近づいた心
合宿2日目の朝。
全員が早起きして、朝食を済ませた。
土方が、今日の予定を説明した。
「午前中は、それぞれの撮影。めぐは森で歌の撮影。さくらはゲーム実況の収録。ユキはピアノの演奏」
「はーい!」
めぐりんが、元気よく手を挙げた。
土方は、俺を見た。
「UMEKO、アナタはみんなの撮影をサポートしながら、自分の散歩動画も撮ってきなさい」
「分かりました」
まず、めぐりんの撮影から始まった。
森の中の小さな広場。
朝日が木々の間から差し込み、幻想的な雰囲気だった。
「じゃあ、始めるね!」
めぐりんは、カメラに向かって笑顔を作った。
そして——歌い始めた。
明るくて、元気な歌声。
昨日の不安そうな顔は、もうどこにもなかった。
俺は、カメラを回しながら、彼女の成長を感じた。
(この子、強いな……)
撮影が終わると、めぐりんが駆け寄ってきた。
「うめちゃん、どうだった?」
「すごく良かったよ。めぐりんの歌、本当に元気が出る」
「えへへ、ありがとう!」
めぐりんは、満面の笑みで笑った。
次は、さくらの収録。
旅館の一室で、ノートパソコンとマイクをセットした。
さくらは、ヘッドホンをつけ、画面に向かった。
「じゃあ、始めるわ」
彼女のVTuberアバターが、画面に映し出される。
可愛らしい猫耳の少女。
だが、その口から出る言葉は——
「はい、皆さんこんにちは。今日もこの無能どもを相手にゲームをしていきますよ」
毒舌全開だった。
だが、その声には——楽しさが滲み出ていた。
画面越しなら、彼女は本当に自由なんだな。
俺は、そう思った。
最後は、ユキのピアノ演奏。
旅館のロビーに、古いピアノが置いてあった。
ユキは、静かに椅子に座り、鍵盤に手を置いた。
そして——弾き始めた。
その音色は、美しくて、悲しくて——
まるで、彼女の心の中を覗いているようだった。
曲が終わると、旅館の女将が拍手をした。
「素晴らしい!こんなに上手な子、久しぶりに見ましたよ!」
ユキは、少し照れくさそうに頷いた。
「……ありがとうございます」
俺は、ユキの横顔を見つめた。
(この子も、ピアノで心を表現してるんだな……)
午後、俺は一人で散歩動画を撮影していた。
旅館の裏手、森の小道を歩きながら、スマホを持って景色を撮る。
「えっと……今日は、森の中を歩いています。木々の間から差し込む光が、とても綺麗です」
俺の声が、録音される。
まだ、この声には慣れない。
だが——少しずつ、自分の声として受け入れ始めていた。
その時、前方に人影が見えた。
ユキだった。
彼女は、森の中の小さな広場で、一人で座っていた。
膝を抱えて、じっと空を見上げている。
「……ユキ?」
俺が声をかけると、ユキはゆっくりと顔を向けた。
「こんにちは、UMEKO」
「こんなところで、何してるの?」
「……森の音を、聞いてた」
ユキは、また空を見上げた。
「森には、いろんな音がある。風の音、鳥の声、木の揺れる音。それが、私には音楽に聞こえるの」
俺は、その言葉に少し驚いた。
(この子、感情がないように見えるけど、ちゃんと心で感じてるんだな)
「そっか。ユキは、音楽が好きなんだね」
「……分からない。好きかどうかは、分からない。ただ、ピアノを弾いてる時だけは、自分が生きてる気がする」
ユキは、そう言って立ち上がった。
「じゃあ、私は戻るね」
そう言って、ユキはスッと歩き出した。
俺は、何か声をかけようとしたが、言葉が出てこなかった。
(なんだ、この距離感……近いようで、遠い)
その時、突然、森の奥から「ガサッ」と大きな音が響いた。
俺とユキが同時に振り返ると、そこには——
大きな野生の鹿が、二人を見つめていた。
「うわっ!」
俺は思わず声を上げて、後ずさりした。
だが、この細い体では足元が不安定で、バランスを崩して倒れそうになる。
その瞬間、ユキがサッと俺の腕を掴んだ。
「動かないで。鹿は、こっちが動かなければ襲ってこない」
ユキの声は、いつもより少しだけ強かった。
俺は、ユキの腕に支えられながら、じっと鹿を見つめた。
鹿も、しばらく二人を見つめた後、ゆっくりと森の奥へ消えていった。
「……大丈夫?」
ユキが、初めて俺の顔を心配そうに見た。
「あ、ありがとう……助かったよ」
ユキは、小さく頷いた。
「UMEKO、さっきすごく怖そうな顔してた。でも、鹿から目を離さなかったね」
「え?」
「普通の人は、怖いと思ったら目を閉じる。でも、アナタは違った。ちゃんと、相手を見てた」
ユキは、少しだけ微笑んだ。
それは、初めて見るユキの笑顔だった。
「……UMEKO、強いんだね」
その言葉に、俺は胸が熱くなった。
(強い……?俺が?)
「そんなことないよ。ただ、怖かっただけだから」
「それでも、目を背けなかった。それが、強いってことだと思う」
ユキは、そう言って、また歩き出した。
だが、今度は少しだけ振り返って、俺に手を振った。
「また、ね」
俺は、その背中を見送りながら、小さく微笑んだ。
(少しだけ、距離が縮まった気がする)




