ってみた。


映像資料用の、魔導書を読むくらいしか、今の蓮に出来ることは無かった

 

蓮は一つの魔導書を机の上に置いた。先程と同じように立体映像が展開される。それは、魔界の生態系についての教養番組のような内容らしく、蓮の知らない生き物の狩りや子育てのシーンが映し出される。

 文字が読めない上に、聞こえる音声も異国の言葉なので、詳しい内容は分からない。

 

 次の本でも見ようと書架を覗き込み、その中で一際豪華な背表紙に目をとめた。他の魔導書に比べて厚く、金糸を織り込んだ細かい刺繍が施されている。



「なんだろう、これ」

 蓮は、おもむろにそれを書架から引き抜いた。

 重い。


六法全書程の厚さがあり、重くて硬い。これで殴れば普通に武器になるかもしれない。一瞬、蓮は野蛮な考えが浮かんだが


その本を開くと、一人の女性が本の上に現れた。年号の様な数値が表示されたので、魔界の歴史書の様なものかもしれないと思った。

 場面は戦争のようなシーンに移り、異形の怪物たちがその女性に襲いかかる。しかし、その女性はほとんど動かず、呟くと、怪物たちは身体が石化していった。


怪物の表情は恍惚(こうこつ)の表情が浮かべられていた。

 その女性は、ゆっくりと歩くだけで、辺り一帯の敵を石に変えた。


 映像は切り替わり、次々に女性たちが映し出されていく。

 その女性たちは全員が容姿端麗だった。

 

 特徴的な格好をしてる女性が一人いる。

 殆どの女性たちは足が完全に隠れるほど長いスカート、ゆったりとしたドレスを着ていた。それに対し、その女性はのスカートは短い。衣装はタイトで、胸や腰の周りは金属のプレートで覆われ、腰には突剣エストックが吊られている。

 貴族というよりは、女騎士のイメージに近い。その姿は、それまでの女性と比べて、異彩を放っていた。


 その女性の背景にはステンドグラスがあった。その光景は 神話や伝承の様な幻想さがあり、背景のテロップには名前が表示されている。


『LapisラピスEvansエヴァンス』


 蓮の胸が、どくん、と鳴った。

 他の女性達が魔法により敵を無力化していくのに対し、その女性エヴァンスは、突剣エストックを振るい異形をざくざくと切り倒していく。


剣の動きは洗練されて無駄がなく、閃光が駆け抜けると共に魔物が倒れていく。まるで剣技の芸術…

 

「触るな、下郎」

 突然、鋭い声が響き、蓮の身体は硬直した。


エヴァンスが背後にいた。






(大丈夫だ。幽霊の類じゃない)



「どこに行ったかと思ったら、こんなところにあったのか。……これは、返してもらうぞ」


エヴァンスはするすると車椅子を動かして立ち去ろうとする。


「それは――」

 蓮の言葉を遮るようにエヴァンスは答えた。


「ラピス家の記録であり、客人に見せるものではない」

 エヴァンスは『客人』という部分を強調して言った。まるで自分はそうは思っていない、まだ客として認める気はないのだと、言い訳をしているように



 蓮は五体満足のエヴァンスの姿を思い出した。

 エヴァンスはその姿を見られたくなかったのだろうか。


 過去の栄光は、すべからく誇らしいものとは限らない。決して戻れないものなら、

 その栄光が心の枷になる事もあるかもしれない。

 決して超えることの出来ない過去の自分。それは自分でありながら自分を超えた存在であり、ある意味、最も強く劣等感を抱く憎き相手。

 いや、しかし、じゃあどうしてその本を探していたんだ? 自分の最も強かった頃の姿を留めている本を…





-




――――――――――――――――――――――――――――





-


〜翌日〜


 庭園が綺麗だと言っていたロザリオの言葉を思い出し庭にいた。

 

 魔界を感じさせない匂い。空気が澄んでいいて、日本と都会とは比べものにならないくらいに、空気がうまい。ただ、ほんの少しだけ肌寒さを感じる。


草原の様な香りで、ここが魔界だと言うことも忘れ、思わず深呼吸をした

 その気持ちよさに蓮は、誘拐されて良かったとすら思ってしまった。


 


庭園は中央に噴水。

建造物はベルサイユ宮殿を思わせる


蓮は屋敷の端に行き、そこに在った休憩所のベンチに腰を下ろした。

 

 陽の光が、芝生を照らす。

 蓮は、ふとベルサイユ級の屋敷を見上げた。

 巨大な四階構造。

 しばし屋敷を見つめていると、二階の窓辺に人影が見えた。


目を凝らすと、車椅子に座ったエヴァンス


 思わずどきりとする。





遠くを見つめていた彼女は、身じろぎ一つしておらず、、まばたきすらしていないように思えた。

 

魔導書の中でイクサをしていたのは、エヴァンスが手足を失う前の姿だろう。


蓮は一晩考えた。彼女がどうして自分が強かった頃を記録した本を探していたのかを。


 蓮は彼女の姿を見つめながら、考えて、その感情に戸惑った。

 出会って二日しか経っていないのに、言葉すらまともに交わしていないのに、








――どれほどの時が流れたのだろう。現世のものより強く赤い夕日が落ちていく


それに気付いて、蓮はようやくエヴァンスの姿から目を逸らした。

 

その時、視界の隅を誰かが通ったように感じ振り返る。

 

そこにはランプを持って、林の中に入っていくロザリオの姿が見えた。



 林の先には塔がある。



 ロザリオの言葉を思い出した蓮。


『離れにある塔以外でしたらどこに行っても構いません』


 塔には何があるのだろう?

 蓮は好奇心から、そっとロザリオの後を付けた。

 蓮は塔に近付いてみて恐怖した。

 その塔の周りだけ、草木が枯れ、空気が冷たい。



その塔に相対して実感した。魔界に来たのだということを認識し、その存在感の大きさに、踵きびすを返すことすら出来ない。


背中を見せたらその瞬間からこの空間に丸呑みにされてしまうのではないか。そんな恐怖が蓮の思考を支配した。


(ロザリオがいる塔の中に入った方がまだ安全なのでは? )


ここから一人で屋敷へと帰る恐怖にも蓮は耐えられなくなっていた。ならいっそロザリオの近くにいた方いい。蓮は、そう思い、塔の扉を開けた。





「」離れの塔「」




 扉をほんの少しだけ開けて、恐るおほる入る。

 やや暗い。次第に目が慣れてきて、辺りの様子がはっきりと見えてきた。

 塔の内部は吹き抜けの構造で、各階には無数の石碑モノリスが等間隔で並んでいた。幅の広い螺旋階を挟んで、数え切れない程の石碑が並んでいた。

 石碑が並んでいるその様子は、蓮の記憶にある場所と合致する。しかし、蓮はそれを否定したくて石碑をよく見た。

 石碑の一つ一つには名前のような文字列が並ぶ。


 蓮は諦めたように確信した。

 ――ここは、墓地だ。

 今更ながらに恐ろしい所に迷い込んでしまったと。

しかし今更墓場くらいでびびってどうする


魔界の言葉は読めないが、数字は共通しているらしく、そこの部分は読むことが出来た。


『 1990,Qui 5 』

「なんだこれ……」


得体の知れないものが背筋を這はい上がってくる恐怖。思わず辺りの石碑を見渡す。


思わず全力で叫びそうになるほどの恐怖が蓮の全身を強ばらせる。


蓮は走る。走りながら、いくつものも石碑を覗き込む。没年月日が違うものを探した。蓮はそうしなければいけないという強迫観念に突き動かされていた。

しかし、没日が違うものは無かった。


何かが、あったのだ。それも並みのことではない。大勢の人が一斉に死んでしまうような事が



ロザリオ

「ここ以外なら自由に行き来して良いと行ったのですが、来てしまいましたか…」

 

彼女はほんの少し咎めるような眼差しで蓮を見ていた。


「――ここで、何があったんですか?」



「…別に何もありませんよ」


「全員、死んだ日が同じでした。こんなにたくさんの人が死ぬなんてことは……」


ロザリオは観念したように首を振る。


「気付いてしまったんですね」


ロザリオは言うべきか戸惑い視線を泳がせた。


「今ならまだ、ここで起きた出来事を知らずに、いることもできるでしょう。

 ここで起きた出来事を知らないまま帰れば、ここでの記憶は、うたかたの夢の如く現実味を失い、すぐに忘れることになります。

 ですが、ここで起きた出来事を知ってしまったら、この世界で過ごした時間を忘れられなくなるかもしれない…」



それが悪いことなのかと問おうとした。だが、普段の優しい印象と異なるロザリオ居て、問うのを止めた。

 


「蓮様には過去を知るだけの覚悟があるのですか?」


契約じみた言葉に躊躇う蓮だが、知りたかった。


 ロザリオは複雑そうな笑みを浮かべると…


「それでは少し、昔話でもしましょうか」






「不思議だとは思いませんでしたか?」


「昨日、私は蓮様に治癒魔術を施しました。その治癒魔術があるにもかかわらず、お姉様はどうしてあのような姿なのか、疑問には思いませんでしたか?」


言われて見ればそうだ。蓮は、そのことに気が付かなかった自分に驚いた。


「ええと、魔族には効果が無い……とかですかね?」


首を振るロザリオ


「じゃあ、ロザリオさんやエヴァンスさんたちサキュバスは完璧な治癒能力を持った魔族ではない?」


「いえ、サキュバスはずば抜けてその能力は高い方です。お姉様がそれでもなおあの姿になったのには理由があるのです」


ロザリオは言いながら塔の最上階へ蓮を案内した。


最上階には大きな石碑が一つ


「この石碑はお姉様の手足の墓なのです」


ロザリオはそう言って、昔、ここで起こったことを話し始めた。






-




――――――――――――――――――――――――――――


■回想シーン




-


…銃声が魔界に響き渡る

 それがなんの音なのかは、サキュバス達には分からなかった。

 サキュバスは元々人間界にさほど興味がない。1990年当時、大部分のサキュバス達にとって人間はただの餌。命まで取る必要性すらない相手だった。

 それ故に、人間がどんな技術を持っているのかを詳しく知る者はほとんどおらず、一部の好事家だけが知っているだけだった。

 そうして、不用意に人間へ近付いたサキュバスは、男が放つショットガンによって絶命した。

 銃というもの自体はサキュバス達も知っていた。しかし、彼女達の知る銃というものは、せいぜい火縄銃であり、ショットガンのように弾丸が拡散するものが存在しているとは知らなかった。


「妙に、騒がしい」

 エヴァンスは愛用のエストックを引き抜く。恐らくはまた手合いの者が押し入ってきたのだろうと、そんな風に軽く考えていた。


魔界の風習で、貴族はいつでも下克上をされても良いという決まりになっている。特に家や血に拘らないサキュバス族の世界では恐ろしいまでに実力主義だった。そのため、力を付けた若者が道場破りのように貴族の館に挑戦してくることがある。


 エヴァンスの剣武は最高レベルともいわれた。淫魔族はもちろん、悪魔族を含めた魔界全体で見ても、エヴァンス程に剣術に長けた者は誰一人としていなかった。

 

 魔族は、生命力が異常なほどに強く、寝首を掻かれたくらいでは死なない。

 殺そうとしても再生するので魔族同士は殺し合いを基本的にやらない。よって魔族との戦いとは、武道の試合のように行われるものであり、勝った者は、年に数回行われる貴族院にそれを報告する。そして、新たな貴族として認められたり、格が上がったりする。


エヴァンスは疑問した。

階下の騒がしさが急に静かになった事。待っていても挑戦者が現れないこと。

「怖じ気づいたのか?」

 エヴァンスは久々に剣が振るえることにワクワクしていただけに、挑戦者が現れないのを、がっかりしていた。

 しかし扉の外には気配はあった。

 中を伺うような気配に、エヴァンスは武者震いした。そして、

「入ってもいいぞ」 と声をかけた。


 バンッと大きな音がして、腰だめに銃剣を構えた男が入ってきた。


「ハハッ! こんな所にもベトコン女の腐れプッシーが居やがったぜぇ! ヒャッハア!」


※ベトコン=ベトナム戦争の折に、ベトナム人兵士に向けられた用語


※プッシー=アバズレ女を意味する。当時、アメリカとそれに準ずる韓国等の連合軍の一部がベトナムの地で、国際法に違反して非戦闘員を殺害する事例が多発した。その理由となったのがアバズレ女で彼女達は連合軍に身体を売る仕事で生計を立てていた。そのアバズレ女の中には戦争で家族を殺された女性たちが混じっていて、性の相手をする振りをして軍人の寝首をかき、殺害するという事案が少なくなかった。それに対処する為か、暴走した一部の軍部が民間人や敵兵かを区別せず、見境なく人々を虐殺した。国連は公式見解を出していないが、専門家の間では罪なき民間人が数万人規模で殺害されたとの憶測が飛び交った。殺害ついでにレイプ等も横行したとされ、それら複数の問題を総称して【ライダイハン問題】と呼ばれる事もある。




「ハハッ! こんな所にもベトコン女の腐れプッシーが居やがったぜぇ! ヒャッハア!」

 言うや否や、ショットガンが火を噴いた。エヴァンスは、とっさに銃口の射線上から離れる。だが、

「――っ!」

 左肩に二箇所、焼けるような痛みが発生する


※ショットガン=散弾銃 放たれた弾丸は小さな玉の集合体で、拡散する様に飛び、真正面に立っていなくとも被弾する。ショットガンは動きの早い動物を狩猟する目的に使われる。現代日本でも一部のハンターは所持を認められている。




エヴァンスは、とっさに銃口の射線上から離れるものの左肩に二箇所、焼けるような痛みが発生する。明らかに射線から外れたはずなのに弾が当たったこと。銃声よりも多い傷跡もそうだが、それよりも、こんな小さな傷に痛みが在ることに驚いた。

 

魔族は並大抵のことでは死なない。首と胴体が切り離されても、近くに並べて三日ほど安静にしていれば治るほどだ。

 それ故、痛みという感覚は、よほどの大怪我、人間ならば即死しているような痛みでなければ感じることはない。



 エヴァンスは抉られた傷口を見る。何からの魔術の匂いがした。エレメントに神聖性を付与してあるのだろうか? 肉が焦げている臭さを感じた。


 エヴァンスは訳が判らなかった。目の前に存在する人間は一体何なのか、使用人達がどうしてしまったのかも分からない。


「よく避けたな! ハアッ! そこらの腐れプッシーどもとはできが違うようだなァ!」

 そう言って、次弾を装填する男。エヴァンスは動揺しながらも反応した。


エヴァンスの背中から蛇の翼が展開し、エヴァンスの身体を守る盾のように前に回される。しかし、サキュバスの翼は本来、男性器へ快感を与えるための器官が進化したもの。防御力など皆無だった。


 とはいえ防御可能な堅さにすればよいだけの事。エヴァンスは自らの翼を睨み付け、魔眼を発動させ硬質化する。

 石化の魔眼、それはサキュバスの基礎能力の一つであり、サキュバス族ならば誰もが持つものでもある。本来の用途としては精液を得るため、男性器を勃起させる際に、補助的に用いるものだ。到底、攻撃に使えるようなものではない。

 しかし、ラピスの称号を冠せられたラピス家の者たちはその能力を特化させ、対象の拘束。防御力の増強や、得物や防具の耐久度を底上げするなど、応用性の高い魔術に昇華させていた。

 エヴァンスの翼が硬質化するのとほぼ同時にショットガンが火を噴く。

 エヴァンスの翼に、ばらばらと弾丸が叩き付けられ、激しい衝撃に思わず倒れそうになる。


エヴァンスは翼に走る痛みを、歯を食いしばって耐えた。硬質化してもなお、弾が当たったときの痛みは健在だった。永い生の中で、痛みという痛みを感じたことが無かったエヴァンスにとって、それは視界が明滅するほどに強烈な感覚だった。

 痛みと共に、弾き飛ばされそうな衝撃が来る。

 エヴァンスは痛みに耐えながらもその感覚を解析する。



(なるほど、仕組みはよく分からないが、面での攻撃が出来る火槍……か?)


 エヴァンスはふらつく足に力を込め、一気に踏み込む。盾にした翼を瞬時に体内に収めて突進した。空気抵抗を軽くしたエヴァンスの身体は加速する



閃光の一撃が男を襲う。


エヴァンスの狙いは男の肩。

殺さない程度に痛めつけ、元の世界に送り返したい。


サキュバスは人間を糧に生きる。

元来サキュバスは無用の殺害は避ける気質の者が多く、例え相手に襲われ、その反撃を行った場合でも、命までは取らないようにする者が多く、エヴァンスもその一人だった。

 

魔族による踏み込みに人間が反応など出来るはずがない。


しかしながら、男は反応した。重心を移動させ、しゃがむようにしてエヴァンスを紙一重で避けた。その動作は、単なる回避ではなく、同時にカウンターの肘打ちが繰り出されていた。その攻撃はエヴァンスの脇腹を深々と抉えぐる。

 強烈な反動はエヴァンスの右肺を潰し、肋骨を粉砕するほどのものだった。

 完璧なタイミングで放たれた肘打ちだったため、男の方にはダメージはほとんどない。

「今のは、少し危なかったぜぇ! ちょうど弾が切れていた所だったからなァ!」

 男はそう言いながらショットガンに弾を込めていく。

 エヴァンスは膝を付いた。弾丸のような痛みは無いが、身体の内部を掻き回す衝撃に立っていられない。ただの攻撃ではない。この男には何らかの未知のエネルギーが組み込まれている。


 エヴァンスの細胞が回復するまでの間、致命的な隙が出来ることになった。

「さて、最後だし、楽しませてもらおうかねぇ!」

 そう言って、男は銃を撃った。エヴァンスは硬質化させた翼を盾にする。だが放たれた弾丸は翼を貫き、肩に突き刺さり、大穴を開けた。


 エヴァンスは、今まで忘れていた生娘きむすめのような悲鳴を上げた。





-




――――――――――――――――――――――――――――





-


エヴァンスは痛みを堪えるように、肩を押さえた。



 男はその様子を見てへらへらと笑う。

「ショットガンってのはな、二種類の弾丸が放てるんだぜぇ」

 一つは散弾で小さな無数の弾を同時に発射させ、前方広範囲に面の銃撃をする。カラス等、小さく早く動くものを容易に仕留められる。


もう一つはスラグ弾と呼ばれる。弾の数は1つで、素早く動くものを当てるのは難しいが、殺傷力は絶大で、熊や、ライオンなど一発で仕留められる。


 男はスラグ弾でもう一度撃った。エヴァンスの右膝に命中し、間接を逆向きにした。エヴァンスは悲鳴と共に倒れ、右足は、ほとんど皮だけで繋がっている状態になった。


 痛み。

 その未知の感覚は、エヴァンスの身体から自由を奪い、勝負の行方を推し量ることが出来ないものにしていた。

 エヴァンスは残された左足で立ち上がる


 右足は潰れて自由はきかない。ほんの僅かな振動でさえ、カミナリの如く痛みの信号が脳に届く。その感覚にエヴァンスは吐きそうになる。


「ほう」

 男は笑みを浮かべると、ショットガンを撃つ。エヴァンスはそれを剣で弾いた。


 その直後にエヴァンスの肩にはナイフが突き立っていた。

 男が銃を撃ったのはおとり。素早くナイフを投げ付けていた。それがあまりに自然な動作だったため、エヴァンスは反応が出来なかった。

 その一瞬の隙にナイフの刺さってる肩を狙い男はタックルした。


ナイフが奥深くに突き刺さる。

「――――――っ!!」

 痛みで思わずエストックを落とした。


 男はエヴァンスの歪んだ表情を見ながら、ニヤついた


男は嬉しそうにし、どこからか取り出したのか、もう一本のナイフを手の中でくるくると回した。

 エヴァンスは自分の想像に恐怖した。


 ドスッという音と共に、エヴァンスの肩にさらなる激痛が走り、ゴキリと関節が外される。


 エヴァンスは抵抗し、動ける右手で男を殴る。しかし、それに力は籠もらず、ほとんど子供の攻撃のようだった。更に羽根をばたつかせ抵抗する。


 男は素早く翼に向かってナイフを振るう。サキュバスの翼には骨格がないので、驚くほど簡単にナイフが通り、翼が落ちる。翼は身体から離れると同時にぼろぼろと砂山のように崩れた。



苦痛がエヴァンスに襲いかかる。

 

エヴァンスは再びで殴ろうとしたが、素早く男に捕まれた。

手首の筋を切断され、自由が効かなくなる。



 男はエヴァンスの肩を強引に外しにかかった。

 ぶちぶちと肉を裂く音が響く。あまりの激痛にエヴァンスは嘔吐する。

 血の混じった嘔吐物が彼女の服を汚した



「おいおい、汚いな。汚いモンを吐く口には蓋をしなくっちゃなァ!」



 そう言うと、男は、

 半分ちぎれていた腕をもぎ取る。


 エヴァンスの悲鳴、絶叫が室内に響いた。


 男は、ちぎった腕をエヴァンスの口に無理矢理詰めこんで、声を塞いだ。


「ああっもう!やかましい!」

 男は怒声を飛ばしながらエヴァンスの口に手をかけ、無理矢理開かせる。その強引さに顎が耐えきれず、ばきばきと音を立てて、こめかみから血が吹き出て顎が外れる。

 


 エヴァンスはあまりの暴力的な痛みに、失神しそうになる。


「まだ寝るには早いでちゅよ?」

 

男はそう言って優しくエヴァンスの顔を撫でる。いろいろな体液で汚れた顔を、愛しい女を愛めでるように。しかし、唐突に力を込め、両の目玉を、えぐった。

「んっ――――――っ!」



再生禁止効果のナイフで、えぐられてないだけマシではあったもののエヴァンスは痛さのあまりに失神した。






「次は、足だよ」


 男は彼女の耳に優しく囁いた。

 その言葉にエヴァンスは、おののく。

 そうして、エヴァンスは生きたまま解体された。魔族の強靱な身体と精神のせいで、途中で死を選ぶことも狂うことも許されなかった。










一方その頃、ロザリオは多くの人間部隊を相手していた。だがロザリオが相手にしていた人間はエヴァンスを破壊している男とは違い、普通の人間だった。


ロザリオは人間たちを転移魔術で現世に送り返すと、異常事態を姉に伝えようと向かった。

 本館で折り重なるように倒れているのは、屋敷に招かれた上流階級のサキュバス達だった。ラピスの家に仕えていた使用人達も殺されている。


ロザリオはその光景に思わずへたり込みそうになった。

 大怪我ではないく、死んでいる事。それはサキュバスにとって、魔族にとって、きわめて異常なことだっだ。

 戦争があればこれと同じような光景は見ることが出来る。しかし、ごく一部の脆弱ぜいじゃくな肉体を持つ種族以外、大抵の傷からは数日で蘇生そせいする。

 だがここにある光景は全員の魂が消えており、死んでいた。


 まだ屋敷内に敵がいる。

 それが何人かは分からない。だが、これだけの数のサキュバスを殺せるだけの力がある敵とは何なのか。

 ロザリオは恐怖におののきつつも姉への心配が爆発した。

「お姉様!」

 叫び、猛ダッシュで階段を駆け上がる。いつもはなんてことないはずなのに、酷く長い階段だと、ロザリオは思った。

「お姉様!」叫んでエヴァンスの部屋の扉の前に立つロザリオ。



食われていた。



一人の男がしゃがんで、むしゃむしゃと咀嚼そしゃくする音を立てながら、臓腑ぞうふを貪り食っていた。男はエヴァンスの腸を巻き付けるようにして、彼女を喰っていた。

「い、いやあああああああああああああああ!」

悪魔より遙はるかに悪魔的な光景にロザリオは思わず叫びを上げた。


 その声に男は視線を上げる。


 ぐるぐるとカメレオンのように目が回る。


 ぴたりとロザリオに焦点が合う。


「くそッ! まだベトコン女が残って居やがったかッ!」


 そう言って、男は、エヴァンスに突き刺していたナイフを引き抜いた。引き抜くとき、エヴァンスの呻うめきが聞こえた。ロザリオはその声に、あんなになってもまだ生きていてくれたという安堵と、あんなになってもまだ生きているのかという恐怖を覚えた。





 男は壊れた人形のような挙動でナイフを掲げた。







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――――――――――――――――――――――――――――





-


男が突っ込んでくる。冷静さを欠いたその攻撃は、武術の経験者ならば、避けられる。

 だが、ロザリオはそうではない。ロザリオは、とっさに魔術を展開する。

「 , ――Arx.Magia.」




ロザリオが展開した魔法は殺傷能力がとても低い。防御的な作用しかなかった。


エヴァンスを打ち倒した男の能力は未知数である。その恐怖がとっさに攻撃魔術ではなく、防御魔術を選択させた。

 男は突撃の途中で壁にぶつかったように動きを止めた。


 不可視の壁に男は一瞬怯むが、すぐさま激昂げっこうに顔を歪ませ、ナイフを振るった。ナイフに付与された『魔術無効化』が不可視の壁を削った。しかし、完全に打ち消すには至らない。


ロザリオはひやりとする。もし油断してレベルの低い防壁を作っていたら、一降りで防壁は破壊されていたかもしれないからだ。

 ロザリオは警戒して男に近づくと、すっと左手を掲げた。

「 , ――Coitus.Magia.」



ロザリオの口から呪文が紡がれる。もう、ロザリオには手加減をするつもりも、人間界に返すつもりも無かった。

 姉をめちゃくちゃにされた怒りだけではない。

 ――恐怖。

 ただ圧倒的な恐怖のために、ロザリオはその魔術を行使した。


 男は一心不乱にナイフで襲いかかってきた。その攻撃が不可視の壁に衝突するかに思われた瞬間、その魔術そのものが解除される。


男は予期していた手応えが無くなったことで、バランスを崩した。その隙にロザリオは両掌を広げ前に突き出した。

 

そして男の顔を掴んだ


 男は何かに耐えるような表情をした。そして次の瞬間

 男は絶叫と共に天を向いた


 男は両足をがくがく振るわせ、両手を天に許しを請うように掲げながら、悲鳴する。そして、ロザリオのことなど忘れてしまったかのようにその場から動けなくなっていた。

 男の動きが止まったことを確認したロザリオはエヴァンスを抱き上げた。

そしてそのまま出口に向かって歩き

「お姉様、今、手当てをいたします」


 そう言ってエヴァンスに話しかけるが、聞こえないのか、聞こえていても返事を返すことが出来ないのか、エヴァンスは何も言わなかった。


ロザリオは男の横を通り過ぎる。


「そのまま、人の身には耐えきれない快楽に悶えながら、

 ――――死んでください」


 そう言って扉を閉めた。




 三日後、ロザリオが再び男の元に訪れたとき、死体は半ばミイラになっており、その周りは腐りかけて黄に変色し、それに群がってきた小蝿が産み落とした蛆虫うじむしで酷い有様だった。唯一元の形を成していたものが、男のつけていた銀のペンダントだった。ペンダントには、Maria(マリア

)という名前が掘られていた。







-




――――――――――――――――――――――――――――





-


「この石碑はお姉様が『ヴァルハラに旅だった手足を弔うために』と作らせたものなのです。

ヴァルハラとは、そちらの世界でいう北欧神話で、兵士の霊を留めておく為の場所です。お姉様はきっとこう考えたのでしょう。

 『自分の手足ほど優れたものならば戦乙女(戦の神)が欲しがっても仕方がない』と。

もっとも、お姉様はこれを作らせてから、ここに来たことがありませんが……」


 ロザリオはそう言って石碑から手を離す。


「さあ、そろそろ、お夕食の時間ですよ」

 ロザリオは努めて明るくそう言って、手に持ったランプを掲げる。気付けば窓からの光はほとんど無くなっていた。

ランプの中には蛍のような黄緑色の光の群れが在り、それか辺りを淡く照らしていた。









夕食を食べ終え、あてがわれた部屋に戻る途中だった。

 ――きゅるきゅる。

 静かな稼働音が後ろから聞こえた。

「少し、話がある。客人」

 振り返ると、静けさを秘めたエヴァンスの瞳が、そこに在った。


 どう接して良いか分からなかった蓮


「ついてこい」

 エヴァンスは有無を言わさぬ調子で、車椅子の踵きびすを返した。蓮は戸惑いつつも従った。



蓮を自分の部屋に連れてきたエヴァンスは少し危なげな調子で車椅子からベッドに飛び移る。

「隣に来い」

 その命令は魔力でも込められているかのように蓮の脳に響き、その通りにした。


「客人は私の過去を聞いたのだな?」


――どくん。


 蓮の胸が嫌な脈動をした。


 

「ロザリオを追いかけて、塔に向かうのが見えた。あそこに行けば、没年が同じ墓石に気付くだろうし、気付けば、何があったかをロザリオに聞かなければ、好奇心の強い猫のような客人は満足できまい」

 

 ほとんど完璧な推理に蓮は舌を巻く。


「……不公平だとは思わないか?」

 


??



「私は過去を暴かれてしまったというのに……客人はその過去を隠している。これほどに不公平なことがあるか」


「……」


「とぼけるのか? 私の身体は確かに一般受けは良くないだろうが、あそこまで過剰な反応を引き出すのは難しいだろう。露骨な傷口があるわけでもないしな」


「俺は……あんたの餌なんだろう? 餌の過去が知りたいだなんて、おかしいじゃないか?」


 冷たい瞳を向けるエヴァンス


「別に知りたいのではない。ただ、私だけがその過去の傷跡をさらけ出してしまっているのは、おかしい、そうだろう?」


 一理あるなと、蓮はそう思った。しかし

 しかし、決断は付いても、言葉が口から出てこない。


「必ず、話します……だけど、今は未まだ……」


「話せないのか?」


 蓮はこくりと頷く。


「仕方あるまい。だが、私が客人の精を食らうまでには、……話して、貰うぞ」


「……わ、わかりました。」


 エヴァンスはその言葉を聞くと、ふふっと、ほんの僅かに唇に弧を描いた。

 蓮は驚いた。石仮面のような無表情を貫いていた彼女が、笑った。

「もう、帰って良いぞ。お休み」

 エヴァンスはそう言うと、這うようにしてベッドの上を進み、シーツにくるまった。

 その瞬間、魔法が解けたように動けるようになり、蓮は「おやすみなさい」と言って部屋から出た。






〈〉〉 同時刻、淫魔族自治領にて〈〈〉



 その部屋はあまりに奇妙だった。

 貴族のために作られた宮殿、しかし、宮殿内部にある家具は、日本のホームセンターや百円ショップで買ってきたかのような安っぽいものばかり。

 背の低い本棚には、漫画やライトノベル、アニメや映画のDVD…、何とも貴族らしくない、ミスマッチなものばかりが並んでいた。あげく、その本棚の上には透明なケースに入れられ、躍動感溢れるポーズを取ったロボットの模型フィギュアが並べられていた。


「えっと『魔界で魔王みたいなことやってるけど質問ある?』っと。んで、こうして……こうして『暇だから答えるよ』とにゃ」


 部屋の主たる一人の女性がカタカタとパソコンのキーボードを叩いていた。ディスプレイには、掲示板サイトが映し出されていた。


 彼女の髪にはツヤがない。ボサボサで女らしさもない。ワイシャツにジーンズで、女らしさを捨てた様なサキュバス



「おーこの時間だから流れはそんなに速くないね。なになに、スペック晒せか……。ええと『十万飛んで二〇四歳、♀メス、趣味はネットサーフィン』っと」


 かんかんと戸をたたく音が響いた。


「はーい」


その返事を聞いて、ガチャンとドアのロックが解除される。ドアからは、ワンピースの上から武装した女性が入ってくる。


「シャーロット様。一週間後に迫った五大貴族会議についてなのですが……」

 






「ロザリオさん……アレは一体……何なんですか……」

 蓮はおそるおそる尋ねた。しかし、ロザリオは緊張しているのか、その問いには答えない。


「ん? そこにいるのは人間……かにゃ?」

 

ドラゴンが蓮の方にぐっと首を伸ばしてくる。しかし、途中で何かに阻まれたように止まる。


「彼は我がラピス家の客人だ。手は出さないで貰おうか」

 透き通る声だった。エヴァンスはきゅるきゅると車椅子を操作してロザリオと蓮の前に、盾になるように進み出る。その目はアメジストの輝きが宿っていた。石化の魔眼が発動し、ドラゴンと三人の間の空間を『石化』しバリアを生み出していていた。


 

「もう、別に取って喰う訳じゃないにゃー」

 巨躯とミスマッチな声


「そんな姿で言われても説得力がないな。せめてその厳めしい姿を何とかしてはもらえないか?」



ドラゴン「はーいにゃ」

 叱られた小学生のような声で唱えられる呪文

「,―― MAGIA. oblive.DoRaGainUs. RE, mementus. homous.」


 ドラゴンに閃光が走り、蓮は思わず目を逸らした。雷鳴音と同時にドラゴンは姿を消していた


ドラゴンに代わりに二人の女性が居た。蓮よりも背の高い、すらっとした金髪の女性と、蓮の胸辺りまでしか身長がない黒髪の少女だった。金髪の女性は、なぜかタンスを担いでいる。

 恐ろしいほどの大荷物。を持っているにもかかわらず涼しい顔をしており、蓮は改めてこの世界が魔者の世界なのだと認識した。



「どうも初めましてにゃ、ラピス家の客人様。我輩は淫魔族自治領の北部屹立の黒金の摩天より参った、天竜族の淫魔にして雷艇の化身。淫魔五大貴族が一人、雷の売女トニトルスシャーロットにゃ。彼女は側近カテーナカテリナ鍛冶妖精の淫魔にゃ」


 そう言って、二人はぺこりと頭を下げる。



エヴァンス「それで、一体何をしに来たのだ。事前連絡も無しに勝手に他人の支配領地に入るなど、トニトルス家は礼節をどこかに落としてきたのか? 撃ち落とされても文句は言えないぞ」



カテリナ「ですから言ったのです。知恵を借りる方法を間違えていると……」


シャーロットはカテリナに否定されてハブてた。ほっぺを風船の様に膨らました。


ロザリオ「それで、お二方は何をしにいらっしゃったのでしょう?」


シャーロット「そうにゃ、この度は、六日後に迫った貴族会議への出席をお願いしに来たのにゃ」


エヴァンス「断る。帰れ」


「にゃっ!? なんでにゃー!?」

 シャーロットは驚いた顔をした


エヴァンス「五月蠅うるさいな。行かないと言ったら行かないんだ。代わりにロザリオを向かわせる。文句はあるまい」


その声はいつもと同じ倦怠と諦めの響きを含んだ声だった。


シャーロット「文句しかないにゃ!」


緊張感のあるような無いような微妙な空気が流れる。

その空気を打ち破るように、ロザリオが言う。

「ええと、とりあえず、中に入りませんか? 玄関口で押し問答というのも端から見れば不格好ですし」


 その言葉に、エヴァンスはしばしシャーロットを睨んだ後、すっと視線を逸らし、車椅子を操作して踵を返した。シャーロットはエヴァンスの後を追った。更に後を追うように、カテリナがちょこちょことその後ろを付いていく。


ロザリオ「ところで、その大荷物は何でしょう?」



カテリナ「これはシャーロット様の旅の荷物です」


ロザリオ「そうですか。しかし突然やってきたあげく、そんな怪しげな荷物を、『旅の荷物です』『はい、そうですか』で通すことは出来ません。中を検あらためさせて貰います」


 ロザリオがそう言ってカテリナに近付くと、カテリナはさっと飛び退り、手から鎖を引き出して威嚇するように回した


カテリナ「了承致いたしかねます。カテリナはシャーロット様に『この中身は誰にも見せるな』と仰せつかっております。例えラピス家の側近の方でもそれは同じ事です」


ロザリオ「ラピス家と事構えるおつもりですか?」

 ロザリオもとっさに臨戦態勢になる


シャーロット「こら、カテリナちゃん。喧嘩売らないの。荷物を検めるって言われてるんだから見せてあげてにゃ」


「……よろしいのですか?」

 

「いいよ」

 シャーロットがそう言うと、背負ったタンスから物品が飛び出した。


「見ての通り、やましい物は何もないにゃ!」


テレビ、漫画や小説などの雑多な本、アニメや映画のDVDとDVDレコーダー、ビデオゲームと家庭用ゲーム機らしき物、デスクトップパソコン、それに加えて、タンス、チェスト、ベッド、果ては大量のロボフィギュアまで、まるでアニメオタクな大学生の部屋の中身を一部屋丸ごと大移動してきたかのような荷物だった。その様子にはさすがのエヴァンスも驚きに目を見開いていた。

「ええと、なんですかこれは。旅の荷物というにはあまりに多すぎる……というか、部屋の中身を丸ごと持って来たような……」

 ロザリオはその混沌とした荷物の数々に思わず絶句しているようだった。しかし、どう考えても娯楽用品が多すぎる。


蓮は思わずつっこんだ。

「というか、この世界にこんな電化製品があったんですね」


『人間界から輸入しているんだにゃ』


「へ、へー」

蓮は思った。物の輸入ができるなら輸出もできるという事、その輸出物に自分が混じれば人間界へ行けるのかもしれない。



-




――――――――――――――――――――――――――――


■8話




-


〜客間にて〜


エヴァンス「それで、私に貴族会議に出席して貰いたいとは一体どういう事だ」



カテリナ「五大貴族議会にエヴァンス様は四回欠席されています。代理のロザリオ様が毎回委任状を手に出席しておられましたが、その信憑性と、エヴァンス様の生死が疑問視されています。そのため、今回の貴族会議にてその委任状の不採用が議決されれば、ラピス家が議会から除名される可能性があります」

 


エヴァンスはそれを聞き、すっと眼を細める。

 感慨深げなエヴァンスに、連はおずおずと手を挙げた。


エヴァンス「どうした、客人」


蓮「オレがここにいてもいいのですか? 場違いなんじゃ…」


エヴァンス「ああ、確かにそうだな、部屋にでも戻っているといいぞ」

 

蓮は戻らなかった。魔界の情報を少しでも仕入れておきたかった。


魔界の専門用語多くて、エヴァンス達の会話を理解するのは困難だったが、なんとなく、要人たちの重要会議にエヴァンスが顔を出さないといけない事だけは判った。


エヴァンスが議会での権利を剥奪されてしまうと、魔界は人間世界に向けて侵略を始める空気が整うのだそう。


魔界に人間が攻め込んで来た異常事態に対応する為、人間界に宣戦布告するらしい。


エヴァンスが人間からの被害者として、会議に同席し意見する事が求められている。

エヴァンスが人間を擁護しない限り、魔界は戦争の流れへと進む。


シャーロットは人間社会から得られるオタクアイテムが生き甲斐で、人間世界が争いで混沌に染まると、オタクライフが維持できない事を心配していた。


エヴァンス「だが私が、それに反対する理由があるのか? 私は人間にこんな身体にされたんだぞ。それはお前も知っているだろう? トニトルスシャーロット、頼む相手を間違えちゃいないか?」


エヴァンスは蓮から視線を外し、車椅子に乗り移った。

「シャーロット……帰れとは言わない。一応は客人だからな。……私の答えに不満があるなら明日また話を聞こう」


 エヴァンスは心なしか柔らかく言い、部屋から出て行った。




「お姉様もそのように言っていますから、今日の所はこれにてお開きに致します。明日の正午あたりから再び場を設けましょう」


 ロザリオはそう言うと、立ち上がる


「シャーロット様。くれぐれもラピス家の客人である蓮様に手を出すようなことはありませんよう」


「な!なんで判ったにゃ!?、今晩襲おうと思ったのに」






結論から言うとエヴァンスは会議に参加するつもりだった。


問題はエヴァンスが要人の一人であること。人間界を破壊したい衝動がある魔族達は、エヴァンスが5大会議に参加して、人間を擁護する事を望まない。弱ったエヴァンスが議会に向かえば暗殺される可能性があった。


エヴァンスは人間を憎んではいたか、破壊したい程に憎んでいる訳ではなかった。だから会議には参加するつもりだった。


だがその為には暗殺されない為の力。身を守る力、戦う為の力が必要だった。


手足を失っているが、魔力を使えば戦える。翼は失ったが、えぐられた目は再生している。


エヴァンスは念力で剣を使う鍛錬をしていた。

車椅子に合う戦い方を研究していた。


五大会議は6日後、シャーロットにドラゴンに化けて貰い背に乗って行くこともできるが、魔族世界は力を重んじる。他者の力を借りたとなれば、それだけで議決権は剥奪されてしまう。


エヴァンスは現状、力を失っている。このままではいずれ議決権は剥奪されるシナリオだった。


五大貴族として、ふさわしい力を示さなければ、議会はいずれ除名してくる。

力を示す手っ取り早い方法が、陸路から会議場に向かう事だった。


会議場まで陸路から向かうのは、魔界でもトップクラスの実力が無ければ不可能であり、エヴァンスに今求められているのは、それだった。

陸路で行くには時間的猶予はない。

剣技を練習する猶予は、あっても残り2〜3日。

直にでもに準備して旅立たなければいけない…


-




――――――――――――――――――――――――――――





-


とある部屋にて、蓮はゆっくりとその剣を引き抜いた。

「っ!」

 背後から息を呑むような気配を感じ、蓮は振り返った。

 ロザリオがいた。腕を組んで脱力したように構えていた

 瞳には、エヴァンスが石化の魔眼を使うときと同じような紫の光を点している。


 蓮はなぜそんなに敵対心を露わにしているのか、少しショックだったが、よくよく考えてみれば当たり前の事だ。蓮は今、剣を手にしているのだ。蓮がいた日本でこんな剣を抜き身のまま持ち歩けばたちまちのうちにお縄になってしまうだろう。



それほどに今蓮が手にしているものは危険なものなのだ。

 それでなくても、ロザリオにとって、人間の男はエヴァンスから四肢を奪い去った存在と同種のいきものなのだ。

「すまない」

 蓮はそういうと、ゆっくりと剣を床に置いた。

 ロザリオは少し複雑な、なにかを迷うような表情をした。目の光が明滅し、そして消える。

 数秒間だが、蓮には酷く長く感じられた。

「申し訳ありません蓮様。少し神経質になっていたようです」

 ロザリオはそう言うと、謝罪するようにお辞儀をした。

「こちらこそ、驚かせてすみません。男の子って武器を見るとなんか手に取りたくなっちゃって……」

 蓮はそう言って頭を掻く。途端になにか少年っぽい事を言っているような気がして、恥ずかしくなった。


 ロザリオはそんな蓮の様子を見て、一気に警戒心を解いた様子だった。

「ここの剣はやっぱり触っちゃダメだったか?」

「いえいえ、構いません。どのみちもう使う者もいま――」

 ロザリオはそこで唐突に言葉を途切れさせると、少し苦い顔をした。

「そう……ですね。ここにある剣達は使い手がいなくなってからもう随分経つ物達です。

 そうですね二、三本くらいなら差し上げても構いませんよ。そちらの方が、彼女らも喜ぶでしょう


しかし、その手応えはあまりに重く、少し振るえば腕が痛くなるほどのものばかりだ。

 せっかくなので本物の剣で素振りでもしてみたいと思ったものの、この世界の住人向けに作られている剣は酷く重く、大して運動神経のない蓮には到底扱えるものではなかった。



一般に『密度が高い物質ほど硬い』という事を考えてみれば当たり前のことではあるが、上等のものほど重く出来ているらしく、良いものを探そうとすればするほど重くて持てない物になっていった。

 しかし、蓮はなんとなく諦めきれず物色した。

 ロザリオが言うには、業物の順番に並んでいるらしく、右に行くほど良いものらしい。


「これは……」

 手応えは重い。だが、その重さはそれまでのような振るえば腕を壊してしまいそうな凶暴な重さはなく、まるで剣自身が強い意志が質量を得たような重さだ。蓮は柄を握った。


 「ほう、その剣を選ぶか」

 開いた扉から入ってきたのは、エヴァンスだった。


「その剣を自らのものにするのか?」

 エヴァンスは蓮と微妙に目線を合わせないようにして、彼の手に握られている剣を注視しながらそう言った。

 その抑揚の無いセリフからは何の感情も読み取れず、蓮はその圧力めいた雰囲気に思わず剣を鞘に戻した。

「すみません、やっぱり触ってはいけないものでしたか?」

 そう言って、元の場所に返そうとする。たしかにこの剣は他のものと一線を画した雰囲気を持っている。きっと高級なものなのだろう。蓮はそう思った。しかし、エヴァンスはそれを制する。

「いや、……構わない」

 そして、エヴァンスはやや逡巡するよう言葉を紡ぐ。

「ロザリオにも言われたのだと思うが、その剣達は、もはや主を失ったもの達なのだ。

 ……誰にも使われず、自らの在る意味すら分からず、保存の魔術のせいで朽ちることも容易には出来ず、ただただ悠久の時をそこで過ごすのは、たとえ剣とてあまりに退屈だろう」


蓮は手にした剣を素振りをした。。

 空気を切り裂く音は高く透き通った音だった。

 初めて刀に触ったのに不思議と手に馴染む。

「この剣、……頂きます」

 そう宣言する蓮を、エヴァンスはどこか郷愁を感じているような目で見つめ、そして、

「そうか」

 と言い哀しげに笑み漏らした。



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原題 Evans https://novel18.syosetu.com/n1122fw/


のR18要素をR15レベルに変えて、いくつか設定にアレンジを加えたもの。掲載しているストーリーは前半部までで、、20万文字相当のものを2万文字にカットしたもの。



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