初めて見つけた、私の…
ルーチェ・エンターテインメントでの生活が始まった。
朝は6時起床。
めぐりんと一緒に畑仕事を手伝い、午前中はレッスン。
「UMEKO、もっと腰を落として!」
土方の厳しい声が飛ぶ。
ダンスの基礎練習——
だが、46年間デスクワークしかしてこなかった俺には、地獄だった。
「くそっ……足が、足が動かねぇ……!」
何度も転び、何度も立ち上がる。
膝をつくたびに、床に手をつき、息を切らせた。
(この体……軽いはずなのに、全然動かない……!)
めぐりんは、心配そうに声をかけてくれた。
「うめちゃん、無理しなくていいよ!最初はみんなそうだから!」
だが——俺は、諦めたくなかった。
(ここが、俺の居場所になるかもしれない)
俺は、何度も何度も同じ動きを繰り返した。
足を開く、腰を落とす、腕を上げる——
簡単な動作のはずなのに、体がついてこない。
汗が額から滴り落ちる。
息が上がり、視界がぼやける。
それでも——俺は、立ち上がった。
午後は、それぞれの個別活動。
めぐりんは、畑で野菜を収穫しながら、スマホで歌の撮影。
彼女の明るい歌声が、畑に響いていた。
さくらは、部屋に篭もってVTuber配信の準備。
時折、毒舌トークが聞こえてくる。
ユキは、リビングのピアノでひたすら練習。
その音色は、悲しくて、美しかった。
そして、俺は——
「UMEKO、アナタは散歩動画を撮ってきなさい」
土方に指示され、スマホを持って外に出た。
田舎道を歩きながら、風景を撮影する。
(こんなことが、アイドル活動なのか?)
だが——不思議と、心が落ち着いた。
青い空、広がる畑、遠くに見える山。
鳥のさえずり、風の音、草の匂い。
46年間、こんな風に景色を見たことがあっただろうか。
いつも俯いて、誰にも必要とされない人生を送ってきた。
だが、今は——少しだけ、違う。
俺は、スマホのカメラを向けた。
「え、えっと……今日は、田舎道を散歩しています。空が、とても青くて……綺麗です」
自分の声が、録音される。
甲高い、女性の声。
まだ、慣れない。
だが——これが、今の俺の声なのだ。
夜、全員でリビングに集まった。
土方が、それぞれの動画を確認している。
「めぐ、もっとカメラ目線を意識して。視聴者と目を合わせるように」
「はーい!」
「さくら、配信の音質が悪いわ。マイク、新しいの買いましょ」
「……了解」
「ユキ、ピアノは完璧。でも、もう少し表情を。音楽は、顔でも伝わるものよ」
「……頑張る」
そして——
「UMEKO、アナタの散歩動画、意外といいわね」
「え?」
土方は、画面を見せてくれた。
「ナレーションが落ち着いてて、大人っぽい。それに、風景の切り取り方がいい。センスがあるわ」
俺は、少し嬉しくなった。
(46年間の人生経験が、こんなところで役に立つとは……)
「これは、武器になるかもしれないわ。UMEKOの『大人の視点』。それが、アナタの個性よ」
土方は、満足そうに頷いた。
その夜、俺は一人で考えていた。
(俺は、このままここにいていいのか?)
元の体に戻りたい。
その気持ちは、まだ消えていない。
だが、同時に——
ここには、仲間がいる。
俺を必要としてくれる人たちがいる。
初めて、「居場所」と呼べる場所ができた気がした。
その時、ノックの音がした。
「UMEKO、起きてる?」
土方の声だった。
「はい」
土方が、部屋に入ってきた。
彼女は、俺の隣に座った。
「ねえ、UMEKO。アナタ、何か隠してるでしょ?」
俺は、ドキッとした。
「……何のことですか?」
「アナタの目を見れば分かるわ。アナタは、何かから逃げてきた。そして——何かを失った」
土方は、真っ直ぐに俺を見つめた。
「無理に聞かないわ。でも、一つだけ約束して」
「約束……?」
「ここにいる間は、全力で生きなさい。過去は過去。今を、全力で生きるの」
俺は、その言葉に——
涙が出そうになった。
46年間、誰も俺にそんなことを言ってくれなかった。
「……はい」
土方は、優しく微笑んだ。
「おやすみ、UMEKO」
土方が部屋を出た後、俺は窓の外を見つめた。
満月が、静かに輝いていた。
(俺は……今を、生きよう)
その決意が、少しずつ、心に芽生え始めていた。




