隠された秘密、目覚めた才能
合宿3日目の夕方。
撮影も順調に進み、全員が疲れた様子でリビングに集まっていた。
めぐりんが、嬉しそうに提案した。
「ねえねえ!みんなで温泉入ろうよ!」
俺の心臓が、バクンと跳ねた。
(来た……!この展開だけは避けたかったのに……!)
さくらが、面倒くさそうに呟いた。
「私はいいわ。一人でゆっくり入りたいし」
ユキも、小さく首を振った。
「私も、一人がいい」
だが、めぐりんは諦めなかった。
「えー!せっかくなのに!うめちゃんは?一緒に入ろうよ!」
俺は、必死で頭を回転させた。
(どうする!?どう断る!?いや、断ったら逆に怪しまれる……!)
「あ、あの!私、先に部屋で撮影データの整理しなきゃいけなくて!」
「じゃあ、後で一緒に入ろうよ!」
「あ、い、いや……その……実は、ちょっと体調が……」
めぐりんが心配そうに顔を近づけてくる。
「大丈夫?顔、赤いよ?」
(当たり前だろ!焦ってるんだよ!)
その時、土方が助け船を出した。
「めぐ、あんまりしつこくしないの。それぞれのペースがあるんだから」
「あ、ごめんね、うめちゃん。じゃあ、また今度ね!」
めぐりんは、そう言って1人でスキップしながら大浴場へと向かっていった。
俺は、心の底からホッとした。
(助かった……)
土方は、俺を見て小さく微笑んだ。
「無理しなくていいのよ、UMEKO」
その言葉に、俺は少し救われた気がした。
夜も更け、もう誰もいないだろうと確認してから、俺はそっと露天風呂へ向かった。
タオルを体に巻いたまま、恐る恐る湯船に浸かった。
(……露天風呂に入るのは初めてだな。アパートのシャワーとは全然違う……)
湯の温かさが、疲れた体に染み渡る。
見上げると、満天の星空が広がっていた。
月は明るく、森を照らしている。
(綺麗だな……)
46年間、こんな風に空を見上げたことがあっただろうか。
いつも俯いて、誰にも必要とされない人生を送ってきた。
だが、今は——少しだけ、違う。
その時、カラン、と音がして、誰かが露天風呂に入ってきた。
俺は慌てて振り返る。
そこには、土方が立っていた。
手には、日本酒を持っている。
「あら、UMEKO。まだ起きてたのね」
土方は、少しほろ酔いの様子で湯船に浸かってきた。
「ひ、土方さん……」
「ママって呼びなさいって言ってるでしょ」
土方は毒づいたが、勢いよく浴槽に浸かって日本酒を一口呑むと満足そうに息をついた。
「いい湯ね。こういう時間、久しぶりだわ」
俺は、少し緊張しながらも、静かに尋ねた。
「土方さん……いや、ママは、どうしてアイドル事務所を作ったんですか?」
土方は、しばらく黙っていた。
そして、ゆっくりと口を開いた。
「……私ね、昔アイドルだったのよ」
俺は、驚いて土方を見つめた。
「本当ですか?」
「ええ。でも、売れなかった。事務所は私を『商品』としてしか見なくて、無理なダイエット、無茶なスケジュール、プライベートの監視……何もかもが、窮屈だった」
土方は、月を見上げた。
「私は、自分の意志で歌いたかった。誰かに強制されるんじゃなくて、自分の心から湧き出る歌を、届けたかった。でも、それは許されなかった」
俺は、土方の横顔を見つめた。
その表情には、深い悲しみと、それでもなお諦めない強さがあった。
「だから、私は自分の事務所を作ったの。誰にも縛られず、それぞれの才能を最大限に活かせる場所。それが、ルーチェ・エンターテインメントよ」
土方は、俺に向き直った。
「アナタたちは、私にとって商品じゃない。かけがえのない、輝く原石なの」
俺は、胸が熱くなった。
(この人は……本気で、俺たちのことを考えてくれているのか……)
土方は、日本酒をもう一口飲むと、立ち上がった。
そして、露天風呂の脇にある小さな舞台——おそらく旅館のイベント用のステージに立ち、月を見上げた。
「ねえ、UMEKO。アナタ、歌ってみない?」
俺は驚いて、首を振った。
「え、でも、私……歌なんて……」
「いいから。誰も聞いてないわ。ただ、月に向かって、自分の心のままに歌ってみなさい」
土方の言葉に、俺は迷った。
だが、不思議と、歌ってみたいという衝動が湧き上がってきた。
(俺、歌なんて、カラオケでしか歌ったことないのに……)
俺は、恐る恐る舞台に立った。
月明かりが、俺の体を照らす。
深呼吸をして、目を閉じた。
そして——歌い始めた。
最初は震えていた声が、次第に安定していく。
その声は、透き通るように美しく、月明かりとともに森に響き渡った。
俺自身も驚くほど、自然に声が出る。
46年間、誰にも聞かれることのなかった心の叫びが、今、歌となって溢れ出していく。
歌い終えた俺は、ハッと我に返った。
「あ、すみません……変な歌で……」
だが、土方は静かに微笑んでいた。
「UMEKO。アナタの『武器』が、見つかったわ」
俺は、その意味が分からなかった。
ただ、不思議な満足感に包まれていた。
(気持ちよかった……初めて、自分が自分でいられた気がする)
その時、物陰からめぐりんが顔を出した。
手には、スマホが握られていた。
「……うめちゃん、すごかった……」
めぐりんは、俺の後ろ姿を撮影していたのだ。
月明かりに照らされた、美しいシルエットと、心を揺さぶる歌声。
それは、誰もが心を奪われる、完璧な映像だった。
俺の新しい人生が、今、ここで本当に動き始めたのだ…




