温泉合宿の期待と不安
合宿当日の朝。
俺は、大きなバッグを抱えてリビングに集まった。
(……気のせいかな)
家を出る時、何か視線を感じた気がした。
振り返っても、誰もいない。
(疲れてるのかな……)
めぐりんは、既に準備万端で、嬉しそうに飛び跳ねている。
「わぁ!温泉だ温泉だ!楽しみ〜!」
さくらは、黒いパンダの人形を抱きしめたまま、少し不安そうな顔をしていた。
「……人、多いのかな」
ユキは、いつも通り無表情だが、小さなバッグを大切そうに抱えていた。
土方が、全員を見渡した。
「じゃあ、出発するわよ。車に荷物を積んで」
土方の運転する車で、山道を登っていく。
窓の外には、深い森が広がっていた。
めぐりんは、後部座席で景色を眺めながら歌っている。
「森の中〜、緑がいっぱい〜♪」
さくらは、ヘッドホンをつけて、目を閉じていた。
ユキは、じっと外を見つめている。
俺は——この3泊4日で、何が起こるのか、少し不安だった。
(みんなで温泉に入るって話になったら、どうしよう……)
2時間ほど走って、ようやく旅館に到着した。
古びた木造の建物。
周囲は森に囲まれ、小さな川が流れている。
「わぁ!素敵なところ!」
めぐりんが、目を輝かせた。
旅館の女将が、笑顔で迎えてくれた。
「いらっしゃいませ!土方さん、お久しぶりです」
「お世話になります」
土方は、丁寧に頭を下げた。
俺たちは、それぞれの部屋に案内された。
めぐりんとさくらが一部屋。
ユキと俺が一部屋。
土方は、一人で別の部屋。
「じゃあ、荷物を置いたら、ロビーに集合ね」
部屋に入ると、ユキが小さく呟いた。
「……UMEKO、よろしく」
「うん、よろしく」
俺は、荷物を置きながら、ユキを見た。
彼女は、窓の外を見つめている。
その表情は、いつもより少しだけ柔らかかった。
「ユキ、合宿、楽しみ?」
「……分からない。でも、悪くない気がする」
ユキは、小さく微笑んだ。
ロビーに集合すると、土方が全員に指示を出した。
「今日の午後は、それぞれ自由時間。明日から本格的に撮影を始めるわ」
「やったー!温泉入る!」
めぐりんが、嬉しそうに叫んだ。
さくらは、少し安心したように頷いた。
「……じゃあ、私は部屋でゲームしてる」
土方は、苦笑いした。
「さくら、せっかくの合宿なんだから、少しは外に出なさい」
「……考えとく」
俺は、一人で旅館の周辺を散策することにした。
森の中を歩いていると、小さな川のほとりに出た。
水の音が、心地よく響いている。
俺は、そこに座り込んで、空を見上げた。
(こんな風に、のんびりとした時間を過ごすのは、何年ぶりだろう……)
46年間、いつも時間に追われていた。
会社と家の往復。
休日も、何をするわけでもなく、ただ時間を潰していた。
だが、今は——
(少しだけ、生きてる気がする)
その時、後ろから声がかかった。
「うめちゃん?」
振り返ると、めぐりんが立っていた。
「あ、めぐりん。どうしたの?」
「うめちゃんも散歩?」
「うん、ちょっとね」
めぐりんは、俺の隣に座った。
「ねえ、うめちゃん。合宿、楽しみ?」
「うん、楽しみだよ」
めぐりんは、少し寂しそうな顔をした。
「私ね、実はちょっと不安なんだ」
「不安?」
「うん。みんな、それぞれ才能があるでしょ?さくらはゲームが上手いし、ユキちゃんはピアノが弾けるし、うめちゃんは大人っぽい動画が撮れる」
めぐりんは、膝を抱えた。
「でも、私……ただ明るいだけで、何も特別なことができない気がするの」
俺は、めぐりんの顔を見た。
彼女は、いつもの笑顔ではなく——少し泣きそうな顔をしていた。
「めぐりん……」
「ごめんね、変なこと言っちゃって。忘れて!」
めぐりんは、すぐに笑顔に戻った。
だが、その笑顔は——どこか無理をしているように見えた。
俺は、46年間の人生経験を振り絞って、言葉を選んだ。
「めぐりん、俺……いや、私も、ずっと『何もできない』って思ってたよ」
「え?」
「でもね、最近気づいたんだ。『特別なこと』って、別に大きなことじゃなくていいんだって」
俺は、空を見上げた。
「めぐりんの笑顔は、みんなを元気にしてる。それって、すごく特別なことだよ」
めぐりんは、目を見開いた。
「……本当?」
「本当だよ。私も、めぐりんの笑顔に何度も救われてる」
めぐりんは、少し涙ぐんだ。
「うめちゃん……ありがとう」
彼女は、小さく微笑んだ。
それは、今まで見た中で、一番素直な笑顔だった。
その夜、夕食は旅館の大広間で。
豪華な料理が並び、全員で囲んだ。
「わぁ!すごい!お刺身!天ぷら!」
めぐりんが、目を輝かせた。
さくらも、珍しく嬉しそうな顔をしている。
「……久しぶりに、美味しそう」
ユキは、静かに箸を取った。
土方は、満足そうに全員を見渡した。
「さあ、明日から本格的な撮影が始まるわ。今日は、ゆっくり休みなさい」
食事の後、土方が俺を呼び止めた。
「UMEKO、ちょっといい?」
「はい?」
土方は、少し真剣な顔をした。
「明日、全員でそれぞれの撮影をするわ。アナタは、みんなのサポートをお願い」
「分かりました」
「それと……」
土方は、少し声を落とした。
「この合宿で、何か『特別なもの』を見つけてほしいの。アナタ自身の」
俺は、その言葉の意味がよく分からなかった。
だが、土方の目は——何か、確信を持っているようだった。




